ダメ姉は、先生に気に入られる(前編)

 高校生と言えば。当然と言えば当然の話ではあるけれども、中学生の時とは授業内容が全然違ってくる。科目数は各段に増えるし、授業の難易度も上がる。比べ物にならないくらい様々な事を学ぶことが出来る。

 特に……八米女学院総合科―――私たちが通い始めたこの高校のこの学科では、必修授業の他にも自分が学んでみたい授業を自分で選び決めるというちょっと変わったシステムを導入しており、高校生でありながら専門学校さながらのより深く幅広い知識を得ることが出来るのである。


「―――なんというか、大学みたいなシステムよね。必修取っておけば時間割すらも自分で自由に決められるとことか、一年の時に単位取りまくれば三年は必修受けるだけでいいとことか含めてさ」


 今日は記念すべきその選択授業の最初の日。ガイダンスで貰った資料を片手に、親友のカナカナがそうポツリと呟いた。


「へー……大学ってそうなってるんだ?じゃあ楽な授業取りまって単位も取りまくれば、卒業も簡単にできちゃうって事なの?」

「実際はそんな単純な話でもないらしいけどね」

「なーんだ違うのか。もしそうなら大学行った時は全力で楽しようと思ったんだけどナー」

「……そもそもマコ、今の学力で大学入学なんてできるのー?」

「おっとヒメっち、急に言葉の暴力を振るうのはやめたまえ」


 割と本気でぐさりとくるからさ……


「話逸れたけど、次の授業から選択よね。わたしはメイクの授業行ってくるわ。マコ、おヒメ。また後で」

「……私は、服飾の勉強行ってくる。んじゃ皆、昼休みにまた会おう」

「はいはーい。楽しんでおいでよ」


 そう言って親友たちは先に自分たちの選んだ授業へと向かっていった。さて、と。私も自分の選んだ授業へレッツゴーしますかね。

 ……ああ、けどその前に。


「……あの、コマ?コマさん?マイプリチーシスター?」

「…………(ギュッ)」

「そろそろ……離してくれませぬかね?」

「…………(ひしっ)やです」


 その前に。私の腕にしがみついているカワイイカワイイうちの嫁さんを、どうにか説得しなければ……


「あの、だからねコマ?もうちょっとで選択授業始まっちゃうわけじゃない。私は料理の授業。そんでもってコマは体育の授業。初日だし、遅れるわけにもいかないじゃない」

「……姉さまも、一緒が良いです」

「い、いや……私は体育は必修のやつだけでお腹いっぱいだから……」

「なら私も料理の授業に出ます!姉さまと離れるの、嫌なんですッ!」


 涙ながらにそう訴えてくるコマ。……ぐぅ。できる事ならこんな可愛い妹の我が儘を叶えてあげたい。全力で甘やかしたい。わ、私も本音を言うならコマと片時も離れたくないし……


「でも……それはダメだよコマ」

「姉さま……」


 けれどこれはある意味コマの為。心を鬼にして、自分の衝動を抑えながらコマを説得する。


「将来の事を二人で考えて、その上でこの学校に来たわけじゃない?」

「……」

「私は唯一の特技料理の腕を全力で上げる。コマはそのたぐいまれなる才能を活かすべく陸上を頑張る。そうだったよね?」

「……はい」

「折角凄い高校に入ったんだし。ここで自分に合った授業を受けないのはもったいないと思うんだよね」

「それは、分かってます……でも、でもぉ……」


 うーむ。こりゃ結構手ごわいな。そういうところも好きだけどこのままじゃ授業に遅れちゃうし……

 むぅ……仕方ないか。さっきカナカナに『チョロいコマちゃんには、あんたの口からこう言えば一発よマコ』ってアドバイスされた魔法の言葉、ダメ元で使ってみるかな。


「……私は、コマがもっともっと陸上で輝いてる姿を見たいな。カッコいいところ、見せてほしいなー」

「行きますっ!」


 ……凄い効果だ。サンクス親友。



 ◇ ◇ ◇



「ふー……セーフセーフ。初日遅刻は免れて良かった良かったっと」


 そんなこんなでコマと一旦別れ(なお何故か『何か危険な事があったらすぐに私を呼んでください!』『変な女性に絡まれないようにどうか十分にお気を付けくださいませ』とコマに再三に渡り忠告された)、何とか予鈴前に選択した料理の授業がある調理室へとたどり着いた私。


「あれ……?立花さんじゃない!やっほー」

「貴女もこの授業受けるの?」

「良かったー♪立花さんみたいに明るくて楽しい人が一緒なら心強いわー」

「おお、皆も料理の授業選んだんだね。なら、これからどうぞよろしくね」


 中に入ると数名の顔見知りが嬉しそうに私に話しかけてきた。ありがたい、これからこの授業で苦楽を共にしていくわけだし仲良くなれそうでなによりだ。


「ねえねえ立花さん。この授業選択したって事は、やっぱり立花さんもお料理得意なんだ?」

「あー、どうだろ?流石に胸張って堂々と得意とは言えないかもだけど、私料理が好きだからね。あと……この授業ってほらアレでしょ?あの有名な和味(かずみ)先生が教えてくれるんだよね!私それが楽しみで楽しみでさ」


 ……この学校に入学したのは勿論コマと一緒に通いたかったからという理由が全体の9割ほどを占めているけれど。残りの1割の理由はここで教鞭を執っているお料理の先生に憧れを抱いているから。

 何冊か料理の本を出されていて、その本は私の愛読書。料理の信念も技術も……尊敬に値する素晴らしい先生だ。実際に会うのは初めてだけど……ああ、今から本当に楽しみだ。


「「「…………先生が、楽しみ……ね」」」

「んあ?どしたの皆?」


 なんてちょっと興奮気味に話をした途端、どういうわけか周りの皆は顔を曇らせる。何?先生がどうかしたの?


「今ちょうどその話をみんなでしてたのよ。あのね、立花さん。これは先輩から聞いたんだけどさ……この授業の先生ってね」

「うん」

「……すっごい怖い先生なんだって」

「……うん?」


 怖い先生?


「なんでもすっごいスパルタだとか。場合によっては体罰も辞さない系の前時代的な教師だとか」

「鬼みたいだったって話聞いたわ。怖くて泣きだした先輩も少なくないんだって」

「初日の授業に付いていけなくて、次の授業から他の選択授業に変えた人も結構いるらしいよ」

「そう、なの……?」


 皆のその反応に首をかしげる私。そんなヤバそうな先生なの……?先生の本を読んだイメージだと、そんな印象は感じられなかったんだけどなー……


「そういう噂が流れてたからさ、一年生でこの授業を選択しているのって私たちだけみたいなの」

「去年は最終的には初日の半分くらいの生徒しか授業に付いていけなかったとか」

「どう思う立花さん?私も料理好きだからこの授業を選んだんだけど……もしそれがホントなら嫌だよねー」

「んー、どうだろうね」


 ……そんな話を聞いてたら、なんか流石のちょっと私も緊張してきたな……



 カラカラカラ……



「―――こ、こんにちはー……」

「「「ッ!」」」


 と、その時だった。調理室の扉が控えめに開けられて、そこからおずおずと一人の女性が中へと入ってきたのは。

 その女性はがちがちに緊張しながらなんとか教壇に立ち。そして私たちを見まわし深呼吸をその場で2,3回ほどしてからこう切り出した。


「あ……えと。み、みみ……皆さん、改めましてこんにちは……今日から、その。この授業で皆さんと一緒にお料理の勉強をしていく……清野(きよの)和味(かずみ)です……み、皆さんこの授業を選んでくれて……嬉しい、です……せ、先生とこれから一緒に……が、頑張りましょうね」


 たどたどしい挨拶と弱弱しい笑顔を見せてくれる和味先生。その第一印象と聞いていた噂とのギャップに、思わず私たちは顔を見合わせる。

 ……この先生が、鬼のように厳しいスパルタン?そうは全然見えないんだけど……


「え、えーっと。えーっと……わ、私の授業受けてるってことは……皆さんお料理上手、なのですか?」

「え?ええっと……はいそうですね」

「ま、まあ人並み以上には出来るかと」

「あたしも……」

「んと、私は料理上手って言えるほど上手くはないかもですけど、料理する事は大好きです」


 先生はそんな事を聞いてくる。噂とかけ離れた庇護欲を掻き立てられそうな先生の印象に戸惑いながらもとりあえず尋ねられた質問に答える私たち。すると嬉しそうに笑って先生はこう続ける。


「そ、それはよかったです。あ、えと……じゃあ皆さんお料理出来るみたいなので……授業初日で申し訳ないのですが……今からさっそくお料理してもらいます。調理器具も、冷蔵庫の中の食材も。すべて自由に使ってもらってだいじょうぶです。お金もいりません。どうか……わ、私の為に……お料理を作ってくださいますせんか?」

「「「おぉー!」」」


 先生のそんな一言に一気に沸き立つ私たち。高価で普段は使えそうにない鍋やコンロ、それに新鮮で質のいい食材を自由に使って良い―――料理好きにとってこれほど嬉しいことはないよね。


「(ボソッ)なーんだ。先生ってば鬼どころか菩薩みたいに優しいじゃないの」

「(ボソッ)これを全部自由に使って良いとかラッキー♪久々に思い切った料理作れそう」

「(ボソッ)所詮噂は噂ってことね。授業勇気出して受けてみてよかったわ」


 私を含め皆緊張が解けていく。良かった、思ってた通りの良い先生みたいで何よりだわ。


「じゅ、授業は終わるまでに一品作ってくださいね。それでは……はじめてください」

「「「はーい」」」



 ~生徒調理中:しばらくお待ちください~



「「「先生、出来ましたー!」」」

「は、はーい。おつかれさまです……」


 そんなこんなで言われた通り調理器具も食材も。それから時間もめいっぱい使わせて貰って。思い思いに料理を終えた私たち。

 ふー……やっぱ設備整ったところで料理するのは気持ちがいいね。他のみんなも自由に料理できたみたいですっきりした表情を見せている。


「み、皆さん一生懸命作ってくれて何よりです。そ、それじゃあ試食に入らせてもらいたいのですが……」


 それにしても……料理の授業を自分で選んでいるだけあって、皆かなりの料理上手だ。先生は優しくて大ベテランだし、研鑽し合える仲間たちもいるし。これからこの授業を受けていくのが本当に楽しみだね。







 なんて、そう思っていた矢先の出来事だった。試食をすると言った先生が次の瞬間、


「―――お前たち、全員不合格」


 突如として、にこにこ笑顔だった先生が豹変し。険しい表情で吐き捨てるようにそんな事を言い出したのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る