高校生の妹も可愛い

ダメ姉は、高校生になる

 おろしたてのピカピカの制服。ぽかぽかと暖かい陽気。ひらひら舞い踊る桜の花吹雪―――


 中学を卒業し気が付けばいつの間にやら一か月が経ち……4月を迎えた。


「ふへー……壮観だわ。見て見てコマ、すっごい桜並木。良く晴れてるし、これ以上ないくらいの入学式日和だねぇ」

「ああ……とても綺麗ですねマコ姉さま。見惚れちゃいますよ」


 私立、八米女学院。その校門をくぐり抜けた私……ご存じダメ姉こと立花マコと、その妹であり彼女であり嫁でもある立花コマは。二人手を繋ぎながら感慨深げに呟いていた。

 そう。今日この日、私とコマは……高校生になったのである。


「だねぇ。こんなに見事に咲いてるなんて圧倒されるよね。随分とまあ立派な桜だこと」

「……?桜?…………ああ。ふふっ♪違いますよ姉さま。勘違いです」

「ふへ?違う?違うって何が?」

「私が綺麗と言ったのは。私が見惚れているのは―――桜の花びら舞い散る中で立つ

「ゴフッ……!?」


 私の頬に手を添えながらいたずらっ子のようにそんなドキッとする台詞をさらりと言ってくるコマ。こ、高校生にランクアップして……中学生の時以上に私をドキドキさせるのが上手になったものだねコマさんや……


「そ、それを言うならコマも綺麗だよ!私よりも、何よりも、誰よりも綺麗だかんね!桜の妖精さんかと思っちゃうくらいキュートだからね!いつまでも見つめていたいくらいに見惚れちゃってるからね私っ!」

「ね、姉さま……♪」


 負けじと私もコマが綺麗だと主張する。私のその主張にコマは全身を震わせ、頬を染めて愛らしい反応を示してくれる。

 ピンク色に染まった頬は舞う桜の花びらとマッチしていて、ますます綺麗に見えて困る。……可愛すぎてホントに困る。今この場で、押し倒したくなっちゃうじゃないか……!


「コマ……」

「マコ姉さま……」

「コマ……!」

「姉さま……!」

「コマぁ……!」

「姉さまぁ……!」

「―――はいはいそこまで。二人とも校門でイチャつきすぎ。邪魔になるし目に毒よ。さっさとマコから離れなさいコマちゃん。そしてマコは私ともちゃんとイチャイチャしなさい」

「……今日も変わらず仲良しさんでなによりだー」


 そんな風に互いの名を呼び合って、そしてキス5秒前と言ったところで私たちの後ろから声をかけてくる二人の女子が。あ、やべ。危うく我を忘れて所かまわずイチャつきそうだったわ……

 心の中では名残惜しみつつもパッとコマから離れ振り返った先に居たのは……


「か、カナカナ!ヒメっち!二人ともおはよー!絶好の入学式だね!」

「おはようマコ。その制服、とてもよく似合っているわね。可愛いわよ。あとで写真撮らせてね」

「……おはろーシスコン双子どもー」

「むー……おはようございますヒメさま。またヒメさまと共に学校生活を送ることになり嬉しく思いますよ。……ついでにかなえさまもおはようです。愛し合う私たちを引き離したばかりか、何さりげなく姉さまに抱きつこうとしてるんですか。ぶちのめしますよ」


 中学の時からの大親友。叶井かなえ……カナカナと、麻生姫香……ヒメっちだった。


「減るもんじゃないし良いでしょ別に。ちょっとくらい譲りなさいよコマちゃん」

「爪の先、髪の毛一本も譲る気は毛頭ありません。私は姉さまのもので、姉さまは私のものですのでいい加減諦めてくださいな」

「諦める?マコを、わたしが?それは無理ねー」

「あ、あの……二人とも?折角の入学式っていう晴れ舞台が控えてるわけだし……(私を巡る)喧嘩は控えてくれると嬉しいんだけど……ひ、ヒメっちヘルプ。ヘルプッ!」

「……あー。このいつもの光景見ると、なんだか落ち着くねぇ。入学式の緊張が解れていいねー」

「おうそこのマザコン。勝手に人の修羅場を精神安定剤として使うなや。あと助けて頂戴お願いします……!」


 私を挟んでコマとカナカナが口喧嘩をし、そしてヒメっちが少し離れたところで面白おかしく眺める。中学の時から相も変らぬ私たち。……これから高校の入学式だってのに中学から成長をまるで感じないあたり、この私を含め皆まだまだダメ人間ズよな。

 いやしかし……


「あらためてさ。こうして仲良しメンバーみんなで一緒に入学出来て良かったよ」


 入学式のある体育館へ案内に従いながら進みつつ。私はしみじみとそう呟いてみる。元々コマとはお互いの進路を考えたうえで一緒の高校へ行くと二人で約束していたわけだけど……


「まさかカナカナもヒメっちもおんなじ学校に通うなんてねー」

「……ねー。私も入試の時はびっくらこいたわ」


 驚いたことにこの二人も私たちと同じ高校を志望校にしていたのである。……正直、入試前までは『お互いに進路が大きく違っているし、同じ高校には行けないだろうな』と半ばあきらめ、あえてどこの学校に進みたいのかを二人には聞けていなかっただけに……こうしてまた頼れる親友たちと一緒にまた学校生活を送れるなんて……


「これって偶然だけどさ、すっごい幸運なことだよねー♪」

「……言えてる。心細かったけど。なんか安心するね」

「ふふ……ホントホント。偶然で、そして本当に幸運だったわ。マコと一緒の高校に通えるなんてね」

「…………それは本当に偶然ですかかなえさま……?姉さまの志望先、こっそりリサーチしませんでしたか?」

「ハハハ、偶然よグウゼン」


 級友たちはほとんど別の学校へ行っちゃっただけに、コマも、勿論この親友たちも一緒だと本当に心強い。新しい場所で、新しい環境でこれから3年間過ごしていくわけだしなおさら思うわ。今日この日、全員無事に入学式を迎えられたことに神に感謝を。


「ただ……一つだけ納得いかないことがあるんだよねー私」

「「「え?納得いかないこと……?」」」


 入学式のある体育館へとたどり着き、一年生用に準備されたパイプ椅子にさっそく腰かけながら私はつい皆に思っていたことを愚痴ってしまう。

 コマと一緒の高校に入学できた。カナカナやヒメっちの大親友たちとも一緒に通える。それはこれ以上ないくらい素晴らしい事なのだが。実は今日のこの入学式……たった一つ納得していないことが私にはあるのだ。


「納得いかないって何がよマコ?」

「……なんか不満でもあるの?」

「姉さま教えてください。私で良ければ、姉さまの納得いかないものすべてを排除しますので」

「それは……」

「「「それは?」」」

「―――コマが、新入生代表の挨拶に選ばれなかった事よ!」

「「「は……?」」」


 体育館に響く声で、私は魂の叫びを木霊させる。準備していた高校の先生方や緊張している新入生たちが何事かと私に視線を向けるけど知った事か。


「おかしいでしょ、おかしいよね!?小学校、そして中学校の挨拶―――新入生代表・在校生代表・卒業生代表の挨拶―――そのすべてにおいてコマは選ばれてきた。そして今日のこの入学式の新入生代表挨拶も、当然のようにコマが選ばれるものと思っていた。ぶっちゃけ確信してたよ……だというのに!」


 入学式のプログラムを指差して、私は憤慨する。何故に?何故?Why!?コマは呼ばれず、どこぞの馬の骨とも知れぬ奴が……新入生代表だぁ!?おかしいでしょコレは!?


「コマの何処がダメだったの!?いーや!コマがダメなところなんてこれっぽっちもないはず!」

「「えっ?」」


 おい待てそこの親友たちよ?何故そこで首をかしげる?


「ねえおヒメ?コマちゃんってこう見えて結構ダメなとこあるわよね?具体的に言うとマコに対して性欲魔人なところか」

「……ん。マコにヤンデレ気味に執着しすぎてるとことか色々?」

「はい、そこのお二人。うるさいですよー♡一体誰が性欲魔人のヤンデレですかー?」

「「コマ(ちゃん)が」」


 入試の結果も堂々の最高得点での入学だったと聞くコマ。そのコマが……何故選ばれない!?何故候補にすら上げられなかった!?


「これは一体どういう事!?何かの陰謀!?なんなの?コマをバカにしてんの!?上等よ!責任者今すぐ出てこいやオラァ!!!」

「高校の責任者って言うと……つまりは校長よね?入学式始まる前から校長に喧嘩売っていくスタイル……嫌いじゃないわ、ロックねマコ」

「……ロックすぎ。下手すると入学式前に退学になるパターンだコレ」


 変なところで感心するカナカナと若干引いた目で私を見つめるヒメっちをよそに嘆き悶える私。そんな私に当事者のコマはにこやかに笑いなだめてくれる。


「まあまあ。落ち着いてくださいな姉さま。仕方ないことなんですよこれは」

「コマ……」

「私たちが選んだ総合科と、大学進学を目的とする進学科とでは入試の難度が違いますもの」


 ここ八米女学院は大学進学を目的としている進学科コースと、明確に将来の夢を持った学生を支援していく総合科コースの二つの受験が出来るシステムとなっている。進学科は……正直かなり偏差値高いんだけど、一方の私たちが選んだ総合科は……他がダメでも一点特化したなにかを示すことが出来れば結構容易に入学できる。

 ……正直この私が無事に高校生になれたのも、この変わった入試のお陰とも言えるだろう。


「進学科の方がかなり難しい試験を受けただっただけに、そちらで高得点を取られた方が新入生代表挨拶を引き受けるのは当然の事でしょう?たとえ同じ最高得点だったとしても。試験の難度が違うならより難しい方の試験を突破した方が代表として選ばれる方がごく自然な事ですよ」

「それは……まあうんそうかもだけどさー……」


 でも……むぅ。なーんか納得いかないんだよね


「同じ試験受けたなら、コマが絶対新入生代表の挨拶に選ばれると思うのに……あの壇上にコマが立っていて……かっこよく代表挨拶を決めてくれたと思うのになぁ……」


 そしてもしもコマが代表としてあいさつするならば。心のカメラと物理的なカメラでコマの凛々しいお姿を激写しまくっただろうに……ああ、残念でたまらない……


「ふふ。そんな風に言ってくれてありがとうございます姉さま。……ただまぁ、私個人の意見としましては……これで良かったと思ってますけどね」

「えー?なんでさコマ?代表の挨拶とか面倒だってこと?」

「いえ、そうではなくてですね。代表に選ばれたなら……当然一度席を離れて、壇上に上がって挨拶しないといけないじゃないですか。それがダメなんです」

「何故にダメ?」


 そうしてコマは、はにかんだ顔でこんな事を言ってきた。


「だって……人生に一度きりの高校生の入学式を……この宇宙で一番好きな人の隣で片時も離れずに出席できるなんて、最高じゃありませんか♪」

「~~~~~~ッツ!!??」


 最高の殺し文句を言ってきた。


「確かに!それは確かにコマの言う通り!私も、コマが代表に選ばれなくてよかったって思う!コマとずっと一緒に居られて、最高だって思うよ!」

「えへへ……♪姉さまも一緒のお気持ちですか?嬉しい……」


 いい雰囲気の私たち。自然と手を取り合い、見つめ合い。そしてゆっくりと唇を近づけ合って―――


「コマ……」

「姉さま……」

「コマ……!」

「姉さま……!」

「こ―――」

「させぬわこのおバカシスターズ。天丼すんな。イチャつくな。空気を読め」


 そして良いところでカナカナの手が二人の唇が重なるのを防いだ。


「…………また、邪魔立てする気ですかかなえさま」

「そりゃ邪魔もするわ。周り見ろ周り。これから級友になる予定の子たちに絶賛ドン引きされかけてるじゃないの」


 カナカナに言われてハッとする。あ……っと、いかんいかん。入学式前で浮かれているのかな私たち?これでも普段はちゃんと周りを見てからイチャついてるっていうのに……


「そうでなくとも、愛しのマコがコマちゃんにキスされるところを、よりにもよってこのわたしの前で見せつけるなんて……邪魔するに決まってるでしょうに」

「知りません。他の人のことなど……かなえさまのことなどどうでも良いですし?……それより姉さま、続きしましょ♡ほら、ここですここ。ここにチューして……ね?」

「だからさせぬわ。……マコ。するならわたしの唇にしなさい。ほら早く」

「って、何ナチュラルに姉さまの唇を所望しているんですか?渡しませんよ絶対。あと、マコ姉さまからもっと離れてくださいかなえさま」


 再び私を挟んでギャーギャーと騒ぎ始めるコマとカナカナ。さっき私が大声を上げて注目を浴びてしまった名残もあるのか先生や上級生たちは私を見ながらヒソヒソと難しい顔で何やら耳打ちし、そして周りの新入生たちは席を私たちから三つほど空けて絶対に目を合わせまいとうつむき座っている。

 早くも皆々様から【変人】の烙印を押された気がするのは、多分私の気のせいではないハズ……い、いやまあ……実際まごうことなく変人ではあるんですけどね私たち……


「……ねえ、マコ」

「ん?どしたのヒメっちや」

「……高校生活も、中学の時みたいに楽しくなりそうだね」

「……ハハ、そだねぇ。楽しい毎日になりそうだわ」


 思わず苦笑いをしながらも、ヒメっちのポツリと呟いた一言に同意する私。こうして相も変わらずドタバタと。私たちダメ人間の高校生活が幕を開けたのであった。

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