ダメ姉は、誘惑する(その3)

 開始早々頼れる親友、カナカナが(鼻)血の海に沈み戦線離脱。先が思いやられる展開となった『コマ誘惑作戦』。


「安心してくださいマコ先輩!マコ先輩の一番の後輩、柊木レンが必ずや先輩のお役に立ちます!」

「おおっ!頼んだよレンちゃん!」


 そんな中、私の不安を払拭するように元気な声で鼓舞してくれるのは……ダメな私を本気で慕ってくれるカワイイ後輩の柊木レンちゃんだった。


「叶井先輩の案、悪くはなかったとは思います。ですが……やはりあれは少しだけマコ先輩との相性が良くなかったのかと」

「だよねぇ……常時駄肉を装備してる私にはセクシー系で勝負するのは間違いだったよね……」

「ですのでここは、マコ先輩の魅力を。そして持ち味を最大限に発揮する方向性で勝負をしましょう!」


 ほほぅ。私の魅力、私の持ち味を発揮する方向でか。ふむふむなるほど、つまり……えーっと…………


 あれ?


「私の持ち味って……なんだっけ……?」

「その辺はあたしにお任せください先輩っ!あたしが、先輩にピッタリのお洋服とシチュエーションを授けちゃいますよ!てなわけで、はいこれっ!まずはこれを着てみてくださいマコ先輩っ!」

「へっ?こ、これ……?」



 ~レンちゃんコーディネート中:しばらくお待ちください~



「……えーっとレンちゃん?一応、着替えてはみたんだけど……」

「きゃ、きゃぁあああああああああっ♡」


 レンちゃんに託された服を言われるがままに着てみた私。着替え終わった瞬間、レンちゃんは黄色い声をあげ目を輝かせる。


「あたしの見立て通りですっ!流石マコ先輩っ!とってもよくお似合いですよ!」

「いやあの……レンちゃん?これ、何……?」

「男装執事さんですっ!思った通り、似合い過ぎてクラクラしちゃいますよ先輩っ!」


 ……男装、執事……?


「レンちゃん、私の持ち味を活かすって話だったよね?」

「はい!」

「なら、なんで男装……?」

「???マコ先輩の持ち味、活かしているでしょう?」


 からかっているようには見えない……つまりレンちゃんは本気でそう思ってくれているようだけど……正直に言おう。これは、違うと思う……

 着替え終わるまでツッコミを入れなかった私に問題があるのだろうけど……胸にこんな超弩級の駄肉を抱えて男装なんて無理あり過ぎない?サラシ巻いててもキッツいんだけどコレ……


「そもそも……執事さんってあれじゃない?スタイルが良くて、綺麗で、何よりかっこいい―――女の子の憧れ的な存在でしょう?」

「ですね!」

「……なら、私には全然、まったく、これっぽっちも当てはまらないような……」

「???え?何言ってるんです?マコ先輩ってスタイル良くて、綺麗で、何よりかっこいい―――女の子の憧れじゃないですか!」


 ……レンちゃんの中の私像は一体どうなっているんだろうか。つーか以前男装カフェがどうこう言ってたけど(ダメ姉は、将来を見据える参照)、ひょっとしなくてもレンちゃんってこういう系が好きなんだろうか……?


「……ごめん、これは流石に似合わないと思う……似合わなさ過ぎてコマも大爆笑必須だと思うよ……」

「そんなことありませんっ!かっこよくて素敵ですよ!ねっ!麻生先輩!」

「……あー…………うん。まあ、わりと……似合わなくもないんじゃ……ないかな」

「でしょう!そうでしょそうでしょ!」


 レンちゃんに同意を求められ、小さく頷くヒメっち。おぅヒメっちよ。目を逸らしながら必死に笑いを堪えるくらいなら、ハッキリ「……似合わねー」って言ってくれた方が私としてはありがたいんだがね?


「はぁ……やっぱりマコ先輩いい……絶対に似合うと思ってたけど、ホントにビックリする……凛々しい先輩が執事さんとか……似合い過ぎて凄い……抱かれたい……口説かれたい……押し倒されたい……」

「れ、レンちゃん……コーディネートしてくれたのはありがたいんだけど、やっぱこれはちょっと……」

「マコ先輩のその格好で立花先輩の前に立てば、きっと立花先輩もメロメロになりますよ!絶対、誘惑できちゃいますっ!このあたしが保証しまくりますっ!」

「で、でもホラ!私……執事さんっぽい事どうすれば良いのか全然わかんないし……」

「大丈夫!さっき叶井先輩がやったみたいに、あたしがインカム越しに指示を出します!あたしが言うとおりに立花先輩を口説けば後はバッチリですよ!」


 丁重にお断りを入れようとしたけれど、レンちゃんはまっすぐなキラキラした目で勧めてくる。う、うぅん……

 まあ、折角レンちゃんが一生懸命コーディネートしてくれてたわけだし……他に案があるわけじゃないし……


「ほ、ホントに……本当に、これでいけると思う……?」

「いけますっ!大丈夫です!ぶっちゃけ立ってるだけでもときめいちゃいますもんっ!」

「……わ、わかった。なら……ちょっとこれで試してくるよ……」

「はいっ!いってらっしゃいです先輩っ!ご武運を!」

「……いってらー」


 ここは若い子の感性を信じてみよう。ちょっぴり不安を抱えつつも、再びインカムを装着しコマのもとへと向かってみることに。


「……それにしても」


 抱かれるために誘惑するって話だったはずなのに、何故私は男装してコマを口説く羽目になっているのだろうか……?な、なんか趣旨が変わってきてないか?気のせい?



 ◇ ◇ ◇



 コンコン



『はーい?』

「あー……その、私。マコだけど、今入っても良いかな?」

『はいっ!と言いますか、姉さまでしたらいつでも遠慮せず入ってくださいな』


 そんなこんなでコマのお部屋へ着いた私。扉をノックすると気分はどんよりな私と対照的に、とても明るく朗らかな声でコマは入室を許可してくれる。

 うー……こんな恥ずかしい格好、コマに見せたくない……笑われそうで嫌だなぁ……


「(い、いや……それもこれもコマに抱かれる為!ひいてはこれから先のコマとの円満ならぶらぶふーふ生活を築く為ッ!)」


 さあいけ私。頑張れファイトだ私。意を決し、コマの部屋へと飛び込むことに。


「し、失礼するねコマ……」

「はいはーい、いらっしゃいですマコ姉……さ、ま……?」

「「…………」」


 瞬間、二人は言葉をなくしてその場に佇んだ。コマは先ほどのように私の頭のてっぺんから足先までじっくりと眺め。眺め終わってから怪訝な顔を見せる。

 ……あの顔はアレだ。『うちの姉さまは一体どうしたのでしょうか?あの格好は何なのでしょうか?またなにか頭の病気でしょうか?』って顔だ……うん、まあその反応は当然だよね……


『マコ先輩っ!マコ先輩っ!今のうちです!さっき言ったとおりにやってみてください!』


 お互いにお互いを見つめ合い押し黙る私たち立花姉妹。そんな中インカム越しにレンちゃんの声がその停滞を崩してくる。

 ほ、ホントにやるの……?やらなきゃダメなの……?う、うぅ……し、しかたない。覚悟を決めるか……


「……コホン。ご、ご機嫌ようお嬢様」

「……え?」


 レンちゃんの指示を受け。立ち尽くすコマの手をそっと取り、その手の甲に口づけする私。


「今日もコマお嬢様はとても見目麗しいですね。お、お嬢様の美貌は太陽のように明るく眩しく、見ているだけで私の心は晴れやかになりますよ」

「あ、の……?」

「お嬢様、お仕事お疲れ様でした。陸上部の助っ人、大変だったでしょう?すぐにお湯殿の用意をやってまいりますね」

「ありがとう……ございます……?ですがお風呂はまだ早いかと。そ、それはそうと……姉さま?」

「お湯殿はお気に召されない?もしや小腹がすいておいででしょうか?でしたらアフタヌーンティーのお時間に致しましょう。本日はアッサムとアップルパイをご用意しております。とても良い茶葉と取れたての林檎が入ってきたのです。お嬢様もきっと美味しく―――」

「あの、姉さま……?急にどうなさったのです……?その恰好は、その口調は……一体……」

「…………い、いやあの……その、これは……」


 私の突然の言動にポカンとするコマをよそに、私は恥ずか死ぬ勢いで歯の浮いたセリフをペラペラと口に出す。

 ハハハハハ…………はぁ……これマジきつい……言ってるそばから弱気になってくる。こんなん私のキャラじゃないよぉ……


『ひるんじゃダメですよ先輩!その調子でどんどん押していってください!』

「(ボソッ)ねえレンちゃん!?これでホントに良いの!?なんかコマ困惑っつーかドン引きしてるように見えるんだけど!?」

『引いてません!きっと立花先輩もマコ先輩のイケメンっぷりにときめいちゃいっているんですよ!大丈夫!いけます!』

「(ボソッ)ホントだよね!?信じているよ!?……こ、この後はどうすれば良いの!?」

『そのまま立花先輩に壁ドンですっ!』


 な、なるほど壁ドンか。よしわかったやってみる…………うん?いやちょっと待て。執事って、壁ドンとかするのか……?お嬢様に壁ドンする執事なんているのか……?やっぱ何か違うくないかコレ……

 い、いや深く考えちゃダメだ!とにかく勢いでいくしかない……!


「コマお嬢様……」

「え、あ……きゃっ!?」


 半ば自棄気味にコマを壁際に追い込んで、そして壁にドンっと手をつく私。


『きゃ、きゃぁあああああッ♪良いです!最高ですよ先輩っ!ああ、羨ましい!うらやましいなぁ立花先輩っ!』

『……おーい、後輩。それ以上声のボリューム上げるとコマに気づかれるよー』


 …………壁ドンした途端にインカムの向こうでレンちゃんが愉快に悶えている様子が伝わってくる。レンちゃん、レンちゃーん?悶えるのは良いけどとりあえず指示を、指示を頂戴な……


『コホン、失礼しました。次で決めましょうマコ先輩。そのまま立花先輩の耳元で―――』


 レンちゃんの最後の指示が飛ぶ。……マジで?マジでそれ言わなくちゃダメ?ね、ねえこれさ。コマを堕とす方法っていうよりも、レンちゃんがしてほしい事なんじゃないのと思わなくもないけれど……背に腹は代えられない。騙されたと思って突撃してみよう!


「あの、本当にどうなさったのですか。何かお悩みでもあるのですか?」

「こ、コマお嬢様。お嬢様はお湯殿も、アフタヌーンティーもお気に召さないようですね。でしたら…………どうか私をお使いくださいお嬢様」

「……はい?」

「抱きたければお好きなように抱いてください。抱かれたければ誠心誠意真心を込めて抱かせていただきます。コマお嬢様の思う通りに、思うように私をお使いになってくださいませ」


 …………言った。言ってやったぞこっぱずがしいこの台詞。顔から火が出そう……なんだろうねこの『ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?』の超変化球気味アレンジバージョン……レンちゃんさ、こんなこと言われて嬉しいのかい?

 そんな事を心の中で思いつつも、コマの反応を恐る恐る待つ私。耳元で私にそう囁かれたコマはと言うと―――


「……姉さま」

「は、はい。何でございましょうかコマお嬢様?」

「ふふふ♪ひょっとして、それ昨日のドラマに出てた執事さんのモノマネですか?失礼かもしれませんが、あまり似ていませんよ」

「『……え』」


 ときめいた様子もなく。まして全く動じた様子もなく。くすくすと忍び笑いをしながらそうきっぱり言ってきたではないか。


「とても頑張って演じていて素敵でしたが……ドラマのような執事さんと比べると、姉さまはちょっと愛らしすぎますね。ドキドキするより先に、微笑ましく感じてしまいますよ」

「愛らしすぎ……?微笑ましく……?」

「もう少し自信をもって堂々と迫るといいと思いますよ。壁ドンも、どうせするのであればもっと……こういう風に」

「ぅえ……!?きゃっ!?」


 そう言って一瞬で体勢を入れ替えたかと思うと、いつの間にか私とコマの立ち位置が逆転している。私は壁に追いやられ、そしてコマは壁に手をつき私に迫る。あ、あれ……


「有無を言わさず、逃げられないように密着して」

「こ、コマ……!?こ、これは!?」

「そして耳元で囁く場合は、もっと……低く、艶めかしく―――『マコお嬢様、ごきげんよう』―――と、こんな感じの口調と声色で」

「ひゃぅ……!?」


 くすぐるように。犯すように。低音のコマのイケボが、私の耳を、脳を激しく揺さぶる。たった一言で私はコマに魅了される。

 ……今の、すっご……あ、ダメ……堕とされる……


『ッ……!ストップ!ストーップですマコ先輩!一時退却をお願いしますっ……!』

「―――ハッ!?……りょ、了解レンちゃん……!?こ、コマごめん!今の無しっ!また後で逢おう!」

「はーい♪また後で」


 堕ちかけ寸前。間一髪のところで、レンちゃんの声が私の精神を現世へと戻してくれる。これ以上は分が悪すぎると判断し、作戦を放棄し慌ただしくその場から退散する事になった……



 ◇ ◇ ◇



「―――ごめん……男装執事作戦、まるでダメだったんだけど……?」

「あり得ませんっ!」


 私の部屋に戻り失敗を告げる私に、レンちゃんは憤りを発する。


「い、いやぁ……レンちゃん。助言してもらっておいて言うのもなんだけど。やっぱさ……男装執事は流石にちょっと私に合わなさ過ぎたんじゃないかな……」

「そんなことありませんっ!あんなにマコ先輩は完璧にカッコいい執事さん演じていたじゃないですか!?どうして立花先輩はあんな淡白な反応しかしなかったんですか!?惚れない方がおかしいじゃないですか!?あんなのメロメロにならない方が失礼ってものなんじゃないですか!?」


 ……レンちゃんや?音だけ聞くと立派に(?)壁ドンが成立していたように聞こえてたのかもしれないけど。コマのあの反応からも分かる通り、残念ながら現実はそう甘くないんだよ。

 コマより体格やら何やらが圧倒的に小さい私が男装して壁ドンとか、最初のカナカナのセクシー作戦以上に無謀過ぎたんだよなぁ……


「……ナ、ナイスふぁいとマコ。……ふ、ふふ…………意外と、似合ってたよ……ぷ、くくっ……」

「おうヒメっち。慰めるのか笑うのか、どっちかにしてくれると嬉しいんだけど?」


 ほらこの通り。普段感情をあまり表に出してこない親友も、私の一連のやり取りを聞いてツボに入っちゃってるじゃないか……


「おかしい……何か変です。マコ先輩の魅力は決して問題ありません。となれば……叶井先輩が言っていた通り、立花先輩に何か問題があるとしか思えません!」

「いや、今回の件に関しては間違いなく私に男装の才能がなかったことに問題があると思うんだけどねレンちゃん……」

「いーえ!何度も言いますが、マコ先輩に非は一切ありません!このあたしが自信をもって保証します!」

「でもさ……現にコマには効かなかったわけだし……やっぱし私の魅力が足りないことが一番の原因かと」

「むー……そんなにあたしの言葉が信用ならないんですか!?なら、いいです!そんなに言うならマコ先輩!あたしにさっきやった事を試してみてください!それでちゃんと魅了されるのであれば、先輩に魅力があるって証明できるでしょ!?」

「へ……い、いやでもそれは……」

「いいから、早くっ!」

「お、おぅ……分かった。な、なら遠慮なく…………」







 数分後。


「もう、ダメ……死んでもいいですあたし……♡(ドサッ)」

「れ、レンちゃーん!!!?」


 何このデジャヴ。言われた通り、レンちゃんにコマにしたことを試してみるとレンちゃんは目をハートにしてクラクラと失神し物言わぬしかばねと化した。ああ、だから言わんこっちゃない……

 カナカナに引き続きレンちゃんも(主に私のせいで)倒れた。コマ誘惑作戦、開始1時間も経たずにもうすでに暗雲立ち込めているんだけど……こ、こんな調子で本当に大丈夫か……?

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