ダメ姉は、ダイエットする(決起編)

 ……それは、あまりにも突然の出来事だった。


「ふんふふーん♪ふふふふーん♪」


 とある日の休日。今日は久しぶりのコマとのデートの日という事もあり、この私……立花マコは気合十分にしっかりとシャワーを済ませて勝負下着を装着し。そしてお気に入りの……コマが私の為にと選んでプレゼントしてくれた服を鼻歌交じりに着ていると―――その事件は起こった。


「ふんふふんふー……ん?」



 ぎちっ……



「ん?あれ?……ん、んん?」



 お着替え中、ふとした違和感を感じる私。


「え、嘘……入らない……?」


 ついこの間まで余裕で入っていた服が、どういうわけか上手く着られない。縮んだわけでもまして着方を間違えているわけでも無いというのに、それなのに胸元のボタンが全然留まらないのである。


「ふんっ!ふんっ!!ふむぐぬむぅうううう……っ!!?」



 ぎ、ち……みしっ……



 悲鳴を上げる服。留められぬボタン。圧迫される胸の駄肉……パツパツになった服の中に必死になって胸を入れ込み、そしてその胸を潰しつつ息苦しさを感じながらも半ば無理やりボタンを留めようとする私。


「ぐ、ぬぬ……ぬ…………ふ、ぬぉおおおお……っ!よ、よし……は、はいっ……たぁ!!!」



 ブチィッ! パァン!×2



「…………は?」


 ……そうやって。何とかボタンを留めたと思った次の瞬間、胸元からボタンが二つほど射出された。

 勢いよく弾け飛んだボタンは壁に当たり、そしてコロコロ転がって私の足元まで戻って来た。その一部始終を呆然と、他人事のように見ていた私だったのだけれど……鏡に映った自分の姿―――コマにプレゼントして貰った服の第二、第三ボタンが千切れて……だらしない胸の谷間が露わになった姿を確認して……


「い、いやぁあああああああああああああ!!!??」

『……ッ!?ね、姉さま!?マコ姉さま!?急にどうなさいました姉さま!?大丈夫ですか姉さまー!!!?』


 思わず叫ばずにはいられなかったのである……



 ◇ ◇ ◇



「…………太った」

『は?』

「だから、私太っちゃったのっ!コマに先日プレゼントしてもらったばかりの大事な服が、入らないくらい太ったのぉ!」


 そんな私にとっての大事件があった日の夜。偶然にも我らが叔母のめい子叔母さんが『来月しばらく家に帰れるよ。アタシの為に美味い飯と酒を用意しとけよ』なんて(実にどうでも良い)電話を掛けてきた。そんな電話を掛けてきた叔母さんに、私は今日の事件について涙交じりに話すことに。


「どうしよう……このまま太ったままじゃ私……コマが折角私を想ってプレゼントしてくれたお洋服が着れない……それに、何よりも!ブクブク醜く太ったままだと……コマに嫌われちゃう……!!?」

『ほーん。それで?』

「だから私……今日から頑張ってダイエット始めますっ!」


 高らかに叔母さんに決意表明する私。元々完璧ボディを持ち、その上で普段から運動を欠かさないコマと違い、そのコマの双子なのに私はかなりぽっちゃりしている。実は今までもダイエットをしようしようと思っていた。

 ……その度にコマからは『絶対、そう絶対に!ダイエットなんてしないでくださいね』って止められてきたけれど……今回ばかりはそうもいくまい。


『フーム……マコがダイエットねぇ?別に必要ないとは思うし、寧ろマコが痩せるなんてコマは嫌がると思うんだが…………まあ、本人がやりたいって言うんならそれで良いか。んで?ダイエットするのは別にいいが、お前さんはダイエットのやり方とかわかるのかい?』

「全くもってわからん!……と言うわけでだ。めい子叔母さん。年の功ってことで、何か良いダイエットとか知らんかね?アドバイスがあったら教えて頂戴な」

『オイ、年の功は余計だろうが』


 年を重ねている分、叔母さんもダイエットとかに手を出したことがあるかもしれない。そんな期待を込めて叔母さんにアドバイスを貰おうとする私。


『やれやれ……ダイエット、ダイエットかぁ……アタシはダイエットなんざ必要ない、パーフェクトボディだからなぁ。そのアドバイスはちょいと出来そうにないわなー』

「パーフェクトボディ……?ハハッ!嘘つかないの叔母さん。叔母さんったら運動とか全然してないからお腹周りにたるみが出来始めてるでしょ。ついでに年のせいか頬にもたるみとかほうれい線が―――」

『それ以上その話題を口にするなら、今すぐ電話切るぞキサマ……!』


 マジトーンでキレる叔母さん。事実言っただけなのに相変わらず横暴だね。


『とにかくダイエットなんざアタシには縁のない話だからよ。アタシに聞かれても困るさね。ま、そういう事ならアタシよりもシュウ……編集の方が詳しいだろ。―――てなわけでだ。おい編集。ちょいとマコにアドバイスをしてやれよ』

『わかりました先生。―――失礼。お電話変わりました。お久しぶりですマコさん』

「おお、編集さんですか!おひさです!いつも叔母がお世話になっていますっ!」


 叔母さんの隣で話を聞いていたのだろう。叔母さんとバトンタッチして代わりに出てくれたのは、叔母さんを公私ともに支えてくれている頼れる叔母さんの編集さんだ。


『それでマコさん。ダイエットをしたいという話でしたが……』

「ええ、そうなんです。いやはやお恥ずかしい話なのですが、手っ取り早く痩せるにはどうすれば良いでしょうか?」

『……そうですね。一般的にはやはり適度な運動、食事制限や食事改善。あとは……マッサージも良いと聞きますね』

「ふむふむ……」

『まず運動ですが、運動には有酸素運動・無酸素運動の二種類があります。どちらか一方を徹底的に行うだけでも痩せることは出来るでしょうが、この二つをどちらも取り込むことでよりよいダイエットに―――』


 流石編集さん。まるで役に立たぬ叔母さんと違い、ダイエットについて具体的に優しくアドバイスをくれる。


『―――というわけです。参考までに試してみてはいかがでしょうか』

「なるほど……うんっ!ありがとうございます編集さん。とても勉強になりました!」


 編集さんに言われたことをメモ帳にびっしりと書き記した私。よし、よしよしよし!これさえあれば、私も痩せられる……!コマに嫌われずに済む……!


『…………マコさん。ダイエットを行うにあたり、一つだけ約束してくれませんか?』

「へ?あ、はい。何でしょうか編集さん」


 なんて、心強いアドバイスを受けて舞い上がっていた私に。そのアドバイスをくれた編集さんが何やら真剣そうな声で私にそんな事を言ってきたではないか。ダイエットに……約束ですか?


『マコさんの事ですし……恐らくコマさんの為に、コマさんを想ってダイエットに励もうとされていると思うのですが……』

「あ、そうなんですよ。わかります?」

『ならばこそ。そのコマさんの為を思うならば……どうか無茶だけはしないでくださいね』

「へっ?」


 無茶をするな……?う、ううん?私の場合はかなりお肉ついているわけだし、多少の無茶はしないと痩せないと思うんだけど……


「???え、えっと……どういうことです?」

『言葉通りですよ。とにかくどうかコマさんに心配をかけるような事だけはしないようにお願いしますね』

「は、はぁ……」

『私からのアドバイスは以上です。では、来月には一度めい子先生と一緒にそちらへ帰ってきますから。お土産楽しみにしておいてくださいね』


 そんなアドバイスと共に、電話を切った編集さん。どういう意味かはよく分からないけど……


「まあ、言われた通りほどほどに頑張ってみますかね」


 待っててね、コマ。お姉ちゃん必ず痩せる。痩せて……コマに相応しいコマみたいな素敵なスタイルを目指すからね。

 こうして私、立花マコの……マル秘ダイエット作戦が本日より決行されたのであった。

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