ダメ姉は、もしもを想像する(後編)

「……マコもコマもカナーも。皆想像力逞しいね。反応見てるだけで面白いや」


 どんな想像をしたのか知らないけれど。何故か二人してこの私を題材に《もしも》を想像した挙句、恍惚の表情で鼻血やらよだれやらを流すコマとカナカナ。

 その二人を介抱していると、ヒメっちがまるで他人事のようにそんな事を言い出したではないか。


「もしもの話を最初に話題に出した張本人がそれ言う?……てか。そういうヒメっちは何か想像するようなネタとか無いわけ?」

「……私?」


 よく考えたら言い出しっぺが何もしていない事に気付く私。人に想像させるだけさせといて自分は何もしないなんて……なんかズルいじゃないのさ。


「……んー。そだね。もしもネタかー……」


 私の一言に腕組みをして考え出すヒメっち。……そして数秒後。何故か私の顔を見て、ポンっと手を叩いてから何か思いついた様子を見せる。


「……良いこと思いついた」

「思いついたって、もしもネタを?」

「……うん」

「へぇ、それどんな設定なのさ」

「……これは中々想像のし甲斐があると思う。もしも―――『もしもマコが、私と母さんの娘だったら』って設定で、今から私想像してみるね」

「ちょっと待てや」



 ~ヒメ想像もうそう中~



 ……紆余曲折あって。私、麻生姫香と……その母であり最愛の人―――麻生妃香は永遠の愛で結ばれた。


「ヒメママー、ひみかおかーさーん!」


 二人の愛の力により、いろんな奇跡が起こって―――私たちの間にはその愛の結晶である子どもが産まれた。子どもの名前は……麻生マコ。『だからちょっと待てと言ってるでしょうが。ねえ、聞いてる?聞こえてるのヒメっち?』


 ハイテンションでちょっとおバカでおっちょこちょいだけれども。バカな子ほどかわいいとは言い得て妙。『オウ。誰がバカだ誰が。つーか人の話聞けぃそこの超絶マザコン娘』目に入れても痛くない、私たち婦ー婦おやこのカワイイカワイイ愛娘だ。


「なんたって、私とヒメの実の娘だからねぇ。可愛く育つのも当然だよな」

「……うん。世界で二番目に可愛い娘」

「んん?オイオイ、そこは世界で一番目に可愛い娘って言う所じゃないのかい?」

「……一番かわいいのは、母さんだもの」

「ッ……きゅ、急に恥ずかしい事言うなよなヒメ!?わ、私だって……一番ヒメの事をかわいいって思ってるんだからなっ!?」

「……母さん……♡」

「…………あ、あの……」

「「……マコ?」」


 愛娘を前に婦ー婦同士でイチャついていると……マコが私と母さんに何か言いたげにモジモジしていることに気付く。母さんとのイチャイチャをいったん中断し、娘の話を聞いてあげることに。『ヒメっちよ、キサマは妄想の中の私より現実の私の話を聞くべきだと思うんだがね?』


「……マコ、どうかしたの?」

「何か私らに言いたい事でもあるのかい?」

「あ、あの…………えっと。ママ、おかーさん。突然だけど私……今欲しいものがあるの」

「「欲しいもの?」」


 私に似て物欲があまりないマコにしては珍しく、私たちにおねだりをしてきた。


「マコのおねだりとはこれはまた珍しいな」

「……あまり我儘言わないもんねマコ。いい子いい子。いーよ。言ってごらん。いつもいい子な分、欲しいものがあるなら何だってあげちゃう」

「ほ、ホント?ならお願いおかーさんたち。…………私、妹が欲しいのっ!」

「「…………え」」


 そのマコの衝撃的な発言に、思わず私たちは顔を見合わせる。それは、つまりは―――


「ダメ、かな?」

「い、いや……ダメって言うかなんて言うか…………い、妹……妹ね……ど、どうするよヒメ……?」


 マコ、ナイスなおねだりだ。私は内心ガッツポーズを取りながら、母さんにこんな提案をする。


「……ねえ母さん。マコも大分育ってきて、手も掛からない。それに今は生活にも十分余裕があるじゃない?」

「お、おぉ……そうだな。それがどうかしたのかい?」

「……なら、さ。マコも妹が欲しいって言ってるし。もう一人家族が増えても良いと思わない?」

「ッ……ひ、ひひひヒメ!?ま、まさか……それは……」


 私はマコに見えないように母さんの手をきゅっと握り……母さんの耳元でこう囁く。


「―――そのまさか。今日、久しぶりに……ヤろ。二人目の愛の結晶……作ろ」

「…………(コクン)」


 マコと、それから私のおねだりに。母さんは赤面しながらも小さく頷く。私はマコを早々とマコの部屋に寝かしつけ、そして母さんの待つ寝室へと足を運んで―――


『えぇーい!いい加減その妄想やめんかーいっ!!!戻ってこーいマザコン娘ェ!!!?』



 ~ヒメ想像もうそう中断~



「……何さマコ。今良いところだから邪魔しないで」

「何さマコ、じゃねーよ。人の話聞けや真正マザコン野郎」


 いろんな意味で危うい《もしも》ネタに手を出そうとするマザコンを全力で止める私。想像の途中で遮られたヒメっちは『今良いところだったのに』と不服そうに私をジトっと見つめるけど……その想像、ツッコミどころが多すぎでしょうが……


「女同士……それも実の母親と娘の間に子供が出来ているって設定は…………まあギリギリツッコまないよ?夢のある話だし。けどさ……何故よりにもよってこの私がその娘役なのかについては、ちゃんと納得のいく説明して貰おうかヒメっち」

「……なんとなく。想像しやすかったし」

「な、なんとなくって……」


 なんとなくで私を麻生家の娘にしないで欲しい。何が悲しくて同級生の親友の娘として誕生しなきゃいけないんだよ……


「つーかさ……コマもカナカナもヒメっちも。何故に君たちは私を妹にしたり後輩にしたり、挙句の果てに娘にしたりするのかね?」


 妄想にのめり込みかけたヒメっちと、それからようやく意識が戻って来たコマとカナカナに向けて先ほどから感じていた疑問を投げかける。皆が皆私を年下としてイメージしてるのは何故なんだ……?


「だって、なんとなくだけどマコって後輩キャラって言うか……年下っぽい感じがするのよねー」

「……見た目も中身も子どもっぽいし」

「妹な姉さま……素敵です……」


 三者三様の言い分に頭を抱える。私、一応モノホンの姉キャラなんだけどなぁ……


「マコ先輩♪お疲れ様ですっ!」

「んぁ?……おぉ、レンちゃんじゃないの。おつおつー」


 そんな話をしていると、私たちのいる三年生の教室にひょっこり可愛い一年生が顔を出す。私を先輩と呼ぶ彼女は……柊木レンちゃん。ある意味噂をすれば何とやらだ。モノホンの後輩がやって来たではないか。


「レンちゃん、もう部活終わったの?」

「はいっ!今ちょうど終わりました!それで……マコ先輩と一緒に帰りたいなって思って、来ちゃいました!先輩さえ良ければ一緒に帰りませんか?」

「ハハ。嬉しい事言ってくれるじゃない。んじゃ、ここにいる皆で一緒に帰ろうねー」

「はいっ!」


 つい先日、彼女と知り合ったばかりだけれど。色々あって何故かレンちゃんに慕われることになった私。今みたく暇さえあれば―――というか暇など無くてもほぼ毎日私に会いに来てくれる。

 後輩にバカにされずそれどころか無条件に慕われるなんて経験、そうそうなかった私にとっては新鮮でちょっと嬉しい。


「ところでマコ先輩。それに……立花先輩に叶井先輩、麻生先輩。皆さんとても楽しそうにお話をされていたようですけど、何の話をしてたんですか?」


 どうやら私たちの声は廊下まで筒抜けだったらしい。レンちゃんは首を傾げながらそう聞いてくる。別に隠すような話でもないので、レンちゃんに《もしも》の話をしていたと説明する私たち。


「へぇ……《もしも○○だったら》ですか。面白そうですねっ!」

「そう思う?ふむ……ならレンちゃん。レンちゃんも何か《もしも》のネタとか無いかな?」

「えっ!?あ、あたしですか!?」

「うん。何でも良いよ?思いつくことがあったら参考までに聞いてもいい?」


 面白そうと言ってくれたし、折角なのでレンちゃんにもこの雑談の輪に加わって貰う事に。私の唐突な無茶ぶりに、アタフタしながらも一生懸命考えてくれるレンちゃん。


「え、えーっと……えーっと。…………あ。も、もしも……《もしも皆さんが動物だったら》―――とか、どうでしょうか!?」

「「「「……動物だったら?」」」」


 今までの《もしも》な話とは随分と方向性が違うネタが出てきた事で、思わず私たち3年生組は思わず顔を見合わせる。ほほぅ……そう来たかー。


「それってつまり、動物に例えるとどんな動物になるかって事かな?」

「は、はい……あ、あの……だ、ダメでしょうか……?」

「んーん。ダメじゃないよ。つーか、今までで一番面白そうだよ。ナイスアイデアレンちゃん」


 レンちゃんの初々しい、メルヘンチックな想像にほっこりする私。自分で言うのもなんだけど、女四人が集まって想像する内容が、四人ともちょっとアレな……いかがわしい想像ばっかりだったからね……

 これこれ、こういうレンちゃんみたいな乙女っぽい《もしも》の想像をしたかったんだよね。


「……んじゃ私から」

「んん?ヒメっちから行くの?」

「い、意外ですねヒメさま」

「どうしたの?おヒメにしては随分積極的ね」

「……ダメ?」

「あ、いや別に良いよ」


 そんなレンちゃんのもしもの話に、真っ先に乗って来たのは意外にもヒメっち。お母さん関連の話題以外は基本消極的なヒメっちにしては珍しく食いつきが良いな。


「……もしも私が動物だったら……」

「「「「動物だったら?」」」」

「……アレがいい。カンガルー」

「「「「か、カンガルー……?」」」」


 何故?何故にカンガルー……?ヒメっちにカンガルー要素ってあったっけ……?


「……カンガルーいいよね。生まれた後も母さんのナカで母さんに守られるとか幸せすぎる……」

「「「「……」」」」


 ホントぶれないなこのマザコン……


「ヒメっちは置いておくとして。コマとカナカナは自分が動物だったら何になると思う?」

「え?私ですか?んー……何でしょうね?急に言われるとすみません、パッと思いつきませんね」

「あら?コマちゃんホントに思いつかないの?コマちゃんはアレでしょアレ。狸でしょ。化かすの得意そうだもんねー」

「……うふふ。そういうかなえさまは狐ですよね?隙あれば人の恋人を誑かしますし」

「「…………ふ、ふふふ……」」

「コマ?カナカナ?何故に二人はこの平和そうな話題で喧嘩一歩手前まで持って行けるのかい?」


 コマとカナカナはニコニコ笑顔を―――目だけは笑ってない笑顔を浮かべ、私を間にしてバチバチと火花を散らせる。この二人、仲が良いのか悪いのかわかんないわ……


「先輩、先輩っ!あたし、あたしは動物に例えるならどんな動物だと思いますか?」


 そんな二人の不穏な空気に気付いていない様子のレンちゃんが、無邪気に私に問いかけてくる。そんな彼女に合う動物と言えば……


「レンちゃんは―――わんこかな」

「ワンちゃんですよね」

「マコ限定の忠犬よね」

「……若干駄犬要素もあると思われる」

「あ、あの……どうして皆さんノータイムで同じ意見が出てくるんです?」


 全会一致。まあ、この子は間違いなく動物に例えるならわんこだろう。


「んじゃ、最後に私は動物に例えるならどんな動物だと思うかな?」


 自分じゃどんな動物か想像つかない。皆から見て、私ってどんな動物に見えるんだろうか?その私の問いかけに、コマ・カナカナ・レンちゃんは思い思いにこう答えてくれた。


「天使さまですね」

「いや女神でしょ」

「天女さまです!」


 三人が三人口々に私を例える。……いや、称える。三人の共通する点は、動物じゃないってところか。

 あのさ、動物に例えるとって前提で聞いたよね私?何でそんな答えが返ってくるのかね?


「コホン。あー……じゃ、じゃあヒメっち?ヒメっちは私を動物に例えるなら何になると思う?」


 私に対して補正がかかった目で見てくれるこの三人に聞いたのがちょっとマズかった。ヒメっちなら普通に答えてくれると期待して問う私。

 そんな私の問いかけに、少しだけ考える素振りを見せたヒメっちは……しばらくしてからこう答える。


「……ネコ」

「え?うそ、猫?」


 む、むむむ?猫ですと?……一番無さそうな動物じゃないの。猫ってなんかクールなイメージあるからあんまし私に合いそうにないって思うんだけど……


「……猫違う。ネコ」

「ん、んん?……ねこ……ネコ?ね、ねえヒメっち?それってもしかして……」

「あー……確かに姉さまはネコですね」

「ああ、うん。マコは間違いなくネコよね」

「猫ちゃんなマコ先輩ですか?なんだか可愛らしいですね!」


 マコは猫に在らず。ネコだと言うヒメっち。……あ、ああなるほど。一瞬意味が分からなかったけどそういう事ね。無邪気な反応を示すレンちゃんはともかく……ヒメっち。それから何やら同意しているコマにカナカナよ。

 ……誰が受け攻めの話をしろと言った。



 ◇ ◇ ◇



「―――ところで姉さま?一つ聞いても宜しいですか?」


 そんな雑談をしたその日の夜。いつものように二人一緒のベッドで寝ようとした矢先。コマが何やら思い出したように私に問うてくる。


「んー?なにかなコマ?」

「ちょっと気になっていたのですが……どうしてマコ姉さまとヒメさまは、《もしも》の想像をしていたんですか?」

「あー、そう言えば言ってなかったね。いや、実はさ……ヒメっちがちょっと悩んでたみたいでさ。その悩み相談みたいな事してたらいつの間にやら《もしも》の想像することになっちゃっててね」

「ヒメさまが、悩んでいた……?」

「うん。詳しい話を聞いたわけじゃないけど……女性同士。それも血縁関係の人との恋愛について悩んでたっぽい。しがらみとか倫理観とかがどーたらこーたら言ってたよ。だから《もしも私とコマが姉妹関係じゃなかったら》って話題になったってわけ」

「……っ」


 私が事情を説明するとコマはどうした事か、少しだけ表情を強張らせる。……ん?コマ、どうかしたの?


「……姉さまは、その……」

「うん、なぁにコマ?」

「……私たちが姉妹じゃなかった方が……嬉しいですか?」

「…………は?」


 真剣な顔で、そんなおぞましい事を聞いてくる我が最愛の妹。コマと姉妹じゃない方が嬉しいか?いいや、嬉しいどころかしにたくなるわそんなん。さっきもヒメっちに想像させられかけて血反吐吐きそうになったんだけど?


「な、何故にそんな残酷な事を聞くのマイシスター……?」

「……だって。ヒメさまの気持ち、不安。わからないわけじゃないです私。私は姉さまと結ばれて幸せです。ですが……私の幸せの為に、姉さまの幸せを奪ってしまっているんじゃないかって……時々思う時が、あります」

「……どゆこと?」

「例えばですが……残念ながら、私では姉さまに子どもを産んで貰う事は出来ません。家庭を作るという一つの幸せを、図らずも恋人同士になった事で姉さまから奪ってしまっています。子どもの件だけじゃありません。他にもいろいろと……姉さまに辛い思いとか苦しい思いとか、させちゃっているんじゃないかって……考えてしまうんです」

「……コマ」

「ねえ、姉さま?姉さまは……本当に幸せですか?子ども……欲しかったりしませんか?」

「ふむ……」


 子ども、子どもねぇ。……んー。そうだなぁ……


「…………うん。まあ欲しいね子ども」

「ッ……!や、やっぱり姉さま―――」

「―――欲しい」

「……ぇ」


 一瞬絶望顔を見せて、そしてその後すぐにポカンとした愛らしい顔を見せてくれるコマ。やれやれ、わかってないなぁ。


「あのねコマ。私はコマと姉妹でありながら、コマと恋人同士になれた今が一番幸せだよ。姉妹じゃないコマなんて考えられないし、考えたくもないね。倫理がどうした、しがらみがどうした。世間の目?法律?関係あるか。人の幸せは人それぞれじゃない」

「で、ですが……子どもとか……」

「そりゃ、子どもが欲しくないかって聞かれたら……欲しいよ。けれど、大前提として。一番大好きな人との子どもじゃなきゃ、私は嫌」


 それこそ《もしも》子どもを産む(もしくは産んでもらう?)なら、コマと愛し合った末に出来た子どもじゃなきゃね。


「コマは優しいから、私の事を色々考えてくれてるみたいだけど。改めてもう一度言うね。私は今が一番幸せ。コマと双子で、姉妹で、そして恋人で……生涯のパートナーって関係を築くことが出来た今が一番幸せだよ」

「ねえ……さま」

「だからさ。私の幸せを疑う暇があるなら―――私の事、いっぱい幸せにして欲しいな。抱きしめて、キスをして。愛の言葉を囁いて。この私の幸せを……確かな物だって証明して欲しいな」

「ぁ……♡」


 そう言って私はコマを抱きしめて、背中をポンポンと叩く。コマはその私の答えに大層満足してくれた様子で私を強く抱きしめ返し、


「は、はい。はいっ……!証明、します。幸せにしますぅ……!」

「え……わ、わわ……っ!?ちょ、コマ……落ち着いて―――」


 そしてキスの雨を私に降り注ぎ出した。


 …………これはどうでも良い余談だけど。『幸せを証明して』なんて軽く言ってしまったせいか。この日のコマは……その。

 いつも以上に燃え上がっていました。








 そんな話をコマとしたからだろうか。コマにいっぱい愛して貰い、気を失うように寝入った私は……こんな夢を見た。―――《もしも私とコマの間に子どもが出来たら》という夢を。



 夢の中の私は……今と変わらずとても幸せな顔をしていた。そんな私の隣にいるのは、今よりもっと背が伸びて、今よりもっと綺麗で可愛くなっていた……最愛の妹でありお嫁さんのコマ。


「……コマは、大人になってもますます綺麗になっていくね。……好き」

「ふふっ♪それは私の台詞ですマコ。マコは日を重ね、年を重ねる度に美しさを増していきますね。困りますね、毎朝マコと顔を合わせる度に惚れ直してしまって実に困ります」


 困ったと言いながらも全然困った顔をしていないコマ。そうやって私とコマがいつものように顔を見合わせ笑いながら……ゆっくりといつもの朝の挨拶キスを交わそうとすると―――


「あー、ズルい!ママたちまた私にナイショでちゅーしてるー!」


 突然。リビングからそんな大声が聞こえてきたかと思うと、私とコマの間に割って入ってきた影が一つ。


「ご、ごめんごめん。コマおかーさんがあまりに綺麗でつい……」

「ごめんなさいね。マコママがとても美しくてつい」

「つい、じゃなーい!ズルいズルいズルい!私も、ママたちとちゅーするのー!仲間はずれはイヤッ!」


 ぷんぷん怒りながらそんな主張をする彼女は―――コマの、いやコマと私の幼少期にとてもよく似ていた。私たちをママと呼んでいるという事は、それはつまりは……


「わかったわかった。ほら、チュー」

「はい、チューですよ」


 私とコマは苦笑いしながらその子のプクーっと膨らませた頬っぺたに両側から同時にちゅっとキスをする。


「……むー。ねえママたち。どうして私には唇でちゅーしてくれないの?ママたちいっつも唇でちゅーしてるじゃん!ズルいよ!」


 おませなこの子はママたちのこのキスではどうやら不満らしい。けれど私たちは笑ってこう返す。


「ダメだよ。このキスはね……特別なキスだもの。本当に愛している者同士がするキスだから。いくら私たちの愛の結晶とはいえ、これだけはあげられないの」

「私もママたちのこと愛してるよー?」

「いいえ、貴女はまだ本気の好きを知らないだけです。私とマコが恋をして口づけを交わし続けて……そして本当のキスを交わしてきたように。それは貴女が本当に好きになった人の為に取っておきなさい。そうじゃなきゃ後悔しますよ?」

「……そうなの?」

「「そうなの」」

「……わかった。がまんする」


 よく分かっていないものの、私たちに説得されて渋々諦めてくれる。そんな我が子を目の前に、自然と私はまた笑みをこぼしていた。


「……ねえ、姉さま」

「え?なにかなコマ?」


 と、我が子をぎゅっと抱きしめて、頬擦りしながら頭を撫で撫でしていると。愛しのコマが久しぶりに私の事を『姉さま』と呼びこんな事を聞いてきた。


「姉さまは……本当に幸せですか?」


 以前と全く同じ問いかけを私にしてくるコマ。けれど不安に駆られて問うてきたあの日とは違い―――今のコマはとてもいい笑顔で、とても幸せそうに尋ねていた。

 そんな彼女と、それから我が子を見て。私は自信満々に笑顔で答える。


「言うまでも無く、幸せだよコマ」

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