ダメ姉は、もしもを想像する(前編)

「―――マコとコマって、パッと見た感じあんまし姉と妹って感ないよね」

「はい?」


 これまたとある日の放課後。部活の助っ人に行っているコマと進路の件で進路相談室へ先生に呼び出されたカナカナを待っていると。ヒメっちが唐突にそんな事を言ってきた。


「いきなり何なのヒメっち?私とコマが似てないって話?」

「……違う違う。そういう意味じゃなくて……二人って見た目とか中身の印象が、なんか姉と妹って感じがしないの」

「どゆこと?」


 何の脈絡もなくこんな事を口に出すヒメっちには慣れたけど、ド天然な親友の発言はいつも難解ですぐには話が理解できないから困っちゃう。私たち立花姉妹の印象が姉と妹って感じじゃないって何が言いたいんだこの子は……


「……ほら。マコってさ、低身長で小動物みたいで天真爛漫で底抜けに人懐っこくて明るいおバカな子じゃない?どっちかと言うと妹キャラって感じなんだよ」

「え?私妹キャラなの……?」

「……わりと。逆にコマはマコより背が高くて見た目クールな何でもできる優等生だから……どっちかと言うと姉キャラなんだよね。だからマコは姉感が、コマは妹感がそんなにしないなーって思ったわけ」

「あー……なるほどそういう事ね」


 そこまで説明されてようやく理解する。確かに見た目の印象的な意味でも……私とコマはあまり姉と妹っぽくないとはよく言われる。

 双子とはいえ一応私の方が僅差で誕生が早かったハズなのに……コマよりも大分背が小さくて童顔なせいで、未だに初対面の相手からはコマが姉で私が妹と思われることが多いんだよね。


「……もしもマコとコマが、姉妹逆転してた方がしっくりくるかも」

「えっ……?」


 ヒメっちのそんな台詞に固まる私。それはつまり……私が妹で、コマが姉って事?

 《もしも私とコマが姉妹逆転していたら》……そんな想像もうそうしてみる私。ええっとその設定だと―――こんな感じだろうか?



 ~マコ想像もうそう中~



『コマおねーちゃん!見て見て!ケーキ作ってみたよ!』

『あら……ふふ。これはまた美味しそうね。マコは本当に料理上手ね』


 私の姉……立花コマお姉ちゃんは。ダメダメな私と違って綺麗でクールでカッコいい皆の憧れの存在だ。勉強も運動も得意な優等生で、その上とっても心優しい。私はそんなお姉ちゃんが大好きだ。


『お姉ちゃん、生徒会のお仕事大変なんだよね?疲れた時は甘いものが一番!これお姉ちゃんの為に焼いてみたんだ!良かったら食べてよ!』

『まあ……ありがとうマコ。とっても甘くて美味しそう。頂くわ』

『うんっ!遠慮せずにどんどん食べてね!』


 大好きなお姉ちゃんに喜んで貰いたくて。唯一得意な料理をお姉ちゃんに振舞う私。お姉ちゃんはそんな私に、私にだけ見せてくれるとびっきりの天使のような笑顔を見せて頭を撫でてくれる。


『それはそうと……ねえマコ?疲れた時は甘いものが一番、貴女そう言ったわよね?』

『?うん、言ったけどそれがどうかしたの?』

『……ふふ。ケーキも勿論美味しく頂くけど……今私の目の前にある、もーっと甘くて美味しそうなデザートもお姉ちゃん食べたいなーって思ってね』

『きゃっ!?あ、あの……コマお姉ちゃん……?』


 いつの間にか壁ドンされ、指を絡め取られた私。コマお姉ちゃんは天使のような微笑みから、小悪魔みたいなイジワルな目で私を見つめて。


『あ……ダメ、お姉ちゃん……』

『ごめんね、悪いお姉ちゃんで。じゃあマコ―――頂くわ』


 そうして私の唇に自分の唇をゆっくりと近づけて―――



 ~マコ想像もうそう終了~



「…………良い」


 やば……良い。超良いわコレ。コマお姉ちゃんとかすっごい滾る。呼び捨てにされるのも凄い良い……敬語じゃないコマもワイルドでこれはこれでアリかもしれない。なんかめちゃくちゃドキドキする……


「……マコ。何想像したのか知らないけど、興奮しすぎ。ほら鼻血鼻血」

「おっと、失礼ヒメっち」


 あまりに甘美な想像に鼻血がタラリ。……この設定、今度コマとの夜のイチャラブ婦婦ふーふ生活に活用させて貰うとしよう。


「……ねえマコ。もしもの話ついでに、聞いてみても良いかな」

「ん?なぁにヒメっち」

「……《もしもマコとコマが姉妹じゃなかったら》―――そんな想像、したことある?」

「え゛!?」


 溢れ出るコマへの愛と言う名の鼻血を抑えていると、これまた急にヒメっちがとんでもない事を言い出す。


「な、ななな……なんで、そんな変なこと言い出すのかねマイフレンド……?こ、コマと私が姉妹じゃない想像……?そ、そんな恐ろしい想像、何故にしなきゃならんのかね……?」

「……OK。その反応だけで、した事無いって事がよく分かったよ」


 あるわけ無いわ。そんな想像しろだなんて、罰ゲームかなにかで?


「ねぇ、どうしてヒメっちはこんな事聞いてきたのさ?つーか、こんな事聞いて何になるのさ?」

「……ちょっと思う所があってね」

「思う所?」

「……私、母さんの事好きだけどさ……血の繋がった人を好きになったら…………しがらみとか、倫理観とか、世間体とか、法律とか……色々あるじゃない。私は別にそーいうのは気にしないけど……母さんがその事で悩んだりしてるの見ると……少し、辛いなぁって」

「ヒメっち……?」

「もしも私と母さんが……親子関係じゃなかったら、母さんをこんなに悩ませることもなかったのかなって思って。……私と同じ、血の繋がった人を好きになったマコに……ちょっと意見聞いてみたかったの。ゴメン、変な事言いだして」


 いつになく真剣に語る親友。……ふむ。この様子……ヒメっちは何か悩んでいるとみた。あんまし踏み込んで聞いて良いものかわからないけれど……


「…………私は、妹じゃないコマを想像する事は出来ないなーって思ってる」

「……え?」

「その場合はさ、私とコマは赤の他人って設定だよね?……私は、妹であるコマの事が好きだから」

「……妹じゃないコマは、好きになれないってこと?」


 驚いた顔で私に問うヒメっち。あー、違う違う。そういう事が言いたいんじゃなくて……


「ううん。多分、いや間違いなく。例え私とコマが姉妹じゃなくても……私はコマに一目惚れしてたと思う。好きになってたと思う。でもさ……」

「でも?」

「でも……多分その場合、私たちは付き合えないまま終わってたと思うんだ」

「……?」


 だってコマが妹だからこそ、私とコマは今みたいな関係になったわけだから。


「だって考えてもみなよヒメっち。私たちが姉妹じゃなかったら、まず接点がなくなるじゃない?成績優秀眉目秀麗な学園の才女と、学園一のおバカでダメな変態。高嶺の花過ぎてこの時点でコマから相手にされないだろうし」

「あー……うん。それは、そうかもね」


 恐らくコマの事を密かに憧れるモブキャラとして私は終わっていただろう。好きだけど告白も出来ず、特に関わる事もないまま遠目でコマの事を眺めるだけしか出来なかったんじゃないかな。


「そういう意味でいうと。身近な……双子の姉妹として生まれることが出来て……神様マジサンキューって心から思ってる。双子の姉妹っていう他の誰にも真似できない関係からスタート出来て幸運だったよ」

「……なるほど」

「まー、そういうわけで。…………ヒメっちが何を悩んでるのかは知らんけど。しがらみとか倫理観とかその他諸々は置いておくとして。そういう事よりもまずはさ、ヒメっちのお母さんと親子としてこの世界で出会えた運命に感謝すべきじゃないかな」

「……マコ」


 なんて偉そうなことを言ってみたり。……私とコマ以上の業―――女性同士で、年の差あって、しかも親と子という業を背負っているヒメっちは私たち以上に大変な事も多いだろう。

 ……けど、その恋を間違ってるとは言わせたくない。ヒメっちが真剣な事は知ってるもん。私はこの親友の恋を応援したい。あんまりアドバイスらしいアドバイスは出来ないけれど、せめて勇気だけは上げたいな。


「……あんがと、マコ。ちょっと弱気になってた。でも、お陰で吹っ切れた」

「そっか。それは良かったよ」

「……うん。そうだよね母さんが母さんじゃないとか……考えられない。私は、母さんが母さんだから、好きなんだ……」


 さっきよりも元気が出た様子のヒメっち。少しだけでも力になれたなら何よりだ。


「それにしてももしもコマと姉妹じゃなかったらかぁ。……あんまし想像したくないけどその場合マジで私どうなってたんだろうね」

「……その設定だと。コマと接点がなくなる以上、マコは別の人と付き合ってたんじゃない?」


 ムム?別の人……別の人か。コマ以外で付き合うとなると―――やっぱり。


「ならカナカナと付き合う事になってたかもしんないね。私もコマがいないなら、カナカナの告白を断る理由はなくなるし。そもそも私からカナカナに惚れてたかも」


 やっぱり親友で一番気心の知れたカナカナになるのかな。……なんてことを冗談交じりに口に告げた私。







「―――マコ、それ本当かしら」

「うわっ!?かっ、カナカナ!?」

「おぉ……カナーいつの間に」


 するとどうした事だろう。そんな一言を告げた瞬間。爛々と目を光らせて、話題の親友がいきなり私の元に現れたではないか。び、ビックリした……


「言ったわね?今マコ言ったわよね?『コマと姉妹じゃないならカナカナと付き合ってた』って。そう言ったわよね?言質は取ったわよ」

「い、いやあの違……あ、あくまでそういう設定だったらって話で……半分冗談な話をしてただけで……」

「つまり……マコとコマちゃんの姉妹の縁を切れば、マコはわたしと付き合っても良いって事よね?」

「それはどういう判断だいマイフレンド?」


 一体何をする気だ、怖いぞカナカナ。


「―――ご安心くださいませマコ姉さま。例え100万回生まれ変わっても、私は姉さまの双子の姉妹として生まれます。そして100万回姉さまに恋をして、そして結ばれます♡かなえさまが入る余地はありませんからね」

「ぬわ!?こ、コマ!?」

「チッ……もう来たかコマちゃん。地獄耳ね……」

「……コマ、今どっから現れた……?」


 私に迫るカナカナを押しのけて、私をガードするようにこれまた瞬間移動をしてきたように突如として私とヒメっちの前に現れる我が妹のコマ。いや、あの……コマも何処からどうやって来たの……?


「「ところでマコ(姉さま)、おヒメ(ヒメさま)?今何の話をしていたの(ですか)?」」

「「…………えーっと」」


 二人仲良くけん制し合いながらそう尋ねてくるコマとカナカナ。そんな二人に私とヒメっちは苦笑い。

 状況は全く理解していないにも拘らず、私をコマから奪えるとなるとすぐさま駆けつけてくるカナカナも。それからそんなカナカナから私を守るべく何処からともなく現れるコマも。二人とも最近人間やめてないかい……?

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