ダメ姉は、コスプレする(前編)

 しんと静まり返ったリビングに、二人の女の子が緊張した面持ちで睨み合っている。


「……今日という今日こそ、勝たせて貰うよコマ」


 一人はご存知ダメ姉こと私、立花マコ。


「……それはこちらの台詞です姉さま。私、絶対負けませんから」


 もう一人は私のカワイイカワイイ最愛の妹にしてお嫁さんである、立花コマ。

 ピリピリと張り詰めた不穏な空気の中。私たち双子はじわりじわりと距離を詰め、牽制し合いながら力強く握り拳を作る。


「……覚悟はいいね。私、容赦しないから」

「……返り討ちですよ姉さま」


 そして互いの拳が届く位置まで近づくと、


「「ッ……!」」


 二人ほぼ同時にその拳を振りかぶり、


「コマぁああああああ!」

「姉さまぁあああああ!」


 裂帛の気合と共に相手に向けて思い切り振り下ろす。さあ勝負だコマ……!私はこの手に全てを賭ける―――







「「―――じゃん、けん、ぽん!!」」


 私、グー。コマ、パー。つまりこれは……


「ぬぁあああ……ま、負けた……」

「やった♪私の勝ちですね姉さま」


 がっくり肩を落とす私とは対照的に、コマは子どものように無邪気に嬉しがる。


「では姉さま。ルールに則って……早速こちらを着て貰いましょうか」

「こ、これを……!?え、ちょ……待って!?ナニコレ!?胸元空きすぎじゃない!?これホントに服!?コマ、もしかしてこれコマが切れ込み入れた!?」

「大丈夫です、その服は元からそういう仕様です。それより姉さまお着替えを早く。はーやーくー」

「う、うぐぐ……わ、わかったよ……」


 心底嬉しそうなお顔でクローゼットからとある衣装を取り出して、私にそれを手渡すコマ。衣装を受け取った私は渋々その場でお着替えを始める。

 …………私たちが今何をしているのかって?おや、見てわからないかね?……二人っきりのコスプレ大会に決まっているじゃないか。



 ◇ ◇ ◇



「―――姉さまって、あまり服にこだわりとかないですよね」

「へ?」


 きっかけは、私の服への無頓着さから始まった。


「んー。そうだね。コマに着て貰う服とかならめっちゃこだわるけど……自分が着る分だと確かにあんまり興味ないかも。TPOとかは考えてるつもりだけど、着られるなら何でもいいし家にいる時とかだったらジャージでも良いかなーって思ってるよ」

「勿体ないですよ。……いえ、勿論姉さまはジャージ姿ですら素晴らしいのはわかってはいますが……折角可愛くて可憐でお美しいのですから、私服であろうともその容姿に見合うようなお召し物を纏うべきです。そうですね……例えばこのような服なんてどうですか?」


 ある日の休日。二人仲良くテレビを見ていると、唐突にそんな事を言い出したコマ。良い事を思いついたといった表情で、どこから取り出したのかセーターやブラウスやワンピース服、チャイナドレスにナース服に婦警の制服にバニー服を私に手渡す―――って、ちょっと待とうかマイシスター……?私服って話だったのに後半なんかおかしくね……?


「えぇー?それ言うならコマこそもっと良い服着て欲しいって思ってるんだけど。例えば……あんな服とかこんな服とかどうかな?」


 そんなコマに若干気圧されつつも、こちらも負けじといつかコマに着て欲しいと前々から密かに思っていた服を―――着物やチア服や巫女服やメイド服―――をクローゼットから取り出してコマに付きつける。


「私は良いんです。それよりも姉さまが……」

「私も良いんだってば。それよりコマが……」

「いえ、私より姉さまに是非着て欲しいです」

「私も是が非でもコマに着て欲しいんだって」

「「……」」

「姉さまが!」

「コマが!」

「姉さまが!!」

「コマが!!」

「「…………」」



 ◇ ◇ ◇



 そんな不毛な言い争いを数時間繰り返し。そして私たちはとあるルールを作ることになった。


 『毎週日曜日にじゃんけんをして、勝った方が負けた方に自分の用意した服を着て貰う』というルールを。


 勝てば相手にどんな可愛い服だろうと、恥ずかしい服だろうと着せられる。逆に言えば……当然負ければ相手にどんなスケベな服だろうと拒否できずに着せられてしまうわけで。

 このルールのお陰で日曜日はコマとの嬉し恥ずかしコスプレ祭りよ。


 ちなみに勝負は5回。勿論5回連続で勝てば5回分のコマのコスプレを堪能できるわけだけど……5回連続で負ければコマに着せ替え人形にされてしまう。

 先週は見事に全敗してコマに色々とすごいのいっぱい着せられたし、今日こそはコマを好き放題したかったのに……幸先悪いな畜生……


「……き、着替えたよコマ……」

「はーい♡うふふ。流石姉さまです、やはりよくお似合いですよ」

「ぐ、ぐぬぅ。胸元が心もとない……ね、ねえコマ……ホントなんなのコレ?」


 コマに指定された服は……多分基本構造はタートルネックと言っても良さそうなんだけど。何故か胸元が切り裂かれているかのように大きく開いている。お陰で谷間が露出されてしまって恥ずかしいったらありゃしない。……ねぇ、私の知識が間違っていないならさ……普通タートルネックって寒い時に着るもんだよね?これ服としての構造おかしくない?


「おや知りませんか?一時期『例のタートルネック』と呼ばれて流行った胸開きタートルネックですよ」


 うん、知りませぬ。


「うふふふふ♪巨乳な姉さまとこの服の相性は良いと思っていましたが……想像以上ですね。胸の谷間が強調されて……ああ、まるで姉さまが『私を食べて♡』と誘っているかのように……ふ、ふふふ……ふふふふ……!」

「コマちゃんや?どうして手をワキワキさせているのかな?わかっていると思うけど、5回の勝負が終わるまではお触りは禁止よ……」

「うー……据え膳ですね……ちょ、ちょっとだけ……つまみ食いしちゃダメですか?」

「ダメ」


 やだ……始まったばっかなのにコマの目がすでに臨戦態勢だ……肉食獣の目だ……


「そ、それにしてもちょっと意外。コマってこういうの好きなんだね」

「え?」

「コマってさ、普段着とか基本清楚系な服じゃない?だから私、コマはもうちょい清楚系な服が好みだって勝手に思ってたんだけど……」


 発情モードに移行しかけている妹を止める為、話題を何とか変えるべく胸元を手で隠しながらポツリと呟いた私。ぶっちゃけ今私が着てる服は清楚系とは真逆の……微エロというか、スケベチックな奴だからね……


「あ、いえ。それはちょっと違いますよ姉さま」

「……?と、言うと?」


 そんな私の疑問に対してコマはこんな事を言い出す。


「より正確に言うと―――こういう服を着て、恥じらう姉さまが好きなだけです」

「……ぇ」

「所詮、服は服。付属品です。可愛かろうが格好よかろうが、恥ずかしかろうが。どんな服でも良いんです。私の選んだ服を着て、私の姉さまが一喜一憂する……それが私は大好きなんです」

「…………」

「もっと正確に言うと……姉さまが大好きなだけです♡」


 真剣な顔でそんな恥ずかしい事を言う私の嫁に、恥ずかしい服を着ている以上に恥ずかしくなる私。……そ、そういう事さらりと言っちゃうコマはさぁ……!


「そ、それよりコマ!そろそろ次に行こ次!まだまだ勝負はこれからよ!」

「……ふふ、顔赤いですよ。恥じらう姉さまは本当に可愛いですね」



 ―――二回戦―――



「「じゃん、けん、ぽん!!」」


 私、グー。コマ、チョキ。これは……


「っしゃあ!久しぶりに、勝ったぁ!」

「くっ……不覚。読み違えましたか……」


 ようやく、ようやく勝てた……!先週からお預けされてたけど久しぶりの私のターンだ。待ち望んだぞこの時を。


「さ、さあさあコマちゃーん!早速これにお着替えしましょうねぇえええええええ!」

「は、はぁい……」


 鼻息荒くコマに迫りながら用意していた服を押し付ける。コマは少し冷や汗をかきつつも、その場でお着替えを始めてくれた。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」

「ね、姉さま近いです……それにそんなに凝視されたら、着替え難いです……あとまた鼻血が……」

「おっと、これは失礼」


 …………改めて。このコスプレ大会、着替えるところも含めて最高だよね。コマの生着替えにゴクリと生唾を飲み、流れる(鼻)血をタオルで止めつつ思う私であった。



 ~コマお着替え中~



「……こ、これは……もしや和風の、ロリィタ……?」

「やぁん、コマちゃん超似あうー♡かあいいよぉコマちゃあん!」


 コマに着て貰ったその服は、所謂和ロリという和風のロリィタファッション。ロリィタに袖や帯、襟が組み込まれた代物である。


「あの、これは……甘ロリ系ですし、私のような背の高い女が着るのはミスマッチと言いますか……ちょっと似合わないのでは……?どちらかと言うと小柄で愛らしい女の子―――そう、まさにマコ姉さまこそ着るべき服だと思うのですが……」

「いーや!これはコマにこそ相応しいとお姉ちゃんは声を大にして言いますよ!」


 着慣れない服に途惑い、鏡を見ながら『似合わない』などと意味不明な発言をする我が妹に反論する私。この娘は一体何をとち狂ったことを言うか。


「大柄だからミスマッチ?自分よりもっと愛らしい子が似合う?とんでもない。ロリィタ特有のキュートでスウィートな少女性溢れる愛らしさにも決して負けない可愛さ可憐さを持ち。且つ和の優雅さ慎ましさを決して損なわせない、寧ろ和を自然に強調すらりとしたそのスタイル。和と洋、二つの相容れないように見える文化を上手く補完し融合した神秘ささえ感じられる和ロリは……同じく奇跡的な容姿、スタイルを併せ持つコマにこそ相応しいのだよ!ああ、これはもう一種の芸術品と言っても過言ではない!尊すぎてため息すら出ちゃう!ああ……良い、イイ……素晴らしい!」

「は、はぁ……」


 持てる全ての語彙力・表現力を出し尽くし、コマを全力で褒める私。これでも全然褒め足りないだろうけど……1%でもこの熱い想いがコマに届くことを願う。あ、ダメ……ちょっと泣く……コマが可愛すぎて泣く……感涙に溺れる……


「ああ、ホント凄く似合う……感動、感激、感涙ものだわ……」

「な、泣くほど嬉しんですか……?それはちょっと大げさでは?」

「だってホント嬉しいんだもん……ここまでパーフェクトに着こなしてくれるなんて……ってもんよ。コマの為に夜なべして、授業中もこっそり作って怒られながらも完成させた甲斐があったわ……」

「…………姉さま。ちょっとお待ちくださいませ。今、何と仰いました?」

「ん?」


 感激しながら手持ちのカメラでコマを激写していると、何故かコマからストップが入る。はて?何か私変な事言ったかしらん?


「製作者冥利?作った?……ま、まさか姉さま……今私が着ているこの衣装って……」

「……?勿論私自作だけど……それがどうかしたのかな?」

「…………」


 折角コマと二人っきりでイチャイチャコスチュームプレイをするわけだし、衣装も愛情いっぱい詰まったモノを使いたいという私の変心―――じゃなかった私の恋心から自作した数々の衣装。今日コマに着て貰っている和ロリも、私の手作りなのである。

 まあ、自作なだけあってちょっと作りが荒いところもあるかもだけど……そこはソレ。ご愛敬ってことで許してほしい。


「あ、もしかしてデザインとか着心地が気に入らなかった?もしそうなら今日の為に用意しただけだし、捨てちゃっても全然良いよ―――」

「これをすてるなんてとんでもない!」

「ぅお!?」


  苦笑いしながらそんな進言をしてみた私だったけど、まるで今着ている私自作の服を守るようにギュっと身を縮めつつ急に声を荒げて某ゲームに出てくる台詞のような事を言い出すコマ。と、突然どうしたの……


「……姉さま、この服……捨てても良いという事は、私が頂いても……問題ありませんか……?」

「へ?あ、うん……コマの為に作ったわけだし、当然コマが好きにして貰って良いけど」

「……ありがとうございます。一生の家宝にします」

「そ、そう?それはうん……嬉しいかも……」

「大事にします……例え我が身が傷つこうとも、この服には傷一つ付けさせませんから……!」

「いや、所詮服は服だし……そんな物よりも自分の身を大事にして頂戴な……」


 おかしい……ついさっきのコマって『所詮、服は服。付属品です』なんてカッコいい事言ってなかったっけ……?たった数分でこの心変わり……一体コマに何があったんだ……


 まあ、それはさておき。そんなこんなで本日のじゃんけんコスプレ大会は、今のところ一勝一敗の良い勝負。さて、次は一体どんな服をコマに着せてあげようかな。

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