ダメ姉は、妹を演じる(後編)

 ~SIDE:マコ~



「…………たすけてヒメっち」

「……?どしたのマコ。何か問題でも発生した?」

「…………ヤバい、ブチギレそう。……気が緩むと私に―――というかコマに告って来た連中を殴りかかりそう……下手したらミナゴロシにしちゃいそう……」

「……がんばれ。耐えろ」


 休み時間の度に告白したり迫ってくる連中に嫌気がさしつつも。何とかコマに成りきり午前中の授業と昼休みを乗り切った私。

 それにしても……


『コマさん!ずっと前から好きでした!どうか俺と付き合ってくださいお願いしますっ!』

『立花コマ君、僕の彼女になってください!どうかこの僕に……卒業するこの僕に最後の思い出をください!』

『何でもします!土下座もするし靴も舐めます!だからわたしと付き合ってくださいコマちゃん……!』


 誰にも私がコマのフリをしていると全くバレなくてホッとする反面、普段からこんなにもコマが告られているのだと実感すると何だか無性に腹が立つ。午前中だけで30人以上は告りに来たぞ……どうなってんだオイ。

 ……ん?それで告白の返事はどうしたのかって?そんなもん当然全員丁重に、容赦なくフッておいたわ。私とコマの見分けが付かんような奴らにコマはやらんし、そもそもコマは私の嫁だかんね。


「……それはそうと午後からスピーチコンテストだよね?」

「うむす。今日のこれさえなんとか終われば私もお役御免。何としてもコマを演じきってみせるよ」


 ここまでは大きなミスもなく、私バレすることもなく。何とか無事にコマとして立ち回られた。この調子で本日のメインイベント、スピーチコンテストも乗り切っていきたいところ。


「……改めて聞くけど」

「ふぇ?なぁにヒメっち?」

「マコ、大丈夫なの?コマが言ってたけど……午後のスピーチってかなり難しいんだよね?マコ全然練習してないのに、というか英語全然ダメなのに……ホントに何とかなるの?コンテストはマコ一人で行くことになるから……どうやっても私フォロー出来ないよ?」


 ヒメっちが心配するも当然だろう。だってこの後始まるスピーチコンテストは午前中のただの授業とはワケが違うのだから。まずこのコンテスト、大前提として英語でスピーチしなければならない。英語力たったの1のゴミ過ぎる私にとってはこの時点でかなりヤバい。ヤバい。

 更に言えばスピーチコンテストと銘打っているだけあって、高い表現力・滑らかで聞き取りやすい発音・課題に対しての理解力などが求められる。今年のコンテストは特に帰国子女やネイティブな方たちが集って参加するって聞くし、きっとハイレベルなコンテストになる事だろう。


「ねえマコ。悪い事は言わない。今からでも先生たちに正直に話して……棄権するって手もあるんだよ?」


 普通の弁論大会ならまだしも英語を用いたスピーチで、しかも演技力などまるでない素人同然の私がそんな場所に立つだなんて正直言って絶望的。いくら妹の為だからと言って無謀にも程があるだろう。だから心優しい我が親友が、真剣な表情で『棄権しろ』と助言するのも無理は無い。


「心配しないで、大丈夫だよヒメっち」


 だけど私はそんなヒメっちの不安を吹き飛ばすようにクスクスと笑い、


「……どしてそう言い切れる?」

「決まっているよ。なにせ今の私は……」

「私は?」

「勉強も運動も素行もダメダメな劣等生の立花マコじゃなくて―――マコ姉さまが心の底から憧れ惚れた、優等生で頑張り屋な天使な妹の立花コマですから」


 口調を。思考を。その魂を。最愛の半身いもうとに切り替えて、自信満々にそう応えた。



 ◇ ◇ ◇



 ~SIDE:コマ~



「……けほけほっ」

「コマさん、大丈夫ですか?」

「は、はい……ご心配なさらず沙百合さま。熱も引きましたしもう大丈夫―――けほけほけほっ!」

「……そんなに咳を出されたら、『大丈夫』なんて言われても説得力無いですよコマさん。もう……」


 午後に入り、いよいよ迎えたスピーチコンテスト。不覚にも大事なこの日に風邪を引き『今日は家でゆっくり休むんだよ』とマコ姉さまから命じられていた私……立花コマはその姉さまのありがたいお言葉に反抗し。こっそりとスピーチコンテストが行われる市民ホールへと足を運んでいました。


「私、コマさんの監視役のハズでしたのに……どうしてこうなったのやら。ああ……あとで私、ちゆりさんとマコさんに怒られますね……はぁ」

「す、すみません……ですがその、流石に姉さまが……心配でして……」

「……その気持ちは分からなくもないですが。風邪引いているのにここまで来るコマさんも無茶をしますが、コマさんの為にこの舞台にほぼぶっつけ本番で挑むマコさんも無茶をしますよね。本当にそっくりな姉妹さんですよお二人は」

「あ、あはは……」


 沙百合さまのやれやれといった表情に苦笑いを浮かべて目を逸らします。私に成り替わりこのスピーチコンテストに出場すると提案してくださったマコ姉さま。

 心配いらないよと自信ありげな姉さまの言葉を信じていないわけではありません。ありませんが……


「(……いくらなんでも無謀すぎます)」


 台本も無しで満員の市民ホールの壇上に立ち、よりにもよって英語でのほぼぶっつけ本番のスピーチ―――いくら優秀なマコ姉さまであっても、この困難に立ち向かうにはあまりに無謀。

 そう考えた私は、監視兼風邪引きの私の看病に来てくださっていた看護師の沙百合さまに無理を言って(当然沙百合さまには『ダメです』と一度は断られましたが、最終的には泣き落とし)スピーチコンテストの会場へとやって来ました。


 何をしに来たのか、ですって?決まっています。いざとなれば……姉さまと入れ替わる為です。


『お待たせしました。只今より、全国ジュニアイングリッシュスピーチコンテスト・県予選を始めさせていただきます。今回で第40回目を迎えるスピーチコンテストは―――』


 司会の進行をよそに、作戦を立てる私。


 開会の言葉が終わればいよいよコンテストが始まります。プログラムによると姉さまは二番目にスピーチをする事になっている筈。今回のスピーチは一人持ち時間5分のスピーチですから……つまるところ姉さまの前の人がスピーチを終えて姉さまの番になるまで5分の猶予があるという事で。この5分間の間に姉さまとこっそりコンタクトを取り、行けそうかどうか確認。無理そうならばすぐに私と入れ替わって貰いましょう。

 ……大丈夫、多少の喉の痛みや咳くらいどうという事はありません。気合でなんとかして見せましょう。


『それではコンテストに移らせてい頂きます。まずは―――秋風学園2年生、立花コマさんのスピーチです。立花コマさん、よろしくお願いします』

『はいっ!』

「えっ……!?」


 などと……そのような目論見をしていた私でしたが、その司会の一言に固まってしまいます。トップバッターが、マコ姉さま……!?そんな……今回のプログラムでは私の―――姉さまの出番は、二番目に充てられていたハズでは……!?

 慌てて持っていたプログラム及び参加者一覧を確認してみると……


「ッ……!?き、棄権している……!?」


 本来一番にスピーチをする予定の出場者が、本人の都合により棄権したと注意書きが罹れているではありませんか。な、なんて事……これでは姉さまと私が入れ替わる時間が……!?


「ど、どどど……どうしましょう沙百合さま!?まさかこんなに早く姉さまのスピーチが始まるなんて……」

「あらら。本当ですね」

「このままでは入れ替わる時間が……ああ、私は……私は一体どうすれば……!?」

「んー……ですがコマさん。マコさんは大丈夫みたいですよ」

「ぇ……?」

「だってほら。あのマコさんの顔を見てくださいよ」


 沙百合さまに言われて壇上に上がった姉さまのお顔を拝見する私。そこには……怯えや緊張・不安など一切感じさせない、自信に満ち溢れた凛々しい表情の姉さまがいました。


『To eat is to live.(生きることは食べること)』


 私に扮したマコ姉さまは、大観衆の視線が集まる中動じることなく堂々とスピーチを始めました。『いやぁ、英語ってムズイよねぇ。私数学並みに苦手だわ。なーんでわざわざ他の国の言葉を勉強しなきゃいけないんだろうねーコマ』と笑っていた姉さまですが、


「…………すごい」


 その苦手なはずの英語を使った姉さまのスピーチは思わずため息が出てしまう程、実に圧巻でした。

 流暢で聞き取りやすい発音、時に使われる大げさすぎない観客の共感を得る身振り手振り、息継ぎのタイミングや間さえも計算された表現力……身震いすら覚えます。


「マコさん凄いですね。完璧じゃないですか」

「……はい。流石姉さまです」

「あら?コマさんどうかしましたか?何だか落ち込んでいません?」


 姉さまの凛々しいお姿に大いに感嘆する反面、私の気持ちはちょっぴりブルーに。


「……いえ、その。私も相当練習しましたのに、姉さまはほとんど練習していないのに完璧にスピーチ出来てて……ますます姉さまに惚れる一方で……自分が情けないというか、へこむというか……」

「……?どういう意味ですそれ?」


 姉さまもやれば出来るお方という事は、誰よりも何よりもこの私が知っているつもりでした。ですが……正直に言って、ここまで出来るとは予想外。

 英語、苦手だったはずでは……?もしやホントは得意なのに苦手だって嘘ついてた?


「……姉さま、私に気遣って……出来るのに出来ない振りをしていたんじゃ……」


 姉さまに『凄いねコマ』『よく頑張ったね』と言って貰えるのが嬉しくて、かっこいいところを見せたくて自分を磨き続けてきましたが……ひょっとして、姉さまはそんな私の行動原理を知って、本当は私よりも出来るのに『コマがモチベーション下がらないように』と私を気遣って……それで今までずっと私の為に出来ない振りを……ダメな振りをしていたのでは……?そんな疑念が私の胸の中で渦巻き始めます。


「それ、違うと思いますよ」

「……え?」


 と、そう不安になった私に対して。隣で話を聞いていた沙百合さまがポツリと呟いたではありませんか。


「だってあれ、マコさんがコマさんの練習をずっと見ていたからこそ出来る芸当らしいですから」

「え、えっと……沙百合さま?それは、どういう意味で……」

「いえ。実は昨日マコさんに『ちゆり先生、沙百合さん。念のため、違和感とかおかしなところがないか一度私のスピーチを聞いて貰っても良いですか?』と言われて……今マコさんがやっているスピーチをやって貰ったんです」

「は、はぁ……」

「その時もマコさんは今日のように完璧にスピーチをやっていました。私と先生は留学した事がありましたけど……こんなに良い英語でのスピーチを中学生が出来るものなのかと先生共々感心しましたよ」


 留学経験のある沙百合さまたちが感心するほど……やっぱり姉さま、英語出来るんだ……


「それで、スピーチが終わった後にマコさんに『マコさんって英語が得意だったんですね』って言ってみたんです。そしたら苦笑いをしながらマコさんは言うんです。『あはは。いいえ、私実言うと英語は大の苦手でして』って」

「……?え、え?でも……沙百合さま達を唸らせるほどのスピーチをしているのに……?」

「はい。私もちょっと不思議に思って『でも実際、こんなに良いスピーチで来てるじゃないですか』と、マコさんに聞いたんです。そしたらマコさん、こんな事を言ってましたよ」


『いやぁ、恥ずかしながら今やったコマのスピーチですけど……日本語でなんて言っているのかなんて全然わかりません。仮に文章にして書き出せと言われても一文も書けないです。ホントに私英語ダメダメなんですよ。てか英語に限らずほぼ全てダメダメです。……このスピーチが出来るのはですね、コマが一生懸命に練習していた時の姿を私がずっと見ていたからなんです。コマの喋り方、コマの仕草、コマの表情、コマの息継ぎのタイミング―――その全てをずっと視姦……もとい、ずっと見守って。頑張るコマの全てをこの目で耳で……全身で愛でて一瞬一瞬を脳みそのコマフォルダの中に記録したからこそ出来る芸当なんですよ』


「―――だ、そうです」

「…………」

「スピーチをしているんじゃない。単純にコマの動きと言葉をトレースしているだけ。他の人の練習を見て覚えろと言われても出来ない。あくまでコマ限定で出来る事とも言ってましたっけ。……ふふ。マコさんってどれだけ普段からコマさんの事を熱心に見ているのでしょうね。好きな人にこんなにも愛されちゃうなんて……羨ましい限りですねコマさん」

「~~~~っ!」


 沙百合さまのそんな指摘のお陰で疑念が解消されると同時に、どれほど姉さまから普段から愛されているのかを理解してしまい……かあっと頬が赤くなるのを感じます。

 ニコニコ笑顔で私を見る沙百合さまの視線から逃れるため、壇上でスピーチを続ける姉さまを改めて見つめることに。


「(…………きれい。かっこいい……)」


 私に扮してスピーチをしている姉さまは……いつもとまた違った魅力に満ちているように見えます。これが努力する私を姉さまがずっと見てきて、その私を模倣している故の姿ならば……姉さまから見た私は、いつもこんな風に魅力的に見えているのでしょうか?


「(だとしたら……あんな風に姉さまから見ても魅力的な私で居られるように……もっと好きになって貰えるように……これからも頑張らなきゃ……!)」


 スピーチを終え、一礼する姉さまに惜しみない拍手をすると同時に。改めてそのような決意を胸に抱く私でした。



 ◇ ◇ ◇



 ~SIDE:マコ~



「立花くんおめでとう!」


 無事スピーチコンテストを切り抜けられた最愛の妹コマを扮する私立花マコは、学園に戻ってきて早々職員室で先生方に絶賛されていた。


「まあ、心配はしていなかったけれど……県予選を見事に突破!素晴らしい!」

「よくやったねコマさん!次も大変だと思うけど先生たちも協力するわ!頑張って!」

「はい。ありがとうございます先生方」


 スピーチコンテストの結果は……あの完璧超人超絶カワイイ天使なコマの模倣をしただけあってなんとか一位で通過した。ま、当然と言えば当然か。

 コマからは『結果は問わない』と言われていたけれど、これなら文句なく合格点ってところだろう。一番の難関だったコンテストもクリアできた事だし、これなら少しはコマの助けになれたかな?


「やはりコマ君は何処かのダメ姉とは違って優秀だな」

「ホントですなぁ……正直立花とコマ君が双子なのが不思議ですよ私は」

「良いところの全てを立花コマさんが。悪い事の全てを立花マコさんが持って行ってしまったんじゃないでしょうかね」

「あ、あはは……」


 先生たちの容赦ない笑い話に引きつった笑みを浮かべつつ思う。それにしても……まさかここまで私とコマの入れ替わりが上手くいくなんて思わなかった。誰一人として『もしかしたら……』と疑われる事すらないなんてね。

 ま、親友のヒメっちすら欠片も疑わなかった事だし、当事者である私とコマ以外の人間が見分けられるはずもないか。


「(ふふふ……こんなに疑われないなら、またコマがピンチの時は私が入れ替わってあげようかな。例えば休み時間の時だけ入れ替わって……コマに告って来た奴らを一人ずつ暗殺したり―――)」







「―――マコ、あんた……何やってんの?」

「ッ!?!!!????」

「「「え?」」」


 なんて。調子に乗ってそんな事を企てようとしていた次の瞬間。一人の女生徒の呆れた声に心臓が飛び出しかける私。バッと振り返り声が聞こえた方を見てみると、そこには……


「か、カナカ―――コホン、叶井……さま……?」

「あんた今日休むってメールしてたでしょ?何でここに居るのよ。まさか今頃登校してきたの?社長出勤ってレベルじゃないわよ」


 ……もう一人の私の大事な親友。クラスメイトのカナカナが不思議そうな顔で立っていた。……ぇ、え?な、なん……なん、で……?


「な、ななな……何を言っているのですか?双子の姉妹ですし確かに似てはいますが、私はマコ姉さまではなく妹の立花コマで……」

「いや、どっからどう見てもマコでしょあんた。てか……なにその胸?さらしでも巻いてるの?勿体ないわね。おまけに背まで誤魔化して……違和感あり過ぎよソレ」

「い、いえ!ですからね、叶井さま。私はマコ姉さまではなく……」

「うわ、止めてよね。マコの口から『叶井さま』なんて言われると、なんかこう……嫌だわ。他人行儀ぽくって」


 動揺しながらも慌ててコマに成りきる私。だけどいくら取り繕っても目の前の親友は私を『立花コマ』ではなく『立花マコ』として接してくるではないか。


「で?なんであんたコマちゃんのモノマネなんかしているのよ?」

「あ、あの……えと……その……(ガシィッ)」

「…………さて。どういうことか詳しく話しを聞かせて貰おうか。立花―――マコ」

「ヒッ!?」


 結局そのカナカナの一言で、さっきまで満面の笑みを浮かべ私をコマとして接していた担任の先生が……私の肩を粉砕する勢いで掴み……放課後説教タイムへと移行する事となった。







「…………拳骨付き一時間説教フルコースとか、先生酷い……もうちょっとで完璧に誤魔化せたってのに……おのれカナカナ余計な事を……」

「悪かったって。だって意味わかんないでしょ?珍しく学校休んでいるって心配してたのに、まさか丸一日コマちゃんの真似なんて意味不明な事をマコがしているなんて夢にも思わなくてさぁ」

「うっ……ま、まあそうだよね……こんな事ならカナカナにも事情説明して協力を仰ぐべきだったか。…………それにしてもさ。何でカナカナは一発で私だってわかったの……?」

「ん?いや。そりゃ見れば一目でわかるに決まっているじゃない」

「そ、そうかなぁ……?全校生徒、全職員。果ては共通の親友のヒメっちさえ欺けたってのに……わかるものなの?参考までに教えてカナカナ。私、おかしなところなんてあったのかな?」

「おかしなところっていうか……なんというか。まあ、私が見抜けた理由があるとすれば一つね。―――マコは私の……大好きな人だから、かしら」

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