十一月の妹も可愛い(上)

第96話 ダメ姉は、空振りする

 ……私、立花コマには立花マコという双子の姉がいます。そう……それはもう、宇宙一素敵な自慢の姉さまが。


 マコ姉さまは、誰よりも何よりも可愛らしくて。


 マコ姉さまは、プロと肩を並べられるほどに料理上手で。


 マコ姉さまは、どれだけ困難なトラブルを前にしても笑顔で明るく対応できて。


 マコ姉さまは、知らない人ともあっという間に仲良くなれるコミュニケーション能力を持っていて。


 私にとってのマコ姉さまは、世界で最も信頼できる双子の姉で。誰よりも何よりも心から敬愛している存在で。一人の女性として憧れ、恋い焦がれている対象で。


 そして……私がいつどこにいても、それが例えどんなピンチでも、絶対に駆けつけて守ってくれる……強く優しくかっこいい、最高のヒーローでした。



 ~SIDE:マコ~



 私にとっては激動の十月も気付けば終わり、季節はいよいよ秋終盤であり冬直前な十一月を迎えた。

 暦の上ではすでに冬になっていて、朝晩の冷え込みは特に厳しい。吐く息は真っ白で、もうしばらくで天から舞い散るであろう雪の色を連想しちゃうほどに寒い。ホント寒い。


「…………はぁあああああ……」


 そして、そんな季節に煽られたように……私立花マコは寒々しい気持ちを抱え、朝の教室で一人ため息を漏らしていた。


「―――ねぇちょっと。朝からため息なんてやめてよね……こっちまでテンション下がっちゃうじゃないの」

「(ゴンッ)あいたぁ!?」


 そうやってため息を吐く私の後頭部を、誰かが背後から軽く……どころか割と容赦なく小突く。い、いきなり誰だ?と慌てて振り返った私の目に映ったのは、


「……あ。か、カナカナ……お、おはよ……」

「ええ、おはようマコ。今日はまた一段と冷えるわね」


 隣の席の大親友、カナカナの姿だった。


「で?一体どうしたのよ。そんな暗い顔しちゃってさ。可愛い顔が台無しじゃないの」

「あ、あー……うん。いやちょっと……ね」

「ちょっとって何よ。随分と歯切れ悪い返事ねぇ。……もしかして、あんた何か悩み事でもあるんじゃないの?マコさえ良かったらわたしが相談に乗ってあげるわよ?」


 鞄を机の上に置きつつ訝し気にそう尋ねるカナカナ。悩み事か……うん、まあ確かに今私は悩み事を抱えているといえば抱えているんだけど……


「(……振ったカナカナに相談するのは……ちょっと憚れるよなぁ……)」


 今私が抱えている悩みは、他人には……特につい先月振ってしまったカナカナにはかなり言い辛い事だ。なにせ悩みの内容は他でもない、なんだし。


「あ、あはは!何言ってんのさカナカナさんや?この私に悩むほどの脳みそがあるとでも―――」

「…………ははぁ、なるほどわかった。マコのその顔はアレね。恋に関する事で悩んでいるんでしょ」

「なんでわかるの!?」


 気を遣って何でもないように装ってみようとしたけれど、弁明が終わる前に見事なまでに悩みを言い当ててくる我が親友。さ、最近特に思うんだけど……やっぱカナカナってマジモンのエスパーなんじゃないの……?


「だーかーらー。何度も言わせないの。ホレた相手の考えそうな事くらいお見通し。そもそもマコは顔に出過ぎで隠し事なんて向いてないのよね」

「そ、そうかなぁ……?」

「そうよ。ま、それはさておき。恋に関する事で悩んでいるって事は―――つまるところ、コマちゃんに告白出来てないって事で良いのよね?……ああいや、それとももうすでに告ったのかしら?告った上で……コマちゃんに?それはおめでとマコ♡今日はパーティね♪」

「朝っぱらから素敵な笑顔で縁起でもないこと言わないでくれるかなマイフレンド!?」


 何故振られた前提で話を進める……?そして何故満面の笑みを浮かべて祝福しやがるんだ友よ……?


「半分冗談よ。で?結局マコは何を悩んでるの?あと、コマちゃんに告白したの?してないの?どっちなのよ」

「……いやその……」

「悩んでるって分かり切っているんだし、さっさと教えなさいよマコ。ほら、はーやーくー」

「ぅー…………わ、わかったよ……」


 急かされて、少し迷った挙句……今更カナカナに隠し事するなんて無意味と判断した私。仕方なく自分の抱えている悩みを話してみる事に。


「……え、えっとねカナカナ。……私……こ、コマに告白は……したんだ、けど……」

「けど何よ?」

「…………コマには通じてない……っぽいの」

「……は?」

「だ、だからさ!この間、カナカナに背中押されて……それで私も覚悟決めて。その日からコマにアタックしてるんだけどね…………全く、全然、これっぽっちも……伝わらないの……私の告白とか……私の好意とかが……」

「…………はぁ?」


 目を点にし、意味不明と言わんばかりに頭の上にクエスチョンマークを乗っけてカナカナは首を傾げる。う、うん……まあそんな反応になるのも無理は無い。

 私が今猛烈に悩んでいる事、それは―――『コマに、私の好意が伝わらない』事なのだ。


 ……背中を押してくれたカナカナの為にも、コマの為にも、そして自分自身の恋に正直になる為にも。ここ最近は勇気を出し、コマに何度も何度も果敢に告白している私。

 けれど……悲しい事にその全てがものの見事に空振りに終わっているのである。



 ◇ ◇ ◇



 ~ケースその①:ストレートに告白する~



『コマ、あのね!私ずっとコマに言いたかった事があるの!』

『言いたかった事……?ええっと、何でしょうか姉さま?』

『私……コマの事が好き!大好きだよ!』

『あら♪それはありがとうございますマコ姉さま。私も、妹として姉さまの事が大好きですよ』

『……』


 →家族愛・姉妹愛としての好意と処理される。



 ~ケースその②:いきなり抱きしめて耳元で愛を囁く~



『(ガバッ!)コマ……コマ!』

『きゃっ!?ま、マコ姉……さま……?あの……?』

『愛してる。私、コマの事を愛してるよ……!』

『急に抱きついて……どうかなさいましたか姉さま?もしかして寒いのですか?風邪など引かれているのではないですか?お薬飲みます?』

『…………』


 →私の愛の台詞は華麗にスルーされ、風邪を引いていないか心配される。



 ~ケースその③:部屋に呼び出して問答無用でキスをする~



『コマ……』

『姉さま?何かお話があるとの事でしたが、一体何を―――んんっ!?』

『ん……っ』

『……プハッ……ね、姉さま……?』

『ねぇコマ。このキスの意味……分かるよね?』

『あ、はい分かります。これ―――味覚戻しの口づけ、ですよね?大丈夫ですよ姉さま。まだ私、お腹は減っていませんから』

『………………』


 →いつもの味覚戻しの口づけと勘違いされる。



 ◇ ◇ ◇



「―――と言うわけなのさカナカナ…………は、ははは……はぁ……」

「……それはまた……何と言うかご愁傷様マコ……」


 ここ最近の自分のダメダメな告白話を打ち明けてみる私。そんな私の話に流石のカナカナも同情してくれる。私とコマの恋愛戦争は、今のところ私の全戦全敗―――どころか、そもそも勝負にすらなっていない。

 ……好意がコマに伝わらない理由は分かっている。これはコマが鈍いとかそういう理由じゃ決してなくて……もっと理由は簡単で―――


「……何せ私って……日常的にコマに『好き好き愛してる』って本人の前で堂々と叫んでいるし……抱きついたり手を繋ぐようなスキンシップなんていつものことだし……キスなんてスキンシップ以上に365日毎日毎食前に欠かさずやってるから……」

「コマちゃんにあんたの好意を好意として受け取って貰えない、と。なるほどね……あんたら姉妹、普段から一般的な恋人関係を軽く越えちゃうほど仲が良すぎたもんね。その弊害ってわけか」

「…………その通り。愛の告白とか、過剰なスキンシップとか……キスとか。そんなん私とコマにとっては今更過ぎて……効果無しなんだよね……多分、コマにとってはにしか感じてないんだと思う……」

「あー……」


 ―――直球勝負の告白も、過剰なハグも、最終手段のキスも全く効いていない。ああ、そりゃそうだろうさ!何せコマに愛囁くのもハグすんのもキスさえも…………私、ほぼ毎日やってた事だからね!?


「そんな状況で一体コマにどんな告白をしろと!?どんなアプローチをしろと!?これ以上は下手すりゃ一線を越えてしまうわ!?倫理的にヤバい事をせざるを得ない状況になっちゃうわ!?キス以上のアプローチなんて、Rが18な案件になっちゃうじゃないのよぉおおおおおお!?」

「落ち着きなさいマコ。朝っぱらからおバカな事絶叫するのやめなさいな。…………それもいつもの事だけどさ」


 机に突っ伏して思わずカナカナに泣き言を言ってしまう私。お願いします、誰でも良いので我が妹にも効果のありそうな告白方法を教えてください……


「…………それに……それとはまた別に、悩み事もあってだね……」

「ん?他の悩み事?」


 それに加えて『コマに好意が伝わらない』事と同じくらい、ここ最近私の頭を悩ませている事がある。


「実はさカナカナ。ここのところ……うちの愛しのコマの様子が……おかしいんだよ」

「コマちゃんの様子が?」

「うん……なんか、調子悪いっぽいというかさ……」


 近頃―――厳密に言うと私がカナカナを振り、そしてコマに告白しようと決心したあの日くらいから、どういうわけかコマの様子がおかしい……気がする。

 何故か私に対してやけによそよそしかったり。ボーっとする時間が多かったり。コマらしくないミスを連発したり。改善しつつあった味覚戻しのキスも、以前のように時間がかかってしまったり……明らかに普段のコマじゃないのである。


 今朝だって―――



 ◇ ◇ ◇



『―――すみません姉さま。ごちそうさまでした』

『『えっ!?』』

『ど、どどど……どうしたのコマ!?もうごちそうさま!?も、もしかして私が作った朝食が美味しくなかった!?な、何か苦手なものでも入ってたっ!?』

『もしかして風邪でも引いてんのかコマ?お前さんがマコの手料理を残すなんてどういう事だオイ。体調悪いなら病院行っとくか?』

『あ……い、いえ大丈夫ですよ姉さま、叔母さま。単純に……少々食欲が無いだけです。姉さまの手料理は本当に美味しいですし、体調が悪いわけでもありませんから安心してください。……残してしまって本当にごめんなさい姉さま。朝食の残りはラップをして帰ってからいただきますので……』

『『…………』



 ◇ ◇ ◇



 ―――といった具合である。……たとえ39度近く熱があっても『姉さまの作ってくださった料理を、この私が残すハズないでしょう?』と満面の笑みを浮かべて完食しちゃうコマが……朝食を、残す?一体全体どういうことだこれは……?


「そういうわけで……コマ、明らかに様子がおかしくてだね……」

「ふーむ……それは確かに心配ね」


 そんな具合にここしばらく調子が良く無さげなコマ。本人の言う通り、別段熱とかはないようだけど……お姉ちゃんとしては滅茶苦茶心配なわけで

 ……正直今は告白どころの話じゃないというか……


「だから……コマもそんな状態だし……そもそも私の好意も全然伝わらないし…………私思ったの。これはもういっそ、コマの調子が落ち着くまでは告白するのを控えた方が―――」

「指導!制裁ッ!!弱音禁止ッ!!!」

「(ズガンッ!)あいたぁ!?」


 なんて事をポロっと漏らした瞬間に、突然声を張り上げてさっき以上に強く私の頭を叩くカナカナ。い、いたい……た、ただでさえ私頭が悪いのに、これ以上頭がダメになったらどう責任とってくれるんだカナカナ……!?


「な、何すんのさ!?痛いじゃないのカナカナ!?」

「やかましい。何を柄にもなく弱気になってんのよマコ。唯我独尊、猪突猛進。相手の調子なんて関係なしに空気読まずに突っ走るのが貴女でしょうが」

「……そ、それは事実ではあるけど……もうちょっとオブラートに包んでくれませんかねカナカナさん?」


 頭を叩いたことを悪びれもせず、カナカナは若干キレ気味にそんな失礼な事を言う。てか、なんでカナカナちょっとキレてんの……?


「そんな消極的なマコなんてマコじゃない。ちょっとコマちゃんが調子悪いからって、それを言い訳に告るのに及び腰になってんじゃないわよ。逃げんなってこの前も言ったってのに……このが」

「ぅぐ……」


 ヘタレという単語をえらく強調してカナカナは私を責めたてる。今のはちょっと胸にぐさりと来たぞ……


「告白だってそう。まだ試してない告白方法が山ほどあるハズなのに……ちょっと上手くいかなかったからって諦めないでよ。あんた一体どこの誰を振ったのか忘れたの?……このわたしよ?このわたしを振ってまで、コマちゃんの事を好きになったんでしょうが」

「ぁ……」

「なら……覚悟決めてとっとと告ってきなさいよねおバカ」


 プイっとそっぽを向きながら、我が親友はそのように言い放つ。その一言で、ようやく察しの悪い私もカナカナが私の背中を押していた事に気付いた。ああもう情けない……私、またカナカナに助けられてる……


「そう、だよね……うんそうだ。何ウダウダと躊躇ってたんだろうね私。ホント、らしくないや……なんも考えず、ただひたすらに妹コマを愛でる―――それが私じゃないの」

「ええそうよマコ。それでこそマコよ」


 ……確かにカナカナの言う通り。どんな形であれ、どんな結果であれ。自分の好意をコマにハッキリと伝え、その上で……本音でコマと語り合う事が私のやるべき事、やりたい事だった。

 ならば何を躊躇しているんだ。コマの調子が悪い?結構じゃないか。どうして調子が悪いのかも含めて、ちゃんとコマと話し合わないと……


「ありがとうカナカナ。私……頑張るよ!カナカナに応援して貰った分、絶対に告白する!そして……ここまでお膳立てして貰ったんだし……こうなったら告白も何が何でも絶対に成功してみせるよ!」

「え……?成功してみせる……?」


 カナカナがアフターサービスまでしてくれたんだ。こうなりゃ気合入れて、今すぐにでも行動しなきゃね。

 そう思いカナカナに対して改めて決意表明した私。そしてその私の決意表明を聞いたカナカナは何故か首を傾げつつこう答える。


「あ、待ったマコ。違うわ。マコはちょっと勘違いをしてる」

「へ?勘違い?なにが?」

「わたしね、告白自体はさっさとしろとは思ってるけど……成功はしなくて良いって思ってるわマコ」

「……え?」

「というか―――さっさと告白して、そしてさっさとコマちゃんに振られないかなーって思っているの♡」

「えっ!?」


 おかしい。この親友、何か変な事を言い出したぞ……?


「だってそうすれば……コマちゃんに振られて傷心しちゃったマコを、このわたしが慰めて……んでもって手籠めに出来るじゃないの」

「手籠め!?」

「ああ、言い忘れてたけど……わたし、振られたとはいえまだマコの事好きよ。一回や二回の失恋くらいで諦めないし、諦める気も一切ないわ。チャンスがあればいつでもどこでもマコを堕す気満々だから」

「か、カナカナさん……?」

「そういうわけで。あんたはとっととコマちゃんに告って、そして見事に振られてきなさい。そうなったら今度こそわたしがマコと既成事実を―――もとい、慰めてあげるからさ♡」


 割と目がマジっぽいのが気になるぞ親友よ……つーか、カナカナの言う『慰める』って変な意味に聞こえるのは……き、気のせいだと思いたい……


「じょ、冗談……だよねカナカナ……?」

「何を言うのやら。わたしは、いつでも本気よマコ」


 一切の淀みなく。とっても素敵な笑顔で本気と言い切る我が親友。

 …………な、なんかカナカナ……私に告った直後からキャラ代わってませんかね……?ひょっとしなくてもこっちが地だったのだろうか……?







「…………(ボソッ)ま、残念ながら……誰かさんが誰かさんに振られるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないからこそ……わたしもこういう軽口を言えるんだけどね……」

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