第95話 ダメ姉は、覚悟を決める
~SIDE:マコ~
「―――さて、と。言いたい事は大体言ってやったわけだし……あと少しで最終下校時刻になっちゃうし。わたしはこの辺で退散させて貰いましょうかね」
私に告白し、諭し、叱り、導いてくれた私の一番の親友カナカナ。そのカナカナは若干気恥しそうに涙をこっそりと拭ってから、私に笑みを見せてそう言ってくる。
「あ……な、なら私、途中まで送るよカナカナ」
今日は―――ああいや、今日だけじゃないけど―――今日は特にカナカナには迷惑をかけてしまった。そのお詫びにはならないだろうけど……せめて謝罪と感謝の気持ちを込めて、彼女に付き添いたい。
そう思った私は見送りを提案したのだけれど……
「…………ハァ」
その私の一言に『お前は一体何を言っているんだ』と言わんばかりに、盛大にため息を吐くカナカナ。あ、あれ……?このカナカナの反応……も、もしかして私ったら……また何かカナカナを怒らせるような事をしてしまったのか……?
「マコ……あんたねぇ……」
「は、はい……?何かなカナカナ……?」
「デリカシーなさ過ぎ。振った張本人と仲良く一緒に帰れと?何この罰ゲーム。マコはわたしを辱めたいの?今日くらい失恋した相手をそっとしておこうとか考えないの?」
「え…………あっ!」
カナカナの一言にハッとなる私。バ、バカか私は……!?『振った相手と一緒に帰る』など、こんなのカナカナじゃなくても屈辱極まりない事じゃないか。
い、言われてみれば―――いや、言われなくても普通に考えたら分かる事だってのに私って奴はホントダメ過ぎだろ……!?
「ご、ごめんカナカナ!?別に私、悪気があったわけじゃないんだよ!?た、ただそのあのええっとね……!?」
「なんて、冗談よ」
「…………へ?」
慌てふためきながらも急いで弁明しようとする私に、カナカナはフフッと小さく笑って冗談だと言ってくる。え、冗談……?お、怒ってないの……?
「別に怒っていないから安心しなさいマコ。一応あんたなりにわたしを気遣ってくれたんだってわかるしさ」
「う、うん……」
「……ただまあ、今日は一緒に帰るのは止めておきましょ。あんたとわたしの家って逆方向だし……それに」
「それに?」
「マコはもう少しここに残るつもりだったんでしょ?あんた今日の事とか未来の事とか……一人で考えをまとめたいなって顔をしてるわよ」
「……ッ」
カナカナに自分の心中を言い当てられて驚く。私の親友エスパー何かか……?
「な、何でわかったの……?」
「何度も言わせないの。わたしがどれだけマコの事を見てきたと思ってんのよ。惚れた相手の考える事くらいお見通しよ」
「そ、そっか……」
またもや(無い)胸を大きく張りカナカナは自慢げに話す。……カナカナ、ホント凄いな……
「んじゃ、もうわたしは行くけど……マコ、最後に一つだけ言わせて頂戴」
背伸びをして立ち上がったカナカナは、私を見つめてこう言ってくる。
「マコ、この次は間違えちゃダメよ。今度こそ、ちゃんとした答えを出しなさい。わたしに向けたようなふざけた答えをだすなら……今度こそ、本気で貴女を許さないから」
「……カナカナ」
「お願いよ。あんたの事を惚れたのが、間違いじゃなかったって証明して。わたしはね、マコに惚れた事を誇りだと思っている。だからさ、これから先も……誇れるような貴女で居てちょうだい」
真剣に、本気の目で私の親友は……私を好きになってくれた人はそう言ってくれる。……うん、そうだ。そうだよね……
「わかってる。大丈夫だよ。ダメダメな私だけど……今度は絶対、間違えない」
「……よし。良い表情、良い返事。それでこそわたしが好きになったマコよ」
私の返事に満足げに頷いたカナカナは、もう思い残すことはないと言わんばかりにそのまま手を振ってさっさと屋上を後にしようとする。
あ……ダメだ、私まだカナカナに―――
「ま、待って!待ってカナカナ!」
慌ててカナカナを呼び止める私。呼び止められたカナカナは怪訝そうな表情で振り向く。
「……?なぁにマコ?何かまだわたしに用事でもあるわけ?」
「あ、いや……用事ってわけじゃないんだけど……わ、私もカナカナに最後に一つ言いたいことがあってだね……」
「……わたしに、言いたい事……?」
私が、カナカナを振ってしまった私がこんな事を言って良いのかわからない。それこそカナカナを侮辱する事になるかもしれないし、カナカナにとっては傷口に塩を塗る行為かもしれない。
でも……でもこれだけは言いたい。言わせて欲しい……!大きく深呼吸をして、私はカナカナに自分の想いを告げる。
「私、カナカナが親友で本当に良かった。カナカナに好きって言って貰えて、本当に嬉しかったよ」
「……マコ」
これは誤魔化しでも何でもない、私の心からの想い。生まれて初めて告白してくれたのが、情熱的な告白をしてくれたのが……この私の一番の親友で……私は本当に嬉しかった。
「カナカナは私を好きになった事が誇れる事だってさっき言ってくれたけど……私も、私もね……カナカナに好きになって貰えた事が、誇りだと思ってる!……だから……だから!」
「……」
「ありがとう、カナカナ」
『ごめんなさい』はもう言わない。私が真に言うべきはこの一言のハズ。そう思い思いの丈をカナカナにぶつけて頭を下げる私。
その私の一言にカナカナは苦笑いをして、
「……全く。だから告白した後とか、振った後に好感度を上げても意味はないわよマコ。全部が終わった後で、嬉しい事を言わないでよねバカ」
そう小さく呟いて、屋上を後にした。
~SIDE:カナカナ~
「……はぁ」
屋上の扉を閉めたわたしは、小さく溜息を漏らしズルズルと扉にもたれるように座り込んでしまう。そして頭を抱え屋上にいるマコに聞こえない程度の声量で―――
「…………バカか、わたしは……!?」
と、呟いた。ああ、おばか。ホントバカ。わたしったらマコの事を言えないくらいのダメダメなおバカさんよ……ッ!
「なんで……なんでよりにもよって
本気でマコの事を好きならば、本気でマコを手に入れたいって思うならば。マコの前で泣き落としてみたり弱みを握ってしまえばいい。マコってこっちが心配しちゃうくらいちょろい子なんだし、きっとそれで簡単に堕とせるだろう。
だというのにわたしはそれをしないばかりか……マコを、そして間接的に恋敵であるコマちゃんの恋を後押ししてしまった。的確にアドバイスしてしまった……
「あぁああああああ!もうホっントに……バカ過ぎじゃないのわたし!?……とんだ当て馬、道化、ピエロじゃないの!?」
自分のバカさ加減に呆れかえりながら、床に転がり回り悶々とするわたし。ああもう……なんでこうなったのよぉ……!?今日はただマコの告白の返事を聞くだけで終わりだったはずなのに……恋敵の為に余計なお節介を焼いちゃうわたしってどんだけ阿呆なの……!?
コマちゃんすら知らないマコの超弩級のトラウマ話を聞かされたんだし……それを利用してこのわたしがマコを癒してやれば……わたしにもまだチャンスが残っていたかもしれないのに……
あ、マズいちょっと泣きそう……さっきあれだけ泣いたのにまだ泣いちゃいそう……
「…………でも、まあ……仕方ないわよね……」
そうやって落ち着くまでしばらくその場で転がり回りつつ自己嫌悪したわたしだけれど。本日何度目になるのかわからない溜息を一つ吐き、無理やり自分を納得させることに。
そう、仕方ない。未練も後悔も無いといえば嘘になる―――というか、未練も後悔もたっぷりある。だけど……仕方ないじゃないの。
「だってわたしは……わたしは、コマちゃんの事が大好きで大好きでしょうがないマコの事を好きになっちゃったんだから……」
マコと初めて会ったあの日を、わたしがマコに惚れるきっかけになったあの日を……わたしは多分一生忘れない。恋に臆病になっていたわたしの前に現れた、女の子に―――それも実の妹に本気で恋をしていたマコの言葉を、わたしは絶対に忘れない。
『―――たった一度きりの人生なんだし、誰を好きになってもそれは私の自由でしょう?誰にどう思われようと関係ないし、この気持ちを他の誰に否定される謂れもないよ。……つーかさ。一度っきりの人生だからこそ、一番好きになった人を好きでいなきゃ勿体ないじゃないの』
わたしはコマちゃんに恋をしていたマコの一言に救われたんだ。コマちゃんに恋をしていたマコに、恋をしたんだ。
「……だからこそ。コマちゃんに恋をしていないマコと付き合っても……意味ないもんね」
……だからそう……仕方ない。……仕方ないと納得するしかないじゃない。
「……でも。でもなぁ……」
つい今しがた、マコが言ってくれた言葉を思い出すわたし。
『私も、私もね……カナカナに好きになって貰えた事が、誇りだと思ってる!……だから……だから!ありがとう、カナカナ』
潤んだ瞳でわたしを見つめ、一生懸命わたしに自分の素直な気持ちを伝えてくれたマコ。わたしが一番聞きたかった嬉しい一言を言ってくれたマコ。
「ああもう……マコも罪作りな子よね……」
困ったわ……これ以上なく完膚なきまでに振られたハズなのに。
「……ますます、マコの事好きになっちゃったじゃないの……」
~SIDE:マコ~
カナカナが屋上から立ち去った後、私……立花マコは制服が汚れるのを気にせずに大の字になって屋上で寝転がっていた。
「……私って、どんだけバカなんだろうね」
自分のあまりの間抜けさに呆れつつ、そうポツリと呟く。……ああ、本当にバカ。大バカ者だ私。
この私に告白してくれたカナカナに考え得る限り最低最悪の告白の返事をしてしまって……その上で、私に振られたハズのカナカナに自分の気持ちを気付かせて貰うなんて……
「……カナカナ、優しいよなぁ」
あんな話にならない振り方をした私に対しては、もっと罵詈雑言を言い放っても良かったハズだ。カナカナにはその権利があったハズだ。だというのに……カナカナは、私の一番の親友はそれをしないばかりか……振った私の過ちを正してくれた。
その上で、私が前に進めるようにとアドバイスをくれた。……私って、本当に恵まれているよね。こんな素敵な親友がいるなんてちょっと恵まれ過ぎだよ……
「だからこそ、カナカナの言う通り……今度は間違えないようにしないと」
『今度は絶対、間違えない』そうカナカナと約束した。ならば彼女の為、そして私自身の為にも……次に自分が何をすべきかちゃんと見据えなければならない。
「まずは……私の恋について」
カナカナのアドバイスをゆっくり落ち着いて反芻していく私。
『あんたはね…………コマちゃんの事が好きなのよ……ッ!家族としてだけじゃない。姉としてだけでもない。一人の人間として……コマちゃんの事が好きで好きで仕方がないのよ……ッ!あんたは、妹のコマちゃんに、恋をしているのよ……ッ!』
恋をしている。……ああ、その通りだ。私は、一人の女として……コマに恋をしている。こんな考えなくても、カナカナに指摘されなくても分かり切っているような事実を……どうして私は、分からなかったのだろうか?
『誤魔化してるわよ!わたしに対しても、自分自身の気持ちに対しても!』
……いや、分からなかったんじゃない。私、カナカナの言う通り……誤魔化していただけだ。本当は自分でも分かっていたんだ。家族愛や姉妹愛的な意味だけじゃなく、立花マコとしてコマに恋をしていた事を。けれど……誤魔化していた。
「……じゃあ、何のために誤魔化していた……?」
……ぱっと思いつく理由は……もしも私の恋心をコマに知られたら……コマが動揺して……コマの味覚障害が悪化し兼ねないから……とかだろうか?
「……いや。それこそ誤魔化している。コマの味覚障害を言い訳に、逃げている……」
答えは多分単純だ。私は…………怖かったんだと思う。コマに『姉さま、気持ち悪いです』と拒絶されることが。
もし自分の恋心をコマに見破られてしまったら……そっちのケがないであろうコマは……多分ビックリする。ビックリで済むだけならまだしも……女の子同士、それも双子の姉に恋されているなんて……普通は引くし、拒絶もするだろう。他の誰かに引かれたり拒絶されても構わない。だけど私は……唯一、コマにだけは……
「……そうなるのが怖かった、心地良い今の私とコマの関係を壊したくなかった私は……今まで自分の気持ちから目を逸らして逃げていた」
そうだ。逃げていたんだ私……何もかも、カナカナの推察どおりじゃないか。
『あなたはただ単に逃げていただけなのよ』
例えばコマの味覚を戻す為の口づけ。―――あれを『キス』ではなく『口づけ』と意図的に言い換えていたのは……単なる治療行為と自分に言い聞かせる為だった。
そうする事で、自分の恋を意識しないようにと努めてきた。コマに悟られないように自分の気持ちを誤魔化していた。
『ある一定のラインを超えたあなたたちは、他人以上によそよそしさがある。双子なのに、家族なのに……二人の間にとてつもなく大きな壁が在るように感じるのよね』
……そういう私の態度が、カナカナの言うように私とコマの間に壁を……心の距離を作ってしまった……かもしれない。
生まれた時からずっと私の隣にいたコマの事だ、きっと私の好意までは気付かずとも……『姉さまは私に隠し事をしているのではないか』と、私が何か胸の内に隠している事は機敏に察知してたんじゃないだろうか。
『コマちゃんにとってあんたは一番の、唯一とも言っていい心を許せる味方。だからそのあんたとコマちゃんの心の距離が本当の意味で縮まらない限り……いくら毎日口づけを交わして物理的に近づこうとも、コマちゃんの味覚障害はこれから先もずっと治らない―――そんな気がするのよ』
……誰だって、信頼している人から隠し事されるのは良い気分はしない。まして家族であり自身の半身とも言える双子の姉に長い時間隠し事をされ続けられたら……いくら温厚なコマといえど辛いだろう。……心の壁が出来ても不思議じゃない。
「……その壁が、コマの味覚障害の治療を……妨げている……か」
カナカナのそんな大胆な推理。……6年間ずっとコマと共にその味覚障害を治そうと躍起になっていた私には、カナカナのその推理が妙にしっくりきている。
「……コマの味覚を戻す口づけ―――キスの相手は他の誰でもない、この私じゃなきゃダメだった。つまりはコマの味覚障害の治療には……私の存在が鍵だという事だろうね」
以前めい子叔母さんがコマと試しにキスしてみた時は……全く反応が無かった。だから自意識過剰かもしれないけれど、コマの味覚の治療の鍵が私という事は……多分間違いない。
「んでもって……その理屈でいくならば。私の存在が鍵である以上、コマの味覚障害が6年もの間完治できず仕舞いだったのは……この私がコマに対して、何かしらのアプローチが出来ていないという事で……」
じゃあその壁とか心の距離とかを取っ払うにはどうすれば良い?私が今までずっとコマにしてやれていないのは一体なんだ?
……コマにしてやれていない事は正直数え切れないほどあるだろうけど……一番はやっぱり、カナカナが指摘した通り『本音で語り合う事』だと思う。
『本音でぶつかれば良いのよ。4年間苦しんだって話も。負い目を感じていた事も。……コマちゃんの事を好きだって気持ちも。全部まとめて打ち明けちゃえば良いのよ』
…………コマと本音で語り合う。それは巡り巡って……自分の秘めた思いを打ち明けることにも繋がってしまう。
……やれるか?やっていいのか?そんな事、私に出来るのか?私はそんな大層な事をやる資格はあるのか……?そんな神をも恐れぬ行いをして……万が一にもコマの味覚障害が悪化してしまったら私―――
『これから先も……誇れるような貴女で居てちょうだい』
ほんの一瞬弱気になりかけたけれど。頭の中でさっきのカナカナの一言が木霊する。
「……何を弱気になってんのさ。ダメだ。しっかりしろよ立花マコ。さっき親友と約束しただろうが私……」
このままじゃコマにとっても、私にとっても良くないって事くらいおバカな私にも理解できている。勇気もアドバイスも貰った。背中は十分押してもらった。お陰で……私も覚悟は決まったよカナカナ……
もう『下手に動いてコマの味覚障害が悪化したら~』なんてくだらない事は考えない。もし仮に悪化してしまったとして……それがどうした。最初から私は、コマと一生を添い遂げるつもりだったんだぞ?そん時は拒絶されても嫌がられようとも、一生コマの面倒を見る。ただそれだけの事じゃないか。
カナカナとの誓いを守るためにも。コマの呪縛を解き放ってあげるためにも。…………そして自分の恋に素直になる為にも。私がやるべきことは、ただ一つ。
「……コマと本音で語り合って……そして―――」
―――そして、コマに『好きだ』と告白しよう。
~SIDE:コマ~
屋上から逃げ出して……無我夢中で走って……気づけば私は私と姉さまと叔母さまの住む我が家に辿り着いていました。
「…………ねえ、さま……」
今の私は、きっと良くない顔をしていると思います。こんな状態ではめい子叔母さまに『学校で何かあった』と見破られてしまうでしょう。
……そう悟った私はすぐには我が家に入れずに、玄関前で膝を抱えて座り込んでしまいました。
『……うなされて、夢の中で私に助けを呼んでいるコマを見るとね、私もそんなコマにシンクロするように……6年前のあの日を思い出すの。あの日のコマの姿が頭の中でフラッシュバックされるの』
『コマの味覚障害の原因も私。コマと自分が口づけせざるを得ないような可笑しな状況を作り出したのも……その異常な行為を依存させてしまったのも私が悪いの…………そう……ぜんぶ、なにもかも、このだめなわたしが、わるいんだ……ッ!』
『私は……妹一人守れない、守るどころか追いつめてしまった最低な人間なんだ。…………そんな私には、妹を差し置いて誰かに付き合うなんて出来ないし―――誰かに好きになって貰える資格なんてないんだよ……』
「~~~~~~ッ!」
逃げ帰っていた時は何も考えなくて良かったのに、座り込んだ途端……屋上で姉さまが漏らした悲痛な告白が……その映像が、その声が……頭の中で私を攻め立てます。
……しらな……知らな、かった。私の全く身に覚えのないところで、私自身が姉さまを長年苦しめ続けていたなんて……
「…………バカですか、私は……」
唇を思い切りガリっと噛んで、流れる血と一緒にそのように吐き捨てる私。何が『姉さまは卑屈すぎます』ですか……何が『矯正の為の罰ゲーム』ですか。
偉そうにご高説しておいて……そのように姉さまを変えてしまったのは……他でもない、この私だったなんて……笑い話にもなりませんよ……
「…………そんな事があれば……そりゃあ、姉さまだって卑屈にもなりますよね……」
責任感が強くて、誰よりも優しい姉さまにとっては……添い寝をしていた4年間は……私が味覚障害に陥ったこの6年間は……地獄以外の何物でもなかったでしょう。
ご自身を責めて……その結果、卑屈な性格になってしまっても……その姉さまを、一体誰が責められましょうか?
「…………わるいのは、全部私じゃないですか……」
姉さまはそれ程までに長い時間、悩み苦しんでいたというのに。毎食前に私とキスを交わす度、過去のトラウマと戦っていたというのに……能天気な私は……『味覚障害になって、姉さまと毎日キス出来て嬉しい』なんて考えていたのですよ……?
卑屈な性格にしたのは他でもないこの私だというのに……その姉さまの性格を利用して『卑屈な事を言ったら罰ゲームでキス』なんてバカバカしくて自分勝手なルールを押し付けたんですよ……?
消え去りたい……姉さまの前から消滅したい……こんな、身勝手で……姉さまを苦しめちゃうような最低な……ダメダメな妹なんて…………しんじゃったほうが―――
「…………(ブツブツブツ)ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな―――」
ここには居ない姉さまに、謝罪の言葉を呪詛のように呟き続ける私。……こうでもしないと、こうやって謝り続けないと……私、自分を保てる自信がない……耐えられそうにない……
『……?おーいマコ?いやそれともコマか?なんか外から声が聞こえるけど……誰か帰って来たのかー?』
「…………ッ!?は、はい叔母さま!た……ただいま帰りましたコマです……!」
と、その呟きがどうやら我が家で仕事をしている叔母さまの耳に届いてしまったようです。慌てて私は立ち上がり、なるべく平常を装って返事を返します。
『おうよ、お帰りコマ。…………ん?コマだけか?マコはいねーの?』
「は、はい!ね……ねえ、さまは……ちょ、ちょっと学校で用事があって……先に帰って欲しい……と……」
『ふーん。そっか。まあ何にしてもさっさと家に入りなーコマ。外寒いだろ。……ああそうそう。家に入る前に郵便受けをちょっと確認しておいてくれよー』
私の態度を特に気にしていない様子の叔母さま。私はこっそり胸を撫で下ろします。……叔母さまに心配は掛けられません。……もし様子がおかしいと悟られたら……姉さまに報告されてしまい兼ねませんから……ね……
「…………反省も、考えるのも、部屋に戻ってからしましょう……」
こんなところにずっと居続けると、叔母さまが何か勘付いてしまう恐れが高いです。叔母さまや……姉さまの前では……なんとか今日は何もなかったと装って……あとは自分の部屋で一人……反省と、これから私はどうすべきかを……かんがえないと……
そんな事を考えながら、叔母さまに言われた通り郵便受けを確認する私。中には本日の夕刊と……それから『立花コマ様へ』と表に書かれている一通の封筒が入っていました。
「…………?私宛の……封筒?差出人の名前は……無し、ですか」
我が家の住所と私の名前が書かれているだけで、表にも裏にも差出人の名前は書かれていません。……普通、差出人の名前って書かれるものですよね?何故書かれていないのでしょうか?
少し不思議に思いながらも、気を紛らわせる目的でその場で封筒を開封してみる私。
その封筒の中には……一枚の手紙と、一枚のメモ用紙が入っていました。メモ用紙には電話番号が記されており、そして手紙には―――
『少し話がしたいです。良かったらそのメモに書かれている電話番号に掛けてください 貴女の母より』
「…………かあ、さま……?」
―――私と、姉さまを産んでくれた……そしてある意味で私の味覚障害を発症させるきっかけを作った……母の、そんな一文が書き込まれていました。
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