第85話 ダメ姉は、修羅場を体験する

「―――叶井さま。流石にちょっとくっつきすぎではありませんか?」

「えー、そうかなぁ?……てかさ。そういうコマちゃんだって距離近すぎない?べったりし過ぎだとわたしは思うんだけど」

「……あ、あの……二人とも……?」


 ……どうしてこうなった。


「私はいいのです。だって……双子の姉妹なのですからこれくらいの距離は普通なのです。……そうですよね、マコ姉さま♡」

「う、うん……普通、だと思う……よ?」


 右腕は私の最愛の妹、コマにギュっと絡められ(胸、めっちゃ当たってる……)。


「へー?そうなんだ、普通かぁ。でもまあ、わたしもマコとは親友なんだしこれくらいくっついても何にも問題ないと思うわ。……そうよね、マコ♪」

「そ、そうだね……そうかも……ね?」


 左腕は私の一番の親友、カナカナにギュっと絡められ(当たる胸が無い……)。


「……ですが叶井さま。いくら仲の良い親友とはいえ、そんなにくっつかれては姉さまが歩き難くて迷惑だと思われます。そろそろ離れた方が賢明かと」

「コマちゃんこそどれほど姉妹仲が良くっても、そんなに無理やりマコにしがみついたらおっちょこちょいのマコがバランス崩して転んで怪我しちゃうかもよ。てなわけで腕を解いたらどうかなー」

「…………ええっと……」


 タイプの違う二人の美少女に挟みにされ、両手に花な状態の私はただ困惑するばかり。

 …………もう一度言わせて欲しい。ホントにどうしてこうなった。



 ~こうなる30分前~



「…………どうしよう」


 我が親友、叶井かなえ―――カナカナに衝撃的なキスと告白をされたその翌日。私、立花マコは登校する準備をしながらとても悩んでいた。

 お前は一体何を悩んでいるのかって?そりゃあ決まっている。


「カナカナに、なんて返事をすればいいんだよ……」


 あんなにドキドキする告白をしてくれたんだし、ちゃんと私なりの答えを出してカナカナに返事をしたいとは思っている。それに……どんな返事をするにせよ、彼女を長い時間待たせたくない気持ちも私の中にはある。

 だけど……一晩寝て考えてはみたんだけれど、情けない事に結局私は何の答えも出せていなかった。ずっと混乱していて気持ちの整理がつかず、考えが全然まとまっていない……


「女の子同士の恋愛に戸惑っている―――というわけじゃないと思うんだよね」


 昨日カナカナのカミングアウトを聞いた時、確かに少しばかり驚いたけど……でも話を聞いているうちに、何というか凄くしっくり来た。『女の子が好き』と宣言したカナカナが可笑しいとは微塵も感じなかった。

 短い人生、好きな人を好きでいなきゃ勿体ないと私は思っているし……勇気を出して私にカミングアウトしたカナカナは……カッコいいとさえ思ったくらいだ。


 ならば私は何故困惑している?何故返事が出来ないでいる?


「…………落ち着け私。ちゃんとよく考えろ……」


 一刻も早く答えを出すためも、とりあえず冷静に自己分析をしてみる事に。……まず大前提として私はカナカナの事をどう思っているんだろうか?


「……カナカナの事は、嫌いじゃない」


 この学校に入って最初に私に声を掛けてくれた事がきっかけで仲良くなったカナカナ。今では彼女は私の一番の親友だって胸を張って言える。


「……『マコの明るさと優しさに、わたしは出会った時からずっと救われていたんだから』―――か。出会った時から救われていたのは、私も同じだよ」


 告白前にカナカナに言われた事を思い出してそう呟く私。時にコマ関連で暴走する私を身を挺して止めてくれたり、時におバカな事をしでかした私に呆れた表情でツッコミを入れてくれたり、時に本気で困っている私の力になってくれたりと……

 こんな自他共に認める変態で変人なダメな私にも仲良く優しく接してくれたカナカナ。真面目で、快活で、時々怒りっぽくて……そしてとっても優しい私の一番の友達。私の方こそ救われていたし、カナカナの存在は私にとって大きなものであった。


『……立花マコさん。わたし、叶井かなえは―――貴女の事が大好きです』


 ……まさか、そのカナカナに告られるなんて夢にも思わなかったけどね。

 私もカナカナの事は友人としては大好きだ。それは断言できる。……でもカナカナが私に対して言ってくれた意味で好きなのか?


「……それは……わからない」


 なら、カナカナと付き合う事は出来るのか?


「……そもそも私は……誰かと付き合う自分を……想像できない……」


 ……これまでの私は誰かに告白された経験何て当然無いし、まさかこんなダメな私が告白されるなんて夢にも思っていなかった。……妹一人守れないようなダメクズな私を、好きでいてくれる人なんていちゃいけないと思い続けていた。

 だから私はどうしても……誰かに好きになって貰える自分や、誰かを恋人として好きになっている自分。誰かと付き合っている自分を想像した事なんてない。想像する事ができない……


「……じゃあ……カナカナにキスされて、告白されて……私はどう思った?」


 目を閉じて、唇に触れると思い出す。親友に不意打ち気味にキスをされ、そして告白された昨日の放課後の事を。

 告白と共にされたあの時のカナカナのキスは……時間にして数秒の、軽く触れ合うだけのもの。本来ならコマに舌まで入れちゃう口づけを毎日毎食時にしまくっている私にとっては軽い挨拶みたいなもののハズだ。


「それなのに、私の頭からずっと離れない……」


 コマよりもちょっとだけ熱を帯びた柔らかな唇が。珍しく付けていたリップの甘さが。そして同じく珍しく付けていた香水の仄かな香りが。カナカナのキスが頭に残って離れない。

 思い出す度に頬が熱くなる。胸が苦しくなってくる。…………この感情は、一体なんだ……?


「……さま、ね……さま?」

「…………わからない……やっぱり、私何もわからな―――」

「(すぅ……)マコ姉さま!」

「うひゃいっ!?」


 そうやって無い頭を無理やりフル回転させて考え込んでいると、突如私を呼ぶ大きな声が背後から聞こえてくる。

 慌てて振り返ってみると、そこには登校準備を終えたコマが立っていた。


「え、えと……ど、どうしたのコマ?何かあった?」

「どうしたのと申されましても。……何度か姉さまを呼んでみたのですが反応がありませんでしたので、姉さまに何かあったのかと思って私少々心配で……」

「……え、うそ……コマ、私を呼んでた……?何度も……?」


 ……なんてこった。いくら考え事をしていたからって、最愛の妹の呼びかけに反応出来ないとかマジで姉失格じゃないか……!?ああ、ちょっとへこむわ……


「ご、ゴメンよコマ!お、お姉ちゃんちょっとボーっとしてて……む、無視してたわけじゃないんだよ!?」

「ああ、いえ。そろそろ登校しようと思って声を掛けただけですからそう深刻に考えないでください姉さま。……それよりも大丈夫ですか?姉さまったら声を掛ける前も百面相でしたし、何よりお顔が真っ赤でしたよ。ボーっとしていると仰っていましたが……ひょっとして熱でもあるのではないですか?」

「ぅ……」


 心配そうな表情で私の額に手を当てながら私の事を気遣ってくれるコマ。……百面相だったのも、顔が赤かったのもカナカナのキスと告白を思い返していたのが原因なんだろうね。なんか恥ずかしいや……


「あまり無理すると身体によくありません。もしも風邪気味だったり気分が優れないのであれば、今日は思い切って休んでみてはどうでしょうか姉さま。…………(ボソッ)そうすれば、あの人に会わずに済みますよ……」

「だ、だだだ……大丈夫!休む必要なんて無し!風邪なんか引いてないからね!ホント大丈夫だからね!」

「…………そう、ですか。ならいいです……」


 欠席を勧めてくれるコマにそう返してみる私。コマに心配はかけられないし、それにカナカナと会って言わなきゃならない事もある。休んでなんかいられない。

 ……つーか、そもそもバカだから風邪なんて引くはずないし……『風邪引きました』って先生に連絡しても『嘘つくな。どうせサボりだろうしさっさと登校しなさい』って休ませてくれない気がする……


「では参りましょうか姉さま。あまりのんびりしていると遅刻しちゃいますからね」

「あ……うん。そうだね。……そんじゃ、叔母さーん!私たち学校行ってくるねー!」

「行って参ります叔母さま」

『おー、気をつけて行けよお前らー』


 自分の部屋で仕事をしている叔母さんに一声かけて家を出る私とコマ。今日も今日とていつもと同じようにコマと仲良く雑談しながら二人並んで登校することに。


「随分と肌寒くなってきましたね姉さま。昨日よりもまた一段と寒さが増している気がしますよ」

「そ、そうだね……」

「私っていつも早朝に走り込みをしていますけど……この時期になると流石に辛くなってきて大変なんですよね。まあ、熱中症や脱水症状が起きやすい真夏に走り込むよりかは良いのですけどねー♪」

「そ、そっか……」


 ……あ、いや。ちょっと訂正しようか。今日の登校中のコマは……いつもとはちょっとばかり様子が違っていた。


「…………あ、あのさ……コマ?ちょっとお姉ちゃん、コマに聞きたい事があるんだけど……いいかな?」

「はい?どうかなさいましたか姉さま?」

「ど、どうして……どうしてコマは私の腕に抱きついているのかな……?」


 いつもと違って……コマは私の腕に全身を使ってべったりと抱きついていた。ふ、普段もあまり人目が無いならばコマと手を繋いで登下校する事は割とあった。け、けど……これほどまでに大胆に、そして朝の通勤・通学という人目に付きやすい時間帯に皆に見せつけるように腕を組むことなんて今までなかったわけで。……な、何故にコマはこんな事を……?


「……ああ、コレの事ですか。言ったでしょう?『寒くなってきた』と。こうやって抱きつけば姉さまも私も暖かいじゃないですか♪」


 私の腕に抱きついたまま、無邪気に天使の笑みを浮かべてそんな事を言うコマ。あ、ああなるほどそういう事ね……


「で、でもさコマ……その、皆が変な目で私たち見ているわけだし……こ、こういうのはせめて二人っきりの時にさ……」

「おや……何故ですか?姉妹なんですし、これくらいは普通ですよ。恥ずかしがることはありません。……それとも何か問題でもあるのですか?」


 不思議そうにコマは私に尋ねてくる。何か問題があるのかって?…………コマさんや……!


 今更言うまでも無い事だけど私のラブリーな妹コマは、うちの学校のアイドル的存在。公式・非公式のファンクラブまで存在する男女問わずの人気者だ(あ、ちなみに公式ファンクラブ会長はこの私)。

 さて、そんなコマと学校一の問題児の私がイチャイチャ腕を組んで一緒に登校している姿を他の連中に見られた場合どうなるだろうか?


『オ、オイ見ろあれを……!?立花の奴、コマさんと腕組んでいやがるぞ!』

『……や、ヤロウ……!ダメ人間の癖に憧れのコマさんとあんなにくっつきやがって……!』

『いくら姉妹だからって……コマちゃんとあんな、あんなに仲良く……ッ!マコの奴見せつけているつもりなのかしら……!?』


 答え、こうなる。通学途中の皆から発せられる、嫉妬交じりの呪詛が否が応でも聞こえてきて私困っちゃう。コマの事を好ましく思っている皆の四方八方から飛び交う物理的に突き刺すような鋭い視線がとっても痛いです。

 ま、まあコマの双子の姉という美味しいポジション故、ある意味こういう視線で睨まれることは私慣れているんだけどね。だからこれに関してはそこまで問題というわけじゃない。じゃあコマに腕を組まれる事の何が一番の問題なのかって?それはだね……


「(……コマの事を……強く意識しちゃうから問題なんだよぉ……!)」


 昨日のカナカナのキスと告白は、思わぬ副次的効果をもたらした。

 ご存知の通り、私はシスコンである。それも妹を内心本気で性的に狙っている度し難いシスコンである。だけど、いや妹が大好きだからこそ妹に絶対に手を出さぬよう……これまでは必死に内にある煩悩と戦い、過剰にコマを意識しないようにと努めてきた。


「(それなのに私……昨日からコマの事、姉としての立場で見れてない……)」


 …………だというのに。昨日のカナカナとのキスで、告白で。何かが自分の中で変わってしまった。昨日の一件以来、私は……いつも以上にコマを意識してしまっている。


 例えばコマとの口づけ。


 今までは……『これは一種の治療行為だ』『人工呼吸と同じようなものだ』と自分に暗示をかけてコマと口づけを交わしていた。……わざわざコマの味覚を戻すソレを―――『キス』ではなく『口づけ』と言い換えてまで、意識しないように必死で自分を諫めていたつもりだった。

 ……けれど。カナカナのキスで、そんな誤魔化しは一蹴されてしまう。どう誤魔化してもこれまでコマと共にしてきた行為は……妹との接吻キスなんだと……自覚させられてしまった。


 お陰で昨日と今日は大変だった。6年間ずっとやってきた私は、口づけに関してはベテランと言っても過言ではないハズなのに……全然上手く口づけ出来なかった。まるで初めてコマとキスするみたいな気持ちになって、ただ唇と唇を重ねるだけでも一苦労だった。

 …………まあ、その分コマがいつも以上に積極的にリードして口づけしてくれたお陰で何とかコマの味覚も戻ったんだけどね……


「……あら?姉さま、またお顔が真っ赤ですよ。やはり熱があるのではないでしょうか?」

「い、いやダイジョウブ!へーきだからねッ!?」


 そんな精神状態で、コマにこんな風に密着されたらどうなるのか……それは簡単に想像できると思う。服越しに感じるコマの体温が、コマの胸のふくらみが、コマの甘い香りが、私の脳をダメにする……コマの愛らしい横顔を見る度に、胸が早鐘を打つ。

 ああもう……本来ならば今すぐにでもカナカナの告白の返事を考えなくちゃいけないのに、妹を意識するあまり頭が働かないとか……私はなんて最低な女なんだろう。こんなんじゃ、この私にキスや告白をしてくれたカナカナに申し訳が―――


「―――あらマコ。あとついでにコマちゃんじゃないの」

「「っ!?」」


 と、そんな事を考えていたまさにその時。前方から一人の少女が私とコマに呼びかける。こ、この声は……まさか……!?


「か、カナカナ……」

「おはようマコ。今日も変わらず元気そうで何よりね」

「…………」


 ニッコリ笑って朝の挨拶をしてくれるのは、話題の彼女……カナカナだった。


「あ……あの、えっと……お、おはようカナカナ。……か、カナカナも元気そうで何よりだね……」


 まさかこんなに早くカナカナと出会うなんて思っていなかったから、心の準備なんて当然出来ていない。しどろもどろになりながらもとりあえず私も朝の挨拶を返してみる。


「ええ、勿論わたしは元気よマコ。だって……昨日やっと自分の想いを伝える事が出来たんだからね♪」

「ぅ……」


 片目を瞑って、嬉しそうにそう言うカナカナ。そのカナカナの何気ない仕草に思わず私は……ドキッとしてしまう。


「……あら?どうしたのよマコ。あんた顔が真っ赤よ?熱でもあるんじゃないの?平気かしら?」

「い、いやいやいや!何でもないッ!何でもないからネッ!?…………そ、それよりもさ!どうしてこんなところにいるのさカナカナ?何かこの辺に用事でもあったのかな?」

「…………姉さまの仰る通りですね。何故叶井さまがここに居るのですか?貴女確か……家は反対方向だったはずでは?」


 とりあえず話題を変えるつもりでカナカナにそのように尋ねてみる私。コマの言う通り、カナカナのお家は学校を挟んで反対方向にある。つまり本来ならこの通学路にいるハズなんてないのに……何故彼女はこんな場所に居るんだろうか?

 その問いかけに対して、やれやれといった表情でカナカナはこう答える。


「あんた随分つれない事を言うのねマコ。そんなの決まっているじゃない」

「へ?」

「……マコと一緒に、学校に行きたかったからよ。朝からあんたが来るのをここで待っていたの。…………(ボソッ)だって、大好きな人と一緒に登校したいって思うのは当然でしょう?」

「はぅ……!?」

「…………むー」


 私の耳元で私だけに聞こえるようにそんな恥ずかしい事を呟くカナカナ。その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上ってくる。お陰でただでさえ赤かった私の頬が茹蛸みたいになってきたのが自分でもわかる……


「ところで……マコ、それにコマちゃん。さっきからちょっと気になってた事があるんだけど……聞いても良いかしら?」

「な、何かなカナカナ!?」

「…………何でしょうか叶井さま?」

「何故にコマちゃんはマコの腕に抱きついてんの?それじゃあ歩き難くない?」

「え、ええっと……」


 ごもっともな質問に、何て答えれば良いか分からずに口ごもる私。いや、まあうん……いくら仲が良い姉妹だからってちょっとくっつきすぎって思われるのはわかるよカナカナ……


「ひょっとしていつもそうやって登下校しているのかしら二人とも?想像以上に仲良いわねぇ」

「あー……いや。流石にいつもはここまでくっついたりはしないんだけどさ……」

「…………大分寒くなってきましたし、この方が暖かいと思って私が勝手にやっているだけです。女の子同士、それも双子の姉妹なんですしこれくらい普通だと思うのですが……叶井さん、何か文句でもありますか?」

「ぇ……?」


 珍しく喧嘩腰っぽいコマの物言いにちょっとビックリする私。あ、あれ……?コマ、どうしたんだろう……?


「いいえ、文句なんて一つもないわ。でもね―――」


 コマの突っかかるような一言にも動じず、にやりと笑うカナカナ。そして次の瞬間。


「こうすればもっと暖かくなるんじゃないかなーって思っただけよ♡」

「ぅお!?か、かかか……カナカナ!?」

「んな……っ!?」


 コマが抱きついている腕とは逆の私の腕に、カナカナはコマと同じように抱きついてきた。


「な……なに、を……何をなさっているのですか叶井さま!?は、離れてください!姉さまから離れてください!」

「え?何で?この方が暖かいじゃない。それに……女同士、それもわたしとマコは親友同士なのよ?コマちゃんが抱きついている理由と同じように、これくらい普通だと思うんだけどなー?」

「ぅぐ……そ、それは……そうかも、しれませんが……で、でも……でもぉ……!?」


 カナカナの言い分を否定できないようで悔しそうにもごもごと何か呟いているコマ。一方の私は完全にパニック状態に陥っていた。


「(この香り……昨日の……)」


 抱きつかれ密着されているせいでカナカナの良い香りが鼻腔をくすぐる。どうやら昨日の……私とのキスの時にも付けていた香水を今日も付けているらしい。

 その香りを嗅ぐと、あのキスの味も一緒に思い出してしまって……


『あ、あの駄姉……!コマさんだけじゃなく密かに狙ってた叶井さんにまで手を出していやがる……だと!?』

『立花の奴……美少女二人を侍らせやがって……!まさかモテない俺の当てつけかゴラァ……ッ!』

『うぅ……かなえ先輩はアタシの憧れの人なのに……なのになんで、なんであんなダメ女なんかとイチャイチャと……!?』


 カナカナが私にくっつき、腕まで組んだことにより周りの登校中の連中も私同様パニックに陥る。そういやカナカナもコマほどじゃないけど学校内で男女問わず(特に女子に)人気なのすっかり忘れてた……

 ある者は嘆き、ある者は妬み、そしてある者は私に鋭い殺気を向けてくる。アカン、これ私今日コマやカナカナのファンたちに刺されるんじゃねーかな……?


 てか、一応見方によっては『仲の良い三人グループが楽しく登校している』ように見えなくもないはずなのに……なんで私、周囲の皆から『美少女二人を侍らせる二股女』としてしか見られていないんだろうか……?やはり日頃の行いが悪いのか……?


「―――叶井さま。流石にちょっとくっつきすぎではありませんか?」

「えー、そうかなぁ?……てかさ。そういうコマちゃんだって距離近すぎない?べったりし過ぎだとわたしは思うんだけど」

「……あ、あの……二人とも……?」


 そうこうしているうちに話は冒頭に戻る。


「私はいいのです。だって……双子の姉妹なのですからこれくらいの距離は普通なのです。……そうですよね、マコ姉さま♡」

「う、うん……普通、だと思う……よ?」

「へー?そうなんだ、普通かぁ。でもまあ、わたしもマコとは親友なんだしこれくらいくっついても何にも問題ないと思うわ。……そうよね、マコ♪」

「そ、そうだね……そうかも……ね?」

「……ですが叶井さま。いくら仲の良い親友とはいえ、そんなにくっつかれては姉さまが歩き難くて迷惑だと思われます。そろそろ離れた方が賢明かと」

「コマちゃんこそどれほど姉妹仲が良くっても、そんなに無理やりマコにしがみついたらおっちょこちょいのマコがバランス崩して転んで怪我しちゃうかもよ。てなわけで腕を解いたらどうかなー」

「…………ええっと……」


 困惑している私を挟んで笑顔の(でも目は笑っていない)二人はヒートアップ。このままじゃ色んな意味で取り返しのつかない事になりそうな予感がする。

 とは言え私じゃこの二人を止められそうにないし……だ、誰か……誰か助けて欲しいんですけど……!?


「……あー。シスコンの立花姉妹と叶井さんだー……おいっすおいっす。三人とも、何を通学路で騒いでんのー?」


 なんて、心の中で救いを求めた私の前に救世主現る。こ、この間の抜けたのほほんとした声は……私のもう一人の親友―――ヒメっちじゃないか!

 な、ナイスタイミングだぞヒメっちィ!!!


「……ああ、ヒメさま。おはようございます。丁度良かった。叶井さまにちょっと言ってやってくれませんか?これ以上姉さまにくっつくのはやめた方が良いとね」

「おはよう麻生さん。丁度良いわ。コマちゃんと仲の良いあなたからも言ってくれないかしら?これ以上マコにくっつくのはやめた方が良いってね」

「…………?ねーマコ。これどういう状況なの?」

「(とにかくへるぷ!へるぷみーヒメっち!?その二人を止めてあげて!)」


 迂闊に私が状況説明すると二人の、そして周りで妬まし気に私を睨む連中の地雷を踏む恐れがある。何も言わずにアイコンタクトをヒメっちに飛ばして、必死に助けを求める私。


「……ふむ。なるほど……」


 私・コマ・カナカナの三人と周囲の様子を一瞥し、数秒考える素振りを見せたヒメっちはこう呟く。


「……ハーレム…………いや、修羅場か。まあアレだ。……刺されないように気をつけてねーマコ」

「変な事言ってないでへるぷみーヒメっち!?」


 触らぬ神に祟りなし、と言わんばかりに手を振ってそそくさと学校に向かおうとするヒメっちにしがみつく私。

 お願いしますヒメっち様、この私をどうか見捨てないでくだせぇ……!?

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