第83話 ダメ姉は、告白される

~SIDE:マコ~



 カナカナの怒りが静まるまでの数分間、カナカナが満足するまで思うがままに胸を揉まれ続けた私。つかれた……胸がヒリヒリする……こ、こんな事コマにもされた事ないってのに……

 ま、まあでもこれでカナカナの鬱憤が晴らせたならば、胸の痛みくらい私だって我慢しますけどね。


「―――ったく、この手紙を果たし状と勘違いするなんて……あんた一体どんな思考回路してんのよマコ……」

「……面目ないッス……」

「あー……もう。これじゃあムードも何もあったもんじゃないわ。どうしてマコはこんなにアレなのかしら……」


 怒りの収まったカナカナは心底呆れたご様子である。一連の流れからここにきてようやく私もこの手紙が果たし状ではないという事に、そもそもこの呼び出しは果し合いが目的ではないという事に気付く。

 我ながらなんて恥ずかしい勘違いをしていたんだろう。これじゃあカナカナがブチキレても当然じゃないか。


「(ブツブツブツ)…………まあ、お陰で緊張とか不安とか色んな葛藤とかはどっかに吹き飛んじゃって、わたしも完全に開き直れたし覚悟も決まったから良いけどね。……それに……この方がわたしとマコらしいかも。変に意識するよりもよっぽど……」


 まだ何か思うところがあるようで、しきりにため息を吐きながら何やら呟いているカナカナ。このままではいつまたカナカナの怒りが爆発するか分からないし話も一向に進まない。とにもかくにもそろそろ呼び出された理由を聞いておこうかな。


「そ、それで?カナカナさんは……そのぅ、一体どんな要件で私を呼び出したのでしょうか……?」

「…………ハァ……呆れた。まだわからないのね。ちょっとは察しなさいよおバカ」

「ぅぐ……ご、ごめん……」


 責めるようなカナカナの視線が突き刺さって痛い。すんません……察せないダメ人間でマジすんません……


「ホントにマコって変わらないわよね。わたしの想像の域をはるかに超える、おバカで変態で常識外れのダメ人間。…………初めてマコに会った時もそうだったわ」

「へ?初めて会った時?」

「あら……マコは覚えていないの?わたしと出会って早々に、あんたがわたしに『叶井さん、実は私シスコンなの』―――なんて、何の脈絡もなくカミングアウトしてきたあの日の事を」

「……あ、ああうん。あったねーそんな事……」


 カナカナにそう話題を振られて思い出す。あれは確か……この学校に入学してすぐの出来事。妹のコマと別々のクラスになった私は、そのショックで机に突っ伏して人目を気にすることなく全力で泣きわめいていた。

 その私に心配して真っ先に声を掛けてくれたのが―――ここにいるカナカナだったね。そうだったそうだった。それがきっかけで私たち親友になれたんだっけ。


「わたしは今でもはっきり覚えているわ。あの日のマコは―――『いかに最愛の妹が素晴らしいか』とか『自分がどれほど妹の事を愛しているか』とか『もしかしたらいずれ妹に手を出してしまうかもしれない』とか……聞いてもいないのにこのわたしに熱く語ってきたわよね」

「う、うん」


 目を細めてちょっと懐かしそうにその時の思い出話を始めるカナカナ。そしてその話をされて途端に申し訳なさで胃が痛くなってくる私。

 ……どんな経緯でそうなったのかは私もちょっとよく覚えていないんだけど……た、確かあの日は落ち込んでいた私に優しく声を掛けてくれたカナカナに感動して……その優しさに甘えてしまってつい勢いで自分はシスコンだってカナカナに宣言して……ついでにカナカナにコマの素晴らしさとかを延々と説いてしまった気がする。


「そしてマコは……わたしが『あの、立花さん?申し訳ないんだけどそろそろ帰らせてくれないかな……?』って頼んでも『ま、待って!も、もう少し!どうかもう少しだけ聞いてくだされ叶井さぁーん!?』って駄々をこねて。結局その妹自慢は最終下校時刻が過ぎても続いて…………そのせいで見回りに来た先生に、二人で仲良く怒られたわよね」

「…………その節は、誠に申し訳ございませんでした」


 凄いぞ昔の私。初顔合わせの人に対して全力でアホな事をして迷惑かけていやがる。……ね、ねえ……やっぱこれカナカナって私の事を恨んでるんじゃないの?やっぱこの手紙って果たし状で合ってるんじゃないの?

 そんな不安がよぎる横でカナカナは語り続ける。


「初対面なのにいきなりそんな事をカミングアウトされても困るし……しかも話してくる内容は、会った事のない妹さんの自慢話。だからあの時は尚の事困ったわ。非常識で変人で変態極まりないあんたの第一印象は……正直言って最悪だった。『一体何なのよこの子は』って思ったわ」

「……そ、そうだよね。私も改めて自分の行動を分析したらそう思われても仕方ないなって思う―――」

「…………でもね、マコの話を聞いているうちにわたしはこう思ったの。『ああ、この子はなんて……』って」

「…………はい?」


 罵られていたハズが、急にそんな事を言われて目が点になる私。凄い子?え?誰が?……私が凄い?何が凄いというの?


「……す、凄い?え、あの……カナカナ?自分で言うのもなんだけど、今の話のどの辺に私の凄いところがあるのかな……?変態過ぎて凄いって事?気持ち悪さが限界突破してて凄いって事?」

「全然違うわよ。そうじゃなくてね……」

「そうじゃなくて?」

「…………自分の気持ちを偽らず、ストレートに表現できるマコが……凄いと思ったの」

「???」


 ……参ったな、余計にわからん。頭の上にハテナマークを乗っけて首を傾げる私に苦笑いをしながらカナカナは話を続ける。


「……その顔は、意味わかってないって顔ねマコ」

「……う、うん。ええっと……それ、どの辺が凄いのかな?」

「凄いわよ。だって……あの時のわたしには……とても出来ない事だったし」


 そう言って一度話を中断し、胸に手を当て深呼吸するカナカナ。


「……マコ、突然で悪いんだけどさ……わたしも今ここでカミングアウトさせて貰うわ」

「んむ?カミングアウトですと?」


 そして意を決して震える声でこう私に告げる。


「わ、わたしねマコ……」

「うん」

「…………女の子が、好き……なの」

「……え?そうなの?」


 意外なカナカナのカミングアウトにちょっぴり驚く私。


「い、一応誤解のないように言っておくけどさ、わたし別に男子が嫌いだとか……男の人に嫌悪感があるってわけじゃないの。父親とか男の先生とか男性であっても尊敬している人はいっぱいいるし、男子も友達としてなら……普通に接する事も出来るしさ」

「ああうん、だろうねぇ。だってカナカナには男の子の友達もいっぱいいるもんねー」

「う、うん。…………でもね。恋愛対象として好きになるのは……好きになってしまうのは、昔から決まって女性なの。初恋の人もそうだったし、憧れたり恋焦がれてしまう相手は……みんな、女の子……なのよ……」


 段々とか細い声になりながらも、それでもカナカナは私にカミングアウトしてくれる。へぇ……今までカナカナからそんな素振りは感じられなかったから流石にビックリだ。


「そうだったんだねカナカナ。いやぁ、私初めて知ったよー」

「……そりゃそうよ。だって初めて言ったんだし……」

「あはは、そりゃそっかー」

「…………(じー)」

「……って、あれ?どしたのカナカナ?」


 何故か私の顔を凝視してなにやら複雑な反応をしているカナカナ。んん?何だろうカナカナのこの顔は?


「……驚かないのね」

「へ?」

「……あんた、全然驚かないのねマコ。……これでもわたし相当恥ずかしい事をカミングアウトしたはずなんだけど……」

「え?驚かないのねって……あ、いやそりゃ私だってちょっとは驚いてるよ?でもまあ……別に大した問題じゃないなーって思ってるし」


 だって……実の妹、それも双子の妹に対して年中欲情ハァハァしているこの度し難い私に比べれば……女の子が好きだというカナカナのカミングアウトは健全も良いところ。恥じる要素なんてどこにあるというのだ。

 なんて考えている私に対してかぶりを振って見せるカナカナ。


「いや……ごく一般的な感性から言うと……かなり大した問題だと思うわよ……」

「えー?そうかなぁ?」

「そうよ。だって普通だったら……引かれるし、否定されちゃうからさ。…………実際、わたしもそうだったし……」

「……カナカナ?」


 そう呟いたカナカナの表情には少し陰りが見える。引かれるし、否定されちゃう……?自分もそうだった……?その台詞を聞き直感的に話の流れを理解する。

 これは……ちょっと聞かない方がよさげな話じゃないだろうか。下手をしたらトラウマを話す本人が余計に辛い事になっちゃうかもしれないし……


「あの、カナカナ?カミングアウトするのは構わないけど……話したくない事は無理して話さなくても―――」

「良いから、黙って聞いて頂戴マコ」

「は、はい……」


 有無を言わさぬ親友の強い意志の籠った声に、私は思わず口をつぐんでしまう。私程度の余計な気遣いは無用というわけか……


「……わたしが小学生の頃ってさ、仲の良い女友達同士で……恋愛話―――いわゆる恋バナをやるのが流行ったのよ。放課後になったら集まって、椅子を並べて輪になって『誰々くんが好き』『誰々くんが気になる』って言い合うの」

「へぇ……私やコマの出身校の女の子たちも同じような事やってたよ。やっぱどの学校でもやるもんなんだねぇ」

「まあ、思春期迎えた女子ってそういう話に飢えてるし、流行るのも無理は無いかもしれないわね。この学校でも時々やってるのを見かけるし……」


 そう言えば放課後になるとよく女子連中が集まって恋バナしてるっけ。…………私はその恋バナに参加させて貰った事が一度も無いけどね。

 友人たち曰く『マコの場合……誰が好きなのか分かり切ってるし、それに楽しい恋バナの時間が妹自慢の時間に変えられちゃうから参加は認めませんッ!』―――だってさ。ひどい、私だって花も恥じらう乙女なんだし恋バナコマ自慢したいってのに。


「……さて、本題はここから。恋バナが流行っていたある日ね……わたしも仲の良い友達から誘われたの。『かなえちゃんも一緒に恋バナしようよ』って。その時ちょうどわたしも恋をしていたわけだし、喜んでその恋バナに参加したわ。…………参加したことを、あとになって後悔する事になるとは知らずにね」

「…………あ。もしかしてカナカナ、その時から……?」


 私がそのように尋ねると、こくんと頷くカナカナ。


「……まあ、お察しの通りよ。わたしの初恋の相手はね、マコ……小学校の担任の女の先生だったの。当時何もわかっていなかったわたしは……その恋バナの場で堂々と言っちゃったわ。『担任の先生が好き』だって」

「あー……」


 その後カナカナがどんな反応をされたのか……それは私でも容易に想像できる。カナカナ辛かったんだろうなぁ……


「そしたら皆、口を揃えてこう言うの。『そんなのおかしい、変だよ』ってね。『女の子が女の人を好きになるなんてダメだ』とか『きもちわるい』とかも言われたっけ。ムキになって反論したら、翌日からはものの見事にいじめの対象になったわ。その場にいた友達は勿論、クラス中にわたしの話が広まっていったから皆から奇異の目で見られて大変だった」

「……」

「まあ、見かねたその初恋だった担任の先生が介入してくれたお陰でそれ程酷い事にはならなかったけど……でも、でもね……」

「……でも?」

「その先生から言われたの。『その感情はただの憧れよ』『大丈夫、思春期特有の勘違いだからきっと大人になったら普通になれるわ』ってね」

「……カナカナ」


 …………ただの憧れ、勘違い……かぁ。その時のカナカナの欲しかった言葉は、そんな言葉じゃないだろうに。自分の事じゃないハズなのに、私までちょっと胸がチクリと痛んでしまう。


「分かってもらえなくて悔しかったし……あの時わたしを見る友達の視線がとても怖かった。何よりも、初恋の人に自分の気持ちを理解されなかったばかりか……自分の生き方そのものを否定されたような気がして……ちょっと辛かったわ」

「……うん」

「まあ、そんな事があったから……中学受験をしてこの学校に通う事を決めたの。そのまま公立の中学に進学したらわたしの事を知ってる連中にいじめられたり、居心地の悪い事になるって分かり切っていたからね」


 ……なるほど。そういう経緯があったのか。ちなみに私とコマは……あの両親から離れたかったのと、叔母さんの住んでいる家の近くの学校に通いたかったからこの中学に進学する事になった。


「中学に入ったら同じ過ちはしないと心に決めたわ。あんな思いをするくらいなら……先生が言った通り、わたしも普通になろうって思ったの。……思っていたの」

「……ん?思っていた?過去形なの?」

「うん。だって……入学した当日に、マコ……貴女に出会ってしまって……その決心は簡単に打ち砕かれたんだから」

「……ふぇ?」


 私に出会って打ち砕かれた……?ハテ?何の事やら?


「あの日のマコはね……このわたしは勿論、傍から話を聞いていた周りの人たちからどれ程ドン引きされても。変人だ、変態だ、気持ちが悪いと罵られても。……そしてそれをどれだけ笑われても。全く怖気ず怯まずに、ただコマちゃんの事を愛してるって語っていたの」

「あ、うん。そ、そうだったね」

「……同じような事をして後悔する羽目になったわたしには……そんなマコが凄いと思ったわ。よりにもよってマコったら入学してすぐにカミングアウトしたのよ?そのカミングアウトのせいで、これから3年間は平和な学校生活を送れないかもしれないのよ?辛い事や悲しい目にあってしまうかもしれないのよ?……それなのにマコはそんな事は微塵も恐れず、ただ堂々とカミングアウトして……わたし、本当に凄いと思ったわ」


 カナカナのその説明でようやくさっきの話に合点がいく。あー……なるほど。私が凄いってそういう意味か。


「……まあ今になって考えると……マコの場合はただ単に神経図太くて周りの目が気にならなかっただけとか……あるいはいじめられるかもしれないって可能性を微塵も考えてなかっただけかもしれないけどね」

「…………」


 それについては否定できぬ……


「そんなマコを凄いと思いながらも……なんでそんなに堂々とカミングアウトできるのか理解できなくて、不思議でたまらなくて……妹自慢の途中でマコに直接聞いてみたのよわたし。『どうして立花さんは自分の気持ちをストレートに表現できるの?女の子を……それも双子の妹さんのことを好きだなんて……他の人から気持ち悪いって思われるかもしれないのよ?それって怖くないの?』って」

「え、えーっと……そうだったっけ?」


 いかん、夢中になってコマの話をしてたからそんな事をカナカナに聞かれたかどうかも覚えてない……


「やっぱり覚えてないか。……わたしは、あの時のマコの台詞を一字一句覚えているわ。あの時マコはこう言ってくれたのよ―――」


『あはは!まあ、気持ち悪いのは事実だから素直に受け止めるよ。……でもさー叶井さん。私はこの気持ちに嘘は付けないし、嘘を付く気もないね!だってたった一度きりの人生なんだし、誰を好きになってもそれは私の自由でしょう?誰にどう思われようと関係ないし、この気持ちを他の誰に否定される謂れもないよ。……つーかさ。一度っきりの人生だからこそ、一番好きになった人を好きでいなきゃ勿体ないじゃないの』


「―――ってね」


 ……私そんな事言ったかな?……言ったかも。覚えてないけど……でもまあ、なんとなくそんな事言いそうだよなぁ……


「……それを聞いた時、わたし……わたしねマコ。……泣きたくなるくらい、嬉しかった」

「へ?嬉しい……?」


 心の底から嬉しそうに、カナカナはそのように呟いた。


「決してわたしに対して言ってくれた言葉じゃないのは分かってる。話をした本人が覚えていないくらいだし、マコにとってはどうでもいい話だったってことも分かってる。でも……でもね。そのマコの言葉でわたし……救われた気持ちになったの。初対面のマコに『貴女は誰を好きになっても良いんだよ』って言ってもらえたようで……本当に嬉しかった。あなたに勇気をもらったわマコ」

「そ、そう?」


 む、むぅ……なんか自分の意図しない発言を褒められると気恥しいね。ちょっと照れて赤面する私の隣で、カナカナも私と同じように頬を染めながら話を続ける。


「その時からわたしはマコに興味を持つようになって……気づけばずっとマコの姿を目で追っていた。そのうちに友人として、親友として親しくなって……マコと一緒に過ごしていくうちにマコの色んな顔を見る事が出来たわ。……まあ、基本的にマコは最初に会った時の印象通り、何かにつけては妹LOVEな発言をするシスコンで変態で変人で非常識なダメ娘だったけど」

「い、いやぁ……お恥ずかし限りっス」

「……だけどね。確かにダメだけど、あんたは良いところもいっぱいある素敵な子だった。例えばその明るさ―――日常的に昔のわたし以上に変態的な発言をしておきながら、あんたは持ち前の明るさで周りの人たちと瞬く間に仲良くなっていったわよね。その太陽みたいな眩しい明るさにわたしは憧れたわ」


 そう言って何故かカナカナは一歩私に近づいてくる。


「勿論ただ明るいだけじゃなくて……ビックリするほど優しいところもとても魅力的だった。わたしが風邪を引いていた時、マコはすぐ異変に気付いてくれて……飴玉をくれたり保健室に連れて行ってくれたよね」

「あ、ああ……そんな事もあったっけ……」

「……そしてわたしが早退する事になったら『よーし、じゃあカナカナの親友のこの私が家まで送ってあげようじゃないか!』って言って学校からリアカーを借りてきて……わたしをそのリアカーに乗せて家まで送ってくれたよね。……あまりに非常識だし、乗せられているところを近所の人たちに見られて死ぬほど痛くて恥ずかしかったけど、でも死ぬほど嬉しかった。その底抜けの優しさはわたしの心を温かくしてくれたわ」

「へ、へぇ……な、なんだかそんなに褒められると照れちゃうなぁ……」

「まだまだ褒め足りないわよ。マコの明るさと優しさに、わたしは出会った時からずっと救われていたんだから……」


 また一歩私に近づきつつそのように語るカナカナ。……コマ以外の人から褒められるのが慣れていないからだろうか?

 さっきからカナカナにべた褒めされていて、ますます気恥しさが増してくる。こ、この辺で話題を変えないと……ちょっとまともにカナカナの顔を見ていられなくなりそうだ。


「そ、それで?結局どうしてカナカナは私をここに呼び出したのかな?まさかカミングアウトをする為だけに呼び出したわけじゃないでしょう?」

「……そうね。じゃあそろそろ用件を済ませちゃいましょうか。…………わたしねマコ、この想いを伝えるつもりは無かったの。前にも言った通り……正直結果は見えているし、なによりも―――あんた優しいから。変なところで真面目で、絶対に悩ませてしまう事になるって分かっていたから……困らせたくなかったから……本当に、伝えるつもりは無かったのよ」


 更にカナカナは私に近づいて、もうこれ以上近づけば互いに触れ合ってしまうという距離になる。

 え、ええっと……何故さっきからカナカナは近づいているの?それに……な、何この雰囲気?何このカナカナの話の内容……?こ、これじゃあまるで―――


「でも……今が告白のチャンスって聞いたら……諦められなくて。マコに勇気を貰ったから……引けなくて。…………それに……には、かなり頭にきてたから…………取り消して貰いたくて。だからわたし……」

「あ、あの……カナカナ近い……そ、それにさっきから一体何を言って……」

「……マコ。どうしてわたしがあなたをこんな場所に呼んだのか、その理由が知りたいのよね?」

「え?あ、うん。勿論」

「いいわマコ、教えてあげる。それはね…………この為よ」


 そう言ってどういうわけか一瞬視線を屋上の出入り口の方へと向けるカナカナ。私もつられてカナカナの視線を追ってみたけれど、そこにはただ扉があるだけで何かあるわけじゃない。

 何だったんだろうと視線をカナカナの方に戻した―――次の瞬間。


「……んっ」

「…………え?」


 頬に手を添えられて、不意に、唇に熱くて甘いものが押し当てられた。それは文字通りの不意打ちで……今までずっと妹のコマと共に何千回とシてきたこの私は、誰よりもその行為に慣れているはずなのに……それが何なのかすぐには理解出来なかった。

 行為の意味を理解出来なかった私には、当然それを抗う事も避ける事も出来なかった。


「―――ッ、―――んん……」


 私の目の前に、目を閉じた親友がいる。その親友に……私は唇を奪われていた……


『~~~~~ッ!!?~~~~~ッ、―――ッツ!!!!??』

『ぅお……!?お、おちついてコマ……どう、どうどう……!』


 その衝撃に、頭が真っ白になる私。周りの音も映像も全く頭に入らずに、金縛りにあったかのように私は固まって動けなくなる。私が唯一感じられるのは……カナカナの唇の熱と、カナカナの唇の甘さだけ。


「ぷはっ……ふふっ、ごちそうさまマコ」

「…………ど、して……?」


 ……しばらく経って私の唇から自分の唇をサッと離すカナカナ。そして、


「……立花マコさん。わたし、叶井かなえは―――貴女の事が大好きです」


 とても優しい笑みを浮かべて、カナカナは私に告白してくれた。


「……ごめんねマコ、いきなりこんな事をしちゃってビックリしたでしょう?」

「……ぇ」

「随分と混乱しているみたいだし、今日のところはわたし帰るわね。……ああ、そうそう。告白の返事はいつでも良いわよ。それがどんな返事だとしても、マコの返事ならわたしはちゃんと受け止めるし……返事をするのが辛いと思うなら、無理に返事をしなくても良いからね」

「……ぅ、ぁ……?」

「それじゃあマコ、また明日。……愛してるわよ」


 そう言ってにこやかに笑って……私に投げキッスをしてから優雅に屋上から立ち去るカナカナ。一方の私は本気で混乱してしまっていて……思わずその場にへなへなと座り込んでしまう。


「(…………す、き……?カナカナが……私のこと……だいすき……?)」


 カナカナの告白が、耳から離れない。カナカナの先ほどの行為が、頭から離れない。うそ……?どうして?なんで私なんかを……?わからない、本当にわからない……

 あれは、あのキスは……夢幻だったのではないかと一瞬だけ疑ってしまう。だけど……


「(……夢なんかじゃ……ない……)」


 私の身体には、珍しくカナカナが付けていた香水の良い香りが残っていて。私の唇には、私のとは違う熱と甘さが残っていて。それらが決して先ほどの時間が夢ではないと私に教えてくれて……


「…………どうしよう……」


 結局整理のつかない私は、キスされた唇をそっとなぞりながら……しばらくは10月の冷たい風に自分の熱くなった頬を冷ましてもらう事しか出来なかった……



 ~SIDE:カナカナ~



「……ふー……」


 屋上の扉を閉めたわたしは、すぐに目を閉じて息を吐きながら恐ろしく速くなっている鼓動を鎮める。鎮めながら自分の唇をなぞって、先ほどのキスを反芻してみる。

 大好きな人の唇は想像していた以上に柔らかくて、そして想像していた以上に……気持ち良かった。


「…………ふふっ♪」


 ……わたし、マコにキスしちゃったのよね。それに告白も。それを思い出すだけで自然と頬が緩む。

 ……マコのさっきの反応、とてもかわいかった。普段のマコは大抵お茶らけているか、鼻血出しながら興奮しているかのどちらかの顔しか見せないから……今日みたいな愛らしい乙女な表情をしているのはとても貴重で、あんな顔を見せられたら余計に好きになっちゃいそう。


 ……なんて事を考えていたら、余計に鼓動が速くなってしまった。でも……苦しさとか不快さとかは全然なくて……寧ろマコを想って速くなった胸の鼓動には、心地良ささえ感じてしまう。

 ……今日一日はこのドキドキはおさまりそうにないし、もう無理に鎮めなくても良いかもね。そんな良い気分のまま目を開けるわたし。そんなわたしの目に最初に映ったのは―――


「フーッ!フーッ!!―――フシャァアアアッッ!!!?」

「だ、だから…………いい加減、落ち着いてよコマ……!ステイ、ステイッ!」

「……あらコマちゃん。それに麻生さんまで。こんにちは二人とも」


 涙目になりながら猛獣の呻きにも似た声を上げてわたしに殴りかかろうとしているマコの最愛の妹ちゃんであるコマちゃんと……そのコマちゃんを説得しながら力いっぱい羽交い絞めしている隣のクラスの優等生、麻生姫香さんの姿だった。


「よ、よくも……よくも姉さまの唇を……姉さまを……ッ!ゆ、許しません……絶対に、許すものですか……ッ!」

「コマ、お顔がマジで鬼のようだよコマ。落ち着いて……それ以上暴れられると、ホントにスタンガン使わざるを得なくなっちゃうから冷静になって」


 なんとなく誰かに見られているような感じはしてたけど……思った通りコマちゃんだったのか。まあ、あのマコの妹さんだし、多分以前のマコと同じようにこの告白を監視するんじゃないかと予想していたけど……わたしの予想はどうやら大当たりだったようね。

 ……どうして麻生さんがここに居て、しかもコマちゃんを抑えつけている理由は全く分からないけど……


「……へぇ。コマちゃんってそういう顔もするんだ。意外だったわ。その反応……その怒り方……流石は双子ね。マコにそっくりよコマちゃん。ひょっとしてそっちが素の姿なのかしら?」

「だ、だったら……だったらどうだと言うのですか……!?」

「……いや、良いなーって思って。優等生のコマちゃんよりも、そっちの……感情を露わにして怒っているコマちゃんの方がわたしは好きかも。……だってマコにそっくりだし」

「~~~~~ッ!!!!?」


 マコに告白して吹っ切れているのか……それともマコとのキスに浮かれているのか。調子に乗ってつい思っていた事を口に出してしまうわたし。わたしのそんな一言に更に頭に来た様子のコマちゃんは、本気でわたしに殺意を向ける。


「あー……えっと。カナカナさんとやら?それ以上はストップだ。それ以上地雷原の上でタップダンスを踊られると、私までコマの爆発に巻き込まれちゃう……。あと、悪いんだけど……とりあえず私がこの子を抑え込んでいるうちにこの場から離れてくれないかな……これ以上は私も抑えられる自信が無くてね……」

「ふむ……そのようね。それじゃあ、わたしはこの辺で失礼するわ。コマちゃん、麻生さん。また明日ねー」

「ま、待ちなさい!話はまだ終わっていません!貴女、逃がしませんよ……!」


 汗だくになりながら命がけでコマちゃんの暴走を止めてくれている麻生さんの助言に大人しく従って、二人に手を振ってこの場から立ち去る事に。


『ひ、ヒメさま離して……!離してください……ッ!も、もう我慢なりません……!わ、私の……私の姉さまに告白して……そ、そのうえ唇を奪うなど……もはや万死に―――』

『はいはい……分かったから。とりあえず一旦落ち着いてコマ……これ以上騒ぐと屋上にいるマコに気付かれちゃうよ……』


 背後からそんな二人のやり取りが聞こえてくる。怒っているなぁコマちゃん。……ま、怒って当然だろうけど。


 ……わたしは知っている。あのマコ以上にコマちゃんがマコの事を……好いている事を。それは姉妹愛というよりも、どちらかというとわたしがマコに抱いている感情に近い事を知っている。

 ……だってわたしは今までずっとマコの事を見てきたから。そのマコの隣には必ず……わたしと同じ視線でマコの事を見ていたコマちゃんが居たから……


 去り際に、コマちゃんたちに聞こえるか聞こえないくらいの小声で抜け駆けした事を謝るわたし。


「…………(ボソッ)ごめんねコマちゃん。でも、一日くらいは……わたしに夢を見させてね……」

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