第77話 ダメ姉は、三者面談を受ける(前編)
「―――ねぇコマ。叔母さん、ちゃんと来るかなぁ……」
「そうですね……あれだけお仕事をサボりたがっていた叔母さまの事ですし、必ず来るとは思いますよ姉さま」
「あ、いやゴメンコマ。ちょっと言い間違えちゃった。叔母さん、ちゃんとした格好で来るかなぁ……」
「…………そ、そうですね……念には念を入れて、今朝もあれだけ私と姉さまで説得しましたし……き、きっと叔母さまだってまともな服装で来てくださいますよ……多分……」
「まあ、おかしな恰好で来やがったら一週間はお酒抜きって脅しておいたから大丈夫だとは思うけど……その期待を悪い意味で裏切るのが叔母さんだからね。今日一日油断はできぬ……」
そんな会話を溜息と共にしながら、今日も仲良く登校する私とコマの立花姉妹。本日は私とコマの三者面談の日。叔母さんが問題行動を起こさないか今からちょっと不安だわ……
「……あー、マコとコマのシスコン姉妹だー……はろはろー」
「「え?」」
なんて事を考えながら二人で通学路を歩いていると、後方からちょっぴり間の抜けた声で私とコマの名を呼ぶ人物が。
おや、この声……そしてこのちょっと間の抜けたような喋り方は……
「おお、やっぱヒメっちか。はろはろー」
「ああ、ヒメさまでしたか。おはようございます」
「……ん。二人ともいつも通りの仲良しさんで何よりだ」
振り返る私とコマの目に映ったのは、コマのクラスに在籍している私たちの友人である
「あはは、ありがと。最高の褒め言葉だよヒメっち。そういうヒメっちもいつも通り―――って、あれ……?」
「……?どしたのマコ。人の顔をじろじろ見て……ひょっとして、私の顔に何か付いてる?」
「あ……いやその。ごめん、気のせいかもしれないけど……ヒメっちに何か違和感があって……」
「……んー?違和感?」
私たちの元に追いついたヒメっちに朝の挨拶をしてみると、そのヒメっちに違和感を感じ取る私。何だろう……何かいつものヒメっちと何かが違う気がする……
「違和感……ですか?ふむ…………ああ、確かにそうですね。姉さまの仰る通り、私も今日のヒメさまは何かが違うような気がします。なんと申しましょうか……いつも以上に―――綺麗になっていませんか……?」
「おお、それそれ。それだよコマ。なんかさー、今日のヒメっちっていつもより綺麗だね。ヒメっちの制服、アイロンめちゃくちゃかかっている―――どころか、まるで下ろし立てみたいに見えるし。ローファーも磨き立てのようにすっごいピカピカだし……」
「ヒメさまの髪も寝癖一つなくとても艶々でサラサラで、おまけに……なんだかお肌もとっても潤っていませんか?」
「……あー、わかる?」
いつもならあんまり服装とか身だしなみは拘らないハズのヒメっちなんだけど、今日は様子がかなり違っているように見える。シャツもスカートもブレザーも、ローファーまでもが全てが新品同様に輝いている上に……それを着こなしているヒメっち本人も心なしか輝いているみたいだ。
「うん、そうだよー。今日の為に……シャツもスカートもブレザーもローファーも下着も新品のやつに買い替えた」
「かっ、買い替えたぁ!?え、嘘!?い、いや私も下ろし立てっぽいなーとは思ってたけど……まさかそれ全部が新品なの!?」
「ん。あとねー、今朝知り合いの美容師さんに無理言って美容院で髪をセットして貰って……ついでに知り合いのエステティシャンにも無理言ってサロンでエステして貰った」
「美容室はともかく……え、エステ?しかも……今朝!?ひ、ヒメさま?それは流石に気合を入れすぎでは……?」
……しれっとした顔でそんなとんでもない事を告げるヒメっち。今日だけの為に制服一式+ローファー+下着(?)にetc.そのすべてを買い替える……?おまけに早朝から美容室とエステに通う……だと……?
どうやら私たちが想像してた以上に気合を入れてるみたいだけど……一体彼女に何があったんだ……?
「な、なんか一世一代の大勝負に出るみたいな武装だけど……ヒメっちどうしたのさ……?」
「本日って……何かヒメさまにとって特別な日なのですか?誕生日とかはまだ先でしたよね……?」
私とコマの問いかけに、頬を桜色に染めながらヒメっちはこう続けてくれる。
「……うん、そう。特別な日だよ。だって今日は―――」
「「今日は?」」
「―――今日は、三者面談があるんだもん♡」
「「……あー」」
この一言と乙女のようなヒメっちの反応ですべてを察する私たち。ああ、そうか……ヒメっちも今日が三者面談なのね。という事は……つまり。
「三者面談……それは、私の母さんが学校に来てくれる特別な日。だからちょっとだけ……いつもよりも気合を入れて身だしなみ整えてみたんだけど……どう、かな……?私、変じゃない?ちゃんと綺麗……?母さんに笑われない……?」
「あ、ああうん……一応恰好的には変じゃないから大丈夫……さっきも言った通りヒメっち綺麗だし問題ないんじゃないかな……」
「ですね……笑うどころか、それ程までにキッチリとした恰好ならばヒメさまのお母さまも喜んでくださるかと」
「そっか……そっか……!私綺麗か……母さんも喜んでくれのか……えへへ♪」
そんな助言をしてあげると、花が咲いたような笑顔を見せてくれるヒメっち。類は友を呼んだのか、自他ともに認めるシスコンの私と気が合うヒメっちは……この通りの
普段はぽやーっとしている感情の起伏が少ない子だけど……自身のお母さん関連の事になると一変、私同様にちょっと愛が暴走してしまうのがヒメっちだ。
「いやぁホント……ヒメっちはお母さんの事が好きなんだねぇ。ちょっと感心しちゃうよ私。見習いたいくらいだもん」
「……?違うよ、マコ。私、母さんの事が好きなんじゃなくて…………大好きなの。私は母さんの事、愛してるんだよ。……あー、そうだ。良い機会だからマコに教えてあげる。うちの母さんはね―――」
「はいはいストップですヒメさま。……私たちも何万回と聞かされましたし、ヒメさまのお母さまが素敵だって事も、ヒメさまがヒメさまのお母さまの事を愛されている事もすでに知ってますよ。毎日どうもご馳走様です」
ノロケ話を始めようとしたヒメっちをコマがインターセプトする。危なかった……ナイスだコマ。ここでコマが割り込まなければ、30分はヒメっちのお母さん自慢が続いちゃうところだった……
好きな人の事を話始めると一切止まらなくなるところもまた私と似ているんだよねヒメっち。
「……まだ何も言ってないのにコマ酷い。それにそれを言うなら……コマだって、耳にタコができるくらいマコが素敵だとかマコの事を一人の女として愛してるって話を毎日私に―――ふむぐっ」
「ひ、ひひひヒメさまぁ!?…………(ボソッ)そ、そういう事を、よりにもよって本人の前で言っちゃうのは止めていただけませんかね!?」
「…………あー。ゴメンコマ、つい……」
「えっ?なになに?何か今ヒメっち……すっごい私にとって嬉しくなっちゃうような素敵な情報を言いかけなかった?」
「き、気のせいですよ姉さま!ねっ!そうですよねヒメさま!?」
「ん。気のせい気のせい」
そんなヒメっちが合流して、今度は三人で登校する事に。
「……コホン。そ、それにしても奇遇ですね。ヒメさまも今日が三者面談の日だったのですか」
「んー……?『ヒメさまも』?も、って事はもしかして……」
「ああ、うん。実はそうなんだよヒメっち。私とコマも今日が三者面談なんだよねー」
「ヒメさまって本日最初の面談でしたよね。その次の面談が私で……その面談が終われば続けて隣のクラスの姉さまが面談、という流れだったと思います」
今週から始まった三者面談。私とコマは双子で同じ学年なのだから……保護者の方に二度手間にならないようにと先生方が気を利かせてくれて同じ日に面談が行われる事になっている。
……まあ、当の本人の叔母さんは『寧ろサボりの口実になるし、別々の日に面談してくれても良いんだけどなぁ』なんて呆れた事を言ってたけどね……
「……そうなんだ。じゃあ二人とも、お先に失礼。…………先に謝っておくけど、時間オーバーしちゃったらゴメンね。貴重な母さんとの三者面談だし……私、なんか興奮しすぎてついつい話し込んじゃう気がするもん」
「あはは。それヒメっちならありそうだね。いいよいいよ、いくらでも待つよ私たち」
「ふふっ、私たちの事ならお気になさらずヒメさま。存分に面談をお楽しみくださいませ。……それにしても。本当にヒメさまは三者面談が楽しみなのですね。三者面談を楽しみに待つ生徒なんて、学園広しと言えどヒメさまくらいなものではないでしょうか」
「えー……?そうかなぁ……?意外と探せば他にもいるんじゃないの?私みたいな三者面談が楽しみな
クスクス笑いながらヒメっちにそんな事を言うコマ。うむ?三者面談を楽しみにしているのが……ヒメっちくらいですと?
「ヒメっちの言う通りだよコマ。現にここに一人、面談を楽しみにしている奴が居るじゃないの」
「へ……?ここに一人って……えっ?も、もしかして……姉さまも楽しみなのですか……?三者面談が……?」
「うん、そうだよー。今日の面談、めちゃくちゃ楽しみだよ私。……そう思うのって、やっぱ変かな?」
「変かなー?」
目を丸くして驚くコマに私とヒメっちが尋ねる。まあ確かに喜んで面談受ける人の方が少数派なのはわかるけどね。
「い、いえ……お二人とも変というわけでは無いのですが……お母さまがお目当てのヒメさまはともかく、姉さまの方は意外でしたからちょっとビックリしちゃいました」
「と言うと?」
「私ったらてっきり、『姉さまは面談を受ける事自体に興味がないのでは?』と思い込んでいましたから。だって姉さまの場合、ご自身の進路はもう前々からお決めになっておられると聞きましたし……」
「あー、なるほどね。……うん、そうだね。コマの言う通り、私進路はとっくに決めてるから……私の面談自体は全然興味なんてないよー」
「は、い?え、えっと……えっと……?つまり、どういうことですかね……?」
「……?そんじゃ、マコは誰の面談に興味があるのー?」
不思議そうな表情で首を傾げるコマとヒメっち。私が誰の面談に興味があるのかって?そんなの決まっているじゃないか。それはね―――
◇ ◇ ◇
そんな会話をコマやヒメっちと交わしてから……大体6時間後。
「―――お待たせしました。それではこれより立花コマさんの三者面談を始めたいと思います。担任の山崎です。本日はどうかよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。あ、先生。こちらが私の保護者の……」
「おう。コマの保護者をやってる叔母の宮野めい子だ。今日はまあ、よろしく頼むわ先生」
「そして私がコマのもう一人の保護者をやってる姉の立花マコです。よろしくです先生」
「「「…………」」」
「……ん?どしたのコマ、叔母さん。何で目を点にして私を見つめてんの?それに……先生まで固まっちゃってどうしたんです?時間も限られてますし、早速面談を始めちゃいましょうよ」
「……え、えーっと。コマさんと宮野さんはともかく…………立花マコさん?」
「はい?何でしょうか先生?」
「あ、あなたはその……何故ここに居るのでしょうか……?」
この私、立花マコは……愛する妹の三者面談に立ち会っていた。
「よーし、出ていけマコ。先生の言う通り、何でここに居るんだよお前。お前の面談はこの後だし……今から始まるのはコマの面談だろうが。そもそもお前、面談受けるクラスが違うじゃねーか」
「え?何でって……そりゃ私だって立派なコマの保護者だもん。だから私も姉としてコマの面談に立ち会う義務が―――」
「ねーよそんな義務。邪魔にしかならないから即刻出ていけやマコ。……すまんな先生。この阿呆はすぐに追い出すからちょっと待っててくれ」
「は、はぁ……」
コマの面談に居座ろうとする私を奇怪な表情で(というか、正しくはドン引きした表情……か?)見つめるコマの担任の先生と、呆れた表情をしながら追い出そうとする叔母さんと、困惑した様子でおろおろとしているカワイイコマ。
そして追い出そうとする叔母さんに縋りついて必死で抵抗する私。
「ま、待ってくだされコマ、叔母さん、それに先生……!私絶対邪魔しないから……!なんなら私、教室の隅っこに居ても良いからコマの三者面談を私も受けさせてくださいませ……!朝からずっと楽しみだったんだよ、コマの三者面談に立ち会うの……!お、お願い……私からその楽しみを奪わないで……っ!?」
「『朝からずっと楽しみだった』……?あ、あー……なるほどです。姉さまが今朝言っていた『面談が楽しみだ』って言葉……あれは私の面談に参加する事が楽しみだって意味だったのですね……」
今朝のヒメっち同様に、私は今日の三者面談を心待ちにしていた。……無論自分の面談を、では無い。……コマの保護者としてコマの三者面談に参加する事を、心から楽しみにしていたのである。
「お前がここにいる時点ですでにあらゆる意味で邪魔になってんだよマコ……良いからさっさと出ていけや。これじゃ四者面談になるじゃねーか。ったく……人に散々可笑しな行動するなと命令しておきながら、命令した張本人が可笑しい行動してんじゃねーよこのバカ娘め……」
「やだ、やぁーだぁー!わ、私もコマの面談聞きたいの!コマの成績とか、コマの頑張ってるところとか、コマの希望進路とか……とにかく何でも良いから2-Bクラスで普段コマがどんなことしてるのか先生から聞きたいの!……きーきーたーいー!!!」
「えぇい……子供じゃあるまいに駄々をこねるな駄姉。つーかお前ら一緒に暮らしてんだし、そんなもんいつでも本人から直接聞けるだろうが」
そう言って私を羽交い絞めしながら教室から放り出そうとする叔母さん。い、良いじゃないか一人くらい面談受ける人が増えたって……
私だって普段のコマの授業中の様子等を熟知している担任の先生から見たコマの評価がどんな感じなのか滅茶苦茶気になるし……
「先生にも、勿論コマにも迷惑かかると何故わからないんだマコ。コマだってお前の事を邪魔に思ってるぞきっと。お前は自分の面談が始まるまで大人しくその辺で待ってろや」
「うぐ……こ、コマ?そうなの?……や、やっぱお姉ちゃんが一緒だと嫌かな……?邪魔になっちゃうかな……?」
「ホレ、お前もこの分からず屋のダメ姉に言ってやりなコマ。邪魔だし出て行けってな」
まあ、いくら話を聞きたくてもコマが私と一緒じゃ嫌だと言うなら私も大人しく出ていくほかあるまい。そう思ってコマがどう感じているのか尋ねてみると……
「あ、いえ。……私としては嫌じゃないと申しますか…………寧ろ、その。私も姉さまにも面談の席に居て欲しいって思っているのですが……」
「「え?」」
「お、おぉ!さっすがコマぁ!話がわっかるぅー!」
真面目なコマの事だし『邪魔ですし、恥ずかしいので出て行ってください姉さま』とか言われるんじゃと思っていたけれども、予想に反してコマはそんな嬉しい事を言ってくれる。
やった、やったぞ……!私、コマのお許し貰えた……!
「実を言うと私、自分の進路について今かなり悩んでいまして。姉さまにもちょっと相談したいなと思っていたのです。ですからちょうど良い機会ですし……叔母さまや先生さえ良ければ、姉さまが面談に同席する事をお許しいただけないでしょうか?」
「「……」」
コマのそんな一言に顔を見合わせるコマの担任の先生と叔母さん。
「……オイ、ホントに良いのかよコマ。アタシの見立てによると……多分コイツ、いつもの調子でお前の面談を邪魔しちまうと思うんだがな……」
「大丈夫ですよ叔母さま。姉さまがそんな事するわけないじゃないですか」
「…………ハァ。わかったよ……コマさえ良ければアタシも文句は言えないさね。……ったく、マコもコマもこれだから……」
「えーっと……ま、まあ色々と非常識ではありますが、コマさん本人がこう言っている事ですし……マコさんが騒いだり意図して邪魔をしたりしないと約束するなら、生徒の意志を尊重しましょうか。……良いですよ。マコさんがコマさんの面談に参加する事を許可します」
「おぉー!サンキューですコマの担任の先生!優しい!物分かりが良い!寛容だ!うちの担任とは大違いですネッ!」
『…………おう立花。お前の声は良く通るから、今の発言は隣の教室にいる私の耳にもしっかりと聞こえているぞ。後で覚えておくことだなキサマ……!』
そんなわけで。私のしつこい懇願とコマの要望もあってか私の緊急参戦も何とか許可されて、ようやくコマの三者―――いいや四者面談が始まる事になった。
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