第76話 ダメ姉は、相談される

「―――てな事をクラスメイトと話しててさ。全くもう、みんなして酷いよね。『誰かに告白された事、ないの?』とか『立花に告白するくらいならコマちゃんに告るわ』とか『マニアックな性癖の持ち主になら振り向いて貰える』とか、好き放題言いたい放題だったんだよ。……そりゃ事実だろうけどね、せめてもうちょっとオブラートに包んで欲しいよねー」


 クラスの皆と告白談義で盛り上がったその日の夜。いつものように私が作った晩ご飯を、愛しい我が妹コマと我らがめい子叔母さんに振舞いながら本日の出来事を愚痴る私、立花マコ。


「ふーん。ま、確かにマコに想いを寄せそうな奴なんて、いなさそうだよな」

「あはは、叔母さんナイスジョーク。自慢じゃないけど私、そんなに好意を持たれた事なんて無いって。両の手どころか片手で数えても余ると思うよ?」

「…………そうかい。マコがそう思うんならそうなんだろうさ」


 お酒を飲みながら、大して興味なさげに適当に受け答えするのはめい子叔母さん。


「…………『誰かに告白された事、ないの?』ですか……」

「ん……?どうかしたかなコマ?」

「……ええっと、何と言いましょうか。なんだか私の中の女の勘が緊急事態発生と全力で警報を鳴らしているような……悪い虫が、現れたような……」

「???」


 一方愛する妹のコマは、何故か不安そうな表情をしている模様。……むし?


「あの……姉さま。ちなみにですが……どなたかに告白したり、告白されるご予定とか……無いですよね……?」

「……はい?だ、誰かに告白したり……?い、いや……今のところそんな予定は入って無いけど……」

「そう、ですか……ならば一先ず安心、でしょうか……」


 えっと……告白する予定はともかく……告白される予定って一体何だろう……?『実は私さぁ、週末彼に告白される予定なのー♡』的な感じ……?

 わ、わからん……それは一体どんなシチュエーションなんだろうか……?


「…………(ブツブツブツ)まさか……姉さまを狙って……?い、一体誰が…………いえ、誰であろうと関係ありません。……姉さま素敵ですし、遅かれ早かれ……こうなる事は……。とにかく……なるべく学校内では……姉さまに付かず離れずガードを固めて……それから……念のため、を…………」

「……あの、コマ?大丈夫?」


 もしかして私、コマに変な事でも言ったんだろうか……?ついさっきまではにこにこ笑顔で私の話を聞いてくれていたコマなのに、学校であった出来事を話した途端……苛立ちというか…………さ、殺気というか……

 とにかく黒いオーラ出しっぱなしでちょっと怖い。どうしたというのマイシスター?


「……ふふっ、何でもありませんよ姉さま。ただ……近頃学校内は告白ブームだと私たちのクラスでも話題になったので……色々と、対策しなきゃいけないなと思っていただけですのでお気になさらず♡」

「あー、なるほど対策ね。そういえば今日のコマは……サッカー部のキャプテンに告られたり無理やり迫られたり、私の説教に巻き込まれたりでホントに大変だったもんね」


 告白するだけならまだしも……コマに無理やり迫ったり、コマを傷つけるなんて許せないよね……やはり早急に、今朝没収されてしまった防犯グッズを再注文しておかなきゃね。


「それにコマって……今日だけじゃなくてここ最近もコマのクラスの学年次席の男子とか、後輩とかに告白されっぱなしらしいね。…………まあ全部断ったって聞いたけど」

「あら。ご存知だったんですね姉さま。ええそうです、私の事を好きになって貰えたことは嬉しかったですが……全部丁重にお断りさせて貰いました」


 ……苦笑いをしながらコマはそう言ってくれる。ふむ……全部お断り……か。


「ね、ねえコマ?コマはさ……どうして誰に告白されても断るの?」

「……え?」

「い、いやさ!私はよく知らないんだけど……告白した人たちって皆……イケメンさんだったり、運動が出来たり、勉強出来たりする人たちばっかりで選り取り見取りなのに……コマは誰にも靡かないでしょう?……だから友達が『どうしてだろうなー』って不思議がってたんだよ。わ、私も実は……ちょ、ちょっとだけ気になってて……さ」

「…………」


 クラスでその話を聞いてからずっと気になっていた事だし、どうして誰に告白されても断るのかその理由をそれとなくコマに尋ねてみる私。


「ま、まさかとは思うけどさ。も、もしかしてコマって……だ、誰か好きな人が……いる、とか……?あっ!ももも、勿論コマが答えたくないなら、無理に答えなくても―――」

「……はい、そうです。いますよ、私の好きな人」

「だよねー。そりゃコマにもいるよね、好きなひ―――何ィ!?好きな人ォ!?」


 てっきり『嫌ですねー、そんな人いませんよ姉さま』と返ってくると思っていたのに、そんな爆弾発言をしてくれるコマ。

 ま、マジか……?マジでいるのかコマの好きな人……!?だ、だから誰に告られてもOKしなかったのか……!?


「だっ、誰!?一体どこの馬の骨!?コマの意中の相手って……誰なの!?」

「……ふふっ♪わかりませんか?……今、ですよ。私の大好きな人はね」

「え……?」


 いたずらっぽくウインクをしながらコマは答える。今、コマの目の前に立ってる人……?それは、つまりは……


「無論、私の大好きな人は……マコ姉さまに決まっているじゃないですか。姉さまより好きな人なんて、この世の何処にもいませんよ」

「こ、コマ……ッ!」


 満面の笑みを浮かべ、私の脳内をとろとろに甘く溶かす発言をするコマ。……当然コマの好きは『家族として好き』って意味なんだろうけど……それでも、それでも死ぬほど嬉しい。ああ……私、生きててよかったぁ……


「わ、私もだよコマ!私もね、世界で一番コマが好き!大好きだよ!」

「姉さま……!嬉しいです……私も姉さまの事が大好きです。愛してます……」


 お互いの手を取り、愛の言葉を囁きながら二人見つめ合う私たち立花姉妹。


「コマ……」

「姉さま……」

「コマぁ……!」

「マコ姉さまぁ……!」

「…………オメーらさ。アタシがすぐ傍に居るってのに、まるでアタシの存在をすっかり忘れたみてーにイチャつくの止めてくんないか?イラってくるし、何より折角の酒がリア充の気に当てられてマズくなるんだが」

「へ?…………あ、ああ叔母さん。そういや居たね……」

「あ……す、すみません叔母さま。忘れていました……」

「マジでアタシの事忘れてたのかよテメェら!?」


 存在ごと忘却の彼方に追いやっていた叔母さんが喚き叫ぶ。すまぬ叔母さん。コマしか見えてなくてホントにすまぬ。


「……コホン。そ、それでさコマ……話が大分脱線しちゃったけど、結局……どうして告白されてもOKしないのかな?」

「あ……えっと。そうですね……断ったのはまず単純に、告白してきた方々はタイプじゃなかったので。……それに私の場合、とにもかくにも自身の味覚障害を治さなければ……一番好きな人に告白はしないと心に決めていますので」

「あー……そっか。コマはその問題もあるよね……」


 コマに言われて思い至る。そうだよね……コマが誰かとお付き合いする事になったら、コマの体質が遅かれ早かれその者に露見してしまう事になるだろう。理解のある人ならともかく、無理解な輩にその事がバレてしまったら……最悪周囲に言いふらされてしまう恐れもあるわけで。

 …………うん。やっぱりコマの味覚障害、早く治してあげなきゃね……そうじゃなきゃ、コマの恋愛を邪魔しちゃうことになっちゃうし……


「…………(ボソッ)だいたい、姉さま以外の方が私に告白しても……OKするわけ無いですし」

「ん……?コマ、何か言った?」

「いえいえ、何でもありませんよ。……そういう姉さまこそどうなのですか?先ほどは……告白する予定もされる予定も無いと仰っていましたけど、もしや恋に興味がおありではないのですか?」

「へ?私?……あー、うん。あんまりないかな。コマの事とか普段の学業とか。あとコマの事とか進路の事とかコマの事とか。ついでにコマの事とか料理の事とかコマの事とかコマの事を考えるのに忙しくて、自分の恋愛なんて今はまだ考えられないかなー」

「……オメー、さてはコマの事しか考えてねーなマコ」

「何か問題でも?」


 ていうか、私が誰かとお付き合いするイメージなんて全然出来ないし、そもそもわけだし考えるだけ無駄だもの。……あ、コマとイチャイチャするイメージなら、いつでもどこでも出来るけどネッ!


「わ、私もです!私も姉さまと同じく、いつだって姉さまの事を考えてますよ!お似合いですね私たち!」

「ホント!?嬉しいよコマ!ならばお姉ちゃん……これから先もずーっと、コマの事だけ考えちゃうからねっ!」

「……だからさぁ。オメーら事ある毎にイチャつくなよ腹立つ。まあ、毎度の事だから慣れたけどよ…………にしても進路に告白ねぇ。早いもんだな。マコもコマも、もうそんな面倒な事を考えなきゃならない時期になったんだな。感慨深いもんだわ」


 本日3本目の缶ビールを開けながら、唐突に叔母さんがしみじみとそんな事を言い出す。


「なぁマコ、コマ。お前さんたち高校何処に行くか決めてんのかい?前にも言ったが、行きたい学校あるなら公立だろうが私立だろうが好きに行って良いから遠慮すんなよ」

「あ……は、はい。ありがとうございます叔母さま……」

「ありがと叔母さん。助かるよ。ちなみに進路なら私はもう決めてるよー。行きたい学校も、将来なりたいものも―――って、ああそうだ。進路で思い出した」


 進路の話題でハッと大事な事を思い出す私。おっと、いかんいかん。ちゃんと叔母さんに確認しとかなきゃならない事があったの忘れてた……


「ん?どしたマコ?何か思い出したって?」

「うん。あのさ叔母さん、忘れないうちに確認しておくね。実は来週からうちの学校、三者面談が始まるんだけど……知ってる?」

「三者面談……ああアレか。おうとも、三者面談のお知らせプリントは昨日コマに読ませて貰ったから知ってるよ」


 ……ご存知の通り6年前のアレコレのお陰で、私とコマの保護者はめい子叔母さんって事になっている。あの出来事以来ずっと、授業参観も三者面談も保護者会も……実の父&母ではなく叔母さんに来てもらっているし、これからだって叔母さんに頼むつもりだ。

 普段は頼りないグータラ女だけど……私もコマも、実の両親以上に信頼してる大人って他でもないめい子叔母さんだからね……


「そっか、なら話は早いね。えーっと……確か私とコマの面談は来週火曜日にまとめて行われるそうだけど……その日は叔母さん大丈夫?もしも仕事とかで都合が悪いなら、別の日に変更してもらって良いらしいんだけど……来れそうかな?」

「おうさ。昨日のうちに編集に『来週は二人の三者面談に行くから、緊急時以外は仕事入れるな』って連絡しておいたぞ。……まあ一応、今アタシもちょっと忙しい時期ではあるんだが……何とか編集も納得させたから当日は必ず行くぞ。だから安心しなマコ、コマ」

「……そっか。悪いね叔母さん。助かるよ」

「……すみません、叔母さま。私たちの為にご無理を……」


 忙しい中、わざわざ仕事を中断しても私たちの三者面談に駆けつけてくれる叔母さんに感謝する私とコマ。……ごめんね、そしてありがとう叔母さん。


「いーのいーの。つーかさぁ…………大腕を振ってサボれる口実が出来ちゃうわけだし、感謝するのはアタシの方さね!」

「「……え?」」

「いやぁー助かったわ!今マジで修羅場でよぉ……アタシもちょうど来週どこかでゆっくり休める日が欲しかったんだよなー!当日は這ってでも駆けつけてやるから安心しなオメーら!」

「「……」」

「……あ、そうだ!良いこと考えた!なんならいっそ、毎日三者面談してもらっても構わないって担任の先生に言っておいてくれよ!そうすりゃしばらくの間、あの編集の小言を聞かずに済むからな!」

「「…………」」


 感謝した私たちがバカだったようだ。ああ、うん……そういうことね叔母さん……


「……あ、あのね……三者面談をサボりの口実にするのは止めてよね……仮にも私たちの大事な進路に関わる面談なわけだし遊びに行くんじゃないから真面目に頼むよ叔母さん。あ、それと昨日のうちにアイロンかけておいたから、当日はビシッとした余所行きの服で来るように。あと、恥ずかしくない程度でお化粧もしておいてね」

「…………え?こ、この格好じゃ……ダメなのかマコ?余所行きの服とか……窮屈で嫌なんだけど……」

「ダメに決まってんでしょうが!?アンタまさかどてらで来る気だったのか!?」

「叔母さま……TPO時・場所・場合ってご存知ですか?」


 一体何処の世界にどてらを着たまま三者面談に望む保護者が居るんだよ……思わずコマと二人、頭を抱えて溜息を吐いてしまう。


「全くもう……叔母さんはコマの保護者として行くんだよ?もしも叔母さんがだらしない恰好で来たりおかしな行動を起こしたりでもしたら、最悪コマの顔に泥を塗る事になり兼ねないでしょうが。それくらいどうしてわかんないのかなぁ……?」

「おう待てや。その理屈で言うとだな……普段から奇行に走りまくりコマに迷惑をかけ、んでもって『ダメ姉』で名の通っているお前はコマの顔に滅茶苦茶泥を塗りまくってる事にならねーかマコ?」

「…………い、良いんだよ私は……」

「なんでだよ」


 何故かって?理由は簡単。だって……もう大分前からそういうキャラだって学校中に知れ渡っている上に、残念ながらもうどれをどう修正しようとも……色々と手の施しようがないレベルで手遅れだからね……








『…………姉さまが、私に……迷惑かけてる?私の顔に泥を塗っている?……ハテ?何の話ですか叔母さま?そんな覚えは無いですし、それに私……姉さまに頂けるものであれば、迷惑だろうと泥だろうと喜んで頂きますのに。といいますか、姉さまに顔に泥を塗って頂けるとか…………それってもしかしなくても、ご褒美なのでは……?』

『…………そしてお前はマコの事を妄信し過ぎだろコマ……ったくホントにこの姉妹は……』



 ◇ ◇ ◇



 そんないつも通りの騒がし―――もとい、賑やかな夜も明けた翌日。


「おっはよーカナカナ!いやぁー今日もいい天気で何よりだよねー!」

「…………」

「……ふぇ?カナカナ?」


 これまたいつも通り登校し、いつもの調子で私の親友の叶井かなえ―――カナカナに元気に挨拶してみた私なんだけど……どういうわけか、今日はいつもと違ってカナカナの返事が返ってこない。

 あ、あれれ?おかしいな。普段のカナカナだったらここで―――


『はいはい……そんな大声出さなくても聞こえてるわよ。おはようマコ。あんたって子は今日も無駄に元気ね……』


 ―――てな感じで。私に呆れつつも、どこか優しい声で挨拶してくれるはずなのに……どうした?そんなつれない態度じゃ、マコちゃん寂しいぞー親友。


「……」

「おーい、どうしたんだいカナカナ?」

「……」

「聞こえてるー?私の声届いてるー?」

「…………」

「……え?嘘、マジで聞こえてないの?」

「…………」


 ……反応なし、か……。むー……つまんない。つまんないぞカナカナ。よーし、だったらこっちにだって考えがある。見てろよ―――


「…………(ボソッ)や、やーい。カナカナの……貧にゅ―――」

「それ以上口に出したら、あんたのこの胸もまっ平にして削いでやるから覚悟しなさいマコ」

「ぴぃ!?」


 交じりっ気無しの冷たい殺気を私に向けつつ、ようやく反応を示してくれる我が親友。こ、怖かった……で、でも良かった反応してくれて……


「す、すんませんでした……もう二度と言いませんのでお許しを…………で、でもさ!き、聞こえてるなら返事くらいしてよねカナカナ。一体全体どうしたっていうのさ」

「……ああ、ごめんマコ。ちょっと……考え事しててさ」

「はへ?考え事?」

「……ん」


 小さく私に返事をした後は、またもや眉間に皺を寄せながら何やら考え事を再開するカナカナ。ほ、ホントにどうした?カナカナにとって胸の話題はこれ以上ないくらいの禁句だというのに。

 しかも……よりにもよって胸のデカいこの私が口にしたってのに、思ったほど怒っていないっぽいし……調子狂っちゃうなぁ。


 つまりコンプレックスを刺激される事以上に、カナカナにとっては今抱えている悩みが深刻って事なのか?カナカナをそんなにも悩ませるものって何だろう?私が思いつく範囲だと…………あ。


「もしかしてカナカナさ、まだ進路希望で悩んでるの?」

「……は?進路……希望?」

「だったら結局昨日は私の進路希望が何なのかをカナカナに言えず仕舞いだったし……参考までに教えてあげよっか?」


 そういやカナカナって昨日は進路について悩んでいるとかなんとか言ってたような気がする。確か今日までに進路希望調査を提出しろって話だったし……それ関連の悩みかな?


「…………あ、ああそれね。……いや、それはもう良いの。とりあえず暫定的なものは書いておいたからさ……」

「ありゃ?そうなの?」

「……うん」


 てっきり昨日あれ程悩んでいた進路希望調査がカナカナの悩みの種かと思っていただけに、当てが完璧に外れる。それじゃあ結局何だろう?カナカナのお悩みって。


「…………ハァ」


 深いため息を吐き、辛そうな表情のカナカナ。そんなカナカナを見ていたら、何だか無性に胸が苦しくなってくる。


「……ねえカナカナ。私じゃ相談相手になれないのかな」

「…………え?」


 余計なお世話かもしれないけれど……ついついそんな事を口に出してしまう私。


「いやその……何だかカナカナ悩んでるっぽいから。カナカナが何に悩んでいるのかわかんないけど……私で良ければ相談に乗るよ?」

「ま、こ……?」

「まー、そりゃあ私もね。自分がダメな子だって自覚あるし……カナカナの助けになれる自信なんてぜーんぜん無いよ?それでもね……やっぱ親友が辛そうにしてるのを、ただ黙って見て見ぬふりしちゃうダメ人間になったつもりはさらさらないから」

「……ぁ、の……えっと……」

「悩みってさ、案外他の人に話してみると……話してみるだけで楽になったりするもんじゃん?カナカナさえ良ければ、どんな事だって喜んで聞くよ私。勿論、話したくないなら無理に話さなくてもいいしさ」


 そこまで言ってみると、目をまんまるにしながらポーっとした表情で私を見つめてくるカナカナ。本日初めてカナカナがちゃんと私の方を見てくれたような……そんな気がした。


「……その、さ。別に……大した悩みじゃ、ないのよ……」

「そっかそっか。でも、私はそのカナカナの悩みが気になるなー」

「……マコにとっては、退屈な話になるかも……しれないのよ……?」

「そう?それは聞いてみないとわかんないかなー」

「……本当に、話してみても……良いの?」

「うん。良いよー。つーか遠慮なんてしないでよ。親友でしょー私たち」

「……ぁぅ」


 しばらくの間逡巡していたカナカナだったけど、やがて覚悟を決めたようにぽつりぽつりと話始める。


「……たとえ話で悪いけどさマコ。例えばマコに……どうしても欲しい物があったとするじゃない?」

「うん?どうしても欲しい物ですと?」

「うん……それこそずっと前から喉から手が出る程欲しくて……誰にも渡したくなくて……それの為なら、自分の人生全てを捧げても良いって思っちゃうくらい……欲しい物」


 友達になって一年くらい過ぎたけど……今まで見たことが無いくらい真剣な表情で語ってくるカナカナ。これは……話の流れからすると、カナカナにもあるって事なのか?それほどまでに欲しい物が……


「でもね。その欲しい物は……に勝たなきゃ手に入らない景品で…………そして勝負の相手は、自分の今の能力では逆立ちしたって敵わない相手なの。ハッキリ言って無理ゲーよ」

「ふむふむ……それってさ、具体的にはどのくらいの無理ゲーなの?」

「…………ええっと、そうね。多分だけど……『100m走の世界陸上金メダリスト相手に、その100m走で勝負して勝て』ってレベルかしらね」

「お、おおぅ……そんなに……?」


 それはまた……なんて難儀な。確かに無理ゲーかもしれんね。なるほど、だからこそカナカナはこんなに思い悩んでいるのか……


「……まあ、今言った通りよ。いくらそれが欲しくても……誰がどう考えても負ける事が分かり切っている、勝ち目ゼロの勝負。そんな勝負があったとして……マコ、貴女なら……どうする?」

「ん?私?」

「う、うん。参考までに聞きたいの。……もしも、もしもよ?マコがその立場だったら……その勝負……どうするのかなって。結果が分かっていたとしても、その勝負を受けてみる?それとも……初めから勝負の舞台には上がらずに……諦める?」

「……ふーむ」


 カナカナに言われて考えてみる。何が何でも欲しい物があって、それは勝負に勝たなきゃ手に入らなくて……んでもってその勝負の相手は、遥かに格上の存在でどうあっても絶対勝てない相手……ね。

 なるほどなるほど。そんな勝ち目なんて無い勝負、私だったら―――


「―――私だったら、。その勝負」

「…………っ!」


 カナカナの問いに対して、数秒考えてハッキリと答える私。


「……マコ。それは……どうして?負けると分かっているのよ?1%も、勝てる見込みが無いのよ?それなのに……どうしてマコはその勝負を受けると……言い切れるの?」

「んー。そだねぇ……何もやらないで後悔するよりも、やれることを全部やってから後悔する方が……私にとってマシだから、かな」


 自分の経験に併せて答える私。思い出すのは6年前のあの日の出来事。あの日コマに何も出来なかった―――いいや何もしなかった私の事を、私は今でも恨んでいる。

 だからこそ、同じ後悔をするならばせめてやれることを精一杯やってから後悔したい。


「……コテンパンにやっつけられるのよ?勝負を受けたこと自体、誰かにバカにされてしまうかもしれないのよ?どちらにしたって結局、後悔する事になるのよ?それでも……それでもマコは……」

「うん、受ける。コテンパンにされて結構、誰かにバカにされる事なんて私にとっては日常茶飯事よ。それよりも……折角のチャンスに何もしないで、その結果未来永劫ウジウジと悩み苦しむ事になる方が…………私にとってはしんどいもん」

「…………」


 思った事を全部伝えてみる私。これで少しは悩み苦しんでいるカナカナの助けになれば良いんだけど……


「……ま、まあ。とかなんとか私も偉そうに適当な事を言ったわけだけど……別に勝負しない事を否定してるわけじゃないよ?いくら欲しい物があっても、勝ち目がないなら勝負なんてしないで別の方法考える方が正しいかもしれないし。あくまでも私の場合、そこまで考えず頭脳が無いから直球勝負しかないなーって思ってるだけで―――」

「…………ふ、ふふ……ふふふふふ……」

「え?あ、あの……カナカナ?」


 念の為、勝負しない方のフォローもカナカナにしようとした私。だけど……そのカナカナの様子がさっきとはまた違う意味でおかしい事に気付き口ごもってしまう。

 カナカナは……何故か笑っていた。自身の口元を手で塞ぎ……全身を震わせながら笑っていた。


「…………ホントに、マコっていつもいつも……勇気を…………ああ、もう。……これだからわたし、マコの事が…………は、はは……あはははは!」

「あ、あのぅ……カナカナさん?だ、大丈夫?な、なに?何で急に笑ってるの?なんか私、おかしなこと言ったっけ……?」

「……いいえ。いいえ違うわ。マコは気にしなくていいの。……ありがとマコ。…………覚悟、決まったわ。そうね、きっとそう。全く……何を始める前からウダウダ悩んでたのかしら、わたしったらホントヘタレよね…………アッハッハッ!あー、おかし」

「???」


 何がカナカナの琴線に触れたのか不明だけれど……よくわからないうちに元気を取り戻している様子のカナカナ。

 んー、正直アドバイス出来たのかイマイチわかんないけど……まあいっか!とにもかくにも、親友が元気になったならそれで良いや。

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