第52話 ダメ姉は、日焼け止めを塗られる

 一泊二日の家族旅行として夏の海へとやって来た私たち立花姉妹。まずはとにもかくにも海で遊ぶ前に日焼け止めを塗ろうとコマに提案され、私もそれには同意したんだけど……


「ご安心ください姉さま。塗り残しなど一切無いように……姉さまに日焼け跡の一つも無いようにじっくり丁寧にやりますので♡こう見えて私、こういうのは結構得意なのですよ。大船に乗ったつもりでお任せください」

「ええっと……ごめんコマ。何の話だっけ……?」

「え?何の話と言われましても……ですが……それが何か?」


 ……何の脈絡なく、突如コマがそんな事を言い出した。コマが、私の背中に、日焼け止めを……塗る……?何故に……?何故そんな、畏れ多い事をして貰える流れに……?


「い、いやあのコマ?どうしてそんな話になったんだっけ……?」


 脳内ピンクで単純で色々残念ダメな私には、コマのとても高度で難解で高貴な思考回路に理解が追い付かない。恥を忍びながらも恐る恐るどういうわけか聞いてみることに。


「……?だって姉さまが着てるのって、背中が大きく空いたビキニですよ?……このまま日焼け止めを塗らずに放置したら、姉さまのお背中が酷いことになっちゃうじゃないですか」

「いや……それはまあ分かるよ?でも……どうしてコマが私の背中に日焼け止めを塗ってくれるって話になるのかお姉ちゃんわかんないなーって……思って。子どもじゃないんだし……ひ、一人で塗れるよ私……?」

「???」


 そう言ってみると、コマは不思議そうな顔をして愛らしく首を傾げる。


「ええっと……どうしてと言われましても……姉さまご自身がついさっき私にも言ってくださったじゃないですか」

「へ?私?わ、私……何か言ったっけ……?」

「ホラ、『背中は一人では手が届かないだろうから、私がコマの背中に塗ってあげようか?』的な事を」

「…………あ」


 …………コマのそんな一言で、ついさっき自分の言った台詞をハッキリと思い出す。はい、そうですね。言っちゃいましたね私。……コマのお背中に触れたい―――そして私のこの手で日焼け止めを塗りたくりたいという一心で、そんな事を宣いやがりましたよね私。

 まあ、そのコマは私が選んだワンピース水着を着てたから、私の企みは水泡に帰す結果に終わったわけだけど……


「姉さまも一人で背中に日焼け止めを塗るのは出来ませんよね?……というわけで。早速日焼け止めを塗りましょう。さあ、シートのところまで参りましょうか姉さま」

「い、いい!そんな事しなくていいよコマ!?ひ、一人でも頑張れば塗れるし!さ、最悪塗らなくても問題ないし!」


 スッ……と私の背後に回り私の両肩をまるで撫でるように触れてから、叔母さんたちがさっきまで日焼け止めを塗っていたシートのところまで私を誘導しようとするコマ。

 思わず弾かれたように飛び退いて、私はコマの申し出を全力で断る。


「むー……ダメですよ姉さま。背中は一人だとどうしても塗り残しが出ちゃいます。塗らないなんて以ての外。日焼けはれっきとした火傷なんですよ。赤くなったり痛みも伴う水ぶくれが出来てしまったり……最悪の場合、皮膚がんに繋がる恐れだってあるのです。とにかく日焼けを舐めてはいけません」

「い、いやまあ……そりゃそうだけど……で、でもね……」

「何よりも姉さまの純白のお肌に傷が付くなんて、私は黙ってみていられません。……お願いします姉さま。私に塗らせてください」

「う、うぅ……」


 上目遣いでコマが私にそう懇願する。や、やめてコマ……そんな雨の日に捨てられた子犬のような潤んだ目で私を見ないで……

 勘違いしないで頂きたいのだが、コマに日焼け止めを塗って貰いたい気持ちは勿論私にはある。というか、本音を言うと……是が非でも塗って貰いたい。あのコマの白魚のような指でじっくり丁寧に私の背中を触れられ、なぞられ、撫でられたら―――それはきっと天にも昇る快楽が私を待っているだろう。


 …………いかん、想像しただけでよだれが……


「(だけど、だけれども……ッ!)」


 愛しのコマにそんな召使いみたいな事をさせるなど神とコマが許してもこの私の気持ち的に許せない。そ、それに……私がコマに日焼け止め塗るならいざ知らず、もしもコマに直に手で塗って貰っちゃったりでもしたら、下手しなくても興奮が抑えられずに再び出血多量を起こし今度こそ文字通り昇天しちゃう恐れも……

 ……仮に何とか生き残ったとしても……夏の海に中てられていつも以上に興奮気味&煩悩全開の私にコマが不用意に肉体的接触なんてしたら……下手しなくても私、白昼堂々コマを襲っちゃう恐れも十分にあり得るわけで……


「や、やっぱいい!私一人で塗るから大丈夫だから!こ、コマにこんなことさせるなんて悪いしさ!」

「……そこまで拒否されると……ちょっと私も寂しいです姉さま。……もしかして姉さま、私に触れられるのがお嫌なのですか?」

「はぁ!?」


 コマと私の身の安全の為にもここは心苦しいけれども遠慮させてもらおう。そう考えて心の中で血の涙を流しながらも全力で拒否する私だったけれど、コマはしゅんとした顔でそんなあり得ない事を言い出したではないか。な、なんてことを言ってんのコマ……!?


「な、なんでそんな事言うのコマ!?あ、あろうことかこの私が……コマに触られるのが嫌ですとぉ!?無い無い無い、そんなのありえないでしょ!?」

「……ですが姉さま。現にこんなにも私を避けているじゃないですか。……無理しなくていいのですよ。嫌なら嫌と正直に言ってください姉さま」

「だから嫌じゃないってば!私、コマが嫌だって思ったこと、生まれてこの方一度も無いよ!」


 コマの言葉をかき消すように力強く言い切る私。何だかとんでもない誤解をされている気がする。慌ててその誤解を解くために嫌じゃないという事を伝えねば。


「……本当ですか?」

「ホントホント!何なら命を賭けても良いからっ!」

「……嫌じゃ、ありませんか?」

「全ッ然!1ミクロンも嫌じゃないっ!」

「―――それでは、私が姉さまのお背中に日焼け止め塗っても……何の問題もありませんか?」

「うん!その通り!何の問題もないっ!」


 …………あれ?


「良かった♡なら姉さま、シートの方へ行きましょうね。すぐに塗りはじめますから」

「え、あ……うん。……そ、そう……だね……?」

「ささ、こっちですよ姉さま」


 …………いや、待って。なんかおかしくない?コマに自分の嘘偽りない気持ちを伝えていただけなのに……結局日焼け止め塗ってもらう流れになってない?

 あ、れ?……も、もしかしなくても私ってば……一分もかからずコマに……丸め込まれた……?


「おー、コマ。お前さんもやっと来たのか。随分と遅かったじゃねぇか」

「お疲れ様ですコマさん。水着、よくお似合いですよ」

「お待たせしました叔母さま。すみません、ちょっとカメラの準備に手間取ってしまいました。編集さまありがとうございます♪この水着、実は姉さまに選んでもらった水着なのですよ。褒めていただけるととても嬉しいです」


 力強く『何の問題もない』ってコマに云い切っちゃった手前、もう反論することができない。……こ、これ程までにあっさりと懐柔されちゃう私って……どんだけ単純な生き物なんだろうか……?

 そんな自分のあまりのたわいのなさにショックを受けて放心している私の手を引いて、叔母さんたちがいるシートまでコマが連れていってくれる。


「さて叔母さま。すみませんが少しの間シートを使わせて貰っても宜しいでしょうか?」

「うん?シートをか?いや、そりゃ別にアタシは構わんが……一体何に使う気だコマ?」

「ふふふっ♪実はですね。これから姉さまの背中に日焼け止めを塗ってあげようと思いまして」

「……!」


 コマがそう説明すると、今の今まで眠そうにボケーっとしていた叔母さんが突如目を見開く。


「……これから、日焼け止め塗るのか?しかも……コマがマコに……塗ってやるのか?」

「はいっ!そういう事になりました!ねっ!姉さま♪」

「へ?あ、うん……そ、そうなる……みたい、だね……?」

「……ほほぅ」


 私としては同意したつもりは無いし、そもそもいつの間にそういう流れになったのか全然わからないんだけどね……と、そんな私の心の中のツッコミはともかく。

 そのコマの説明を聞いた叔母さんは、何故かいつもは見せないやる気に満ちた表情で目を爛々と輝かせ始めたではないか。


「……おい編集」

「……?あ、はい。どうかしましたか、めい子先生?」

「大至急コテージに戻って、部屋に置きっぱにしてあるアタシのバックの中からネタ帳とペンを取って来てくれ」

「え?ネタ帳と……ペン、ですか?えっと……それはまたどうして?」

「…………(ボソッ)天啓、来た。これから次書く本に使えそうな、めっちゃ良いネタが見られそうな予感がする」

「……っ!?せ、先生がお休み中にも拘らず、自主的に仕事をしたがっている……!?わ、わかりました!待っていてください先生!今すぐ取りに戻りますので!」


 何やら編集さんにボソボソと耳打ちする叔母さんとそんな叔母さんの命令に、ぱぁっと明るい表情になり嬉しそうにコテージへと走る編集さん。

 ……叔母さん、編集さんに今何て言ったんだろ……?


「ねえ叔母さん。編集さんに何を頼んだのさ?……叔母さんの事だし編集さんにまた変な事を頼んだんじゃないの?ダメだよ、編集さんをパシリみたいに使っちゃ」

「ハハハ、いや違うってマコ。ちょっと仕事の話をしてただけだから安心しな。……そんな事よりホレ。日焼け止め塗るんだろ?アタシなんかに遠慮せずどんどんシート使いな!」

「はいです叔母さま。ではありがたく。……さ、姉さま。うつ伏せになってくださいまし」


 若干叔母さんの言動が気になる私だけれど、そんな事はどうでも良さげなコマはシートの上にタオルを敷いてからゆっくり優しく私を寝かせようとする。

 な、なんか今日のコマったらいつも以上に積極的だね……


「あ、あの……コマ?ほ、ホントにやるの……?」

「勿論です。……ご安心ください。先ほども申した通り、塗り残しなど一切ないように隅から隅までじっくり丁寧に塗らせていただきますから」


 最後の抵抗―――もとい、最終確認をコマとする私。念を押して確認するもコマの意志は揺るぎないご様子だ。マジか…これマジで塗ってもらう流れなのか……

 た、確かにさっき自分で言った通り私一人じゃ背中をまともには塗れない。それに他ならぬコマからのお誘いだし、こんなにやる気満々なコマを無下に断るのも悪いよね……


 …………仕方ない。叔母さんも隣にいることだし、最悪の場合私が暴走したとしても止めてくれるだろう。腹をくくれ、立花マコ。後は気を引き締めて、なるべく鼻血と興奮を抑えるよう努めるんだ。


「わ、わかった……じゃ、じゃあコマ……お、お願いします」

「はい♪任されました」


 観念してコマが敷いてくれたタオルの上にうつ伏せになる。あー……ヤバい。なんかすでに緊張してる……心臓バクバクだよ。

 ……お、落ち着け……落ち着くんだ私。大丈夫、そう緊張しなくても日焼け止めを塗られるだけなんだし、そう緊張しなくても平気―――


「で、では姉さま。まずは……

「ひゃい!?ぬぬぬ、脱がすぅ!?」


 ―――じゃなかった。全然平気じゃなかった……!ねぇ、初っ端から何かめっちゃハードル高い事を要求されてないかなコレ!?


「は、はい。脱がします。……だ、だって脱がさないと、いくら日焼け止めを塗ろうと背中にビキニの白い跡が残っちゃいますからね……!」

「あ、ああなるほど…そういう事ね……」


 言われてみれば確かにコマの言う通り。ビキニの下にも均等に塗らないと変な跡が残っちゃうか。

 うぅ……でもこんな場所で脱ぐとか露出狂になったみたいでやっぱ恥ずかしい……こんなことならここに来る前に自分で塗っておくべきだったかも。


「お恥ずかしいでしょうが我慢なさってくださいね。紐、外しますよ」

「わ、わかった」

「それから念のため、他の方に見えないように前は隠しておいてください」

「そ、そうだね。そうするよ。…………は、んっ……」


 私にそんな指示を飛ばしながら、コマは私の着ているビキニに手をかける。首紐とアンダーの結びを音もなく解くと……途端にビキニによってきつく締め付けられていた私の胸が開放されて楽になったせいで思わず息を漏らしてしまう私。

 ……いかんいかん。人目に付く場所で私ったら何を変な声出してんだ……


「そ、それじゃあコマ。早速よろしく。さ、流石にこの格好は恥ずかしいし、なるべく早くお願いね」

「…………」

「……って、あれ?こ、コマ?」


 気を取り直してコマにそう頼み込む私。だけどそのコマは、無言のまま私の背中をただじーっと潤んだ瞳で眺めている。な、何だろ?私の背中、何か付いてるのかな?


「…………(ボソッ)ねえさまの背中……綺麗……」

「あ、あの……コマ?コーマー?聞こえてる?ぬ、塗らないのー?」

「え……?あっ……!す、すみません姉さま!?つい見惚れちゃってて……!す、すぐに塗らせて頂きますっ!」


 一瞬反応が鈍かったコマだったけど、私の声にハッと我を取り戻したように慌てて自分の手にクリームを移す。

 さあいよいよ本番のようだね。今一度気合を入れなおし、コマとの一戦に備える私。


「そ、それでは姉さまお待たせしました……いきますよ」

「う、うん……よろしくねコマ。―――ん…っ」


 クリームを付けたコマの柔らかくて温かな手が私の背に触れると同時に私の全身がゾクッと震えた。

 ぐぅ……お、思ってた以上に刺激的……!ゆっくりした動きで、まるで私を愛でてくれているように日焼け止めたっぷりのコマの手が這っていくのを背中で感じる。


「姉さまどうですか?痛かったりくすぐたかったら、力加減を変えますから教えてくださいね」

「い……や、へい……き……っ……!つづ、けて……」


 私に気遣ってコマは日焼け止めを塗りながらそう言ってくれる。……そう、くすぐったくはない。コマの絶妙な力加減のお陰で、有難いことにくすぐったさはそれほど感じられない。

 『こういうの結構得意なんですよ私』って言ってたもんね。ホントに上手だよコマ。


 ……だけどね。


「(くすぐったいというより……きもち、良いから……困る……)」


 幾度も日焼け止めを継ぎ足しては、私の背中に優しく塗っていくコマ。その度に怖いくらい自然に吸い付くように、ぴったりとコマの手が私の肌に馴染んでいく感触が私の身体を支配して虜にしていく。


「(そう思っちゃうのって……一卵性の双子の姉妹だから……?)」


 まるでコマと同化していくような……そんな奇妙な感覚が何だかとても気持ち良くて、蕩けるようにうっとりとしてしまう私。

 マズい……これでも一応下手に興奮しないようにと私なりに頑張って気を引き締めていたハズ。だけど……やっぱりというか案の定というか、コマに触れられる度に気持ちがどんどん昂り始めてる……


「……姉さまのお背中、本当に美しいですよね。雪のように真っ白で、ニキビもシミも全然無いですし……」

「そぅ……かな……ぁ、んっ……こ、こまも……とって、も……きれい……だ、よ……っ」

「まぁ…!そんな、綺麗だなんて……ありがとうございます姉さま。えへへ……♪」


 何でも無いように平然を装い、コマとそんな受け答えをする私。やばいやばいやばいやばい……!だんだんと息も荒くなり、甘い吐息が漏れ出し始めているのが自分でもわかる。


「(……声、がまんしなきゃ……)」


 歯を食いしばりシートを力一杯掴んで、口から漏れそうになる声を必死に我慢する。声、出すな…出しちゃダメだぞ私……

 じゃなきゃコマに―――そして海水浴場に来ている人たちに私が妹に日焼け止め塗って貰って……感じちゃっているのが気付かれる……


 バレたらきっとコマにも他の人たちにもドン引きされること間違いなしだ。私とコマの名誉の為にも……が、頑張れ私。耐えろ私……


「姉さま。折角うつ伏せになって貰ってますし、この際ですので背中だけじゃなくて他のところも塗りますね」

「ぃ、いや……コマに……悪い、し……じぶ、んで…届くところ…は……自分で…やる、よ…………は、んんっ……!」

「良いのですよ。遠慮なさらず。すぐ終わらせますから♪」


 そんな私の決死の声我慢など露程も知らないであろうコマは、私の為にせっせと日焼け止め塗ってくれる。

 背中は勿論、肩やわき腹。太ももやふくらはぎ……そして時には乳房にまで―――それはもう丹念に塗るコマ。……その行為は当然に、私の昂りを増長させることになるわけで……


「よいしょ…よいしょ…」

「(コマの、胸が……ッ!!!)」


 おまけに……コマ本人は全然気が付いていないようだけど、時折私の背中を掠めていくコマのお胸がその私の昂りに更に火を付ける。

 場所が場所だけに、コマは現在ほとんど下着と言っても良い―――否、下着以上に色っぽいピッタリと身体にフィットしている水着を着ているのだ。そんなモノを着てるコマに胸を当てられちゃ私……


「(あかん……も、もう……ホントダメ……)」


 人の賑わう海水浴場で、青空の下ほぼ半裸になって愛する人に日焼け止めを塗って貰っているというこのシチュエーションも興奮に拍車をかけている。

 我が脳内は沸騰寸前。頭に血が上り過ぎてクラクラする。声も鼻血も煩悩も、自分ではもう抑えられる自信がない。いっそ快楽に身を委ねても良いんじゃないかとさえ思ってしまう。


「(い、いやダメだ……!私、立派なコマの姉になる宣言をこれまでもずっとしてきたじゃないか……!)」


 それでも私の中の悪魔の誘惑に、なけなしの理性が必死に喰らいつく。気をしっかり保て私…!ここで耐えてこそ、一人前のコマの姉になれる……と思う!

 こ、こういう時は素数だ!素数を数えると耐えられるって誰かが言ってた気がする……!ええっと…………素数……?


「(あれ?素数って……なんだったっけ……?)」


 嗚呼ちくしょう……なんでこういう時にまでダメスキルを発動してんだよ私のおバカぁ……!?

 ええい、もういい!素数がダメなら五大栄養素の種類と働きとその主な食品30種暗唱で何とか耐えてやる……!ええっと、まず脂質は―――


「……ふぅ。姉さま、一通りですが全体は塗り終わりましたよ」

「……んくっ……え……?お、おわった……?」


 そんな感じで時間にしてたった数分の、でも私の体感時間からすると数時間にも及ぶ我慢大会を人知れず戦い抜いた私、立花マコ。

 耐えた……!正直心臓バクバクだし、鼻血も臨界点を超えかけていたし、何よりもうちょっと続けてたら絶対……その、達してイっていたところだろう。だけどもう大丈夫……!終わった!耐えた!よく頑張った私!自分で自分を褒めてやりたい!


「ハァ…ハァ……ぁ…ありがとねコマ……塗ってくれて……じゃ、じゃあもう……おしまい、か、な……?」


 息も絶え絶えになりながらも心の中でガッツポーズをしていた私に、コマは天使の笑顔でこう言い放つ。






「いいえ。まだですよ姉さま」

「…………え」

「次はです。日焼け止めはしっかり厚めに塗るのが大事ですからね。二度塗りは基本ですもの」

「……にど、ぬり……?」


 それは私を、一瞬で絶望の淵へ叩き落す魔法の言葉♡えっと……二度塗り?……つまりはその、もう一回……今のをやるって……事?

 は、ははは……え、うそ……嘘だよね?ま、まだやるの?マジで?あ、アカン……完全に気が抜けた今、コマにちょっとでも触れられたりしたら私……


「ま、待ってコマ……す、数分……!せめて数分で良いからちょっと待っ―――」

「さあ姉さま、第二ラウンドいきますよー♪」

「~~~~~~っ!!!」


 これ以上は本気でシャレにならない。咄嗟にコマに敷いて貰っていたタオルを、口の中に突っ込む勢いで押し当てる私。そしてコマに背中を触れられた次の瞬間―――



 ◇ ◇ ◇



『―――お待たせしました先生!ネタ帳及び筆記用具を持ってまいりまし……た……?』

『おう!サンキュー編集。助かったぜ!いやぁ、良いもの見れたわー!編集、今度の本は期待してて良いぞ!めっちゃリアルにエロいの書けそうだわ!』

『……あ、あの先生?ご満悦なのは良いのですが……マコさんは一体どうしたんですか……?シートの上に倒れ込んでて……何だか小刻みに痙攣されてませんか……?だ、大丈夫なんですか……?』

『ん?……ああアレか。まあ、コマが付いてるし多分平気だろ。あのダメ姉、しばらくは……命に別状はないし今は放っておいてやれ』

『……は、はぁ……?』


「ね、姉さま!?大丈夫なんですか姉さま!?一体全体どうしたんですか姉さま!?」

「…………へ、へいき……だ、だけどゴメン、しばらく……まっててね……息……ととのえ、ないと…………そ、それに……こ、腰が……ぬけ、て……」


 大正義タオルさんのお陰で何とか声は抑えられたけれど、イロイロと耐えられなかった私。

 鼻血・汗・涙・……ありとあらゆる体液を体中から噴出させて、潰れたカエルのようにシートに突っ伏してしばらく動けなくなってしまう。


 …………無理。あんなの耐えろとか……マジ無理だってば……

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