第50話 ダメ姉は、水着を褒める
編集さんが操る自動車に、乗せられ揺られて2時間ちょい。辿り着いたコテージに荷物を置きコマが選んでくれた水着に即着替えた私の眼前に広がってきたのは……
「やっほぉおおおおおおおおお!うーみー!」
果てなく続く青々とした海だった。
寄せては返す波の音、太陽の光を反射させキラキラ煌く海面、潮の香りを届ける爽やかな海風、ビーチサンダル越しでも熱気が伝わる夏の太陽の下で熱く灼けた白い砂浜……
うーむ、凄い。まさに典型的な夏の海っ!って感じだね。何というか、ただ見ているだけでテンションが上がって、熱き青春を迸らせてついつい海に向かって叫びたくなっちゃう。
……いや、実際すでにテンション上がり過ぎて海に向かって大声あげて叫んじゃってる私なんだけどね。我ながら子どもっぽいなぁ……
「おやマコさん。お早いですね」
「あ、編集さん。どもどもです」
そんな感じで海に感嘆している私に、ビーチパラソルやビーチチェア、クーラーボックス等を抱えた編集さんがやって来て声をかけてくれる。
「ここってすっごい良い海ですね編集さん。眺めも雰囲気も最高で……お陰でちょっとテンション上がりっぱなしですよ私。さっきなんかつい海に向かって叫んじゃいましたし」
「ハハッ!良いじゃないですか。こんなに素晴らしい海が広がっているわけですし、ちょっとくらいはしゃいでも何も問題ありませんよ。寧ろ、はしゃいだり楽しまなければこの海に失礼というものです」
「ですよね!ですよね!」
そう言ってくれる編集さんに若干興奮気味に同意を求めちゃう私。こんな良い場所を提供してくださった編集さんに感謝感謝っと。
「……あれ?っていうか編集さん……水着じゃないんですね?」
ふと気づいて編集さんにそのように尋ねる。私の目の前にいる編集さんは……Tシャツにハーフパンツ、後はオプションに麦わら帽子にタオルという如何にも海の家でバイトしてますよ的なファッションだ。
……これって、今から海で遊ぶって人の恰好じゃないよね?
「おや?言ってませんでしたっけ?私って肌弱いですし……何より海で泳げるだけの体力もありませんので、今回は海で遊ぶつもりはありませんよ」
「へ……?」
「もとより水着も持ってきていませんよ。今日明日の主役はマコさんとコマさん、あとはめい子先生ですし。私は喜んで雑用なり荷物番なり何なりしますから安心してください」
「えぇ!?」
私の質問に対して、あっさりとそんな返答をする編集さん。え、ええ……!?折角の海なのに遊ばないんですか……!?そ、それどころか自ら進んで雑用をするなんて……流石に勿体ないのでは!?
「あ、あの編集さん?この海に私たちを引率して貰っただけでもありがたいんです。ですからこんなお手伝いさんみたいな事して貰わなくていんですよ!?っていうか、編集さんだって今貴重な夏休み中なんですし、こんなに良い海に来てるんですし……編集さんももっと自由に遊んでもらって良いと言いますか……」
「大丈夫ですよマコさん。私に気にせずマコさんとコマさんはどうか目一杯楽しんでください」
慌てて進言してみる私だけれど、にこやかに返す編集さん。……いや、そんな笑顔で言われましてもめっちゃ申し訳ないんですけど……
というか、無償で旅行のプランニングをしてくれただけでなく、ここまで尽くして貰って本当に良いのかなぁ……
「……マコさん。そんな申し訳なさそうな顔しないでくださいよ。私が好きでやってる事なので。それにある意味これって私の仕事なわけですし」
「え……?仕事……?」
そんなことを考えていた私に、編集さんが苦笑気味に話してくれる。私たちのお世話が……仕事?それって一体どういう……
「だって私、めい子先生付きの編集なんですよ?つまりは先生のメンタルや体調管理も仕事の一環です。ですから正直な話、この間マコさんに家族旅行計画の件を電話で聞いた時、私『助かった』と思ったんです。……何故だかわかりますか?」
「い、いえ……全くわかりません」
「だって―――めい子先生って、こういうイベントがなければ一切外に出てこない真正の引きこもりじゃないですか。これ程めい子先生を外を連れ出す良いチャンスは中々ありませんから」
「なるほど……!」
どうして編集さんがこんなにも親身になってこの旅行をサポートしてくださっているのか、実はちょっとだけ気になってたけど、今やっとわかった。
そうか、これってつまりは普段は外に出ようとしない根っからの引きこもりんな叔母さんを、外に連れ出すのが目的だったのか……
「いつもいつも部屋に閉じ篭りっぱなしで、机に座るかソファでぐうたらしてるだけの生活を送っている先生ですからね。こういう機会を逃しちゃうと、今度はいつ先生が身体をまともに動かすのかわかりません。偶には健康的に太陽の光を浴びつつ運動させて、ついでにきちんと肝臓を休ませないと。……あの人、近いうちに身体壊すんじゃないかっていつもいつも不安でたまらないんですよ私……」
「……ですよねー。叔母さんってば、毎日ホントに身体に悪い生活してますし……」
思わず編集さんと二人で溜息。全然外に出ないし身体は碌に動かさないし酒ばっか飲むし我が儘で偏食家だし……私とはまたちょっと別ベクトルであの叔母さんってホントダメ人間。
……仕事柄、叔母さんを管理しないといけない編集さんが心配になるのも無理は無いよね。
「ですから今回無理を言って、このマコさんたちの旅行のプランニングをさせて貰った次第です。もしこの旅行が流れちゃったら……多分ですが先生の場合夏休み中、部屋でずっと無為にだらけた生活を送るのではないでしょうか?」
「……凄い。その光景、簡単に目に浮かびますよ編集さん」
「でしょう?……まあ、海に来てもだらけるでしょうけど。そういうわけでして、今回はマコさんたちのお供兼先生の保護者として参上した次第です。めい子先生の編集者として。そして……一人の先生の小説の愛読者として。これ程やりがいのある仕事、他にありませんからね」
にこりと笑ってそう言ってくれる編集さん。……何というか、編集さんって編集者というより叔母さんのマネージャーみたいだ。姪として叔母さんの監視役が増えるのは本当に助かるなぁ……一応あの人まだ二十代とは言え、そろそろ健康には気を付けて欲しい年頃なんだし。
「何度も言うように、この旅行の機会を作ってくださったマコさんたちに感謝しなきゃならないのは私の方なのですよ。マコさん、今回同伴させていただき誠にありがとうございます。ですので、せめてものお礼……というわけでもありませんが、もし何かお困りでしたら私を使ってください。お役に立てるように頑張りますから」
「……ありがとうございます編集さん。何というか……色々とアレな叔母ですけど、今後ともどうか生暖かい目で見守ってやってください」
もう一度だけ編集さんと頭を下げ合う私。叔母さんも良い編集さんと出会えて良かったよね。というか叔母さんには勿体ないくらいだわ。
「…………コホン。あー……おいマコ。生暖かい目でってどういう意味だコラ。……それと編集。お前は年下の癖に毎回アタシの保護者面とかすんなよなー……ったくよぉ」
「あれ?叔母さんいたんだ?」
「ああ、めい子先生。お疲れ様です。先生にしては結構準備早かったですね」
と、そんな感じで話し込んでいた私たちに対し、咳ばらいをしつつ叔母さんが突然私たちの背後から現れた。……さっきまでの私たちの会話をどこからか聞いていたみたいで、若干気恥しそうにしてるようだ。
そんな年甲斐もなく恥ずかしがっている叔母さんの恰好は、上下真っ赤なビキニ姿。トップが三角形のいわゆる三角ビキニという奴で、腰にはお洒落にパレオをスカートのように巻いている。
……こういう水着ってスタイルが良い人が着るべきだし、普段から大して身体を動かさない上に不規則な生活をダラダラと送っている叔母さんには本来似合わない―――ハズなんだけど。
「…………(じー)」
「な、何だよ編集……人の事ジロジロ見やがって。セクハラかよ」
「…………先生って相変わらずスタイル良いですよね……引きこもりの癖に」
「誰が引きこもりだ誰が!?」
……そう。編集さんの言う通り流石にコマの叔母さんなだけあって、なんだかんだでめい子叔母さんは(無駄に)スタイル抜群で悔しいくらいにビキニがよく似合っている。
この叔母さん……碌に運動もせず、隙あらば間食はするしいつも浴びるほど酒を飲む上に私の作るご飯を大いに食べ、更には部屋から一歩も出ずに引きこもる自堕落な生活を送っている分際で……出るところは出て引っ込むところは引っ込むという、普段から必死にダイエットなされている世界中の女性に喧嘩売っている体質の持ち主なのである。
健康診断だってあれだけ不健康な生活満喫している癖に、毎年余裕でクリアしてるんだよね……正直謎だわ。
「どうして先生って運動しなくてもそんな健康的な身体を維持できるんですか……?今回の私は、主に先生の健康管理をする名目で無理を言ってマコさんたちと同行させてもらったハズなのに……先生の場合不思議体質過ぎて管理のし甲斐がありません。これじゃ私の存在意義が無いようなものじゃないですか。どうしてくれるんですか先生」
「んな事、アタシに言われても知らんがな……」
叔母さんの水着姿を見て複雑そうな表情をしている編集さん。確かに叔母さんの体調管理の為にわざわざ自身のお休みを削ってまで付き添ってくれた編集さんからすれば、この叔母さんの健康そうな身体と謎体質に不満を持つのも無理は無いだろう。
ガッカリしている編集さんに申し訳ないし、ここは安心してもらえるようにちょっとフォローしておくとするかな。
「大丈夫ですよ編集さん。編集さんの叔母さん管理は今すぐにでも必要になりますって」
「え……?そ、それは一体どういうことですかマコさん?」
「叔母さんの身体をよーく見てくださいよ。一見すれば健康体に見えますが……その実不摂生な生活のツケが叔母さんの身体のあちらこちらに現れているんですよ。肌のハリは昔に比べて格段に落ちていますし、堂々としていて騙されそうになりますが胸もお腹も若干弛みが見え始めていますでしょう?更に言えば顔にも眉間にも小皺が―――」
「おうマコ。テメェそれ以上アタシを貶すつもりなら……今月の小遣いゼロにしてやるから覚悟しておけよ」
脅された……酷い、ただ純粋に編集さんを励ましてただけなのに何て横暴なんだ叔母さん。大体私は単に事実を言ってるだけじゃないか。
「ったくお前ら揃いも揃って言いたい放題言いやがって……まあいい。んな事よりシュウ、とっととパラソル設置しろや!後はビーチチェアも!」
「はいはい、わかってますよ先生。……それではマコさん、すみませんが準備があるので私はこの辺で失礼しますね。海、楽しんでください」
「はいです!編集さんもお世話かけます!」
そう言って叔母さんはキレ気味に先へ向かい、編集さんは私に一礼をしてから叔母さんの後を追う。折角『先生の保護者をやります』って言ってもらえたんだし、今日は叔母さんの面倒は全部編集さんにお任せしちゃおうかな。
その分の時間は……コマを愛でる時間に当てちゃおうね。
「さて、と。後はコマを待つだけだね」
叔母さんたちを見送った私は、浜辺近くで軽く準備運動をしつつまだ姿を見せていない愛しき妹を待つことに。
『準備にちょっと時間がかかりそうなので、姉さまは先に行っておいてください』
とコマに言われてから10分くらい経ったわけだし、そろそろコマも来る頃だろう。今から私もコマが来た時に備えて心の準備をしておくとしますかね。
「…………大丈夫、コマは私の選んだワンピース水着。気をしっかり保てば鼻血なんて出さない……ハズ。落ち着け私。……クールだ、クールになるんだ……」
ブツブツと呟きながら妹の到着に備える私。……さて。今更言うまでも無いことだけど、この私こと立花マコはシスコンのド変態。
つまり何の気構え無く、コマの水着姿なんて拝見させてもらった日には……大量出血による出血死で、海水浴どころかあの世の三途の川で遠泳する羽目になるのは明白である。
そうならないためにも、予めしっかりと心の準備をしておかねばならない。幸い今回のコマの水着は、私が選ばせてもらった露出少なめなワンピースタイプの水着である。パッと見ならば見慣れている私服とほとんど変わりないわけだし、流石の私も興奮は他の水着を着ている時よりも抑えられると思う。
だから油断さえしなければ、スプラッタな光景をコマに見せてしまうことは決して無い。……多分無い。…………無いと、思いたい。さあ落ち着くんだぞ私。深呼吸、深呼吸しろ……
「―――す、すみません姉さま……着替えとカメラの準備に手間取って遅くなってしまったみたいで……」
「(来た……!)」
ちょうど100回目の深呼吸を終えて落ち着いてきたところで、私の背後からキュートなコマの私を呼ぶ声が聞こえてきた。
よし……心の準備は万端、いつでも行ける。最後にもう一度だけ息を吐き、ゆっくりと笑顔で振り返った私は―――
「(クルッ)ううん、大丈夫だよコマ、私全然待ってな―――(プシャアアアアアアッ)マーメイドォオオオオオオオオ!」
「ね、姉さま……っ!?」
―――そんな謎の断末魔を上げて、自らが放出した鼻血の海に沈んだ。まあ私もこうなるんじゃないかと薄々は思っていたんだけれど、案の定全然ダメでした……
「だ、大丈夫ですか姉さま……!?ど、どうして急に鼻血が……!?」
「…………へ、へーきだよコマ……た、ただの熱中症だから……き、気にしないで…」
「ね、熱中症……?この鼻血の量、本当に熱中症なのでしょうか……?」
鼻血の海で溺死しかけながらも、何とかコマとそんな受け答えをする私。……コマの水着姿……な、何て破壊力なんだろう。あービックリした……本物の
「そ、そんな事よりコマ……水着、すっごい似合ってるね……素敵だよ……お姉ちゃん、自分の選んだ水着を……コマに着て貰えて……嬉しくて死んじゃいそうだよ……」
「現に今まさに、出血多量で血が足らずに死んじゃいそうになってませんか姉さま……!?ちょ、ちょっと待っててくださいね!今ティッシュを…………いえ、タオルを出しますから、とにもかくにも止血をしましょう姉さま……っ!」
献身的にコマに応急処置をやって貰っている傍らで、コマの水着姿をじっくり舐めまわすように観察する私。
私が選んだ水着は、純粋無垢なコマに似合う真っ白なワンピースタイプの水着だ。胸元に愛らしくフリルが付いている以外は何の変哲もないオーソドックスな水着―――何だけど、それをコマが着た途端に殺人的な魅力が醸し出されているではないか。
こういうワンピース水着ってスタイルが良くないと、幼く見えたり寸胴に見えたりするとよく言われるけど……コマの場合鍛えられた腹斜筋が作り出す綺麗なくびれや長く美しい手足や豊満なバスト、そして引き締められた形の良いヒップのお陰で全くそんな風には見えない。
寧ろ大人びている体型のお陰で体のラインがよくわかる為か、年相応に非常に健全で清純な水着を着ているハズなのに私の目から見ると何だかとってもコマが色っぽく映っちゃうわけで……
「(……コマのお肌……超綺麗……)」
今コマが着ている真っ白な水着にも負けないくらい透き通るような白い肌……これがまた最高すぎる。言うまでも無いがこのワンピースタイプの水着は露出が少ない。……だからこそ、肌が露わになっているところが却って強調されていて……それがもう堪らない。
……例えば程好く鍛えてある腕とか、むちむちの太ももとか、染み一つない美しい生脚とか……いかん、見ているだけでよだれが……
「お、お待たせしました姉さま!タオル準備できました!今すぐ止血を―――って、姉さま!?何だか先程よりも放出している鼻血の量が増えていませんか!?」
「へ……へいき……へいきだよ……」
『目は口ほどに物を言う』なんてことわざもあるけど、私の場合は『鼻は口ほどに物を言う』って表現した方が正しいのかもしれない。
……何て正直なんだ、私の鼻と身体と本能。妹の水着姿に大興奮ですよ。
「しっかり、気をしっかり保ってください姉さま!今助けますからね……!」
「…………いいなぁ、こまの……みずぎ……わたしも……うまれかわったら……こまのみずぎに……なりたいなぁ……」
「ホントに色々と大丈夫なんですか姉さま!?今ご自身が何を言っているのかわかっていますか!?」
あり得ないほど鼻血を出し、虫の息になりながら一つ願う。私……もしも生まれ変わることが出来たなら、来世ではポリエステルとかポリウレタンになりたい。
そして……コマの水着として生成されて、このコマの魅力あふれるセクシーな身体にピッタリと密着したい―――と。
壊れた水道管のように鼻血を垂れ流しつつ、ギリギリまでコマの水着姿を網膜に焼き付けて……そんな気持ち悪い妄想の中意識を手放したいつも通りのダメな私であった。
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