第32話 ダメ姉は、抱きとめる

「くそぅ……何故この私が退場せねばならんのだ……」


 バスケの練習試合中、体育の先生と友人ズに理不尽に退場を命令された私こと立花マコ。これでも(一応)真面目に取り組んでいたつもりなのに、問答無用で退場だなんて全然納得いかないぞちくしょうめ……


「何故退場しなきゃいけないって、当たり前でしょマコ」

「ほんっとにあんたって子は……色んな意味でダメダメなんだから」

「次に変な事しようものなら、マコをぶん殴ってでも止めてあげるからねー」


 友人たちは苦笑しながら私にそんなことを告げてくる。暴力はんたーい。


「マコって本当に妹ちゃんのことが好きなんだねぇ。……ねえねえ!いつからなの?マコがシスコンに目覚めたのは?」

「は?……い、いきなり変な質問だね。どうしたのさ?」

「だってさー、なんとなく気になるじゃない?マコのそのシスコンぶりは筋金入りだって前から思ってたし。いつくらいから妹ちゃんのこと好きになったのかなーって思ったんだ」


 体操座りで不貞腐れながら愚痴っていると、くすくすと笑いつつ友人の一人が突然私の隣に座ってそんなことを言いだす。いつからコマの事が好きになった……か。うむむ……あんまり意識したこと無いなぁ……


「そだねぇ。自慢じゃないけど記憶力良くないから昔の事はあんまし覚えてないんだけど……多分、物心ついた時にはコマの事大好きだったと思うよ」

「そんなに昔から?」

「うん。覚えてる範囲だと……少なくとも私たちが小学生の頃はすでにコマの事を意識してたんじゃないかな」

「「「そっか……マコは小学生の時から変態だったんだ」」」

「どうしてそんな結論に至るんだい?」


 心底感心したように頷きながら友人たちは何やら納得しているご様子。待たれよ君たち。勝手に納得されてもこっちは納得いかないんだけど?


「あはは!やっぱりマコのシスコンは筋金入りだー」

「ふーん。つまり小学生の時からすでにコマちゃんはマコに変愛―――じゃない、偏愛されてたってことなんだ」

「うわぁ……小さい頃からハイテンションなマコに纏わりつかれ、更にセクハラされるなんてマジで嫌だわー……コマちゃんも大変だわー」


 話を振った友人は大笑いをしているし、他の連中はドン引きしながらコマを同情している。流石に風評被害も甚だしいぞ君たち。


「だから待ってって!そ、そりゃあ確かに今は自他共に認める変態ではあるとは思うけれど、小学生の頃はセクハラなんてしないピュアなハートの持ち主だった……ハズだよ!取り消して!昔の純情可憐な私に謝って!」


 慌ててそのように抗議した私だけれど、友人たちはみんなして訝し気な表情で反論してくる。


「おいコイツ、自分で純情可憐なんて似合わない言葉使ったぞ」

「マコの事だしコマちゃんのリコーダー舐めるくらいはしてたんじゃないのー?」

「あー、してそうだよね。三つ子の魂百までって言うもん」

「ホントに君らは失礼だな!?流石にそんなことした覚えはありません。やめたまえ、人を根っからの変態のように扱うのは」

「「「……違うとでも?」」」


 なんだね?その『こいつは何を言っているんだ』と言いたげな反応は。


「へー?じゃあ今はともかく昔は変態じゃなかったとでもいうの?リコーダー舐め舐めもしてないの?」

「うん。コマのリコーダー舐めるなんてしてないよ。ただ……」

「「「ただ?」」」

「舐めたのはせいぜいコマのピアニカくらいで―――」

「「「やっぱ昔から変態じゃないの……」」」

「あれ?」


 心なしか皆との心の距離が更に離れた気がする。何故だ…?



 ピピーッ!



「はい、それではA-1チームとB-1チームの試合を再開しましょうか」


 そんな他愛のない雑談をしていると、体育の先生がホイッスルを鳴らして(主に私のせいで)中断していた試合の再開を促した。


「それじゃ、みんなよろしくね!」

「こちらこそよろしく。あの阿呆マコのせいでチーム替えさせちゃって悪いね」

「いいっていいって、気にしないでよ。アタシも丁度良かったって思ってるし。何せ―――久々にコマちゃんと勝負出来そうだし。ねっ!コマちゃん!」

「え……?は、はぁ……」


 私の代わりにA-1チームに入ったのはバスケ部のエース。急遽私とチームを変えられたことも全く気にしていない。それどころか寧ろ嬉しそうに笑い、私のコマに気さくに話しかけているではないか。


「コマちゃん最近は全然アタシと相手してくれないんだもん。ここのところ1on1とかコマちゃんにお願いしても、ずーっと振られっぱなしだしさー」

「え、ええっと……すみません。生助会の仕事が忙しくて……」

「あ、いやゴメンゴメン!コマちゃん責めてるわけじゃないんだよ。コマちゃんが忙しいのは分かってるし。ただコマちゃんが相手じゃないとイマイチ燃え上がらないなーってアタシが勝手に思ってただけだし」


 申し訳なさそうに謝るコマと、そのコマの背中をバシバシと叩きながら気にしない気にしないとフォローしているバスケ部エース。どうやらかなり親しい関係らしく楽しそうに話している様子が見える。

 ……ぐぬぬ、羨ましい。あんなにコマとフレンドリーにコミュニケーション出来るなんて羨ましいぞ……くそぅ、退場さえされなければあそこは私のポジションだったのにぃ……


「ま、そんなわけで今日は久々にコマちゃんとやれて嬉しいってわけよ!コマちゃん、今日は本気でやろうね!手加減とか無しでお願いっ!」

「わ、わかりました……」

「それじゃあ先ほど中断した地点でジャンプボールをします。両チームのジャンパーは集まってくださいね」

「おっと、呼ばれちゃったね。そんじゃ、正々堂々やろうねコマちゃん!」

「え、ええ……」


 ボールを持った先生がジャンプボールをするために、ついさっき私とコマがもつれ合った場所でお互いのチームからジャンパーを招集する。

 ……仕方ない、私も気持ちを切り替えよう。退場させられた分はコマを全身全霊で応援できると思えばいいさ。そう考えてコマに向かって全力で応援を始める私。


「コマー!ファイトー!頑張れー!お姉ちゃんがついてるよー!」

「あ……はいっ!私、頑張りますね姉さま」

「「「あんたはせめて、抜けたチームを応援しろよダメ姉!?」」」

「み、みなさーん……始めちゃいますよー……?」


 その私の応援に愛しきコマは恥ずかしそうにしながらも笑顔で手を振って応え、抜けたA-1チームの友人たちは見事にハモらせたツッコミを私に返してくる。そしてそんな一同の反応に戸惑う先生。


「コホン。両チームとも準備は良いですね?それでは―――」


 先生は咳払いをして観客である私たちやコート内の生徒たちが静かになるのを待ち、シン……と静まり返ったのを確認すると。


「―――試合再開っ!」


 その掛け声とともにホイッスルを鳴らし、ボールを高く投げ上げて試合再開を宣言する。


「おりゃ!」


 最初の時と同じように私がいたA-1チームの友人が先に落ちてきたボールを同チームメイトがいる方へとタップ。どうやらジャンプボールではA-1チームに分があるようだね。


「ナイスプレー!はーい、そんじゃ早速攻めるよ皆ー!上がってー!」


 ボールを受け取ったのは私と入れ替わったバスケ部エース。大きな声を出しながら他の皆に指示を出し始める。


「まずは一本!確実に取りに行こー!コマちゃんのマークはしっかりねー!パスはする方もされる方も鋭く・素早く・正確にヨロシクー!」


 彼女はコマや相手チームの動きに合わせて果敢に味方へパスを出し、手を大きく広げたディフェンスの間を素早く抜いて、再びパスを受け取りボールをキープしつつ次から次へと的確に指示を出している。

 うーむ凄い。彼女の指示一つで先ほど以上にみんなの動きにキレが出てきたのが感じられる。確か彼女はバスケ部でポイントガードをやっているとか。なるほど、司令塔兼エースにふさわしい実に良い観察眼と実力を兼ね備えているみたいだ。


「皆さんディフェンス集中してください。基本はマンツーマンディフェンスで。ボールキープしている方にはその方とゴールが一直線に結ばれる間に立ってディフェンス。ボールキープしていない方へのディフェンスはマークを外されないように動きをしっかり予測してディナイを―――」


 とは言えコマも負けていない。ゴール下で同じく指示を飛ばしきっちりとパスコースを塞ぐ。コマの指示通りにB-1チームが動くと、それまで活発に動きゴールを目指していたA-1のチームの動きを完全に封じてしまった。

 何とか攻めようとフェイントをかけたり一度下がってパスコースを変えてみたりと揺さぶりをかけるA-1チームだけれども、巧みに指示を出すコマの防衛線は中々崩すことが出来ないようだ。


 コマ自身はバスケ部に入っているわけでも無いのに、こんなにも素晴らしい指揮が出来ちゃうなんて……やはりうちのコマは天才か……


「こ、こうなったら……ええーい!」

「「っ!」」


 しばらくそんな一進一退の攻防が続いたけれども、しびれを切らしたA-1チームの友人がここで動きを見せる。半ば自棄を起こしたのか、それとも狙ってやってみたのか。ボールを頭上に構えて膝を使ってジャンプを繰り出しそのままボールを放る。そう、ゴールからかなり離れた位置からジャンプシュートを繰り出したのである。

 放たれたシュートにコート内全員の視線が釘付けになる。全員が息をのんでそのシュートの行方を静かに見守る中、ボールはゆっくりとゴールリングへと向かい、あとほんの数センチと言うところで―――



 ガァン!



 惜しくもリングを潜り抜けられず、ボールはリングにぶつかって跳ね返りあらぬ方向へと飛んでいった。


「「リバウンド!」」


 その瞬間、待っていましたとばかりに同時にコマとバスケ部エースが叫び高く跳びつく。跳んだタイミングも、身長も、ジャンプの高さもほぼ互角。けれど……


「……すみません、いただきます」

「ちぃ……ッ!みんな、急いで戻って!のんびりしてたらすぐコマちゃんの速攻来るよー!」


 けれど、この空中戦を競り勝ったのはコマの方。恐らく予めリバウンド後の軌道を読んでいた様子のコマ。跳ね返ったボールの動きを完璧に補足して先にボールをキャッチする。これはお見事。

 一方バスケ部エースの方も早々にボールが取られると悟ったのか、まだ空中にいる段階で下にいるチームメイトに大声で指示を出す。両者がダダン!と着地をしてから今度は完全に攻守逆転。今度はコマたちのチームが攻撃に移った。


「皆さんどんどん上がってください。4番さん、私とパス回しながら上がりましょう。2番さんは右、3番さんは左で待機。いつでも動けるようにしていてください」

「「「わかりました立花さん!」」」


 コマを中心とした陣形を作りながら攻め込んでくるB-1チーム。


「コマちゃんは私に任せて!他のみんなはフェイントに気をつけつつ各自ブロックしてねー」

「「「了解!」」」


 対するA-1チームも先ほどのバスケ部のエースの指示が早かったお陰で、素早くディフェンスに徹している。


 コマたちB-1チームはバスケ部エースが指揮する手堅いディフェンスを突破出来ずに何度もシュートを打ってはいるものの得点までは至らない。

 逆に私がいたA-1チームはゴールを守ることは出来てもコマの巧みなリバウンドとパス回しに翻弄されボールを奪うことが出来ないようだ。


「いけーコマー!決めちゃえー!」

「ディーフェンス!ディーフェンス!」

「そこ!そこでシュート打てー!」


 白熱した試合に、私たち女子だけでなく隣のコートで授業を受けている男子たちまでこの試合に見入っている。

 声を張り上げ全身でコマを応援している私は言うまでも無く、他のみんなも応援に自然と熱が入っているのが肌で伝わってくる。


「立花さんすみません、あとはお願いします……!」

「は、はい……っ!」


 どちらも一歩も譲らず引かずの攻防が続く中、ディフェンスに阻まれ進退窮まったチームメイトから山なりの高いパスを投げられるコマ。恐らく目の前のディフェンスを意識し過ぎたのだろう。投げられたボールはコマの頭上を通り抜けようとする。

 ボールがコートの外に飛び出てしまう前に若干後退しつつ高く跳び、辛うじて空中でそのパスを受け取ったコマだったけれど……


「はーい、いらっしゃいコマちゃーん!もう逃がさないよー」

「……っ」


 着地点にはすでにバスケ部のエースが先回りをしてコマをお出迎えしている。彼女はコマの着地後すぐに密着したディフェンス―――つまりタイトディフェンスを行いコマの動きを完全に封じてしまう。

 このディフェンスはファールを取られやすい分、相手に対しては非常にプレッシャーをかけやすいらしい。流石のコマも動けずにその場で立ち往生しているようだ。


 確かこうなった場合は5秒以内にパスやシュート、あるいはドリブルをしなければならないというルールがあったハズ。あと数秒間コマが何も出来なければファールを取られてしまうだろう。

 さあ、コマはこの窮地をどう乗り越える……?ドキドキしながらコマの次のプレーを見入る私。


「はぁっ!」

「う、うそっ!?いくら何でもここからじゃ入らないでしょ!?」

「(……えっ……?)」


 と、ここで再び自慢のジャンプ力を使ってその場で跳び上がるコマ。虚を突かれたバスケ部エースが反応する前に、ゴールを見据えたコマはそのままボールを力いっぱい放り投げる。これ……まさかシュートなの……!?


「り、リバウン―――」


 バスケ部エースが『リバウンド』という単語を言い終える前に、投げられたボールは放物線を描きゴールへと向かう。またも全員が息をのんでボールの行方を見守る中、そのボールはそのまま―――



 ポスッ!



「「「おぉー!入ったあああああああ!!!3ポイントシュートだぁああああああ!!!」」」

「(……入っ……た……?)」


 そのままリングを通り、コマのチームに追加点が入った。この場合3ポイントエリアから打ったコマのシュートは文字通り一気に三点を入れたことになるわけだ。

 このコマの長距離シュートにコマのチームメイトは勿論観戦していた女子も男子も歓声を上げて盛大に拍手を送っている。本来ならば私もコマを褒めてあげたいところなんだけど……


 ……いや、だけど待って。今のは、なんだ……?


「いやぁ、コマちゃん凄いねぇ!あの状況でシュート入れちゃうなんて!」

「ホントホント!かっこよかったよねー」

「しかも3ポイントシュート!あんなところから狙って決めちゃう何て流石としか言いようがないわね!」


 少しだけ困惑している私をよそに、友人たちは今のコマのプレーを興奮気味に話している。

 ……狙って、決めただと?バカな……皆にはアレがそんな風に見えたの?


「……ねえみんな。今のコマのシュート、どう思う?」

「ん?なーにマコ?どう思うって……やっぱりコマちゃんは凄いなーって思ったよ」

「あ、もしかしてマコ、コマちゃんに見惚れちゃったの?もー、ホントマコはシスコンだよねー」

「また『コマしゅごい!素敵!抱いて!』とか言い出すんでしょー?わかってるって」

「……違う。そういうこと聞きたいんじゃない。今の……変じゃなかった?」

「「「……え?変……?」」」


 友人たちみんなは何も感じていないようだけれど、今のシュートに強烈な違和感を感じてしまった私。いつでもコマの横でコマの事を見ていた私だからわかる違和感。それは……


「何が変なのよマコ。綺麗に入ったじゃないの」

「……ううん。私には今のは無理して投げたボールが偶然入ってしまったようにしか見えなかった。……シュートフォームはガタガタだし、それにシュートの際ディフェンスと接触寸前だったせいで下手をしたらファールを取られていた恐れもあるじゃないの」

「そ、そう……?」

「何よりゴール下のそれぞれの配置を考えると、入らなかったら間違いなくA-1チームにリバウンドを取られていたはずなのに……それなのにコマ、なんであんな雑なシュートを……?」

「雑って……全然そうは見えなかったけど?アンタよくコマちゃんの事を見てるわねマコ…………マコ?」

「…………」

「マ、マコ?ねえどうしたのよ急に黙り込んで……だ、大丈夫?」


 そうだ、おかしい。あのコマのプレーは何か……そう、何かが変だ。


 例えばいつものコマだったら破れかぶれにシュートをするより、一旦体制を整えるためにコマの後ろで待機していた4番の子にパスを渡すなりフェイントを使ってディフェンスを突破するなり冷静に対処したんじゃないだろうか……?


「あっちゃー……流石コマちゃん。またアタシの負けかぁ…まさかあの位置とあの体勢からスリーポイント決められちゃうなんてね」

「はぁ……はぁ…………あ、ありがとう……ございます……はぁ……」


 気になってコマの様子を見てみると息を切らしてバスケ部エースと話をしている。……よく考えたらこれも変だ。この程度の運動量で普段から鍛えているコマがあんなに息を切らすものか?そういやさっきコマに抱きついた時だって―――


『ちょ、ちょっと……ね……ねえさま!……だ、ダメです……は、離れてください……!わ、私って……今日は凄く汗かいてて、汗臭いので…………抱きつかれたら……その……こまる……』


 ……そう、たった2,3分程度動いただけなのにあんなにも汗をかいていたっけ。もしや体調が悪いのか……?そう言えば今日のお昼も中々味覚が戻らなかったし、風邪を引いているのか……?

 いや、けど昨日もコマは寝不足だかなんだかで調子悪そうだったから、念のために昨日の夜も今日の朝もしっかり体温計で熱を測ってもらった。その時は平熱だったし特段体調不良と言うわけじゃないハズ……


「(コマらしくないと言えば、昨日も……)」


 昨日の生助会のお仕事中も全然コマらしくないミスを連発していたことを思い出す私。そう言えばコマったら自分の仕事に全く手を付けず、ただ窓の外をボーっと見つめて何かを呟いていた気がする。


 何だ……何をコマは言っていたんだっけ……?ええっと確か……


『…………外、は……雨が、降っていますね……』


『姉さまは……その。雨は……お好きですか?』


『雨の良いところって……例えば何でしょうね……』


 ……雨?ああそうだった。何故かしきりに雨という単語を口にしていたコマ。雨か……梅雨だし特に今日は陽の光が届かないほどの曇天で嫌になるくらい降っている。今だって今朝よりも雨脚は酷くなっているみたいだし……


「(ひょっとしてコマって雨がダメなのか?)」


 ふとそんな考えに至る私。……いや、でもこれは違うと思う。これでも姉として他の誰よりもコマの側にいた私だ。

 雨のたびにふさぎ込んだり体調を崩したり様子がおかしかった―――なんてこれまでは無かった。


「(でもあれほど雨を気にしてたってことは……無関係とまでは言えないんじゃ……?)」


 だったら一体何が原因だ……?何をコマは気にしていたんだ……?考えろ、よく考えろ私……!


 いつもよりも多い汗の量や息切れ。お昼味覚が戻りにくかったこと。いつものコマらしからぬ集中力の無さ。梅雨に入ってからのコマのぎこちなさ。あとは…………昨日コマに唐突に振られた雨の話題。この時他にコマは何か言ってなかったか……?

 ええぃ、もっと昨日の会話をよく思い出せ……!そこに何かしらのヒントがあるんじゃないか……!?あの時のコマは……コマは……


『…………今夜は、……いいけど……』


『…………そう、ですよね……悪いのでは……ないですよね……いい加減……私も……、しないと……』


 雨や……?……アレって何だ…?それに……落ちないと良いなって一体何のこと……?

 落ちる。雨と一緒に落ちてくるものって言えば……気温とか気持ちとか…………後は。


「さて、それではまたA-1チームのスローインで試合を再開しましょ―――」


 私の中ですべての疑問が点と点でつながりそうになる。そんな中ボールを持った先生が両チームに試合再開を促そうとした……次の瞬間。


 カッ!とあれだけ暗かった空が突如として明るくなり、私たちのいる体育館に青白い光が差し込み私たちを照らす。

 次いで体育館を揺らすほどの振動と轟音が鳴り響くと同時に、一斉に照明がプツンと消えてしまった。こ、これってまさか……!


「かみ……なり……!」

「うおぉ…ビックリした。雷か」

「怖かったね。今すっごい近くに落ちなかった?」


そうだ、やっとわかった……雷だ……!だ、だとしたら……マズい……!


「あらら、電気まで消えちゃったよ。……って、あれ?ま、マコ…?どうしたの?どこ行くのマコー!?」

「ああバカ!またマコの奴暴走して……ちょっと止まりなさいマコ!」


 まるで今落ちてきた雷に本当に打たれたかのようにハッとする私。お陰で点と点がつながった。それと同時に『コマが危ない!』と私の中の本能が叫ぶ。

 唐突に立ち上がり飛び出してコート内へと侵入した私を、友人たちは制止させようとするけれど……その制止をことごとく振り切って脇目も振らずにコマの元へと走り出す私。


「……っ……は、ぁ……ぁあ…………」


 私の視線の先には、今の雷に目を見開き次第に青い顔になっていくコマの姿が見える。苦しそうに胸を押さえ、まるで親からはぐれてしまった子どものような…不安と緊張と苦痛が入り混じった表情になっている。

 これって……このコマの表情って……!間違いない、


「……?あら?コマちゃん……?なんかだか顔色悪いみたいだけど……どうかした?大丈夫?」

「いや……い、や……いや…………嫌………!」

「えっ……ちょ、ちょっとコマちゃん!?危な……!」


 落ちた雷と停電に気を取られた他のみんなも、ここでようやくコマの様子がおかしいことに気付いたようだ。コートにいる私の友人の一人がコマに手を差し伸べて『大丈夫?』と声をかける。

 けれどその行為は却って逆効果だったらしく、コマはガタガタと震えながら拒絶するように手を振り払ってしまう。


 勢いよく振り払ったせいで、足がもつれぐらりと身体が傾いてしまうコマ。慌ててもう一度その友人はコマに手を差し伸べてくれたけど、その手は空を切り。

 コマは受け身すら取らずにそのまま頭から床に突っ込んで―――


「(ポスッ)間に……あったぁ……っ!」


 ―――間一髪のところで、床と衝突する前に倒れかけたコマを抱きとめる私。よ、よっしゃ……!何とか間に合った!セーフ!よくやったぞ私!

 そのまま抱きとめたコマに急いで声をかけ、意識があるか確認してみる。


「コマ、コマ……!しっかりして!コマ……!」

「………………?」

「……っ!」


 ……姉さまではなくお姉ちゃん、ね。これはまた随分懐かしい呼ばれ方だ。そっか……。これでやっと納得したよコマ。察しの悪い姉でゴメンね……


「はーい、お姉ちゃんですよー。コマ、もう大丈夫だからねー」

「……ああ。やっぱり……お姉ちゃんだ……よかった……」


 何事もなかったようにニコッと笑顔を見せて、昔の調子でコマの頭をポンポンと撫でながらコマに話しかける私。

 抱きとめたのが私とわかった様子のコマは、安心したように弱弱しく笑顔を返してそのまま私に身を委ねてくれる。


「ちょっとお休みしようねコマー。大丈夫、お姉ちゃんが付いているからね。安心して休んでいいんだよ。眠ってもいいんだよ」

「……お姉ちゃんは、わたしがねむっても……どこも、いかない?あのときみたいに……ひとりに、しない……?」

「行かないよー。私はコマの側にいるからねー」

「……うん」


 そう言ってコマが落ち着くまで頭を撫でてあげる。しばらくそのまま撫でているとすうすうと寝息を立てて眠ってくれるコマ。良かった…張り詰めていたのが解けたみたいだね。

 ……ゴメンねコマ。気づくのが遅くてホントにゴメンね。心の中でコマに何度も謝りつつ、眠ったコマを抱き上げる私。


「ま、マコ!コマちゃんどうしたの!?大丈夫なの!?貧血!?失神!?それとも何かの病気……!?」

「……落ち着いてカナカナ。コマはちょっとふらついただけだから。心配いらないよ」

「立花マコさん!コマさんに何かあったのですか!?わ、私はどうしたら!?」

「……先生も落ち着いてください。大事には至りませんよ」


 抱き上げて保健室へと向かおうとすると、さっき手を差し伸べてくれた友人と先生が私に話しかけてくる。

 他の友人たちやコマのクラスメイトみんなも『どうしたの?コマちゃん怪我しちゃったの?』と遠巻きに心配そうな表情で私たちを見つめているようだ。


「……先生、授業の途中で申し訳ありませんがこれから妹を保健室へ連れて行っても良いでしょうか?」

「も、勿論保健室に行くのは大丈夫です!あの……私も一緒に保健室に行った方が良いですか……?」

「いいえ、私一人で十分です。それよりも先生は内線で妹と私の担任の先生を保健室へ呼んでもらっても良いですか?先生たちに少し話したいことがあるので」

「は、はい!わかりました!」

「後は私たちの事は気にせずに、先生はどうか授業を再開してください。姉妹共々お騒がせして申し訳ありませんでした」


 とりあえず先生には授業を再開してもらいつつ、内線を使って私の担任の先生とコマの担任の先生を保健室へ呼んでもらえるように頼む私。

 今日は…………多分コマは早退することになるだろう。保健室に着いたら叔母さんにも連絡しなきゃね。


「マコ、ちょうどわたしって保健委員だしさ。一緒に保健室に行くよ。コマちゃんを運ぶのは一人じゃ流石に大変でしょ?」

「あ!な、ならアタシも行く!二人より三人で運んだ方がいいよね!」

「私も保健委員だし、コマさん運ぶの手伝うわ。任せてよマコ」

「……カナカナ。それに外の皆もありがとう。でも良い。コマ軽いから一人で平気。それに……あまり大人数で行っても保健の先生の邪魔になっちゃうし、大げさに扱われたらコマを困らせちゃうだけでしょう?」

「「「あ……うん。それもそうだね……」」」


 私に手を貸そうと言ってくれる心優しい友人たちにそう言って断りを入れる私。その厚意は本当に嬉しいものだけど……今下手に私や叔母さん、それからちゆり先生以外の人がコマに触れてしまってコマがパニックを起こすことになったら大変だもんね。


「気持ちだけ貰っておくね。コマの事心配してくれて本当にありがとう。じゃあ私、もう行くね」

「あ……いや、感謝されることは何も……」

「立花さん、担任の先生たちには内線入れておきました。すぐに向かうとのことです」

「先生もありがとうございます。それではすみませんが今日は失礼します」


 そう言って先生や友人たちに深く頭を下げてから、皆の心配そうな視線を背に受けつつコマを決して落とさないようにしっかりと抱いて保健室へと向かう私。

 ……嬉しいなぁ。コマの事心配してくれる人たちがこんなにいっぱいいてくれて。姉としてちょっぴり感動しちゃうよ。


 さてと……のんびりしているとコマの身体を冷やしちゃいかねないし、そんじゃあ急ぐとしましょうかね。

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