第31話 ダメ姉は、バスケする

 ああ、どうしてこんなことに……


「さ、マコ。さっさと歩きなさい」

「あんた逃げるんじゃないわよ」

「逃がすつもりは一切無いけれど、逃げた場合は覚悟なさいよねマコ」

「わ、わかってるって……別に逃げないよ。逃げないから……もう胸揉むのも掴むのも止めてくれないかな皆。痛いしさ……」


 楽しい楽しい体育の授業中に、どうやら友人たちのドデカい地雷を見事に踏み抜いてしまったらしい私。在怒り狂う友人たちに胸を掴まれたまま練習試合のあるコートまで連行されている。


「じゃあ、とりあえず今から始まるバスケの大まかな作戦を伝えるわねマコ」

「さ、作戦……?」


 私の胸は依然ガッチリ掴んだまま私を連行しつつ、友人の一人がそんなことを言いだす。

 いやいや作戦とか……たかが体育の授業でそんなに本気にならなくても良いんじゃないかなと思うんだけどなぁ……


「まあ作戦と言っても、そう難しいことは要求しないから安心なさいマコ」

「そうそう。おバカでダメなマコにも理解できるとってもわかりやすいシンプルな作戦だから」

「は、はぁ……」


 ナチュラルに人をバカにするとはホント失礼な奴らめ……まあ、今日は下手に口答えするとまた逆ギレされる気がするから黙っておくけど。


「まず私たちの誰かがボールをキープしていたら、マコはすかさずパスが届く位置まで走ってきなさい」

「キープしたらパスが届く位置まで走る……う、うんわかった」

「ちゃんと届く位置まで来たらマコにボールをパスしてあげる。何が何でもマコにパスは通すからね」

「そうね。どれだけ妨害されてもどれほどの犠牲を出しても、絶対にマコにボールを渡してあげるからね」

「そ、そうなんだ……あ、ありがとう……?」


 メラメラと闘志を燃やして友人たちは熱心に私に指示を出してくる。なるほど、これは確かにシンプルでわかりやすい。とにかく私は味方がボールを持ったらその味方の近くまで行って、パスを受け取れば良いってことか。


「それで?パスを受け取ったら私はどうすれば良いのかな?」

「「「敵を掻い潜りつつシュートする。ほらね、簡単でしょう?」」」

「えっ」


 ……あれ?おかしい。シンプルでわかりやすい説明のはずなのに、友人共が何言ってるのかさっぱりわからなくなったぞ。


「あ、あのみんな?わかっていると思うけど私アレだよ?あの優秀なコマと違って運動音痴なんだよ?それなのにそんな高度な事を言われても出来る気がしないんだけど……そんなんじゃすぐに相手チームにボールを奪われかねないと思うよ……?」


 何かの間違いだろうと思いそう進言してみる私。けれども友人たちはニッコリ笑って『大丈夫だ』と返してくる。


「良いのよマコ。ボールが取られることもマコの仕事のうちだから」

「いや、それどういう意味さ……?」

「つまりね、ボールを取られたら……また一人で頑張って走って追いかけて取り返せって言っているの」

「マコには激しいオフェンスとディフェンスを期待してるわね。大丈夫、多少ファールになっても怒らないから」

「仮にボールを相手から奪えなくても私たちがちゃんとフォローしてあげる。取ったボールはマコに全部ボールをパスしてあげるからね」

「ええっと……」


 間違いだと思ったけれど、どうやら本気らしい友人たち。困惑する私をよそに話し続けている。


「ねぇ、バスケのコートの長さって何メートルだっけ?」

「28メートルだったはず。大体30メートルと計算して端から端まで往復で100周くらい走らせれば、あのマコの胸も絶対に萎むはずよ」

「走らせる他に、あの駄胸を減らす秘訣って何かないかなぁ?」

「バストダウンさせるには、胸を上下に揺らさせると効果的って聞いたことがあるわ。マコにジャンプシュートとかレイアップシュートを繰り返しやらせればいいんじゃないかしら?」

「なるほどね……よし、ならマコ命令よ。シュートする際その二つを重点的にやりなさい」

「……なんでさ」


 困った……こいつらが何言ってんのかさっぱりわからない……


「今日は頑張ってその憎らしいほど大きな胸を減らしましょうね!」

「マコちゃーん、いっぱい動いてこの駄肉をいっぱい燃やそうねー」

「大丈夫よ、あたしたちが絶対マコを立派な貧乳に変えて見せるわ」

「……あのさ。ちょっと確認したいんだけど、これから始まるのはバスケの練習試合だよね?」

「「「いいえ、マコを貧乳にするための特訓よ!」」」

「……君たちはホント何がしたいんだ……」

「「「そのマコの無駄な脂肪の丘を焼き尽くしたいのよ!!!」」」


 今日はもう、私以上にダメだこいつら……



 ◇ ◇ ◇



 その後も話半分に友人たちによる私怨交じりの指示を聞きつつ、元いた場所に戻る私。


「ああ良かった。準備ができたみたいですね。じゃあA-1チームとB-1チームの皆さんは集まってください。早速ですが第一試合を始めますよ」


 ゼッケンをつけた私たちを見て、体育の先生がコートの中央に私たちA-1チームとその対戦相手のチームを集合させる。


「それじゃマコ、さっき言った通りに動きなさいね」

「サボったら許さないからねマコ」

「足腰が立たなくなるくらい走らせるからそのつもりで」

「……はいはい、わかったよ」


 試合とは別方向に無駄に燃え上がっている友人たちに、物理的に背中を押されてコート内に入る私。うぅ……ただでさえ体育は苦手だってのにヤダなぁ……しんどいよぉ……


「はぁ……憂鬱……」

「―――あら?姉さまじゃないですか」

「……え?…………あ、ああ!?こ、コマ!?」


 と、首を垂れつつ溜息を吐きながら中央に集まる私に、突如天使の呼び声がかかる。パッと顔を上げるとそこには私の最愛の人、妹のコマが立っているではないか。


「姉さまってA-1チームだったのですね。私はB-1チームです」

「B-1チーム……という事は、まさか……こ、コマと一緒にバスケが出来るって……こと……?」

「はい。そうなりますね。……ふふっ♪姉さま、お手柔らかにお願いします」

「こっ、こちらこそよろしくコマ!」

「では姉さま、お互い頑張りましょうね」


 そう言って私の手をきゅっと優しく握りながら眩しい笑顔を私に向けてくれるコマ。私に軽く一礼してから、コマはコート中央に駆けていく。

 そんなコマの後姿を舐めるように眺めつつ思う。……そうか。コマと一緒か。…………一緒なのか……


「あちゃー……コマちゃんが相手かぁ。参ったわね、勝てる気が全くしないわ。まあ今回は勝ち負けよりマコの脂肪を削ぎ落すことが目的なんだけど……」

「これ……マコだけじゃなくて私たちですらボールに触れるかわかんないよね……コマちゃんこの学校で一番上手いし」

「っていうかマコ。アンタちゃんとやれそう?いくら大好きな妹さんとの勝負だからって手を抜いたら―――」

「…………合い、入った…………」

「うん?何て言ったのマコ?」

「気合い、入った……!気合入ったぁ!頑張る……!私、超がんばるよ皆!さあ、じゃんじゃか私にパスを頂戴!頑張ってコマに良いところ見せるからさぁ……!」

「お、おう……やる気になってくれたなら何よりね……」

「さあ、早く並ぼう皆!コマとの楽しい時間が減っちゃうよ!」


 同じチームにはなれなかったけど、コマと間近でバスケが出来る。そう思うとさっきまでの憂鬱だったのが嘘のように晴れ晴れとした気持ちになる私。

 我ながら何て現金なやつだと思わんでもないけれど、どうか許してほしい。


『お、おぉ……?ねぇねぇ。あれ見てよ皆、何だか面白い組み合わせになってるよ』

『んー?どれどれ?……へぇー、マコとコマちゃんの双子対決じゃないの。これは中々に見ものだわ』


 この組み合わせに外野で観戦している友人たちやコマのクラスメイトたちも注目している様子だ。女三人寄れば姦しい―――なんて言葉もあるけれど、その言葉に違いは無いようで。


『そうだ!ねーみんな、あの姉妹どっちが勝つか賭けない?負けた人が帰りにお菓子を賭けに勝った人に献上するって感じでさ』

『え、えぇー…ダメじゃんそれ。絶対賭けにならないでしょ。そう言う事なら私コマちゃんが勝つ方に賭けるし、皆もコマちゃんが勝つに賭けるに決まってるじゃないの。それとも誰か大穴でマコが勝つって賭けちゃう?そんな勇者いるの?』

『まぁそうよね。あたしもここはコマさんが勝つ方に賭けるわ』

『私も妹ちゃんに賭けるー』


 と、まあこんな感じで一応授業中だというのに皆口々に私たちを話題にして何やら盛り上がっている声が聞こえてくる。黙って聞いてりゃ失礼だなぁホント……


『ほらやっぱり。誰もマコには賭けないでしょー?これじゃ賭けにならないじゃない』

『だったら私がマコに賭けようじゃないの。そう―――賭けるわ!』

『ああなるほど……ならこのアタシもマコに賭けてあげましょう。―――賭けてやるわ』

『ねーちょっとぉ。二人ともそれはズルいよ。結局同じことじゃない』

『『いやぁ、バレちゃったかー』』


 はっはっは!と観戦している友人たちが大笑いをしている声が体育館中に響き渡る。……ヤロウ、失礼を通り越して好き放題勝手気ままに言いやがって。

 どうやら始まる前から私が負けることが友人たち皆の中ではすでに確定しているらしい。そりゃあ私もコマに勝てるとは微塵も思っちゃいないけどさぁ……


 ……と言うか、勝手に私達姉妹を賭けと笑いの出汁にしないでほしい。


「では、第一試合を始めましょう。礼!」


 そんな友人たちの戯言は聞かなかったことにして。先生の号令で『よろしくお願いします』と一同が礼をし、練習試合が今始まる。


「それじゃあ、ジャンプボールから行きますよ。ジャンパーはこちらに」

「わかりました。……じゃあマコ、作戦通りにね」

「はいはい、了解だよ」


 予めみんなで決めていた位置に移動して、パスが来るのを待つ。あ、ちなみにコマは私とちょうど反対側の位置でスタンバっているみたいだ。

 コートの中央を挟んで、鏡のように並ぶ私とコマの立花姉妹。私の視線に気づくとニコッと笑って手を振ってくれるコマ。そのコマの愛らしい仕草に萌えて、全力で手を振り返す私。


「こらマコ、始まるわよ。集中しなさい」

「っと……ゴメン、わかったよ」

「じゃあ、A-1チーム対B-1チームの試合……開始っ!」


 ピーッ!とホイッスルを高らかに鳴らし、先生はボールを真上へと放り投げ……今試合が開始された。


「はぁっ!」


 気合を入れた味方のジャンパーが相手チームのジャンパーよりも幾分か高く跳び、投げられたボールをバシッと力強く味方のいる方向へタップする。

 よしよし……まずはこっちボールだね。


「ナイスボール!よしっ……!マコ!パス行くわよ!」

「う、うん!」

「マコ!フリーよ!走って!」


 タップされたボールを上手く回収した友人の一人が、宣言通り私にパスを回す。おおぅ……いきなり私の出番が来たみたいだ。

 素早い友人たちのパス回しのお陰か、私をマークしている人は誰もいない。とても力強く鋭いパスを辛うじて受け取って、拙いドリブルで相手の陣地へ切り込みゴールへと向かう私。


「遅いっ!シュートはさせないよ立花さん!」

「っ……戻るの、早くね……!?」


 ……けれど、ほんの数秒もしないうちに戻ってきた相手に阻まれてしまう。私なりに全力で頑張ってみたけれど、この遅くて見るからに危なっかしいへなちょこドリブルでは私がゴールまでたどり着く前に相手ディフェンスが戻ってくるには十分すぎる時間だったようだ。

 モタモタしているうちにジリジリとコートの隅へと相手ディフェンス追い込まれてしまう私。くぅ……この位置じゃシュートは届かないし、一体どうすれば……


「ええい、マコ!?あんた何をぼけっとしているのよ!ディフェンスくらい気合いで振り切りなさい!だいたい動かないならあんたのその無駄乳を全然減らせないでしょうが!?」

「い、いきなりそんな難しいこと言われても!?こ、こうもディフェンスされたら動こうにも動けないしさぁ!?」

「動けないなら動けないで、パスを回すくらいしなさいよ!味方にボールをパスするのよ!あんたそれくらいも出来ないの!?」

「味方に……パス……?」


 む……言われてみれば確かにそうだ。パスすればいいのか。ボールを取られないように必死にその場で小刻みにボールをつきながら、走って私の元に集まってきた味方をよく見て誰にパスをするか考える私。

 さて……誰にパスをするべきだろうか?パスできる距離や位置、そして誰が一番上手くシュートを決めてくれるのかなどを考慮すると……よし決めたぞ……っ!


「―――今だっ!」

「っ!しまった……!?」


 ディフェンスの一瞬の隙をつき、やってきた最高の味方にパスを回す私。床にダンッ!と叩きつけワンバウンドしたボールを、絶好の位置でその味方はキャッチしてくれる。


「はい!パスだよ!後は頼んだ!」

「…………えっ?……あ、はい。あ、ありがとうございます、姉さま……」

「「「…………は?」」」


 、一瞬ポカンとした表情を見せたけれど。すぐさま切り替え踵を返して反対側のゴールへと走り出す。

 私のとはまるで違うキレのある素早いドリブルで、ゴールへとコマは一直線に向かい……先程もお手本として見せてくれた美しいレイアップシュートを使って―――



 ポスッ!



「入ったぁああああああああ!凄いぞコマぁあああああああ!」

「「「えぇー……」」」


 見事ボールはゴールリングを潜り抜け、コマのチームに一点が入った。うんうん!流石は私のコマだ。

 私の急なパスにもすぐさま対応して確実に点を取るなんて、やっぱりうちの妹は素敵でカッコいいなぁ……


「……ええっと。今のは何て言ったらいいのかな……?」

「……そ、その。立花さんのお姉さんが、何だかよくわからないプレーしたけど……ま、まあ良いか。立花さんお見事!ナイスシュートよ!」

「……そ、そうね。まずは一点!良い感じ良い感じ。ナイスプレーですコマさん」

「は、はぁ…ありがとう、ございます…」


 開始1分も経たないうちに早速点が入ったことで喜んでコマを褒めているコマのチームメイト。いいなぁ……私も一緒になってコマを褒めたいなぁ……

 でもコマもあのコマのチームも私とは別クラスだしなぁ……


「(いや行って良いよね?だって、私のパスのお陰で決まったようなものだし……!)」


 そうだ、別のクラスだろうが何をためらう必要があるんだ。自分の妹を褒め称えるくらい堂々としてやって良いじゃないか。


「コマぁー!今のシュートも凄かった―――」


 そう考えて嬉々としてコマを褒めに行こうとした矢先に、


「「「……ちょっと待てやそこのダメ姉」」」


 突如何者かにストップをかけられる私。何事かと振り返ると、何故か私のチームのみんなが私の胸倉を掴んでくるではないか。

 どうやら見るからにマジギレしているご様子だ。諸君、何かねこの手は?痛いじゃないか。


「うん?どうしたのかな君たち」

「どうしたのかな……だぁ?あ……あんたさぁ……マジで何やってんのよマコ……っ!?」

「ねぇ、何で相手に点が入ったのに喜んでるの?今のわざとなの?マコはあっちのチームのスパイか何かなの?」

「何がどうしてコマちゃんにパスを回しやがったのかしらマコ。納得できる言い訳、考えているんでしょうねぇ……?」


 え?いや何でって言われても……


「だってさっきそっちが言ったじゃない。『動けないなら動けないでパスを回すくらいしなさい!味方にボールをパスするのよ!』って。だからパスしたんだよ私?それが何か問題でも?」

「「「バカじゃないの……!?」」」


 素直に返事をしてみると、胸倉を掴む手にさらに力を入れてくる友人たち。


「く、苦しいよみんな……な、なんでそんなにキレてるのさ……?」

「……何でキレてるのかって?わからないの?……コマちゃんは今回アンタの敵でしょうがこの阿呆め……!」

「はぁ!?何をバカなこと言ってるのさ!例え世界のすべてがコマの敵になったとしても、この私だけは最後までコマの味方でいるつもりだよ!」

「「「お前こそ何バカなこと言ってんだ、このダメシスコンが……!」」」

「ぐぇ……!?ちょ、待ってみんな、首絞まってる……!ま、マジで絞まってるから……!ギブ、ギブゥ……!?」


 ついに胸倉どころか首まで絞めてくる友人たち。だ、だからなぜ妹大好き宣言をしただけでそんなにキレるんだよぉ……


「え、A-1チームのみなさーん?大丈夫ですか?そろそろ試合再開しても良いですか?」

「……わかりました先生。もう再開しても大丈夫です……」

「ちぃ、仕方ないわね……これくらいにしといてあげるわマコ」

「次に同じようなことやったらただじゃすまないから。真面目にやりなさいよ、良いわねマコ?」

「りょ……了解っす……今度は真面目にやります……」


 一応これでも私としては常に真面目なんだけどなー……なんて、思わず言ってしまいそうになるのをグッと我慢。これ以上刺激するとホントに殺されかねない。

 若干不服そうな表情をしながらも、先生からボールを受け取った友人たちは再び私に作戦を伝えてくる。


「とりあえず。このアホにオフェンスやらせるのは無理そうだって再確認できただけマシと思いましょうか」

「そうだね……流石にこのダメ人間にオフェンスさせるのは無茶ぶりだったね。少し役割を変えよっか。マコ。オフェンスはもう良いわ。代わりに今度はあんたディフェンスに徹しなよ」

「ディフェンス?それって……さっき私が相手チームにされたみたいなことをすればいいのかな?」

「その通り。例え相手がコマちゃんであっても、身体を張ってゴールを守るのよ。出来る?」


 身体を張ってコマからゴールを守る、か。それってつまり…………なるほど。


「……うんっ!出来るっ!今度こそ任せてよ!要するに、コマをゴールまで行かせないようにすればいいんでしょう?」

「そうそうそんな感じ。それじゃあ早速始めるけど……今度こそ真面目にやりなさいよマコ」

「大丈夫!何が何でもコマは通さないからね。それじゃあ私、ゴール下でガードしておくから」


 そう言ってゴールリングのちょうど真下辺りに陣取る私。さて。ちょっと失敗した分、次は挽回しなきゃね。改めて気合を入れますか。


「ではA-1チームのスローインで再開してください」

「わかりました。では……」


 ルール上、コマにシュートを入れられたからこっちのスローインで試合が再び始まる。

 エンドラインの外からボールを持った味方が、フィールド内にいる味方にボールを渡し試合が再開された。


「マコ、敵が攻めて来たらしっかり対処してね!」

「わかったー!こっちは任せてー!」


 友人の一人が私に念を押すように指示を出しつつ相手陣地へと切り込んでいく。さっきの私の時とは打って変わって、チェストパス・ワンハンドパスなどのとても機敏で正確なパス回しを駆使して相手ディフェンスを次々と躱しながらどんどんゴールへと迫っていくチームメイトたち。

 ……へぇ。この位置から見ると……今更だけど他のみんなも中々バスケが上手みたいだね。


「こっちフリーだよ!パス頂戴!」

「わかった!はいっ!パス―――」

「―――すみません、頂きます」

「……え?こ、コマちゃん!?……う、うそぉ!?わ、私いつの間にスティールされたの!?」


 ……けれど、いいや。ここはやはりと言うべきか、コマはもっと上手かった。

 瞬時にボールを持った子とフリーだったはずの子の間に入り込み、パスされた瞬間目にも止まらぬ早業でボールを奪いそのまま一気に私のいるゴールの方へと走り出す。


「くっ……ま、マコお願い!コマちゃんを止めて!」

「よっしゃ任せて!さあ来いコマ!」

「……っ!ねえ、さま……!…………すみません、抜かせてもらいますね」


 私以外の全員がオフェンスとして相手陣地に出ていたため、完全にコマと私の一対一の形となる。ドリブルで果敢に攻めるコマと両手を大きく広げてとおせんぼをする形で立ち向かう私。

 さあコマ、いざ勝負だよ……!


「ふっ……!」

「っ……!スリーポイント!―――じゃない!?」


 シュートの体勢をとろうとするコマを見て、慌ててブロックしようと跳ぶ私。

 けれどそれはフェイントだったらしくその場で跳んだ私を横目に、コマはそのまま華麗に私を抜き去ろうとする。


 そんなコマを前に私は……


「させないよコマぁ!」

「えっ!?わ、わわわ……姉さま、危な―――きゃん!?」


 某怪盗三世のように再度飛び上がって宙を舞い、抜き去ろうとするコマをボールごとこの身で覆いかぶさりそのまま力いっぱい抱きつく私。

 流石のコマもこの私の動きは予想外だったようで。バランスを崩し足をもつれさせたコマは私に抱きつかれたままその場に倒れてしまう。


「うへへへへ!もうどこにも行かせない……!絶対離さないからねぇコマぁ……!」

「ちょ、ちょっと……ね……ねえさま!……だ、ダメです……は、離れてください……!わ、私って……今日は凄く汗かいてて、汗臭いので…………抱きつかれたら……その……こまる……」


 ……汗?


「ふぉおおお!ほ、ホントだ!コマの甘酸っぱい汗の豊潤な香りがぁぁああああ!」

「い、言ってる傍から嗅がないでください姉さまっ!?」


 (建前上は)コマをゴールへと行かせないようにしっかりとコマに抱きつく私。抱きつくとコマの身体は汗でしっとりと濡れていて、何だかとっても扇情的。

 それにこの汗の匂い……堪らない。……なんというグッドスメル……!おおグッドスメル……!


「すぅうううう……はぁああああ……すぅうううう……はぁああああ……!」

「や、やだぁ……かがないで、嗅がないでください姉さま……ねえさまの、バカぁ……」

「ぐへへへへ……良いではないか良いではな―――」



 ブンッ!×3



「「「いい加減にしろ、ダメ姉」」」

「あいだぁ!?」


 と、もっとコマの香りを堪能しようとコマの首元に顔を近づけた瞬間、バスケットボールが三つばかり飛んできて、その三つとも私の顔面にクリーンヒットする。

 ま、マジでいたい……鼻血出たじゃないか!?い、いきなり何なのさ急に!?


「コマちゃんもう大丈夫だよ、安心して。この悪いお姉さんは私たちが駆除してあげるからね。……ほらマコ、あんた今すぐ退場しなさい」

「真面目にやるって言ったのに、舌の根の乾かぬ内にこれだもの……情状酌量の余地なんかないわよ」

「先生、これじゃあ授業にならないと思うんで……この変態クズバカダメ姉と別の人を交代させてやってください。どうかお願いします」

「え?……あー、はい。そうですね……じゃあちょっとチーム編成変更をするので、少し待っててください……」


 一切の躊躇なくボールを私の顔面へと全力投球した友人たちが額に青筋を立てたまま、先生にそんな末恐ろしいことを相談している。

 え……!?ま、待ってよ!?退場とかチーム編成変更なんてされたらコマと一緒にバスケができなくなるじゃないの……!?


「待った!?な、何でそうなるのさ!?私、みんなに言われた通りに身体を張ってコマをゴールに近づけなかったでしょ!?褒められこそすれ、怒られる理由がわからないよ!」

「誰が反則してまで止めろと言ったのよ……と言うか、やけにディフェンスするのにやる気満々だなって思ったけど、これが狙いだったのねマコ……」

「異議あり裁判長!私、反則なんてしてません!流石に退場はやり過ぎだと思います!大体私は『コマの立派な二つの胸のボールをダブルドリブルする』みたいな卑猥で反則な行為はしてないでしょ!」

「イリーガルユースオブハンズって知っているかしらマコ。アンタのさっきの行為も十分反則よおバカ」

「……と言うか、ってアンタ……そう言う事までコマちゃんにやるつもりだったのね。……マコ、サイテー。さぁみんなー!この駄姉を連れて行ってー」

「「「りょうかーい」」」

「ぐ、ぐぉおおおお……!はっ、離せ!離せキサマらぁああああああ……!?」


 その後、決死の抵抗と抗議も虚しく観戦していたクラスメイト達に引きずられ、泣く泣く退場させられた私。ちくしょう……どうしてこんなことに……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る