第1話 ダメ姉は、妹を語る

 私こと立花マコには双子の妹がいる。そう、それはもう世界一可愛くてとても優秀な自慢の妹が。良い機会だ、知らない人にも妹のことを理解していただけるように少しだけ説明いもうとじまんをしようじゃないか。


 まず容姿。

 透き通るように真っ白な珠の肌と椿油を塗られたかのようにしっとり潤う清涼感のある黒髪。一度町の中を歩けば男の人は勿論女の人もハッと振り返ってしまうほど端正な顔立ち。

 スタイルも一切無駄がなくスラリと伸びた手足は最早芸術品と言っても過言ではないだろう。一日中見ていても全く飽きない。


 次に学力。

 記憶力抜群で計算も早く正確。校内成績は毎回一位で全国模試だって上位に食い込んだ優等生。

 一を聞いて十どころか百を知る頭の回転の良さで、先生たちからも絶賛の嵐である。勉強できる賢い妹、クールで素敵。


 運動神経だって負けていない。

 球技も陸上競技もお手の物。去年は一年生ながらその卓越した身体能力を評価され、様々な運動部で助っ人として大活躍。

 一番得意な短距離走で賞をいくつか取ったこともあった。運動している時の妹、超かっこよくて好き。大好き。


 最後に人柄。

 頼まれごとを嫌な顔一つせず素直に受けるし、穏和で悩み事相談とか滅茶苦茶得意。その上ダメなことはダメと誰であろうと臆せず怒ることが出来る、皆に慕われる非常に模範的な妹。

 おまけに……嬉しいことに非常に姉思いの超が付くほど優しい子。シスコンで変態な私を問答無用で慕ってくれて……ああもう、可能ならば一生妹を抱きしめつつ全力で愛でたい。


 完璧超人、なんて人は言う。実際その通りだと思うがその程度の表現では妹を説明するには言葉が足りないだろう。

 尤も、恥ずかしながらそういう私も全然妹の素晴らしさを説明できていないのだが。嗚呼……自分の語彙の少なさが何とも恨めしい。妹のように私も賢ければ、今よりももっと妹の素晴らしさを語れると言うのに。


 ともあれ私が説明いもうとじまんをしただけで、皆もよく理解できたはずだ。うちの妹は―――



 ◇ ◇ ◇



「―――そう、つまりうちの妹は最高ってことよ。わかった?」


 教室の教壇に立ちクラスメイトたちに、時間を潰すついでにプチ妹講義を行う私。その演説に納得してくれたのか、皆お弁当を食べながらうんうんと頷いてくれる。


「……ふむ。確かにマコ、アンタの妹さんは凄いと思うわ」

「容姿端麗・学業優秀・運動神経抜群、おまけに性格もパーフェクトだもんね」

「非の打ち所がないってまさにこの事だな」


 クラスメイト達が妹を褒めたたえてくれる。そうだろうそうだろう。姉として鼻息が荒くなる……じゃなかった、鼻が高いよホント。


「「「だけど……」」」

「……うん?だけど何さ」


 と、何故か全員が私を箸で指して一言。


「「「それに比べて……姉の方はなんてなんだ」」」

「ねぇ、それ本人を前にしてクラス全員が口を揃えて言うことかな?」


 昼休みに妹について熱弁していたら、クラスメイトたちに失礼極まりない発言をされる私。

 いや、確かに妹と比べたら私がダメってことは否定出来ないけれどクラス全員でダメ出しとかちょっと酷くね?それから皆、指し箸は嫌い箸でマナー違反だからやめなさい。


「まず容姿。背は小さいけれど胸はデカいからマニア受けしそうだし、一応あの妹ちゃんの双子なだけあってきちんとしていればそれなりに美人に見える―――はずなのに、寝癖は直さないしファッションチョイスはアレだし、更に言えば常に鼻血と涎だらけで正直見るに堪えない」

「次に勉強。学年ワーストスリーの成績で、毎回赤点補習の嵐。それ以前に日常会話に支障が出るくらいのおバカ」

「運動も負けてないよね。何をやってもダメダメだもん。体育で補習受ける人間なんて生まれて初めて見たよ」

「どうしようもないシスコンで、口を開けば妹さんの事ばかり。しかも色々とハイテンションで妹さんの貞操が不安になってくるアブナイ発言をする危険人物」

「まさに月とスッポン、双子のはずなのにどうしてそうなったんだ?なぁオイ、出がらしの対義語って何て言うんだっけ?」

「頼んでもいないのに、私の説明までありがとう諸君。君たちは友達じゃないやい」


 目の前で言いたい放題言ってくれる友人たち。少なくとも友人に対する態度じゃないよね。まあ、それは今は置いておいてやろう。

 ……そうだ。こいつらに説明された通り、私、立花マコは出来の良い素敵な妹がいるにもかかわらず、何をやってもダメな奴だった。


―――容姿?妹より身長低くて胸に駄肉を抱えた子豚デブですよ。

 ―――勉強?うむ、成績は下から数えた方が早いね。

  ―――運動?自慢じゃないけど小学生にも負ける自信があるよ。

   ―――人柄?シスコンで何が悪い。変態で何が悪い。


 ……こう列挙してみると、我が事ではあるがこれは酷い。残念過ぎて目も当てられない。…………い、いや。でも一応自分では何をやってもダメってわけじゃないと思う。

 これでも多少の取柄はあるわけだし、まるっきりダメ人間ではない……ハズ。出来ればそう思いたい。


「マコは生まれるときに妹さんにそういう才能とか全部吸い取られちゃったんじゃないの?だからダメになったんじゃないの?」


 と、そんな私の想いに反して更に容赦なくそんなことを言ってくる友人の一人。妹に、吸い取られただと…?


「……そういうことを言われるのは、ちょっと……」

「え……?あっ……き、傷ついた?……ご、ごめんマコ。調子に乗った。今のは流石に言い過ぎた―――」

「ちょっと……かもしれない。妹にちゅうちゅうと吸い取られた私のエキスか……それはつまり妹のナカに私の汁が入っているという事で―――」

「ダメだこいつ……ねえみんな、今すぐ妹さんの為にもこのバカ抹殺しておくべきじゃないかな?」

「「「異議なーし」」」


 そう言ってご飯食べるのを中断して、どこから出したのかロープを手に私を簀巻きにする友人たち。何だその君たちの無駄な結束力は。そして何だこの扱いは。


「頼んでもいないのに妹自慢と変態発言を毎日のようにされれば、アンタに対してはこういう扱いもするわこのシスコン。今だって楽しい昼休みの貴重な時間を邪魔してくれやがって……」

「耳にタコができるよね。つーか気持ち悪い発言に精神が汚染されるよね」

「マコはさぁ……妹の素晴らしさを説く前に、もう少しこんなキモイ話に毎回付き合ってくれる友人の素晴らしさを理解すべきだと思うよ」

「友人としてのせめてもの情けだ。妹さんにダメ姉の本性がバレる前に、そして妹さんに悪影響が出る前に穏便に処理してやろう。今ならまだ間に合うはずだ」


 酷い言われようだ。素晴らしい友人たちだからこそ妹がどれだけ素敵か知ってもらいたかっただけなのに。

 そうこうしているうちに指一本動かせなくなる私。おい待ちたまえ、まさか本気で簀巻きにされるとは思わなかったんだけど?これが本当に中学校の昼休みの光景なのだろうか?


「と言うかだね、抹殺だなんて物騒な事を言う君たちは本当に私の友人なのかい?それとそろそろ時間だし、怒らないからこのロープを早く解いて―――」

「皆さま失礼します、マコ姉さまはいらっしゃいますか?」

「「「…………っ!」」」


 突然、鈴を振るような声が私たちの教室に響き渡る。さほど大きな声ではなかったのに、とても心地よく耳に残る第一声は先ほどまで大騒ぎをしていた私を含むクラスメイト全員を一瞬で沈黙させてしまった。

 何故かって?理由は簡単、透き通るような綺麗で優しいその声に、私を含めたこの場にいる全員が聞き惚れてしまったのだ。


 その声の主は他でもない。先ほどから私が褒めたたえていた自身の半身―――双子の妹の立花コマだ。


「はいはーい!いるよーっ!いらっしゃい愛しの可愛い私のコマー!」


 妹の出現と同時に、縄から緊急脱出して妹に駆け寄る私。


「うぉっ!?こっ、こいつ今どうやって縄を解いた……!?」

「つか早っ!?一瞬で妹のところに移動していやがる!?」

「ええい、離れろやダメ姉!コマちゃんに変態を移すな!」


 そしてすぐさま友人たちに取り押さえられる。ぐぅ……妹との感動の再会(一時間ぶり)を邪魔するなキサマら……!


「コマちゃんこんにちは。元気?」

「コマさんは今日も綺麗だねぇ」

「あっ……立花さん。こっ、これ受け取ってください…っ!」


 私と同じようにコマに駆け寄るクラスメイト共。これを見てもわかる通り、うちの妹は男女問わずの人気者。ま、天使でかわいこちゃんなわけだし当然と言えば当然だね。あと今こっそりとラブレター渡した男子、君はお目が高くて素晴らしいぞ。後で屋上に来いや。

 とりあえず取り押さえてきた友人たちを蹴り倒し(ついでにラブレター渡した奴は念入りに殴り飛ばし)、人だかりを押しのけて妹のところまでようやく辿り着く私。

 おお……ちょっと見ない間にまた一段と可愛くなっている気がするぞ妹よ。そんな天使な妹も私の存在に気付いて笑顔で声をかけてくれる。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、マコ姉さま」

「ううん、私も今来たとこだよ」

「「「そのセリフおかしいだろ、デートの待ち合わせじゃないんだから」」」


 クラスメイトが総ツッコミ。いかん、妹が可愛すぎて台詞のチョイスを間違えた。


「じゃなくて。ううん、全然待ってないよ」

「ふふっ、姉さまったらまた面白いジョークですね。……さて、姉さまのご学友の皆さま。談笑中に申し訳ありませんが、姉さまをお借りしても宜しいでしょうか?いつもの仕事が残っていますので……」


 このコマの言っている仕事とは私たちが所属しているボランティア部の活動の事。自主的な部活動だし強制されているわけじゃないけれど、教師や生徒に頼まれた仕事を休み時間や放課後にのほほんと片づけるのが主な活動内容だ。この学校には生徒会がないからか、生徒会とか風紀委員会代わりの部活とよく言われている。

 ちなみに部員は私とコマの双子の二人だけ。一切勧誘しないし、他の連中の入部もお断りしている。……だって、で邪魔されたくないからね。


「あー、いつもの生徒会モドキのお仕事か。頑張ってコマちゃん」

「いつも大変だよね。何か手伝えることがあったら呼んでね」

「うん。そんなやつで良いなら遠慮せずに持ってっちゃって」

「はい。ありがとうございます皆さま。皆さまも私や姉さまに御用がおありでしたら、是非とも遠慮せずにお声をかけてくださいね」


 妹に対して『お仕事頑張って』と、ねぎらいの言葉をかけてくれる友人たち。ふふふっ……私も良き友人を持ったものだな。褒めて遣わすぞ。


「んじゃ皆、私も行ってくるわ」

「絶対に妹に手を出すなよダメ姉。それと妹の足を引っ張るなよ」

「立花さん。このケダモノがヤバいと思ったらすぐ俺たちとか先生とか呼んでくださいね」

「コマさん、これ良かったらどうぞ使ってください。防犯ブザーと催涙スプレーです」

「君たち。級友を何だと思っているんだ」

「「「シスコンのド変態」」」


 双子なのにこの扱いの差。なるほどこれが人望の差というやつか。


「しすこ……?どへん……?」

「はっはっは!何でもないよ我が妹よ!さあ、アイツらの戯言なんか無視して、今日も張り切ってお仕事しようじゃないか!」


 よく分かっていないようで、可愛らしく首をかしげる妹。その妹の手を引っ張ってお弁当箱と飲み物を持って教室を飛び出す私。前言撤回しよう、余計な事を言う友人なんて良い友人とはとても言えないね。妹の教育に非常に宜しくないことを言うんじゃないよ全く。

 心の中でそんな文句をブツブツ吐きながら旧校舎三階にある部室を目指す。


「あ、立花さんだ。やっほー、元気?」

「コマ先輩ー!お疲れさまでーす!」

「わぁ……コマさん今日も可憐だわ……!」


 校内を二人で小走りしていると、私たち―――と言うか、コマに声をかけてくる生徒たち。うちのコマは同学年の生徒たちにも三年の先輩や一年の後輩にも…それから勿論先生にも慕われているこの学校のちょっとしたアイドル的な存在だ。ちょっと歩くだけでもこんな感じですぐに取り囲まれてしまう。

 参ったな……その気持ちはわかるがこのままでは部室に辿り着く前に昼休みが終わってしまう。やれやれ、皆も困ったものだ。ここは姉としてガツンと言ってやるしかないな。


「こらこら皆。妹が可愛いのは十二分にわかっているから道を開けてね。忙しいしさ」

「……あー、ついでに余計なのも一緒にいるや」

「ちょっとっ!コマ先輩見えないじゃないですか、邪魔ですダメ姉先輩!」

「ぐぬぬ……姉だからってコマさんと手なんて繋ぎやがって……っ!ズルい!代われよ駄姉ぇ!」



 コマにはあれほど慕っていたこいつらも、私に対してはこの態度。はっはっはっ!いやぁ…………流石にこいつらしばき倒してもいいよね?



 ◇ ◇ ◇



 教室にいた時と同様に出来た人だかりを蹴り倒し張り倒してから道を強引に作って、ようやくコマと旧校舎に辿り着く私。あの連中に絡まれたせいでどうやら予定より結構時間がかかってしまったみたいだ。


「やぁっと着いた……全く時間大分ロスしちゃったじゃんかアイツらめ」

「あー……すみません姉さま。私のせいで……」

「えっ!?あ、いやいやいや!コマが謝る事じゃないってば。邪魔しまくったアイツらが悪いんだよ。……寧ろコマがみんなの人気者で、お姉ちゃんはそんなコマを誇りに思うよ。お姉ちゃんと違ってコマは皆にモテモテだねぇ」

「そう……でしょうか?そういう姉さまこそ、常にご学友の皆さんの中心に立っていてとても人気でしょう?」

「……そうかな?」


 いや、私のあれはどちらかと言うとクラスの笑いもの、いわゆるいじられキャラになっていただけだと思う。妹心配させたくないからそれは言わないでおくけどさ。


 さて、と…


「まあそれは置いておくとして。……それじゃあ、そろそろ始めようかコマ。のんびりしていると昼休みが終わっちゃうからね。それにコマ、お腹空いたでしょ?」

「あ……はい。そういう姉さまもお腹空いていますよね?授業の都合ではありましたが、それでもお待たせしちゃってすみません姉さま」

「ううん。友達とお喋りしてたしそんなに待ってないよ。気にしないで。それより今日のお弁当はね、コマの好きなレンコンのきんぴらとアスパラの肉巻きがあるよ。後スープはふわふわかきたまスープでねー」


 そう言いながらお弁当を広げ、これからやることの準備を始める私。その間、愛しの妹のコマはと言うと……


「……ではありますが、本当に申し訳ありません姉さま……」

「んー?何がー?もしかしてお弁当の事?これは私が好きで作っているんだしコマは気にしないでよ」

「いえ、ご飯の事だけではなく……その、これからする事です……ごめんなさい」


 少しだけ頬を赤く染めながら部室に鍵をかけ誰も中に入ってこないようにし、そして外から中の様子が絶対に見えないようにカーテンを閉めていた。


「それこそ気にしないでって。…………(ボソッ)寧ろ役得、私にとってのご馳走なわけだし」

「えっ?」

「あ、いや何でもない何でもない」


 ……さて。ここでちょっぴり話を戻そうか。私たち二人がこのボランティア部に入っていることは説明した。しかし何故私たち双子がそんなパシリ的な部活を自主的にやっているのかについてはまだ説明していなかったと思う。

 その理由について普通の感覚で考えるならば―――内申点や先生の評価を上げるため、将来何かの役に立つかもしれないから、なんて思いつくことだろう。まあ確かにそういう理由がまるっきりなかったわけじゃないけど……


 だがしかし。私たち双子の場合、本当の理由はそこには無い。


「大体さ、これコマが気にすることじゃないんだよ。半分以上は私のせいなんだし。それじゃあ……おいで、コマ」


 そう言って一度深呼吸をして心を落ち着かせ、持ってきた紙パックのリンゴジュースにストローを差して一口分口に含んで妹を迎え入れる体制を整える私。……毎日やってる事なのに、やっぱり興奮する―――じゃない、緊張するね。

 この部活に入った真の理由は……この部室を独占できるから。鍵をかける事ができ、更にカーテンを閉じれば誰にも見られる心配がない。この部室の中なら、部活という大義名分のもと昼休みにこれからはじまるある行為を誰にも邪魔されることがないのである。


 じゃあ一体何をやるつもりなのかって?まあ、それはこの後の私たちの行為を見ていれば分かると思う。


「はい……では。失礼します姉さま」


 本日何度目になるのか、本当に申し訳なさそうに謝ってからゆっくり顔を近づける妹。その妹の吐息がどんどん自身の顔にかかるのを感じられる。

 近づくごとに心臓が破裂しそうなくらい緊張しつつも、決して逃げずにその瞬間を待つ。30cm、20cm、10cm、5cmと私たちの距離は詰められて、そして。


「「ん…っ」」


 誰もいない、誰にも邪魔されない密室で、私と妹は口づけを交わした。

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