黒服グラサン、異世界へ

国東タスク

プロローグ

プロローグ

 連絡が遅れたせいで、あやうく間に合わないところだった。

 真夜中、なんの変哲もない民家の一室。ちがっているところがあるとすれば、部屋の真ん中に魔法陣が光っていることぐらいか。

 おれは窓ガラスの鍵を壊して室内に突入し、着物のようなそうでない民族衣装のような異様な装いをした少女の背中に向けて、告げた。

「悪いが、その子を放してやってくれ」

『なっ!? だれじゃおぬしは!!』

 派手にツインテールの髪をひるがえらせてふりむいた少女は、おれに杖を向けて凛とした声を響かせた。こいつが部屋の魔法陣から出てきた今回のターゲットのようだ。

 奥でうろたえている部屋の主は年のころ高校生ほどの少年。部屋の内装を見ても、とにかく平均的な男子であることがうかがえる。この場にいちばんそぐわないのは、黒服姿でサングラスをかけているおれだろう。コスプレ娘のほうがよほど高校生の部屋にいてもおかしくない。おれもコスプレみたいなものだが。

(こういうふつうの中高生に限って、やたら狙われるんだよな)

 一般人の小僧と、奇怪な服装の小娘がそろって目を白黒させている姿に、おれは軽くため息をつく。

 とにかくさっさとすませてしまうことにした。胸ポケットの万年筆に偽装した『ライト』を少年に向けて照射。声もなく少年は昏倒し、腰かけていたベッドに身を預けた。

『あっ!? おい、なんてことをするんじゃ! こやつはこれから──』

「その子には縁もゆかりもないが、おまえの好きにさせるわけにはいかないんだ」

 おれは必要以上の説明を重ねたりはしなかった。かわりにぎらりと輝くナイフを向けた。この手のやつが銃のないところから来るケースもけっこうあるからだ。あたりまえだが、銃のない文化圏の相手に銃を向けても脅しとして伝わらない。

 この小娘がどこから来たのか事前に情報があればよかったのだが。機関の怠慢である。いや、がんばっているけれども純粋に手が追いついていないのか。

『……問答無用か。わしをどうする気じゃ』

「こちらのセリフだ。おまえこそ、その子をどこに連れていく気だった?」

 すぐに魔法陣に飛びこんで逃げてくれればいちばんラクなんだが、少女は観念したのか、『ふん』とカーペットの上にあぐらをかいた。杖は持ったまま。

『どんなからくりか知らんが、わしが翻訳の陣を使ってもいないのに会話できているし、だいたいのことは察しがついてるようじゃな』

「それが仕事なもので」

 杖を使ってなにかする素振りも見せないので、おれはそう言ってナイフをしまった。少女は額に手を当てて思案にくれている。

『説明はむこうに連れていってからする予定じゃったが、おぬしのせいで儀式はだいなし。手ぶらで帰るわけにもいかん』

「代わりにおれが行こう」

『あん?』

 なにを言っているのかわからないという顔をする少女。

『えっ、じゃあ、なんで? どうしてあやつを連れていくのを止めた? あやつとは縁もゆかりもないんじゃろ?』

 おれはやや考えたが、こう答えるしかなかった。

「それがノルマだからだ」

『ノルマ……』

「ノルマだから、なるべく1日ですませて帰りたい」

『1日……』

 なにを言っているのかわからないという顔でこちらを見る少女に、おれはサングラスを外して目を見せた。

「わからんのか? おまえらとちがって、こっちは真剣なんだ」


 超少子高齢化社会と化した21世紀。続発する召喚行為による人材流出が深刻な社会問題となっていた。未来ある若者たちがつぎつぎ異世界へ奪われていく状況を重く見た各国政府は、国際機関を秘密裏に設立。異世界人たちの暴挙をくい止めるべく暗躍するかれらを、ひとびとはこう呼んだ――などと言いたいところだが、ひとびとはだれもそのことを知らなかった。

 知らなかったので、かれらに呼び名はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る