神殺しの鬼

皐月 遊

第1話 「崩壊した世界」

……昔、人間は食物連鎖の頂点に居たらしい。 豊富な食料、豊富な土地、豊富な資源。


それらを、昔の人間は自由に使えていた。 食料に困る事なんて無かったし、住む場所も平等に与えられていたらしい。


だが、”今”は違う。 今のこの世界に、平等なんてものは存在しない。

平穏な日常は、化神バケガミと呼ばれる生物の誕生により、あっという間に終わりを告げた。


バケガミは、あらゆる物を喰らう怪物だ。 バケガミは、建物を喰らい、山を喰らい、人間を喰らった。

人間は、狩る側から狩られる側になってしまった。


世界の人口は激減し、国と呼ばれていた物も無くなった。 残った人間達は必死に足掻き、各地にバケガミから逃れる為の施設を作った。

人間達は研究に研究を重ね、ようやくバケガミに対抗する手段を編み出した。 詳しい事は公開されていないが、『封鬼』という名前だけは明らかにされている。


人間の身体の中に何かを移植し、身体能力を底上げする技術らしい。 鬼のような力を身体に封印すると言う意味をこめて、封鬼と名付けられたらしい。


そして、この鬼を身体に封印された者達を、『封鬼兵』と呼んだ。


これは、神殺しの鬼達の物語だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ではこれより、第100期封鬼兵選抜試験を開始する。 どんな結果になっても、それを黙って受け入れるように」


俺、夜川コウ《よがわ コウ》は、今封鬼兵になる為にここ、ラグーナ南地区に来ていた。


封鬼兵は、なりたい奴がなれる訳じゃない。 適性がない奴は封鬼兵になる事は出来ない。 俺は、何としてでも封鬼兵にならなきゃいけないんだ。


「では、今から1人ずつ名前を呼ぶ。 名前を呼ばれたら部屋に入り、試験を受けてもらう」


手にノートを持った眼鏡の男性にそう言われる。 今この場には20人の封鬼兵志願者が居る。 果たしてここから何人封鬼兵になる者が現れるのか。

俺は椅子に座り、名前を呼ばれるまで休んでいようとしたら、隣にいる奴に声を掛けられた。


「なあなあ! 試験ってどんなことするんだろうな!」


なんかこっち見て話してるが、気のせいだろう。 見ず知らずの相手にこんな馴れ馴れしくするはずないもんな。


「あれ? 聞こえてないのか? おーい!」


肩を揺らされ、ようやく俺に話しかけているのだと確信する。


「試験内容は知らされてないんだから知ってるわけないだろ」


横にいる茶髪の髪をした俺と同い年くらいの男にそう言うと、茶髪の男は後頭部に手をやり。


「だよなぁ〜、早く呼ばれないかなー」


「………」


もう話す事はないし、無視でいいだろう。 そう思っていると、また話しかけられた。


「なあ! お前名前は? 俺は天野タクヤ《あまの タクヤ》! 」


「夜川コウだ」


「コウか! これからよろしくな!」


「…これからって、試験に合格しなきゃ会う機会なんてないぞ」


「不合格になるなんて考えてねえよ! 封鬼兵にならないと出来ない事があるんだ。 だから、俺は絶対に合格してみせる!」


……ふざけた奴かと思ったが、意外とちゃんとした理由があって志願してるんだな。


「次、夜川コウ。 部屋に入れ」


「コウ! 呼ばれたぞ! 頑張れよ」


「…あぁ」


俺も、不合格になるなんて考えてない。 俺には、絶対にやらなきゃいけない事があるからな。


案内された部屋に入ると、真っ白な部屋に、白衣を着た金髪のダンディーな男が立っていた。


よく見ると部屋の奥には扉が2つあった。 左が赤色、右が青色だ。


「ようこそ、夜川コウくん。 早速だが、適性検査を開始するよ。 この椅子に座ってくれ」


言われた通り、部屋に1つしかない椅子に座る。

すると、金髪の男が飲み物が入ったコップを渡してきた。


「これを飲んでリラックスしてくれ」


「……はい」


渡された飲み物を一気飲みする。 ……なんとも形容しがたい味だった。

一言で言うと……マズイ。 なんかドロっとしていたし、口の中を噛んで血を飲んだ時みたいに鉄の味もした。


「…うん。 合格だね。 君で4人目だ、おめでとう」


「………は?」


合格だと…? まだ何もしていないが…


「言ったはずだ。 早速試験を開始すると。 今君が飲んだのは封鬼兵になるための検査薬だ。 適性がない者が飲むと、凄まじい吐き気に襲われる」


今飲んだのが検査薬…なるほど、どうりで不味いはずだ。


「さぁ、君はこれで封鬼兵だ。 青の扉の奥で待っていてくれ。 そこに他の合格者がいる」


俺は金髪の男に一礼し、青の扉を開け、中に入った。

中には、3人が椅子に座っていた。 3人は一瞬俺を見ると、すぐに目を逸らした。


よかった。 話しかけられる事はなさそうだ。

俺は黙って椅子に座り、休憩していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


20分くらい経った頃、扉が開いた。 どうやら5人目の合格者が決まったらしい。

チラッと扉の方を見ると…


「おぉ! コウも合格してたのかー! やったな!」


先程話していた天野タクヤだった。 天野はこの部屋の雰囲気なんて気にせずに俺に絡んでくる。


「いやあビックリしたよな! マズイ飲み物飲んだら、いきなり合格って言われるんだもんな!」


「そうだな」


無視するわけにもいかず、相槌を打つ。

天野は笑顔を崩す事なく、話を続ける。


「やっと封鬼兵になれるな! バケガミなんてガンガン倒してやるぜ!」


「…少し静かにしてくれないかしら。 眠れないから」


合格者5人の中で唯一の女、色白で、金髪の少女が天野を睨みながら言った。

その眼力に俺は思わずビクッと震えてしまった。


「あなた達2人は空気が読めないの? 会話なら、後にしてくれないかしら」


「ご…ごめんなさい」


「……なんで俺まで怒られるんだ」


天野に話しかけられなければ俺もずっと無言でいるつもりだったのに…

そして、怒られた天野は小声で話しかけてくる。


「…なあなあ、あの娘可愛くないか!? やべえよな、あんなに可愛い娘珍しいぜ!? 」


先程怒られたばかりだと言うのに、コイツは何を言ってるんだろうか。

…確かに、可愛い部類には入ると思うが…


「…あんな娘が同期とか俺めっちゃ嬉しいんだけど!」


「私は貴方みたいな人が同期とか、残念で仕方がないわ」


天野が驚いた顔をして少女の方を見る。


「あ…聞こえちゃってた?」


「私、耳がいいのよ。 言ったはずよ、会話なら、後にしてって」


「は、はい…ごめんなさい」


それきり、天野は喋らなくなった。 俺にとっては好都合だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから数十分経った頃、扉が開いた。 チラッと扉の方を見ると、そこには試験官が立っていた。


「試験は終わりだ。 第100期封鬼兵選抜試験の合格者は、君達5人だ。 今までで最低の人数だが、おめでとう」


20人いて、合格者は5人だけか、確かに少ないな。 まぁ、仕方ないだろう。


「自己紹介は各自でやってくれ、まずは君達の配属先を伝える。 配属先はこちらで決めた」


新米封鬼兵は最初はベテランの封鬼兵のチームに入り、経験を積む事になっている。


「夜川コウ、天野タクヤ、日向有栖ひゅうが ありす

君達3人は柊タイガ《ひいらぎ タイガ》のチームに入ってもらう。 柊のチームには柊の他にもう1人ベテランが居る、学べる事は多いだろう。

職員に案内させるから、早速挨拶してくるといい」


なんという偶然だろうか。 まさか天野とあの金髪の少女…日向と一瞬のチームとは…


天野は目をキラキラさせており、反対に日向は溜息をついている。


職員に案内され、施設内を進んで行く。 その間、天野は日向に話しかけていたが、日向はそれを全て無視していた。


「おっ、お前らが新入りか」


案内してくれた職員が、ある男の前で止まる。

その男は黒髪でガタイが良く、身長が高い。


「俺は柊タイガ。 柊班のリーダーだ。 よろしくな」


天野とは違い、人を不快にさせないフレンドリーさだ。 カリスマ性という奴だろうか。


「あともう1人いるんだが……おっ、来た来た、おーい、こっちだぞー」


「すみません。 書類整理に時間が掛かってしまいました。 貴方達が新入りさんですね、私はカノン・ジュリエルです。 よろしくお願いしますね」


カノン・ジュリエル。 そう名乗った少女は、色白の肌に、肩までの長さの真っ白な髪を持っている。

なんとなくだが、俺はこの少女を見た事がある気がする。


あくまでも気がするだけだから、口には出さないがな。


「んじゃ、新入りにも自己紹介をしてもらおうか。 名前と、年齢と夢を教えてくれ」


「はいはい! 俺は天野タクヤ! 17歳! 夢は人間が住みやすい世界にする事! よろしくお願いしまーっす!」


「私は日向有栖です。17歳です。 夢は…無力な人を守れるようになる事です。 迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」


2人が自己紹介をしたので、俺もそれに続く。


「夜川コウだ、歳は17。 夢は……バケガミを全員ぶっ殺して、バケガミの居ない世界を作る事だ」


3人の自己紹介を聞いて、柊は腕を組んでうんうんと頷いている。


「よし! お前らの夢は分かった。 なら、その夢を叶えられるようになれ。 そのために、この柊班で強くなるんだ。

俺、カノン、コウ、タクヤ、有栖。 この5人は今日から柊班だ!」


こうして、俺…夜川コウの、封鬼兵としての日々がスタートした。

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