アクシデント=死神(2)

 狂気の叫びに通路は戦慄。

 刃物による、襲撃を目の当たりにした口野は、身の危険を察知。


「ぁぁああ!? 嫌だ! 死にたくない!!」


 ついぞ、ブラフのつもりで暴力団による報復をチラつかせたことが、余計、口野の恐怖を煽った。

 それが、このような形で早くも訪れよとは、予想だにしない。

 業者の男は警護官に目もくれず、口野を追う。


 あくまでも狙いは主犯くちの


 法廷で余罪を述べる際、口野に喋られては困る人間が、仕向けた鉄砲玉と見ていい。

 立件されず姿を隠していた詐欺犯か、あるいは清原組の構成員か。


 法を遵守し市民を守る公職に付く、警察官の命を奪えば、その罪は通常よりも課せられる罪状よりも重くのしかかる。

 罪の加重を極力避ける為、定めたターゲットのみ狙い、後の不利益を最小限に留めた。

 

 となると、暴力団が仕向けたヒットマン


 大胆不敵。

 首都を統括する警視庁に、単独で乗り込んで来るとは。

 セキュリティも、他の警察署と比較にならないくらい万全だ。

 その網を掻い潜って来たというのか?

 

 半狂乱に陥った口野は、逃げようと襲撃者に背を向ける。

 口野は足元に散乱するペットボトルを踏み、バランスを崩し転倒。

 そのまま床を這いずる虫のように、みっともなくペットボトルをかき分けて、こちらへ来る。


 暴対法の締め付けの中、ヒットマンなどよこせば、それこそ仕向けた組は跡形もなく司法により駆逐される。

 それほどのリスクを背負ってまで、口野を消したいようだ。

 ヤクザにとって、口野の証言は危急存亡を招く。


 血眼でターゲットを追うヒットマン。

 ヒットマンの進路を妨害するように、諏訪警部補が立ちはだかる。

 彼は関心するように言った。


「手の込んだ方法で乗り込んで来たな。どうしても、口野こいつに喋られちゃ困る事情でもあるのかい?」


 男は恰幅かっぷくの良い体格だが、諏訪警部補も体格に差はないように見える。

 何より、職務遂行における即時強制の上で、武道を心得ている分、相手の男より優位だ。

 男は威圧した。


「口野ぉぉおお!!」


「話くらい聞けよ!」


 男が猛進して来ると、諏訪警部補は果敢にも、凶器を持つ相手に肩から体当たり。

 男は力負けし転倒、ナイフが手から離れた。


 諏訪警部補はそのスキを付いて、相手を押さえこもうと一足飛びで走る。

 だが、凶器のナイフは男の手の届く範囲に投げ出されただけで、すぐに持ち主の手に戻った。


 そして、床に転がる大量のペットボトルを掴み、ナイフの刃をボトルに付き立てる。

 水が溢れ出る引き裂いたペットボトルを、諏訪警部補の顔へ向け、勢いよくボトルを握り潰す。


 ボトルから噴射された水は、警部補の顔にかかり、目に入ったのか諏訪は怯んでしまった。 

 男は起き上がると、怯んだ諏訪警部補に突進。

 勢いよく弾かれた諏訪は、壁に激突しそのまま床に沈む。

 

 意表を突かれた。

 いくら体術を訓練した警察官でも、不意打ちには、そう対処出来ない。

 

 口野は声を裏がし叫びながら、さらに後退し滝馬室の背後まで下がり、団子虫のようにうずくまる。

 優妃が口野へ近寄り盾になった。


 冗談じゃない、よりにもよってなんでこうなる?


 運悪くヒットマンと対峙する滝馬室。

 滝馬室は今、後悔の念にさらされる。


 二週間と二日前。

 警察の身分でありながら、平穏無事で事を荒らげず、日々を過ごして来た。

 なのに、それがこんな惨事に見舞われようとは、夢にも思わない。


 ヒットマンはナイフを滝馬室へ向ける。

 襲撃者も並大抵の覚悟で、警視庁に乗りこんで来たわけではないと、血走る目がそれを物語る。

 目線を外し、うずくまる口野へ向けた。


 俺は何している?

 粗悪な人間同士のいざこざだ。

 身の危険を強いてまで、この道徳を破る人間を、守る意義があるのか?

 命あってのものだねだ。


 視線を戻し、ナイフを前に彼は決断。


 滝馬室は足を通路の隅に進め、動線を譲った。

 ヒットマンは瞬間、安スーツの男の行為に躊躇するが、脅威ではないと知り歩みを進める。

 

 滝馬室が伏せた顔から目線を、口野へ移すと、盾になった優妃と視線が合う。

 上司の行動に困惑する優妃。

 彼女の戸惑う表情は、まるで世界の終わりを悟ったような顔にも見える。


 そしてあの目――――裏切り者を見るような、蔑む眼差しを向けていた――――。

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