イノベーション=司法取引(3)

 滝馬室が「田代、田代……」と呟きながら【田代】のファイルをクリックする。


 攻撃的に尖らせた金髪頭。

 首から下は黒いジャージ。

 見るからに節操の無い人間。

 田代の顔写真が表示される。


 優妃は間の抜け表情で一言。


「この馬鹿がトップですか?」


 諏訪警部補は、なだめるように返した。


『まぁ、聞けよ? その馬鹿が強みのようだ。詐欺グループがヤクザに目をつけられた時、力技で追っ払ったのが、この田代だ。元暴走族のリーダーで、そういう手合いとはやり合ってたらしい』


 滝馬室は、口角を引きつらせてトラウマを語る。


「こっちは、間近で見せられましたよ……ヤクザも手に負えないばずだな」


 彼の後に、優妃は推測を述べる。


「つまり、グループの構成は、用心棒の田代がトップで、出し子と集金の口野は、田代の右腕。後の二人が手下といことですよね?」


『そう見るべきだろう』


 トップの名を聞いて、険しい顔つきになる優妃と対照的に、滝馬室は安堵して目を見開き、一呼吸すると、先輩刑事に軽妙に話す。


「なるほど! では、これで詐欺グループのあたまは抑えましたね? はい、事件解決! おつか……」『待て』


 滝馬室が、労いの言葉で締めくくろうとする前に、諏訪警部補は被せるように返す。


『それが、この事件。尾を引いてな?』


 滝馬室が口に合わない物を食すように、不味い表情を作る反面、優妃の表情が輝き興味を示す。


 彼女は前のめりになり、パソコン画面に食い入る。


「やはり! 裏で糸を引いている存在がいるのですね?」


 警部補は頷き答える。


『おそらくな? 田代の証言映像を画像のファイルに送っておいた』


 優妃の勢いを煙たく思いながら、滝馬室はブラウザをバックすると【田代】のフォルダ内にある【画像】と、書かれたファイルをクリックした。


 映像は、取調室で被疑者の証言を録画したものだった。

 金髪、黒ジャージの田代はぶっきらぼうに、取り調べをする刑事に話す。


『俺らの事務所に、たまに来てたんだよ』


『誰が来ていたのですか?』


『”代表”』


『代表というのは?』 


『俺らグループの代表だよ』


『あなたは、その代表に誘われて、グループに入ったのですか?』


『ちげーよ。誘った奴は代表のパシりやってる口野。代表に会ったのは、俺がグループに入ってから』


 画像は短く編集され、ここまでの証言で途切れる。

 諏訪警部補の映像が映る、ウィンドウ画面いっぱいに広げた。


『田代が証言する、代表が詐欺グループのトップと見て、間違いない。しかし、トップも以外にも気掛かりなことがある』


 優妃が聞いた。


「と、言いますと?」


『詐欺グループが、被害者から騙し取った金が、何処にも無い』


「金が無い? つまり、活動拠点や振り込め詐欺に使う、口座に無いということですか?」


『今年に入って、詐欺グループは荒稼ぎをしている。被害件数を考えれば、かなりの額があるはずなんだが、家宅捜索しても出てこなかった』


 唐突に、右側で直立を崩さない加賀美が、静かに介入する。


「ですが、被害者が振り込んだ、口座先の記録を見ればすぐなのでは?」


『解ってるよ。それが、詐欺グループが逮捕された途端、口座が解約された』


「解約? メンバーは全員、本庁で取り調べを受けていますよね? つまり、被疑者が言う、代表と呼ばれる存在が金を動かし、口座を解約したと?」


『いい筋だ。何にしても、現金が引き落とされたのか? 別の口座に移し変えたのか? 足取りが不明になった』


 滝馬室は目を丸くして、驚愕の表情を作り言った。


「まるでスパイ映画だ、そんな、逮捕と同じタイミングで解約なんて……」


『そのあたりの情報も、司法取引をエサに、被疑者達から聞き出すつもりだ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る