イノベーション=司法取引(2)


 司法取引とは――――。

 共犯者の有罪を立証したり、当人の有罪を立証するために、必要な証拠の収集に協力することを条件に、捜査当局が特定の被疑者に対する、公訴権を放棄したり、訴追罪状を軽減する取引のことである。

 可視化の導入は、取り調べの足かせになると、危惧した警察が、刑事法の改正で訴え続けていた事案だ。


 補足するなら、通信の傍受に関する、対象の拡大は、この制度に合わせて改稿されたものだ。 


 司法取引が必要になる刑事事件は、汚職や金融犯罪、薬物犯罪などの麻薬カルテル――――そして、今回の特殊詐欺犯罪。


 アメリカでは古くから導入されているので、珍しい言葉ではないが、日本での導入は二〇一八年と、米国より遅れをとっている。

 アメリカでは、司法取引で犯罪者の九割を、実刑に追い込んでいる為、今後、日本での導入も期待出来るだろうというのが各捜査機関の声だ。


 この制度はアメリカと日本で、どう違うのか?

 アメリカでは、被疑者の罪を認めさせる代わりに、検察官の追求に手心を加えることで、結果的に罪を軽くする。


 それに対し、日本では情報を提供し”捜査に協力”することと引き替えに、罪を取り下げるなど、被疑者の刑を軽くする。

 取引と引き替えに被疑者は、自分が属する犯罪カルテルの構成員、それを統括するトップの情報を売り渡すことが強いられる。

 これにより、犯罪組織壊滅に影響を及ぼす。

 

 だが、人が作った制度には綻びがある。

 司法取引は捜査に協力した代わりに、起訴するはずの罪を取り下げるなど、明るみにするはずの犯罪を陽の下へ追いやったり。

 取り調べの当事者が、罪を逃れる為に、トップでも無い人間を組織のリーダーとして、でっち上げ、別の冤罪を生んでしまう可能性をはらんでいる。


 最悪なのは、国家権力が、司法取引による減刑を餌に、被疑者を利用して、国家の態勢を批判する人間を、社会から抹消することだ。


 過去の冤罪から、求められた取り調べの可視化。

 可視化に伴い、設けられた司法取引。

 今度は、その司法取引で、冤罪を生む危険が予期される。


*****


 諏訪警部補は、トラのような鋭い目を作り、力強く答える。

 

『出し子と集金を担当する”口野”が、取引を希望するそうだ。そっちのパソコンに、被疑者のデータを送っただろ?』


 滝馬室は、諏訪警部補の映るウィンドウを縮め、デスクトップにあるフォルダの中から”マル秘”と名のつくフォルダをクリックする。

 小さく開いたフォルダには、四つ名前が書かれたファイルがあり、右から【小向】【口野】【益戸】【田代】と並んでいる。


 ポインタを口野に合わせ、クリックすると、顔を写真が大きく表示された。


 長い黒髪を、首の後ろで縛りり、レンズの細い眼鏡をかけている。

 レンズの奥の目は、一重まぶたが鋭く尖っていた。


 滝馬室と優妃は、同時に眉間にシワを寄せて嫌悪する。

 滝馬室が溜め息交じりで口にする。


「この男か……確か、東大を出てるとか言う?」


 それを聞いた優妃が、悟られぬように隣に立つ、加賀美の顔を見た。

 犯罪者が同じ東大卒と聞いた加賀美は、顔を曇らせ、細身の眼鏡をわずかに浮かせた。


 諏訪警部補は付け足す。


『一流大学を出ていて、詐欺の末端じゃ、たいした奴でもないだろうさ?』


 優妃が待ちきれないとばかりに、話の先を聞く。

  

「取り調べで、グループのトップは二人に絞られていました。一人が取引に応じたということは、まさか?」


 諏訪警部補は軽く頷くと続けた。


『あぁ、用心棒の”田代”だ』

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