ベンチャー=特殊詐欺

 優妃の眉間のしわが和らぐと滝馬室は胸を撫で下ろす。

 彼女は続けた。


「現金を振り込んだらコンタクトが途絶える。所在を知ろうにも電話も繋がらないし、住所もデタラメ。まぁ、よくあるケースですね。被害者は、まさに天国と地獄」


 詐欺の大半は連絡先も住所もフェイクだ。

 滝馬室は顎をさすりながら彼女の言葉に付け足す。

 

「今は副業で稼いで生活を向上させる時代だ。相手の心理に適した手口だな……他に共通点はないのか?」

 

 不意に社内のレスポンスが途切れた。

 言葉のキャッチボールを止めたのは優妃。

 彼女は目を丸くして滝馬室を見つめる。

 彼は、その表情を気味悪るく思い聞く。

 

「どうしたんだよ?」

 

「いえ……社長が刑事みたいな質問をしたので、以外だなと……」

 

 彼女に言われ今度は滝馬室の方が、思い出したように驚く。

 

「あ! あぁ~。そうだよね? 俺達、警察手帳持ってないけど一応、刑事だったよね」

 

 滝馬室は片手で後頭部を押さえ、笑って話を流す。

 

 彼は再びホワイトボードに上げられた名前と住所を見る。

 特に共通点となり得る繋がりは見出せないと思いきや、この場の彼だけが、その共通点に気が付いた。

 

「あぁ!」思わず出た言葉に、優妃が酌み取る。

 

「社長? 何か気付いたんですね?」

 

 滝馬室は彼女の真っ直ぐな眼差しを見つめた後、慌てて首を横に振り否定するが、声が上ずる。


「何でも……何でもないよ」

 

 熱血女刑事は叱責する。

 

「刑事はまず、直感から!」

 

「はい」

 

 先輩刑事のような物言いに彼は背筋を張り、反射的に答える。

 

「書かれた名前を見てくれ?」


 そう言われ、彼女はランダムに書かれた名前を見て、問い返す。


「名前に繋がりがあるんですか?」

 

「磯部、江副えぞえ、緒方、秋津、宇夫形うぶかた……並べ返るとどうなる?」


 優妃は話が上手く飲み込めず、滝馬室の問いに答えられなくなった。

 彼は正解を教える。


「秋津、磯部、宇夫形、江副、緒方…………五十音。つまり、あいうえお順になる」


 優妃は顔をしかめ困惑し聞く。


「それはつまり……」


「犯人は―――――――電話帳の頭から順に電話をかけている」

 

 滝馬室の推理はこの狭い社内に沈黙を運び、ある種、異空間にトリップしたかのような空気を作る。

 優妃はその空気を払うように、厳しい口調で現実に引き戻す。

 

「だから、何ですか? どこの馬鹿が詐欺を働くのに、知り合いや顔見知りに電話するんですか? 手っ取り早く電話帳から不特定にかけるに決まってます」

 

 理路整然と語る女刑事の言葉に、滝馬室は萎縮する。

 

「はい。おっしゃるとおりです……ごめんないさい」

 

 優妃は仕切り直す。

 

「と・も・か・く、詐欺の被害は拡大しています。一刻も早く逮捕しないと詐欺グループの規模も拡大して、捕まえるのが困難になります。何としても活動拠点を突き止めないと」


 彼女の言うことはもっともだ。

 電話などダイレクトメールなどで相手と対面することなく、財産を騙し取る特殊詐欺事件は近年増加し、その手口は巧妙になっている。


 振り込め詐欺を例に取っても「オレ」と年配者に電話口で繰り返し、親族の名前を聞き出して犯行の口火にする「オレオレ詐欺」が横行した。


 この詐欺に対しての対策が散布すると、やり口は劇場型に変容。

 餌食にする年配者の親族、トラブルに巻き込む加害者、警察や弁護士という配役を決め、あたかも親族がトラブルに巻き込まれたと思わせる。


 この手口が流通すると別の詐欺で技術を磨いた者が、その特殊詐欺に転職するように変わり身し、起業するかのようにグループを立ち上げ、詐欺市場に参入、拡大して行く。


 これにより特殊詐欺は、まるでベンチャー企業のように発展を遂げて行った。


 詐欺は規模が拡大する前に叩いておかねばならない。

 でなければ、蚕食さんしょくするように市民の財産を奪って行く。

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