「魔王」取り調べで囁く者(4)

 天野・優妃は警視庁に来る前、滝馬室とのミーティングを思い起こした。


*****


 警視庁へ移動するミニバンの中で、運転する優妃の隣、助手席に座る滝馬室警部は険し表情を作り計画を話す。


「リーダーであることを焚き付けても、口野は認めない……まず、こっちの推理を話て手の内を明かす。こちらに、それ以上の考えがないと思わせて、油断させた後で揺さぶりをかける」

 

「つまり、知能犯に”ブラフ”を? そんなに上手く、行くでしょうか?」

 

「口野は臆病な男だ。だから田代や押尾と言う、リーダーばえする人間を《替え玉》に選んだ。そのくせ、高学歴で意識が高い。自分が立てた策略を、真っ向から否定し、自分が立てた代役よりも格が下だと感じれば、奴の”自尊心”が黙っちゃいない」

 

「自尊心……揺さぶりの材料は?」

 

「清原組で揺さぶる。ヤクザと交渉した奴なら、その怖さを肌で感じてるはずだ。奴には警察よりも効果があるさ」


「警察がヤクザを出汁に脅すなんて……」

 

 安スーツを着た上司は、いつになく強気で答える。


「奴の虚栄、話術、時間さえも逆手に取り、こっちが取り調べの《主導権》を握る――――きっと、うまくいく――――」


 そして検察への移送が迫る取調室。

 三分前という土壇場で、滝馬室が優妃に耳打ちした助言。

   



        ――――奴は乗ってきた。ここで落とせ――――



*****


 口野は負け犬の遠吠えのように、最後の反抗を試みる。


「警察が……こんな騙すようなことして、いいのかよ?」


 優妃は得意げ返した。


「あれ? あなたが言ったんですよ。警察・・詐欺集団・・・・だって?」

 

 返す言葉の無い口野は、机に頭を打ち付けてうなだれる。

 

 興奮冷めやらぬ優妃は、席から跳ねるように立ち上がると、上司に向けて小さな猫の手を付き出す。

 猫の拳を見た彼は、それに応じて優妃よりも一回り大きな手で拳を作り、彼女の猫の手を軽く小突いて、勝ち星を分かつ。

 

 諏訪警部補の指令とは、異なる結果になったが、問題はないだろう。

 

 捜査二課は当初の目的通り、詐欺グループのリーダーを特定し、グループを壊滅に追い込んだ。

 それどころか、手を焼く暴力団を芋づる式に挙げることができ、他の部署に恩を売る為、想定以上の結果を生み出した。


 この結果を全て、上司たる滝馬室警部の音頭により誘導された結果だとは、不思議でならない。

 

 そう言えば、古代の神話で、《ベルゼブブ》と言う「ハエ」の化身がいる。

 死者の魂を黄泉よみの国に誘う神で、異界の「魔王」と崇められる存在だ。

 

 優妃の耳元へハエのように、うっとうしく指示を出し、その奇異な言葉で犯罪者どころか、自身の部下すらも翻弄ほんろう

 最後には、こちらが追われているはずの時間を逆手に取ることで、その時間さえも味方に付け、この場の主導権を完全に支配した。


 結局、優妃も含め被疑者も、この昼行灯ひるあんどんに踊らされた。

 

 滝馬室は、まるでベルゼブブ――――――――取り調べの「魔王」

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