滝馬室という男(1)
スマートフォンから、低く野太いの声が返って来た。
『お前の筋で合ってたようだ。詐欺犯は全員、”同じ人間”に会ってる』
滝馬室は会社の屋上で、諏訪警部補に連絡していた。
電話口の先輩刑事は滝馬室に発破をかける。
『タキ、本庁に来い。お前が吐かせろ。二課は俺が押さえておく』
「ですが、諏訪さん。今の俺は刑事じゃ……」
『待ってるぞ』
そう言うと諏訪は一方的に通話を切った。
滝馬室はスマートフォンを耳から離し、諏訪の名前が表示された画面に、目を落とした。
屋上は天気も良く、日光浴には気持ちの良い日差しだった。
空は澄み渡っているにも関わらず、滝馬室の心の内は曇りがかり、沈んでいた。
滝馬室は、晴れ晴れとした天上に目を向けることなく、視線を足下に向け磨いたばかりの革靴を見ながら、刑事部時代の自分を思い出す。
昔は靴の底に穴が空くまで、目を向けることすらなかったな――――。
*****************
滝馬室が警察官を志したのは、今から数十年も前の話。
中学生の時代まで遡る。
彼は勉強もスポーツも、そつなくこなす器用な十代だった。
しかし、その頃の滝馬室は、のめり込む程の目標はなかった。
勉強が出来れば先生も親も褒めてくれるし、スポーツが出来れば男子から頼られ、女子の声援を一心に浴びた。
何事も、ほどほどに出来ればよかった。
しかし、ある時、転校生がやって来てから、彼の学生生活は色を付けたように変わった。
クラスメイトとなった彼も、同様に勉強もスポーツもそつなくこなす少年だったが、滝馬室と決定的に違うのは、何事にも情熱をそぞくこと。
滝馬室は暑苦しいとさえ感じたが、クラスはそんな彼に羨望の眼差しを向けた。
十代の滝馬室はそんな彼を、周囲の
あいつより声援を得たい。
クラスの人望を独り占めしい。
奴よりも上でいたい。
いつの間にか転校生と、競うようになった。
テストでは順位を競い。
体育祭ではどちらが運動神経が優れているか勝負したりと、学校生活は角逐する日々に変わる。
昨日の敵は今日の友と言うが、競い会うことで次第に二人は、お互いが似たアイデンティティーを持つことを知り、存在を認め合う仲に。
滝馬室は自分を高めてくれる転校生に、感謝すら覚える。
気付けば滝馬室と転校生は唯一無二の「親友」になっていた。
そんな、ある日――――。
発端はささいなことだった。
親友が部活の帰り道、通行の一団と肩がぶつかりトラブルとなった。
運が悪く、ぶつかった相手は札付きの不良グループ。
不良達の有り余る暴力衝動は、獲物を捉えたとばかりに、親友にリンチを加えた。
被害を受けた彼は重症、病院に担ぎこまれたが、そのまま意識不明となる。
その一週間後————————クラスメイトは意識不明のまま、この世を去った。
若くして人生を奪われた少年。
滝馬室と進路に向け、将来の夢や展望を語り合った後に起きた、悲劇。
滝馬室は怒りで気が狂いそうになった。
だが、十代の彼に不良グループを咎める力も裁く権利もない。
全ては司法制度に乗っ取り、警察の捜査に任せるのみ。
警察が必ず卑劣な輩を、逃すはずがないと信頼した。
しかし――――その信頼は裏切られた。
警察の捜査はずさんでリンチが起きた現場では、ろくに聞き込みもされず、回収された物的証拠も紛失させるなど、あまりにも不手際が目立った。
それにより、リンチに加わった容疑者の一人を立件できずに、うやむやとなる。
あげく捜査を担当した警察署の幹部は、世論に叩かれ現職を退くことを恐れて、捜査の失態を隠蔽。
親友を失い、公正な裁きも望めなかった滝馬室は、失意に伏せる。
だが、それ以上に絶望を味わったのは、親友の両親だ。
リンチにより息子を亡くし上、警察の不手際で暴力に加わった人間を見逃しただけでなく、その過誤を隠し誤魔化そうとした。
市民を守るはずの警察が、市民を苦しめる。
そんなことがあっては、ならないはずだ。
こんな愚行は絶対に起こしてはいけない。
自分が警察官なり、犯罪や暴力から人々を守り、同じ悲しみや虚しさ絶望を遠ざけなければならない。
その為には、ただかけずり回る警察官じゃ駄目だ。
もっと偉い警察官。
捜査の全権を握り、刑事達に命令を下し、官僚の保身に左右されない立場。
――――思えば、俺の警察官人生は、この出来事からスタートしたのかもしれない。
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