ソリューション=その男、ナンバー(2)

 加賀美は時計の秒針のように、一語一句、安定した低いトーンで返す。


「僕が知っている限りでは、刑事部、捜査二課のようです」


「捜査二課? じゃぁ、古巣だったところに誤認逮捕されたってことですか? 情けない話だわ」


 呆れる様子の優妃に、上司へのせめてものフォローなのか、加賀美は継ぎ足す。


「元は捜査二課ソウニに属する、第四知能犯・捜査第三係で、通称”ナンバー”と呼ばれる捜査官です」


「ナンバー?」


「四知三係と略称される彼らは、経済犯罪でも、特に重犯罪とされる汚職を担当する刑事です」

 

 優妃は自分の認識が、間違ってないか確認する。


「え? かなりエリートじゃないですか?」


「エリートです。二課の汚職担当は、それこそ選りすぐりの頭脳派集団。その手足となる精鋭が四知三係ナンバーです。必然的に、並みの刑事より秀でた者が選抜されます」


「タキ社長がですか?」


「ナンバー時代。その卓越した能力を称え、警視庁では”帝王”。犯人からは恐れられ、”魔王”の異名を付けられたくらいです」


「帝王に、魔王ですか? 信じられない」


 優妃は上司である滝馬室と、詐欺グループを追う中で、記憶の片隅に追いやった懸案事項を引き合いに出す。


「そういえば、捕まった不動産屋へ聞き込みに行った時、社長。室内や店主が身に付けていたブランド品に、やたらと詳しかったです」


「経済犯罪を起こす者は、巨額の利益を不正に得ていますので、容疑者は気が大きくなり、ブランド品などの高額な商品を購入します。ですから、ナンバーのような捜査員は相手の身に付けている金品から、犯罪のアタリを付けると聞いたことがあります」


「アタリを? じゃぁ、不動産屋の押尾と話をした時、タキ社長は、相手が怪しいと睨んでいたって、ことですか?」


「僕は二課の人間ではないので、そこまでは解りません」


 パソコンのモニターから目を離さず、淡々と発する言葉に、加賀美が、AIを搭載したアンドロイドでは無いかと勘ぐってしまう。

 疑念が晴れない優妃は、目の前の検索エンジンが、どこまで答えを導き出してくれるか試す。

 

「社長……タキさんの階級は、何でしたっけ?」

 

「警部です」

 

「タキさんの年齢で警部なら、割と順当に出世してますよね? ということはキャリア組ですか?」


「いえ。セミキャリアです」 


「セミキャリア? どうして、ダミー会社の管理人に?」

 

捜査二課ソウニから公安部にスカウトされ、任された任務が、このダミー会社だったようです」

 

「スカウト?」

 

 加賀美は次から次へと投げつけられる質問を、邪険にすることなく答える。

 

「別に珍しいことではないでしょう。公安は人知れず内偵している部署です。監視業務は、組織に属する人間の査定を行うと共に、優秀な人材の発掘も兼ねてしまう」


 加賀美はズレた眼鏡を、指で押し上げ付け足す。


「ましてや捜査二課ソウニは、他のセクションと比べて秘密主義。公安の任務には打ってつけです。滝馬室警部は、公安部が見つけた掘り出し物という訳です」

 

 優妃は顔をしかめる。

 聞けば聞くほど、滝馬室と言う人物が理解出来なくなる。


 それほどの人材が左遷組の巣窟たる、このダミー会社の代表を務めているとは?

 優妃の好奇心は歯止めが訊かなくなる。

 

「公安部で何かあったんですか?」

 

「公安部と言うより、刑事部であったようです」

 

「刑事部? 捜査二課ソウニですか?」

 

「僕も詳しくは解りません」

 

 優妃は、その言葉の信憑性を疑う。

 

 これだけ情報に長けた人間が、詳しい話を知らないとは、考えにくい気がした。

 意図して話をしたくないのか? 何にしても、目の前にいる根暗のコンピュータオタクも、話題に上がる滝馬室と同じくらい、謎が多そうだ。

 加賀美は、話の流れを変えようとしたのか、言葉を添える。

 

「滝馬室警部の好きな映画は、インド制作の『きっと、うまくいく』だそうです」

 

 彼女は顔をしかめ、聞き返す。


「その情報、必要ですか?」

 

「優妃さんがタキ警部のことを、もっと知りたいようでしたので」

 

 優妃は薄気味悪くなり、それ以上問いかけることを止めた。


 やはり、この特殊な環境に集まる人間は、普通とは違い浮き世離れしている。

 と、優妃は肌で感じた。

 

 会話が途切れ、瞬間的な静寂が流れた時、優妃はあることに気付く。

 廊下を歩く革靴の足音がトイレとは方向が違う、屋上へ上って行く音を――――。

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