ニーズ=挨拶回り(2)
「吉田のお婆ちゃん。二十万円も騙されたらしいんだ」
夕暮れ。外回りから有限会社ミズーリに帰社した滝馬室は営業で取って来た世帯の契約用紙を整理しながら、お得意さんの老婆から聞いた話を社内の話題として持ち出していた。
「お婆ちゃんが信用した業者なんだけど海外の無人島を買うと、その島から出る湧き水を売って、いくらか利益を貰えるらしんだよ」
事務職担当の優妃はパソコンで仕事をしつつも、困惑しながら返す。
「いくら何でも、そんな怪しい話を鵜呑みにするなんて……お婆ちゃんは何で振り込んだんですか?」
「ほら、また年金の支給額が下がるでしょ? お婆ちゃん年金だけで暮らしているから生活に余裕がないんだよ」
「それにしたって、詐欺ですよね? それ?」
滝馬室は解っていたことだが、改めて確認する。
「やっぱり詐欺だよね?」
会話が途切れ、しばらく社内に沈黙が流れた後、事務作業に一区切りの付いた優妃が手を止めて、パンプスの足音を室内に轟かせて起立する。
弾みで椅子が壁に激突するが、気にすることなく彼女は上司に懇願する。
「社長! その事件、私たちで調べましょう」
突然の提案に彼も作業の手を止める。
「え?」
滝馬室は自分でも鳩が豆鉄砲を食らった顔をしているのだろうと思った。
隙だらけの滝馬室へ、優妃はさらに話を押す。
「巧妙な詐欺です。お婆ちゃん意外にも被害者がいると思われます」
滝馬室は慌てて返す。
「いやいや、お婆ちゃんも警察の相談したと言っていたから、所轄も動いているだろうし、彼らの捜査を邪魔する真似は良くないよ」
熱い刑事魂を持つ優妃は力強く言い切る。
「こういう時、警察は被害が公にならないかぎり大々的に動きません。当てになるかどうか」
それを聞いて滝馬室は呆れながら返す。
「警察官の君が言うなよ?」
彼女の答弁は続く。
「警察組織から切り離され、行政機関のしがらみが希薄な私達だからこそ、迅速な事件対応が出来るんじゃないですか?」
「君の言っていることは解らなくもないが、我々も決まった職務がある以上、逸脱した行動は出来ない訳で……」
「これだけ言っても解らないんですか!?」
彼女は机に手をつき席から立ち上がると、滝馬室を鷹の目のように睨む。
その勢いに押され彼は口を慎む。
滝馬室は余計なことを言ってしまったと、後悔した。
これはかなり面倒事に巻き込まれる。
強引にでも話をそらさないと。
「優妃さん。君の話はよく解った……それとは別に聞いてくれ。実は、これ意外にも話題があって、この前、ビックリしたことがあってなぁ……」
「先週、営業で行った商事会社なんだが社長が不在の間、相手先の会社で待っていたんだ。で、そこの清掃員のおっちゃんと仲良くなって、そこの会社の悪口ばかり話していたら、先方の課長が慌てて俺のとこへ来て――――」
「社長」
話を遮られた滝馬室は彼女へ目を向ける。
「その話、今、必要ですか?」
優妃の冷めた目に睨まれ、それ以上話すと彼女の逆鱗に触れると思い、滝馬室は話を切って詫びる。
「いぃや、ひ、必要ありません……」
さすがに話に無理があったとはいえ、祈り先が不明だったこともあり、彼の願いは叶わなかった。
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