ニーズ=挨拶回り(1)
ビープ音の後に微かなノイズが聞こえると、かすれた声で家主が対応する。
『どちら様ですか?』
彼は十月の冷え込んだ時期にしては、心地の良い風に乗せて爽やかに返す。
「おはようございます。有限会社ミズーリの滝馬室です」
滝馬室の声を聞くと老婆の声が幾分弾む。
『まぁ! タキさん? いらっしゃい。今、ドアを開けますから』
荒川区の住宅地、木造一戸建て。
地面から沸く無数の蔓に絡み取られた平家の主、吉田のお婆ちゃんへ挨拶回りに来た滝馬室は、建付けの悪い横滑りする戸を開けた老婆に、柔やかに挨拶をする。
白髪の髪を首の後ろ結いベージュのシャツに黒のズボン。
小人のような吉田のお婆ちゃんは、滝馬室の仏のような笑顔を見て咲いた花ように喜び、彼を敷地に招き入れる。
滝馬室は背中を丸めた老婆に案内され、庭へ付いていく。
吉田のお婆ちゃんは滝馬室を縁側に座らせると、よちよち歩きで奥の台所へ引っ込む。
縁側から快晴の空ごし見える東京スカイツリーが爽快だった。
しばらくすると、お盆に載せた二つの湯飲みを運び、一つを滝馬室へ渡して湯気の立ち上る緑茶を振る舞う。
滝馬室は遠慮がちに、その緑茶に一口付けると他愛のない話を始める。
「どうですか? お婆ちゃん。最近、体調は良いですか?」
滝馬室の問いかけに、もう一つのお茶を両手で持ち正座した老婆は返す。
「ええ、おかげさまで調子は良さそうです」
「それは良かった。人の身体は九割り近くが水分です。水が変わると人間の体調も変わります。なので、飲み水から健康を始めることをオススメします」
滝馬室は湯飲みを脇に置くと、気が早いとは思いつつも鞄の中から書類を取り出して、目を通しながら話を続ける
「今月も、いつものようにミネラルウォーターの契約を更新されますか?」
その問い掛けに先ほどまで弾んでいたお婆ちゃんの声は、トーンを落として返す。
「ごめんね。タキさん……契約は今月で辞めようと思うのよ」
彼は期待していた返事と違い目を丸くして聞く。
「それは、また突然。ウチの商品に問題でもありましたか?」
お婆ちゃんは申し訳なさそうに答える。
「タキさんの会社の水が悪いわけじゃないんだけどね。ちょっと……」
言いよどむ老婆に滝馬室は、ただならぬ様子を感じ取る。
相手の心の内にある、他人に知られたくないという気持ちに配慮し、滝馬室は優しく質問した。
「お婆ちゃん。何か困ったことがあったんじゃないですか? 僕で良ければ、お話を聞きますよ」
その話に白髪の老婆はためらったものの、おもむろに話始めた。
「こんなこと、タキさんに話すことじゃないんだけどね。実は――――――――」
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