密輸パンダ
桐島佐一
第1話:密輸パンダ誕生
「俺の名前は密輸パンダ。それ以上でも、それ以下でもない。」
彼に本当の名前をたずねると、かならず答える。
だから、誰も彼のほんとうの名前は知らない。
でも、彼の動物園時代の名前は知られている。
「伸伸(シンシン)」
なんだか漬物みたいな名前だが、そう呼ばれていた。
そう、彼は動物園にいたことがあるんだ。
しかし、 パンダの彼は動物園で生まれたわけではない。
パンダだから生まれはやっぱり中国桂林省の竹林。
父は彼が生まれてすぐに行方不明となり、
彼は母親に育てられる事になる。
「やさしいかったよ、母親は。竹いっぱいくれたしな。」
母をかたるとき、いつもは鋭い密輸パンダの目はやさしくなる。
しかし、その母親も彼がまだ小さかったとき、
「ちょっと、となり山のキムさんとこ、いってくるわ。」
といってでかけてきり、2度と帰ってこなかった。
それからの幼かった彼は、一人で生きていくことを余儀なくされる。
「飢えてたねえ。ガリガリでよく、イタチと間違われたよ。白黒なのにな。」
と、彼はそのころのことを語る。だからかれが山盛りの新鮮な高級笹につられ、罠にかかったのも当然といえる。
「気がついたら、笹食ってて、眠くなって、また気がついたらオリの中だった。人間を見たのはあれが初めてかな。随分変な皮膚をしたサルだなあって思ったよ。」
そして、彼は日本に船で送られる。その間に、周りの人間の言葉を理解するよになった。
そして、彼を捕まえた連中の名前を知る。
「密猟者」
こうしてかれは、日本のとある動物園で飼われることになった。
「動物園暮らしは、悪くなかったよ。笹タダでくえたしな。客にちょっと愛想ふりまけば何か甘くておいしいものくれたし、たまに子供ににらみきかせて泣かせたりして。」
この小さい動物園でのただ一匹のパンダである彼はたちまち人気ものになった。
「いろんなやつがいたな。そうそう、糞を投げつけたらやたらやたら喜んでる若い人間がいたよ。なんかジュケンセイとかいう人種らしいな。『ウンがついた』とかいって、はしゃいでたよ。あれがスカトロってやつか」
そこで日本語を覚えた彼は、いろいろな事を知った。
上野とかいうところでガラス貼りの冷暖房管理の豪邸に住んでる仲間のこととか、
自分担当飼育係のおっさんが、ゾウ担当のミヨちゃんと不倫とかいうものをしていることとか、
チビッコハゲの園長が、実は女装趣味で、女装ネームがクリスティーヌだということとか。
「動物のなかで一番仲がよかったのは、隣のオリにいた月の輪グマのジンザブロウじいさんだ。死にぞこないだが、口だけは威勢がよくてな。いろいろ教えてもらったよ。何でも北海道大雪山で熊のボスだったんだそうだ。だが次のボスをねらう若いクマと戦って深手を負ったところでつかまっちまったらしいぜ。」
彼のそんな生活は2年ほど続いた。しかし、ある日彼はオリを抜け出す。
「飽きたんだな。平穏な生活ってやつに。それである夜、ちょっとした冒険にでたんだ。」
とくに考えはなかった。ただオリを出てみたかっただけだった。飼育係は彼をなめていたのか、オリの鍵は簡単なもので、彼の力で何なく壊れた。
「周りのオリのクマやゾウたちは見てみぬふりをしてくれたよ。テナガサルのニッキーのやつは、やたら騒ぎやがったが、もともとうるさい奴だから、誰も気に止めなかったんだ。」
ぶらぶらと、動物園を散歩する彼。
「なんか、人間の気持ちになってオリを見てたらきたら、不愉快になってきたんだ。それで俺達を管理している野郎はどんなとこにいるのか、見てやりたくなったんだ」
そして、管理事務所にむかった彼は、ドアをブチやぶり園長室に入り込んだ。
机をあさり、園長が隠していた女装写真を見ながら、その部屋の冷蔵庫にあった魚肉ソーセージをパクついた。机の中には文字がいっぱいの書類もあった。
『・・××年3月16日パンダ受け取り。平安号。責任者:ヤン・エイセン・・』
「俺がここにきた日付だった。俺は初めて自分を捕まえた奴の名前を知ったんだ。」
それから、彼はなにかに導かれるように、隣の展示室と書かれたドアを開ける。
そこは広い中にガラスケースが整然と並ぶ、うすぐらい空間だった。
「そこは、墓場だったよ。」
そう、そこはこの動物園で死んだ動物達が剥製となって飾られている部屋だった。
直立不動で並ぶ、物言わぬ動物達。
「俺の末路もこうなるんだなって、思ったね。」
厳粛な表情で一つ一つの名札を確認しながら、ガラスケースに囲まれた通路を歩く、彼。
そして、それらの剥製の中に、パンダらしきものがあるのを発見する。
「俺の前にも、パンダがいたのか、はっ、こ、これは、母ちゃん!!!!!!!」
それは、まぎれもない彼の母親の姿だった。突然姿を消したあの、母の。
「くそー、そうか、そういうことだったのか、俺を捨てたわけじゃなかったのか、くそー。」
がっくりと肩を落し座り込む、彼。そして母の剥製の入ったガラスケースによりかかった彼の見たものは、向い側にあるもう1匹のパンダの剥製。
「まさか、こっちは父ちゃん!!!!!!!」
おぼろげな記憶だが、そこにいたのはまさしく、彼が生まれてすぐにいなくなった父親だった。
「くそー、父さんまで、くそー、くそー。」
『グッアッシャ~~~ンン~!!』
彼は怒りにまかせ、父さんの入っているガラスケースを右手でたたき割った。
かれの右手から流れる鮮血。ドクドクとした痛みが、右手に鈍くはしるが。そんな痛みなど、彼のショックに比べたら、月とスッポン、チリとチョモランマ、ローソンの時給とビル・ゲイツの年収だった。
「ぐぉ~ぉ~ぉ~ん。」
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
どのくらいたったどろうか。
泣きすぎて、涙もでない。
声もガラガラ。
気がつくと、近くには彼の泣き声を聞きつけた警備員らしき若い男が口から泡をふいてのびていた。
どうやら、知らない間にあばれてしまったようだ。
じっとその男の顔を見る、彼。
そうだ、こいつらのせいなんだ。
いや、正確にはこいつらの一部。動物を無理矢理連れてきては、金を儲けてる奴等。
動物園生まれのやつはいい。だが、ほかのやつは、どんな動物だろうと、自分の生まれた場所で、自分の好きなように生きる権利があるはずだ。
それを踏みにじって我もの顔で生きてる奴がいる。
『・・××年3月16日パンダ受け取り。平安号。責任者:ヤン・エイセン・・』
復讐してやる。
父母のためだけでなく、ここにいる動物すべてのために。
彼はそう心に誓うと、飛び散っているガラスの破片を1つ掴むと、母親の入っているガラスケースに自分の顔を写し、額に「密」の文字を刻み込んだ。
「俺は密輸されたパンダ。密輸パンダだ!!!!」
こうして、彼は、ついに密輸パンダとなったのだった。
こうなったら、いっこくでもこの動物園を離れるべきだと思ったが、いろいろと世話になった月の輪グマのジンザブロウじいさんには挨拶していくことにした。
「ほんとに行くのか。」
「ああ。」
最初は止めていたじいさんも、彼の堅い決意と額の「密」の字を見て、何かを感じたようだった。
「じいさん、あんたもいかないか。」
じいさんはゆっくり、その太い首をふる。
「いや、わしは行かんほうがいい。この年じゃ足手まといになるだけじゃ。それにわしがいなくなったらおお騒ぎになる。」
「それは俺だって同じだろ。」
「うんにゃ、違うな。わしは正規のルートでここにきたが、おまえは密輸もんだ。下手に騒いでそこをマスコミにでもしられたらおおごとだからな。」
「ますこみって誰だ。人間の親玉か。」
「まあ、そんなようなもんだ。そのうちわかる。それでおまえ、ここを出てどこへ行くつもりだ。」
彼は 『・・××年3月16日パンダ受け取り。平安号。責任者:ヤン・エイセン・・』とかかれた紙をじいさんにみせた。
「こいつを探す。そして殺す。」
じいさんはその紙をしげしげとながめてからいう。
「平安号ってのはたぶん船だな。だが、おまえ、今のお前じゃこいつには勝てんな。」
「なんでだ!!」
「オリの中の生活ですっかり体がなまっとるじゃないか。それにたぶんこいつら、銃をもってるぞ。」
「ジュウ?」
「そうだ、短い筒に取っ手がついた道具だ。その筒からものすごい早で鉄の玉がとびだすんだ。ねらわれたら、そうそう避けられんぞ。」
「あたったら、痛いのか?」
「 いたいなんてもんじゃない。当たりどころが悪ければ、一発で死んじまうぞ。」
「そうか・・・。」
たしかに、今の自分で、はたして奴等に勝てるのか、自信はない。
「北海道の大雪山にいけ。そしてそこでゲンゴロウという熊に会え。わしを倒した奴だ。腕は立つ。たぶん日本一だ。そいつに戦い方を教われ。」
じいさんはそういうと、手近かにあった板きれに、ザックっという音とともに自分の爪後をつけた。
「こいつをもって行け。ゲンゴロウ見せるんだ。それからこれも。」
そういうとじいさんは皮のちいさな入れものを彼にわたした。
「サイフだ。なかに金が入ってる。大事に使えよ。」
「なんだこの紙きれ、へんな人間の顔がかいてあるぞ、なんにつかうんだ。」
「いまにわかるさ。とにかく、殺られないように、気を抜くなよ。じゃ、行け、密輸パンダ。」
「ああ、世話になったな。奴等を倒したら挨拶にくるよ。それまで、あんたも生きてろよ。」
「よけいなお世話じゃ。」
こうして、密輸パンダは北をめざし、動物園を後にした。
第1話「密輸パンダ誕生」 完
第2話「密輸パンダ、北へ・・」 につづく
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