真夏の夜の夢の夢の

桐島佐一

真夏の夜の、夢のまた夢の・・


とりあえず、その夜は、やたら月がきれいだった覚えがある。



昼間のクソ暑さが、ウソのような涼しい夜。


 その夜の月はさめるような青い光で、ありきたりの住宅街の景色を、これまたウソのように幻想的に照らし出していた。いま考えれば、確か午前2時ごろ。僕はそんな人のいない住宅街の夜を、一人、青いママチャリでとばしていた。


 夜の人気のない街は、昼間の、あの、うんざりするほどよく知っているうるさい町とは別世界のように静かで、ただ自転車の車輪の回る、シャーという音だけ心地よく響いている。こうしてこのゴーストタウンのような町の迷路のような路地を、風をきって走っていると、いまこの瞬間に生きている人間は自分一人だけのような、そんな気がしてくる。


 「世界は一番最初に起きた奴のものだ。ただし、次の奴が起き出すまでは。」


 僕はそんな、どこかで聞いたセリフを思い出しながら、安アパートまでの短い旅を楽しんでいた。そして、彼女を見かけたのはそんな住宅街をぬけて、少し広い道路に出たところだった。


 最初、それはただの白い物体だった。近づくにつれ、それが人だとわかる。道路の端に立つ白っぽいシャツに、膝に少しかかるくらいの長さの白っぽいスカート。スカートを履いているくらいだから女だろう、たぶん。しかし、こんな時間になんでこんな場所に突っ立っているんだろう。自転車がさらに近づくのに比例して、僕はその人物について、俄然興味をかきたてられてきた。家出娘か?それにしては荷物が見当たらない。親に怒られて外に出された子供か?いや、そんな幼くは見えない。ショートカットで歳は16、7かな。いや。もっといってるかもしれない。彼氏とケンカして同棲しているアパートを飛び出したか・・。それとも、もう結婚していて、夫婦喧嘩して出てきた・・。あるいは飲みすぎて家に帰りつけない・・。不眠症・・。夢遊病者・・。もしかすると、自殺志願・・。僕の妄想は加速し、それにつれて自転車も加速、ついに彼女とすれ違う。横目でちらっと顔を見る。結構かわいい。まあ、薄暗いところで見ると、誰でもある程度はかわいく見えるけど。

と、その時、


「あの~ぅ。」

『キーィーィーッツ…!』


 ママチャリのブレーキ音が静かな街に響き渡る。僕はその自分自身の出した音の大きさにびっくりしながら自転車を止め、ゆっくり後ろを振り返る。気のせいじゃないよな…。


 「あの~。」

 彼女が少し申し訳なさそうに話しかける。

「え、あ、はい、何ですか。」

 さっきまで自転車をこいでいたせいで、僕の息は少し荒い。

「あの~。この道ってタクシー通りますか?」

 この機会に彼女をゆっくり見る。やっぱり暗闇のせいでなく、けっこうかわいい。目が少し大きすぎ、顔が少しベース型で、鼻が少し低いが、やっぱりかわいい。

「タクシーですか。この時間じゃ、あんまり通らないんじゃないですかねえ、やっぱり。夜はあんまり車通らないですよ、この道。」

「そうですか。やっぱり。」

 彼女が少し悲しそうな顔をする。僕に少し同情心がわく。

「携帯で呼んだ方がいいじゃないですかねえ。」

「いや、あの、今、携帯持ってなくて。」

「じゃ、僕が・・・。」

 と思って、はっと気づく。ちょっとコンビニに買い物に出ただけだったんで、家に携帯忘れてきた。

「すいません。僕も携帯ウチに忘れてきてました。そうだ、僕のウチ、この近くなんで、ウチで携帯でタクシー呼びましょうか。」

「え、いいんですか。それじゃお願いします。」

 こうして、僕はアパートまでの残りの道のりを自転車を引いて、その誰だか知らない彼女と、とぼとぼと歩くことになった。


「あの~。一人暮らしなんですか。」

「ああ、ええ。」


 こんな時間に何をしていたのか。聞きたいが・・、聞けない。触れては悪い気がする。だが、気になってしょうがない。そんなわけで僕の受け答えは上の空になる。


「あの~、学生さんなんですか。」

「ええ、まあ、いちおう。」


 彼女の少し鼻にかかった「あの~」と、ぼくの気のない「ええ」の繰り返しが5回くらい続いたあと、僕らは築20年の僕の住んでいる木造モルタルの、絵に描いたような安アパートについた。ところで、誓っていうが、ここまでの僕の行動は、純粋な親切心からでたものだ。だがここにきて、少しの期待が頭をもたげてくる。そして気づく。しまった、部屋が汚い。

「いま、電話しますから。ちょっとそこでまっててください。」

 ぼくは彼女にそういうと鍵をいれて、立て付けの悪いベニヤの合板でできたドアを明け、中に入る。と、彼女も玄関に入ってきてしまった。まあいい、僕は覚悟を決め、靴を脱ぐと、6畳1間の狭い我が家にあがって、明かりをつける。テーブルに食いかけのポテチの黄色い袋。コンビニ弁当の食ったあとのゴミ。床に散らばる雑誌が数冊。脱ぎっぱなしのTシャツとジーンズ。ああ、やっぱり、散らかってる。まあ、エロ本がないだけ良かったか。いや、しまった。テレビの横に、昨日レンタルしてきたアダルトDVD、何とか淫乱娘がある。

 僕は、自分の体を慎重に彼女の視線とDVDの間に移動した。

「えっと、携帯は、どこだっけかな。」

 僕は、携帯を探すフリをして、DVDを何とかテレビ台の下に隠すことに成功した。ふう。

「あの~、いいんです。」

 彼女はそういうと、止めるまもなくスタスタと部屋に上がってきてしまった。


「え、」

「あの~、タクシーはいいです。」

「いや、そうゆうことじゃなくて。」


 知らない男の部屋にスタスタ上がっちゃ、やっぱ、まずいんじゅないか。僕は、自分の邪念を棚に上げてそう思った。


「あの~。ちょっと相談していいですか。」

「相談?」

 なんかいきなりな娘だ。

「ええ、なんか、あなた、いい人そうだから・・・。それともこんな遅くに、迷惑ですか。」

「いや、どうせ暇だからいいけどね・・・。」

 いい人ねえ。何となく複雑。しかしいったい・・・。

「それじゃ、驚かないでくださいね。」

 なんか、やけに気になる前フリ。やっぱ家出、男、暴力夫、まさか、人を刺してきたとか。加速する、僕の思考。しかし、次の彼女の言葉は、そんな僕の想像を越えていた。

「あのぅ、わたし、幽霊なんです。」

「はぁ・・・?」

 なんかのギャグか、冗談?混乱する僕。

「え、それってどうゆう意味・・。」

「文字どおりの意味です。」

 ポカンとする僕。

「んじゃ、まじめに君が幽霊だってこと。」

「ええ。」

 やば~。やっぱりやばい系の娘だったんだ。そりゃそうか、こんな時間に一人だもんなあ。精神病院から脱走したとか、かなあ。ど~しよう。やば~。やば~。あせる僕。

「やっぱり、信じてないですね。」

 そりゃそうだそう。だが刺激してはマズイ。

「えっ、ああ、まあ、それは、その~。」

「それじゃ、これでどうですか。」

 と、声がした瞬間、彼女が消えた・・・。ウソのように、きれいに・・・。俺、そんなにのんだっけ。もしかして夢。と、後ろからの声。

「どうです。少しは信じました。」

「グワッ。」

 スリッパに追われるゴキブリ級のすばやさで飛びのく僕。いつのまにか、後ろに彼女がいた。

「ど、どーやったの。手品?催眠術?」

「だから、幽霊だって。あ~あ~、やっぱり、あれやらなきゃダメかな。あれ、嫌いなんだけどなぁ~あ。」

「アレって・・。」

 またまたポカンとする僕。事態に思考が追いついていかない。

「んじゃ、やりますよ。恐かったら言ってくださいね。」

「恐かったらって・・・、ンギャ~ァ・・・・ァ!!」


 電気が消えて、辺りが薄暗くなったと思ったら、彼女の足が消え、そしてそのかわいい顔がズルリとむけて・・・・・。

 声にならない僕の悲鳴。へたりこむ。


「すいません。やっぱ、びっくりしましたぁ。」


 そう声をかけた彼女は、もとの白いブラウスのかわいい顔だった。

「へ、はあ、ハイ。」

 間抜けな返事の僕。

「これで分かってもらえました?」

「え、ええ、まあ、その~、はい・・・。」

 まあ、そう言うしかないよなあ。これ、多分夢かなんかだ。僕は自分を無理やり納得させる。でも、なんかってなんだ。

「あーちょっと、寒くなってきた。これって体力使うんですねえ。そこの電気ストーブつけていいですか。」

 そういえば、真夏なのにやけに涼しい。彼女の影も薄くなっているような・・。ちょこんと座って、出しっぱなしだった電気ストーブをつける彼女。両手をかざす彼女。あ、影が濃くなってきた。

「それって、熱を吸ってるわけ?」

「ええ、幽霊って熱がないと姿を現せないんですよ。透明になっちゃう。幽霊になってから知ったんですけどね。」

「なるほど、それで夏に良く出るんだ。でると、涼しくなるのもそのせいか。」

「ええ。」

 なんか科学的。幽霊って割合、すじのとおった存在らしい。

「勉強になるなあ。」

 なんのだ!!自分自身に突っ込む僕。少し微笑む彼女。

「そうですか。」

 まあ、いいや。夢でも何でも。害はなさそうだし。落ち着いてきた。

「それで、相談ってなに。なんか僕、生前の君に悪いことした?会ったことないと思うけど。」

 なんか恨まれるようなことしたかな。小さいことならいろいろあるような・・・・。

「いいえ、そんなんじゃないです。会うのは今日が初めてです。」

 よかった。

「相談っていうのは、なかなか幽霊やめられないことなんですよ。」

「幽霊をやめる?」

 やめるって、どういうことだ。

「ええ。幽霊ってゆうのは死んじゃったけど、この世に未練とか、恨みとかがあった場合に、なるらしいんです。」

「たしかに、なんかそんなイメージあるね。」

 納得する僕。

「それで、その思いが遂げられると、あの世に行くらしいんです。」

「あの世って、天国?大霊界?。」

「さあ、私いったことないから・・。」

「なるほど・・・。幽霊に聞いても分からないんだ。」

 なんだか理にかなってる。

「それで、私、なかなか幽霊やめられないんです。」

 ちょっとまてよ。

「とういうことは、この世にまだ、未練とか、恨みとかがあるってこと。」

「んん、それが、難しいんですけど。んん、やっぱ、最初から話さないとだめね。最初から話しますね。」

 そういうと正座した彼女は、淡々と話し始めた。


「あたし、交通事故で死んだんですよ。自転車で車に轢かれて。」

「へぇ~。それで恨みに思って幽霊に?」

 へんな世間話。

「いえ、事故は私が悪かったんです。信号無視して急に飛び出したから。運転手さんに恨みはないです。平山さんも入院して大変だったし。」

「平山さん?」

「ああ、運転手の人です。」

「なるほど。」

「んで、死んだ時、考えちゃったんですよ。このまま、あの世に行くのって、なんか、つまらないなって・・・。」

 遠い目をする彼女。

「つまらない?」

「ええ、いままで普通に生活してきて、交通事故で死んで・・・。いや、いままで別に不幸だったって分けじゃなくて、それなりに幸せだったんですけど・・・ね。なんか・・、こう・・・、もの足りなくて。そう思いませんか。もし、今、あなたが交通事故で死んだら、そう思いません?」

 たしかに、そんな気がする。不幸じゃないが、つまらない。なんか、人ごとじゃなくなってきた。

「んん。確かにそう思うような気がする。」

「分かります?」

 嬉しそうな彼女。

「うん、分かる分かる。」

「それでいろいろやって見たんですけど、どうもいまいちで・・・。」

「いろいろって?」

「そうですね、まず自分の葬式に出てみました。」

「自分の葬式!」

「ええ、死んだ気になるかなって。姿は現さなかったんですけど、父と母と姉が泣いてて、あたしも泣いちゃいました。」

 幽霊って泣くのか。僕は疑問を飲み込む。

「他には。」

「あたし、好きな人がいたんですよ。金井さんっていう、テニス部の先輩なんですけど。」

「テニスやってたんだ。」

「ええ、それで、告白してなかったんで、幽霊になって告白したらロマンチックかなって。」

 ロマンチック?

「それで。」

「それで先輩の家に行って、休みの日一日中見てたんですけど、これがなんかイメージと違って、本当は女の人二股三股はあたりまえの軽い男で、ひどいんですよ。携帯は女の電話番号がいっぱいで、電話かけまくり、嘘つきまくり。」

「うそねえ。」

「おまけに、AV大好きで、ベットの下がAVでいっぱい。」

 ギクっ。

「なんだか、憧れてたことに腹がたってきて、あたし、恐い顔で現れて、ベットの足を壊して、アダルトDVDたたき壊しちゃった。あの時の金井先輩の顔。面白かったなあ。」

 なんか、結構、幽霊をたのしんでるような気が・・・。

「なんか、楽しそうだね。」

「楽しくないですよ。夢、破れちゃたんですから。」

「そうか。」

 金井君が不憫だ。

「それから、いろいろ、心霊写真に出るとか、ポルターガイストやるとか、インチキ霊能者に本当に乗り移って見るとか、幽霊らしい事、いろいろやって見たんですけど、どうもいまいちで。」

「乗り移る?」

「そう、霊能者のおばさん、あとで震えてましたよ。もう恐いから霊能者やめるって。」

 やっぱ、楽しそうだ。

「んん、そうだ、幽霊なんだから何処でも入れるんでしょ。たのしいことできそうじゃん。」

「ええ、好きだったアイドルとか、俳優とかの家には片っ端からいって見ましたよ。でも、なんかみんな違うんですよね。」

「イメージと?」

「ええ、かってに思ってる方が、間違ってるんでしょうけど。だって、あの××××なんかマザコンで、ズラで・・・。」

「え~。」

「それに○×○×なんか、女装趣味で、仮面夫婦、で・・・」

「うわ~。きっつ~。」

 次々と判明する衝撃の事実。こりゃスゴイ。彼女と組めば、ワイドショーに売り込んで一儲けできるぞ。

「それから、それから、」

 興味津々。

「んも~。そんな話しをしに来たんじゃないんですから。」

 あきれる彼女。

「ごめん。」

「とにかく、もう一つ面白くないんですよ。それで今日はタクシーの幽霊をやってみようと思って。」

「女の客が消えて、シートが濡れてるってやつ?」

「そうそれ、でもタクシーこないし。」

「んん~。それであそこにいたんだ。」

「ええ、あのぅ、そういうことなんですけど。私が面白かった!!ってあの世へいける。なんかいいアイデアありませんかね。」

「そういわれてもなあ~。」

 これは難問だ。幽霊が出来る面白いことって何だろう。自分が死んだらどうするかな。

「なんか、なりたいものとか、なかったの。」

「特に何も考えてなかったんですよね。反省してます。」

 死人が反省してもなあ。

「欲しいものとかは。」

「幽霊になって、物もっても、意味あると思います?」

「それもそうか・・・。」

 んんんんんん。

「やりたかった事とか、好きだった物とか。」

「そー、あえて言えば、クジラ、好きだったかな。」

「クジラ?海にいるやつ。」

「ええ、クジラのポスターとか貼って、ぬいぐるみとか持ってました。かわいいですよねクジラって。目が。」

「目がねえ。」

 クジラで何が出来るだろう。捕鯨船に現れて恐がらせるとか・・・。

「ホエールウォッチングとかは。」

「ああ、それは、生きてる時に行きました。感動したな。シューって潮吹いて。」

 嬉しそうな表情の、彼女。考え込む、僕。

「あ!!」

「どうした?」

「やりたいことありました。絶対できないって思ってたけど、幽霊なら出来るかも!早速、やってみます。ありがとうございました。」

 きらきら光る彼女の目。

「え、ありがとうって・・・・・・・・・・・。」





 午前7時。朝。



 どこかで鳴く、鳥の声。窓から差し込む日差し。晴れだ。


 タイマーセットした携帯から、目覚まし代わりのスターウォーズのテーマが流れてくる。

最初は冒頭のジャーンにびっくりしてすぐ起きてたけど、慣れるとそうでもない。そろそろ、目覚ましを違う曲に変えようかな。


 僕はそんなことを、思いながら目を覚ます。


 どうやら、遅く帰ってきて、そのまま布団も敷かずにテーブルで寝てしまったらしい。眠い・・。と、目に入る電気ストーブ。


「そういえば・・・!。」


 昨日の事を思い出して、部屋を見回す。しかし、そこは変わりない、いつもの汚いアパートだ。彼女の姿はない。

「そりゃ、そうだろうな。まあ、なんか、面白い夢だったなあ。ファ~ァ~ァ~。」

 僕はおもいきったアクビをしながら、リモコンをさぐり、テレビをつける。朝から濃い化粧のアナウンサーが、無駄に明るい色調の美術セットをバックに、無駄に明るい笑顔で、ニュースを読んでいる。

「と、いうことで、今年の記録的な暑さは、ビール戦争をさらに熱くしている模様です。それでは、次の話題・・・、はっ・・・、え~・・、しばらくお待ちください。え~・・・。」

 なんだか、様子がおかしい。なにか臨時ニュースが入ったようだ。

「え~。ただいま、入りましたニュースです。今、現在、東京都足立区上空にクジラのようなものが見えるという現象が、発生しています。気象庁は現時点では調査中としながらも、おそらくは蜃気楼の一種ではないかと・・・・。」


 窓に、走る僕。鍵を外すはずすのも、もどかしく、勢いよく窓を開け、空を見る。


「いた!!」



 そこには、確かに50メートルはある巨大なクジラが、白く丸い雲の間、200メートルくらい上空を、肌を青く光らせてゆっくりと泳いでいた。そして、その背にはかすかに白い人影が見える・・・・。




 そして、その人影が、かすかに手を振ったような・・・・・・・・・・・・。




                                                                        END

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真夏の夜の夢の夢の 桐島佐一 @longshoter

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