教室から逃走
「浅見……」
大抵クラスに一人はいるタイプの静かで控えめな生徒だ。いつも一人で誰かとつるんでいるとこを目にしない。
ヘルメットみたいな髪型と長すぎる前髪と、今時売ってる店を探すのがむずかしそうな、擦りガラスみたいなぶ厚い眼鏡をかけている。
「あぁ、日向……くん、こんな場所へくるなんて珍しいね」
「くん」と付けようか「さん」と付けようか迷ったのがありありと判る間に脱力しそうになってしまう。
「……うん、教室にいられなくなっちゃって。いつもここで食べてるの?」
「そうだよ。静かでゆっくり考え事もできるしね」
「隣、いいかな」
「どうぞ。ここに来たのは日向くんが初めてだよ。誰も知らない場所だって思ってたんだけどな」
「俺も浅見がいて意外だった」
「どうしてここに来たの?」
「エロ男子共の魔の手から逃げてきた。中身はこないだまでの男の『日向未来』なのに、女扱いされるのって精神的にしんどくて」
「女扱いって、日向君は女の子になったんだから、女の子として接するのは当然なんじゃないかな?」
「ある程度は俺だって我慢する……っていうのもおかしいな。女扱いも仕方ないけど、セクハラしようとしてくる奴がいるからな」
「それは問題だね。普通の女の子がされても気持ち悪いだろうに、男同士じゃね」
「だろ! あーもう、あん時あのバカ犬が逃げ出しさえしなけりゃ、こんなちっちゃくて鶏がらみたいな痩せた体に入ることも無かったのに!」
「鶏がらはいいすぎだよ。モデル並みのスタイルなのに」
「ふっふっふ、そう思うだろ? 甘いな。確かに胸とかお尻は柔かいけど、足とか手はすっげ細いから、すぐ骨に突き当たって硬いんだ。男の体の時は、痩せてる女ほど良いって思ってたけど、実際はちょっとぷっくりしてた方が柔かくて抱き心地いいとみた。覚えとけ」
「御教授ありがとうございます」
くすくす笑いながら顔を傾ける。
こいつ意外と話せるんだな。笑い声も耳当たりがいい。こっちまで楽しくなる。
「お弁当早く食べないと、昼休み終っちゃうよ」
「そだな」
俺は慌てて時計を確認して食いかけの弁当を開いた。
今日の授業で戸惑ったことなんかを愚痴を交えつつ話す。鬱屈の堪った俺のマシンガントークを、浅見は嫌な顔一つしないで聞いてくれた。
「あ」
俺は思わず声をあげた。
無くて七癖とは良くいうが、俺にもいろいろ癖がある。大抵が人に指摘されないと判らないが、一つだけ自覚してる癖があった。
それは、やたらと人の目を凝視するってこと。
相手が逸らしてしまうほどに、会話をしている相手の目ばっかりを凝視してしまう。
それで気が付いたんだ。
分厚いレンズと長い前髪に隠れた浅見の目が、澄んだ青色をしていたのを。
横向きになって、ちらりと見えただけだけど確かに青かった。
「お前、目、青いんだな。眼鏡取って見せてくれよ」
「え、見えちゃったの?」浅見は両手の平で眼鏡の脇を隠した。
「何で隠すんだよ。青色だなんて超羨ましい。お前、コンタクトにした方がいいって。前髪も切ってさ。女の子にモテるようになるんじゃねーの?」
「僕は、こんな目好きじゃない」
「どうしてだよ。なぁ、見せてくれってば。お願い、見せてぇ」
後半は、女の外見をフル活用したおねだりだ。浅見の顔が真赤になる。おいおい、中身男だって知ってるはずだろ。どんな純情さなんだよ。
「……どんなでも、笑わない?」
「笑わないよ」
「…………気持ち悪がったり、しない?」
どうして気持ち悪がったりするんだよ。
ちょっとキレ気味に「そんなこと、するワケない」と答える。
それでも暫し戸惑うが、浅見は眼鏡を外した。
「――――――――!?」
大きく息を吸ってしまった。
眼鏡の下の瞳は、左右の色が違ったんだ。
片目が茶色、片目が青色のオッドアイ――――。
穏かな性格とは裏腹な、切れ長の目とダブルパンチな衝撃で言葉も無かった。
浅見の顔が一気に悲しそうになる。
「やっぱり、気持ち悪いよね……」
「ち、違うよ! すっげぇ綺麗でビックリした……。なんで隠してるんだよ、勿体無い!」
かぁああ。音が聴こえそうな勢いで浅見の顔がまた赤くなる。
「綺麗じゃないよ」
「綺麗だよ!」
「綺麗じゃない」
「綺麗だってば。羨ましい~~! 俺もオッドアイになりたかったな。絶対モテるぞ、絶対モテる」
浅見を向いて片足だけ胡坐をかき、意味もなく二回いって顔を覗きこんだ。
すっきりと整った顔立ちで、生前の俺じゃ太刀打ちできないぐらいカッコいい。こいつがオッドアイだからカッコいいのであって、モブ顔だった俺がオッドアイでもここまでの感動は無かっただろうな。
長めのお坊ちゃまカットみたいな髪型を整えれば、女の子に騒がれそうだ。
「その目隠さないほうがいいぞ。んでさ、髪の毛もセットすれば女がほっとかなくなるって」
「目は出したくないんだ」
「どうして?」
こんなに綺麗なのにどうしてそこまで嫌がるんだろ。
「ずっと気持ち悪いっていわれてきたから……。素顔でいるのが怖いんだ」
「気持ち悪いっていわれたのか? 誰に? そいつ、嗜好が特殊な変わり者だぞ」
元通りに眼鏡をはめて、浅見はちょっと悲しそうに口元を歪めた。
「お祖母さんにね……。あのね、僕の父さんは、お祖母さんが外国人に乱暴されて出来た子供なんだ」
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