未来ちゃん大騒ぎ

おっぱい重たい

 誰だ、これ。


 鏡に映ったのは俺じゃなかった。

 同じ歳くらいの、かなり可愛い女の子だった。

 いや、かなりなんてもんじゃないな。十五年の人生で一番可愛いって言えるぐらい可愛い。

 赤すぎない唇、ピンク色に艶めいている頬、形のいい鼻。


 無条件で撫で回したくなる子猫みたいな可愛らしい女の子が、長い睫に囲まれた、くりんとした不思議そうな瞳で俺を見ている。


「へ?」


 ぺたり、と鏡を触ってみる。鏡の中の女の子も鏡を触った。

 今度は顔を触ってみる。女の子も同じ様に顔を触った。


「なんだ、これ……!?」


 鏡に細工をしているとしか思えなくて、ぺたぺたガラスを触るけど、そこにあるのは単なるどこにでもある安物の鏡だ。

 嫌な予感がして、恐る恐る胸を触る。


 ムニュリ。


 未だかつて一度も触れたことのない、柔らかで弾力のある感触の物体がある。これは、まさか、ひょっとして。

 襟首をほんの少し引っ張って中を覗く。

 そこにあるのは、豊かな二つの膨らみ――――。「ぎゃぁああ――――――!!?」

 声の限りに俺は叫んだ。胸が重たかったのはこいつのせいか!


「なな、ななななんで俺が女になってんだよ!」

 兄ちゃんの襟首に齧りつく。男だった時は身長差は数センチしかなかったのに、二十センチは差が開いている。


「自分の胸に手を当ててよーく考えてみろ。お前には自業自得という言葉にのしを付けて進呈しよう」

 必要以上に冷静沈着な声に記憶がまざまざと蘇ってきた。そうだ、俺、交通事故で――――。


「俺の体、どうにかなったのか?」

 目を開けるだけ開いて問いかける。兄ちゃんにしては馬鹿馬鹿しい質問だったのだろう。深い溜息が返って来た。


「お前の体はズタズタだった。骨折六十箇所、内蔵は破裂した上にはみ出していて――」

「も、もうイイデス!」


 果てしなく続きそうな気色の悪い説明を慌てて遮る。俺の体、そこまでボロボロになっちゃったのか?

 あんまり痛くなかったのに。


「それで、どうして女になってんの?」


「その子の名前は上田早苗、お前と同じ十五歳の高校生だ。遺書が無かったので動機は不明だが、手首を切って自殺を謀ったんだ。発見が早くて命は助かったが、残念ながら、脳へ血液が流れない時間が長すぎて脳死状態になっていた。それからもう一ヶ月が過ぎ ている。生き返る望みはないと、泣く泣く生命維持装置を外そうとしていた所に、お前が交通事故で運ばれてきた。申し合わせたように同じ血液型だったので、即死でもおかしくな い重態だったのに死んではいなかったお前の脳を、その少女の体に移植したというわけだ。わかったか、愚弟よ」


「そ、そんなことって許されるのかよ!? 俺の人権も上田早苗さんの人権も無視して……」


「交通ルールも守れんような猿に人権などない。少女の人権の方だが……猿頭のお前も聞いたことぐらいあるだろう。脳死はいわゆる死だ。死んでいる人間に確認は取れない。だから、ご両親に確認を取ったのだが、かえって喜んでらしたよ。娘の体だけでも幸せになって欲しいと仰っていた」


 そうなのか? 泣かせる話だな……。


「って、それとこれとは別だ――!」

 拳を振り回して叫ぶ。

「俺は冗談じゃねーぞ! ズタボロでもいいから体を返せ!」


 十五年間男として生きてきたのに、いきなり女になって、はいそうですか、って生きていけるはずないだろうが!


「あ、それは無理だ」

 兄ちゃんはあっさりと手を振る。


「お前の体はとっくに火葬にされた。そこの机の上に骨壷が乗ってるだろう?」  病室の一角の薄暗い場所に設置してある机、その上に、葬儀の際喪主が持つ多角形の箱が置いてある。


 う――そだ――――! 十五年間、朝も夜も昼も楽しい時も苦しい時も一緒に生きてきた俺の体が、こんなコンパクトにおさまってるなんてえええ!


「葬儀もすんだからな」

「俺の体になんてことしやがるんだぁああ!」


 涙目で兄ちゃんに飛び掛ろうとしたが、隣に立っていた母ちゃんに叩き込みを掛けられた。

 病床についていた痩せっぽっちの体はあっさりと床に崩れ落ちた。


「命を救ってくれた兄ちゃんにお礼の一言もなし、親に心配をかけてごめんなさいの一言も無しで自分の都合ばかり喚くんじゃないよ! このバカ息子は……」


 再び母ちゃんが目頭を押さえて、言葉に詰まってしまった。

 息子が交通事故に会って、ズタズタになった姿を目の当たりにしたら、半狂乱になってもおかしくないよな。

「そりゃ、俺が悪かったけど……」

「でも、災い転じて福となったね」

 にっこり、と突然の笑顔。


「欲しい欲しいと思ってた娘が、こんな形でできるなんてねぇ。猛を授かった後は子宝に恵まれず、ようやくできたと思った子は男の子。それからすぐお父さんが亡くなって、私に似た可愛い女の子を胸に抱くのは諦めていたんだけど……。こーんな可愛い娘ができるなんて!」


 本当に嬉しそうに、母ちゃんは俺の頬を人差し指で突いた。おいこら、本当に悲しんだんだろうな!?  隣に立っていた兄ちゃんも俺の肩を叩いた。


「兄ちゃんもお前の生まれ変わりを心から喜んでいるぞ。成績は中の中、サッカーは上手いようだがプロ入りできる実力ではなし、顔に至っては、十人いれば二三人は同じ顔がいるという典型的なモブ顔。そのお前が絶世の美女になれたんだからな」


 確かに俺はモブ顔だったよ! 確かに彼女居ない歴十五年だったよ! でも、でも、でも、女になるなんて…………!!!!?

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