ある朝突然、モブ君が美少女になった話
@inusuki
事故死の朝
あれ?
俺、どうしたんだ?
いつの間に寝てたんだろう。今、何時? 頬に冷たい感触が当たってる。デコボコしてざらついたこの感触 は、ひょっとしてアスファルト? 俺、道端に寝ちゃってるのか? 早く立ち上がんなきゃ……。
閉じた目蓋が鉛を塗りたくられたかのように重たくて、一ミリ上 げるたびにギギ、と筋肉の軋む嫌な音がした。
どこか遠くで誰かが叫んでる。グラウンドの向こうから叫ぶ監督の声より小さかったけど、何があったのか知りたくて耳を澄ました。
(学生が車に轢かれた!)
あ、そっか。
朝練に向かってる途中で犬の散歩してる女の人とすれ違ったんだった。
その人のスマホが鳴って一瞬注意がそれた隙に、リードから手が離れ、間抜けな顔をした犬が道路に飛び出して――。
猛スピードで向かってくる車にびっくりして道路の真ん中で立ち止まった犬! 見た目のとおり中身も間抜けだった、あの犬!
母ちゃんが犬のアレルギー持ちだから犬は飼えないものの、携帯でいくつも犬のブログをブックマークしてる隠れ犬好きの俺は咄嗟に道路に飛び出してしまった。
迫ってくる乗用車と、運転手の驚愕した顔がまざまざと浮かんでくる。
犬は無事突き飛ばせて助ける事ができたものの、俺は間に合わなかった。
全てがスローで、轢かれた瞬間も人事みたいに「あ、轢かれた」って思った。
不幸中の幸いなのか、あんまりどこも痛くない。
一週間後に、サッカーの練習試合がある。高校生になって初めてのレギュラーなんだ。それまでに治ればいいな。なんたって、一年生でレギュラーになれたのは俺だけなんだから。
考えていられたのはそこまでで、意識が急激に暗闇へと滑り落ちた。
――――
たゆたっていた意識がゆっくりと浮上していく。目蓋に明るい光が染みていた。明らかに強い昼の光だ。やばい、寝すぎた!
飛び起きようとしたけど、体は重たく持ち上がらない。
それでも何とか起きようとしているうちに、なぜこんなにまで重たいのか思い出した。
俺、車に轢かれたんだ。
これだけ動きにくいってことは、相当な重症だったってことなのか?
顔だけでなく、一気に体中から血の気が引く。だって、俺はまだ 高校一年生なんだ。腕一本足一本どころか、指一本すら失って堪るもんか。
くい、と指を折り曲げてみた。ちゃんと折り曲がって、布団の感触が指先にあたった。足の指も動かす。こちらにもちゃんと布の感触が触れた。良かった。一応、体のパーツは全部揃ってる。
「目を覚ましたのね、未来(みき)。私がわかるかい?」
どうにか目を開く。母ちゃんが不安そうに眉を下げて覗き込んで来た。
「判るに決まってんだろ……」
答えた声は掠れて甲高く、まるで俺の声ではないようだった。
「じゃぁ、自分の名前をフルネームでいってみな」
「……日向 未来(ひゅうが みき)……」
身長百七十五センチの体躯を誇る俺が、名前はミキちゃんだなんて笑ってしまう。産まれてくる子は女の子だって決め付けた母ちゃんが、女の名前しか考えてなかったらしい。絶対大人になったら改名してやる。
「お前の血液型と誕生日は? 年齢は? 通ってる学校は? 立っている指の数は何本だい?」
立て続けの質問に、妙だとは思いながらも全てに答える。
母ちゃんはようやく安心したように、大きな溜息を吐き出した。
「成功だよ、猛(たける)……。あんたが医者で本当に良かったよ」
ぼんやりする視界の中、母ちゃんは白衣を着た兄ちゃんの手を取って目頭を押さえた。
なんで、兄ちゃんがここに?
俺は平々凡々な男子高校生だけど、十五歳年上の兄ちゃんは、俺が物心ついた時分から神童と呼ばれ医科大の最高峰と名高い医科大を主席で卒業した。その後、天才脳外科医として名を馳せ、超有名な桜花大病院に勤務している。
ひょっとして、兄ちゃんが俺の手術をしたの? 俺、交通事故 だったんだろ?
ふつう、外科医が手術するんじゃねえの?
腹痛は内科、歯痛は歯医者、怪我や骨折したら外科。成績は良くも無く悪くも無く、自他とも認める超普通の俺だけど、医者の種類ぐらい知ってるぞ。
「起きなさい未来。鏡を見るんだ」
「……鏡?」
やっぱり声が変だ。でも、兄ちゃんに手を引かれとにかく起き上がる。
やたらと体が動かないのはわかってたけど、妙に胸が重たい。
スリッパを引っ掛けふら付きながら、病室の隅に設置してある洗面台の鏡に顔を映した。
そして、絶句。
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