第218話38-17.再会

「棟梁。ご無事で」

「お陰さまで」

「通訳が必要だと聞いたんですが」

「撮影もお願いしたい。ビデオカメラは持って来てる?」

「ハンディならあります」

「それで頼む」

「ところで、もう戦争は終わったんですか?」

「まだだよ。これから、残党を殺して回る。その時に、過書町さんの翻訳能力が必要だったんだ」

「殺すのに、話を聞くんですか?」

「悪魔は死んだら塵になるだけで、殺した〝証拠〟がない。それぐらい、過書町さんだって知ってるはずだ」

「棟梁は完全に〝こっちの流儀〟に慣れたんですね?」

「いつまでも人間だった頃の価値観に固執していたら、ホワイトプライドユニオンの連中みたいになっていたはずだ。肌の色で差別をするのを止めるチャンスはいくらでもあったんじゃないかな?」

「……分かりました。お手伝いさせて頂きます」

「ありがとう」


 茜に礼を述べた志光はペットボトルから邪素を補給した。しばらくすると、麗奈による生存兵狩りの人員振り分けが終わる。


 志光、クレア、ソレル、麻衣、ヘンリエット、ウニカに割り振られたのは、取水塔に通じる道だった。ソレルが短時間で行った直前調査では、敵の棟梁であるゲーリー・スティーブンソンが隠れている確度が一番高い場所だった。


 取水塔は着水井から少し離れた島の先端にあった。塔は邪素の海に直接刺さっており、ポンプを使って分離前の邪素を吸い上げる役目を担っている。


 志光たちはもう一度工場の門をくぐり、取水塔へ向かって歩き出した。先ほどまで触手モンスターと陣笠モンスターがいた場所は爆発で滅茶苦茶になっており、彼らを構成していたブラックマテリアル以外のパーツが至る所に散乱していた。


 そこから塔まで続く道は車一台分程度の広さで、舗装がされていた。しばらく行くと道の左端は崖になっており、真下には青白く輝く邪素の海が見える。


 事前調査で、この海域には大量の機雷が敷設されていることが分かっていた。残党狩りを始める前に、湯崎とは邪素の海から逃亡する敵への対応策は済ませてあり、彼の部隊の一部が機雷を避けて、船で近海に移動する段取りになっている。


 志光は波打つ邪素を眺めながらドリルピットに偽装したタングステン棒を手で弄んだ。ソレルは頻繁に〝蝿〟を飛ばしてブービートラップを調べるが、幸いなことに爆発物は見つからない。


 取水塔は島と橋でつながっていた。その橋のたもとには人影がぽつんと見える。


「ゲーリー・スティーブンソンよ。間違いないわ。たった一人ね。罠も無いわ」


 偵察をしていたソレルが、小さな人影を指差した。志光は頷いて茜に声を掛ける。


「過書町さん。通訳をお願いします」

「了解」


 眼鏡をかけた少女は即答すると、邪素を消費して多言語翻訳が自動的に行われる空間を形成する。志光も黒い手袋をはめ直し、何度も深呼吸を繰り返す。


 いよいよだ。


 これで終わる。


 いや、終わらせる。


 白人種の優位性を証明するという、敵の馬鹿げた理由で始まった殺し合いは、魔界日本に予想以上の被害を与えた。この池袋ゲートも、元の状態に戻すためにどれだけの金銭と労力が必要なのか見当も付かない。


 このような事態を再び起こさせないためには、敵対した白人優位主義者を皆殺しにして、魔界日本にちょっかいを出すリスクを魔界に知らしめる必要がある。


 だから、ただ勝つだけでは意味が無い。


 欲しいのは圧勝だ。


 志光は歩きながら軽くワンツーを繰り出した。その様子を目にした麻衣が嬉しそうに目を細める。


「やる気かい?」

「ゲーリーは僕に譲ってください」

「魔界日本の棟梁が、誰なのかをアイツに拳で教えてやりなよ」

「そのつもりです」


 志光が口を真一文字に結ぶと、赤毛の女性も笑って沈黙する。


 取水塔に続く橋のたもとにいたのは、やはりゲーリー・スティーブンソンだった。スキンヘッドの白人男性は、魔界日本とは少しパターンの異なる魔界迷彩の雨合羽に身を包んでした。


「ようやく会えたね」


 ゲーリーの前に立った志光はポンチョを脱いで麗奈に手渡した。スキンヘッドは彼の背後にいる女性陣を見回した後で口を開く。


「来たのはこれだけか?」

「他の隊員は、貴男の仲間を探している」

「さっき、そこから輸送船を使って逃げた」

「自分たちが機雷を敷設したのに?」

「俺は忠告した。機雷原を抜けるのに手間取っているうちに、魔界日本の船に追いつかれるってな」

「正しい認識だ」

「俺もそう思った。だが、もう誰も俺の言うことに聞く耳は持ってない」

「貴男はなんで逃げなかったんだ?」

「俺は白誇連合の資金をほとんど突っ込んで、ここの防衛設備を作った。この戦争に負けて、逃げ戻っても責任をとらされるだけだろう」

「要するに、殺されるってことか? 白人同士なのに?」

「嫌味のつもりか? それなら、お前はどうなんだ? 黄色人種(イエロー)同士で作った国だって、上が失敗すれば責任をとらされるんじゃ無いのか?」

「僕ならこんな事のために労力を使ったりしない。魔界にこもって白人種とだけつき合っていれば、貴男の嫌いな有色人種が目に入ることも無かったはずだ」

「俺は変わりゆく現実世界の潮流を押しとどめたかったんだ。そのためには、声を上げて同志を募り、団結する必要があった」

「結果は独りぼっちになっただけだったな。もっとも、しばらくすれば仲間のいるところに行けるけど」


 志光はそう言うと、ボクシングのファイティングポーズをとった。少年は視覚と触感を用いて、自分の姿勢が正しいかどうかを確認する。


 胸を大きく張って、肩甲骨が背骨に付くぐらいの位置になっているか?


 右の上腕は乳首を押し潰す位置に来ているか?


 左の拳は目の高さにあるか?


 右の拳は口元の高さにあるか?


 右足の爪先は正面から見て直角に曲がっているか?


 膝はやや曲がり、大腿四頭筋は伸びているか?


 上から見て、膝の位置は足の位置より内側に来ているか?


 ……全て問題ない。


 志光は身体を振りながら、徐々にゲーリーへと接近する。スキンヘッドはナックルダスターに肉食獣の爪を思わせるナイフが三本ついた武器を一対取り出すと、それぞれを両手の親指を除く全ての指に通して身構える。


 恐らく、あれがゲーリーの武器なのだろう。指の間から湾曲したナイフが生えたような形状で見事なまでにスタイリッシュだ。


 これまで大量の味方を犠牲にしただけあって、ゲーリーには銃火器類を利用する素振りが無い。銃を構えて撃つまでの間、あるいは爆発物を投げて炸裂させるまでの間に詰め寄られ、拳を叩き込まれてしまうことを学習したのだろう。


 正しい選択だ。

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