第197話37-6.通路への突入

「志光君には、三番槍を務めて欲しい。一番はウニカで、二番はアタシだ。君はアタシの次にゲートへ続く通路に入って、スペシャルでアタシたちを援護して欲しい」

「でも、中は真っ暗なんですよね? 間違ってウニカや麻衣さんに当たったら……」

「背中から撃たれたらたまらないよ。ウニカとアタシで敵を倒したら、続いてキミがアタシたちのいる場所まで移動してから前方を撃って欲しいってことだ」

「ああ……分かりました」

「狭い通路を移動しながらの戦闘だ。部隊を小分けにして交互に前進する必要がある。アタシたちが先陣を切って敵を制圧したら、次は麗奈の部隊がアタシたちを追い越して次のエリアを占領する。その繰り返しになる。志光君には、この交互に追い越すまでの間を何とかして欲しいわけだ」

「大丈夫です。できます」

「よし。これで大まかな流れはできたな。そろそろ始めようか」


 荒削りな計画が出来ると麻衣は新しい酒瓶の封を切り、中に入った液体を一気に飲み干した。その間に、クレアはダクトテープを使って洗面器の裏側にバーベルシャフトを貼り付け、続いてプラスティック爆弾の中心部に瞬発電気雷管を装着する。それから、彼女が雷管に装着したケーブルを発破器にも結びつけ、機械にキーを差し込んで回したところで、麻衣が飲み終えた酒の空き瓶を投げ捨てる。


 赤毛の女性は完全な酩酊状態に陥っていた。彼女は酒臭い息を吐きながら、その場にいた全員を睥睨する。


「作戦開始だ」


 麻衣の言葉を聞いたウニカがミリタリーゴスの衣裳を脱いだ。クレアは洗面器爆弾を取り付けたバーベルシャフトを大工沢に手渡した。


 一体と二人の準備が整うと、対戦車手榴弾を持ったソレルが先頭に立って歩き出した。褐色の肌の後をクレアと大工沢が続く。


 一行は無言で真っ暗な傾斜を上っていった。やがて、座間が射殺された行き止まりに到着する。


 暗がりの中で、防弾用の鉄板が敷かれていた場所から、微かに空気が動いているのを感じた志光の心臓が痛いほど縮んだ。死んだ座間は、あの穴が開いていた場所に立っていた。


 自分もあの場所に立てば、機関砲の攻撃を受けて粉砕されるだろう。


 まだ死にたくない。


 そのためには、何をするべきか?


 そうだ。


 殺される前に殺すしか無い。


 志光が決意を固めている間に、ソレルは対戦車手榴弾RKG-3を何本か取り出すと、その中の一本のピンを抜いた。彼女はそれを破壊された鉄板の隙間へ放り投げる。


 数秒も経たないうちに、対戦車手榴弾はゲートに続く通路内で大爆発を起こした。すると、それを合図に敵の機関砲が唸りを上げる。


 しかし、魔界日本側の面々で、射線上に立っていた者は誰もいなかった。悪魔の肉体すら破壊する砲弾は坑道の天井に刺さり、池袋近辺の土地を構成する凝灰質粘土を抉って周囲に撒き散らす。


 銃声は数秒も経たず止んだ。ソレルは十数秒ほど間隔を空けて、再び対戦車手榴弾を砲弾が開けた穴に落とし入れる。


 二度目の爆発が起きると、機関砲が射撃を再開した。だが、やはり魔界日本側に被弾する者はいない。


 もう一度銃声が聞こえなくなると、ソレルは三本目のRKG-3を使用した。しかし、爆発が起きても機関砲は反応しなかった。どうやら、敵は貴重な弾を無駄に使わされていると判断したらしい。


 ソレルは四本目の手榴弾を用意すると、大工沢に目配せした。熊のような女は無言で頷くと、発破器を手にしたクレアを手招きする。


 二人は機関砲が当たらないギリギリの場所に立ち、ソレルの動きを待った。褐色の肌は対戦車手榴弾の安全ピンを抜くと、三回目とほぼ同じ動作で穴の中に投げ入れる。


 数秒も経たず、激しい爆発音が下から聞こえてきた。その次の瞬間に、大工沢がバーベルシャフトの先端に固定した洗面器を穴に突き入れる。それとほぼ同時に、クレアが発破器の安全スイッチを押しながら鍵を回す。


 すると瞬発電気雷管が作動して、洗面器に詰め込んだプラスティック爆弾が炸裂した。爆発で生じた運動エネルギーが、ゲートに続く通路を襲う。


「ウニカ! 行け!」


 計画通り、プラスティック爆弾が反応を起こした音を聞いた志光が自動人形に命令した。ウニカは麗奈から受け取った強力なLEDライトを手にしたまま穴に潜り込むと、地面から斜めにつき立った鉄パイプの上に難なく着陸する。


 人形はそこにライトを引っかけると、真っ暗な通路の中で何本も立っている鉄パイプの上を、踊るように跳ねて前進し、斜め上に向けられた四〇ミリ機関砲の砲身まで辿り着いた。機関砲の射手席には中年の白人男性が座っていたが、恐らく洗面器爆弾の攻撃のせいで視覚を失ってしまったようで、ウニカの接近には気づいていなかった。


 自動人形は小さな手を真っ直ぐ伸ばし、中年の男性の首を横から貫いた。即死した悪魔はその場で黒い塵と化す。


 彼を守っていた白人男性の外見をした別の悪魔がウニカの存在に気づき、英語で叫び声を上げた。警告された悪魔たちも、自動人形を倒すべく大型の対戦車ライフルの銃口を向ける。


 そこで唐突に麻衣が彼らの前に出現した。赤毛の女性はウニカよりも大柄でかつ遅かったにもかかわらず、他の悪魔たちが驚く機敏さで乱杭の上をスキップしながら前進し、敵兵と拳を交えられる距離まで接近した。


「シッ!」


 赤毛の女性は歯の間から息を吐きながら、混乱状態に陥った敵の悪魔の一人に右フックをお見舞いした。ボクシングの攻撃の中で、もっとも破壊力があると言われているパンチを左頬に食らった犠牲者は、頭を半回転させて絶命する。


 状況を理解したもう一人の悪魔は、喚きながら対戦車ライフルを発砲するが、彼が引き金に指を掛けた時には、麻衣は既に銃身を上から連続で三度叩いた後だった。無理やり下に向けられた銃口から発射された弾丸は、地面に当たってめり込んだだけで、誰もかすり傷一つ負っていない。


 暗がりの中で絶望する悪魔の顔面に、赤毛の女性が放った右ストレートが突き刺さった。それと同時に、残った最後の敵の頭上からウニカが飛び降りて、首筋に手刀をめり込ませる。


 こうして、あっという間に四人の敵が殺害されたところで、ようやく志光が通路に降りてきた。少年は地面でライトを照らしながら乱杭を避けて走ろうとするが、杭同士が太めの鉄線で連結されているため、それに引っかかって転倒し、危うく杭に刺さりそうになって顔を歪ませる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る