第198話37-7.敵の反撃

 志光が四苦八苦している背後で、大工沢とヘンリエットも通路に降りてきた。二人は着地した直後から全身を青白く輝かせ、片手でライアットシールドを持って防御をしつつ、もう片方の手を使って鉄パイプでできた乱杭を掴んでは引っこ抜き、通路を通りやすい状態にしようと試みる。


「遅いぞ!」


 麻衣が少年をどやしつけている間に、奥から敵の射撃が始まった。彼は乱杭のせいでしゃがむわけにも行かず、占拠した四〇ミリ機関砲に隠れるようにして、どうにか麻衣やウニカのいる場所に辿り着く。


「敵はすぐ側だ。分厚い鉄板を立てて、楯代わりに使っている」

「人数は?」

「アタシが見たのは四人だ。楯に隠れて撃ってくるヤツを始末してくれ」

「了解!」


 赤毛の女性から敵の殺害を命じられた志光は、腰袋からドリルピットに偽装したタングステン棒を引っ張り出した。その間に、麻衣は伸縮式の点検鏡を取り出すと、棒を引き伸ばし、先端にある鏡を敵のいる方向に向ける。


「これで見えるかい?」

「見えますけど、手を出した途端に銃弾で吹っ飛ばされるのは嫌ですよ」

「スペシャルを使っている部位は青く輝くからね」

「何とかなりませんか?」

「なるよ」


 麻衣はそう言うと、服のポケットから折りたたんだ黒いビニール袋を引っ張り出した。志光はすぐに袋の用途に気づいて声を上げる。


「ひょっとして、それを手に被せるんですか?」

「そうだよ。賢いだろ?」

「確かに!」


 ビニール袋を受け取った志光は、ドリルピットを掴んだ青く輝く手をその中に差し入れた。続いて少年は仰向けの姿勢で鏡を見ながら手の位置を調整する。


「いきます」


 志光はそう言うと、ビニール袋を被せた手を上げた。


「シッ!」


 それと同時に、歯の隙間から息を思いきり吐き出す。


 凄まじい加速がついたタングステン棒はビニール袋を破り、敵が隠れている金属製の楯にぶつかった。棒は火花を散らしながら楯を貫通し、悪魔の一人に当たって絶命させる。


 棒の重量は一キロと四十ミリ砲の弾丸に匹敵するが、志光が消費する邪素の量を増やせば、破壊力はそれ以上になる。自分たちが安全な場所にいるわけではない、と気づいた敵の悪魔たちから冷静さが失われる。


 そこに、麗奈の部下たちが現れた。どうやら、ソレルと大工沢が乱杭を抜き終えたらしい。


 彼女たちは五人で一組を形成しており、四人が強力なLEDライト付きの対戦車ライフルを抱え、残りの一人が柄を短く切った下刈鎌のような武器を持っていた。坑道のように乱戦が起こりやすい戦場では、大型銃火器のように全長が長く取り回しの悪い武器は近接戦を強要された時に著しく不利なので、火力を一人分削っても接近戦に特化した隊員を用意したのだ。


「隊長! お先に行かせていただきます!」


 鎌を持った少女が麻衣に挨拶をすると、残りの四人が通路の奥に向かって移動しながら射撃を開始した。対戦車ライフルに装着されたLEDの光が、まるでサーチライトのように真っ直ぐ伸びて暗い通路を照らし出す。


 楯を貫通した志光の攻撃が効いているのか、敵は散発的な反撃しかしてこなかった。五人は、ホワイトプライドユニオンの悪魔たちがいた場所を一気に占拠する。


 ところが、彼女たちが一息ついたところで、片足の屈強な白人男性が音も無く現れた。男は白髪をオールバックにまとめ、口の周りに立派な髭を生やしている。WPUの元棟梁、ジョン・フッドだ。


 フッドは魔界日本の親衛隊員たちが彼の存在に気づくのとほぼ同時に身を屈め、頭から彼女たちに突進した。口ひげは続いて上半身を持ち上げ、一人の女性隊員の顎を頭頂部で擦り上げる。喧嘩でよく使われる頭突きだ。しかも、フッドの頭頂部には青いオーラが輝いている。


 口ひげの頭を喰らった女性の顎は、火で炙られたプラスチックのようにぐにゃりと変形した。


「ナヒッ!」


 彼女は悲鳴を上げようとしたが、更にフッドの頭が押しつけられると絶息し、整った顔を醜く歪めて死亡する。


「こいつ!」


 仲間を殺された女性の一人が、慌ててフッドに対戦車ライフルを向けようとした。しかし、口ひげが頭部を銃身に当てると、固い金属がぐにゃりと曲がってしまう。


 フッドは再び低い姿勢になり、頭から彼女に突っ込んだ。彼がその姿勢から膝を伸ばし、下から頭突きを喰らわすと、またしても女性隊員の顔面が極度に変形してから黒い塵と化す。


「駄目だ! 下がれ!」


 二人の仲間を殺された一行は、慌てて後退を開始した。そこにウニカと麻衣、そして志光が到着する。


「どうした?」


 麻衣が詰問すると、彼女たちは背後を振り返って事情を説明する。


「二人やられました! スペシャルを使ってくる敵がいます! 頭にあって、頭突きをされると何でも溶けるみたいです!」

「ほう……じゃあ、アタシの出番だな」


 赤毛の女性はニヤッと笑うと黒い手袋に包まれた両手を合わせ、手首を回しながら歩き出した。彼女が数メートル歩いたところで、防弾用の楯からフッドが姿を見せる。


「なるほど。あんたか」


 麻衣はファイティングポーズをとると、僅かに顎をしゃくった。


「アタシの部下を殺したんだってな。生きて返さないよ」


 赤毛の女性の両手から青い炎が立ち上る。


 一方、フッドの頭頂部も青く輝いていた。口ひげは何事かを英語で呟くと、三度身を屈めて突進の準備を整える。


 次の瞬間、麻衣が上半身を左回転させながら前方に大きくステップインした。彼女は着地とほぼ同時に左膝を大きく曲げてしゃがみ込み、左拳の甲を地面向け、腰骨に押し当てた。


 この姿勢から赤毛の女性は左足の踵を上げて膝を伸ばしつつ、左拳を斜め上方に突き上げる。前手のアッパーだ。


 フッドは反射的に上半身を起こし、麻衣の攻撃を回避した。口ひげは顔を真っ青にして、彼女の動きを注視する。


「ほう。避けられるのか。凄いな。一発で終わると思ったのに」


 麻衣はいつもの構えに戻りつつ、驚きの声を上げた。フッドはやや前傾する程度に姿勢を変え、両手を顎の下に持ってくる。アッパーを打たれないように、しかしストレートはかいくぐって頭突きをするつもりに相違ない。

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