第189話36-11.ショッピングモールでの死闘

 志光は人の流れに逆らうようにして、通路を右折した。人間がまばらになるまで速度を抑えて移動していると、やがて大きな吹き抜けに到着する。


 吹き抜けの下、地階には噴水があった。少年は無線機のボタンを押す。


「過書町さん! こちら一階の吹き抜けに到着した。下に噴水が見える。どこにいるの?」

「噴水の裏側にあるエスカレーターを上って二階にいます! 早く何とかして下さい! こいつ、どうして逃げないんですか?」

「警察を呼び寄せるために決まっている! もしも正体が発覚したら、そうしろと指示されているはずだ。それより、噴水前広場まで戻ってこられる?」

「地下のですか? いっぱいいっぱいですよ!」

「必ず助けるから、そこまでは自力で来てくれ!」


 茜に作戦を授けた志光は、吹き抜けの手すりから地階を見た。ショッピングモールの客はほとんど逃げ出したようで人気は無い。


「先に下に行ってます!」


 少年は新垣にそう告げると、手すりを乗り越えた。部類のタフネスを誇る悪魔の肉体は、階下に飛び降りた衝撃を易々と吸収してくれる。


 噴水前広場に降り立った少年は、散乱した商品の中から洋服を掛けていたハンガーを拾い上げた。その間に禿げた中年男性も地下一階まで飛び降りてくる。


 それから一秒も経たないうちに、全頭マスクを被った茜が悲鳴を上げながら二階の手すりを乗り越えた。彼女の落下ポーズは潰れたカエルのようで様になっておらず、本人の自己申告通り戦闘向きでは無いというか、そもそも運動全般に向いていない感じだった。


 茜に続いてヨーコも二階から落ちてきたが、彼女の場合は見栄えがする姿勢で、余裕綽々で両足から床に着地する。


「過書町さん、こっち!」


 志光は這いつくばって息も絶え絶えになっている茜に駆け寄ると、新垣のいる場所を指した。そこに魔物と白人少年が飛び降りてくる。


 志光は茜を庇う位置で瞬時にファイティングポーズをとった。魔物と白人少年も攻撃の姿勢をとる。


 眼鏡の少女は後方へ逃れてヨーコと合流した。彼女と入れ替わるように、新垣が前進すると志光のすぐ隣で三戦(サンチン)に似た構えをする。


 三人と一体が睨み合っていると、合服の上から防刃ベストを羽織った警察官が四人ほど現れた。全員が手に回転式拳銃を持っている。


 この騒ぎの犯人が単独で、かつ人間であれば十分な人数と武装だ。だが、相手が悪魔でしかも魔物を連れているとしたら、ただの餌食でしかない。


「君たち、何をやっている?」


 警官の一人が五人を誰何した。志光は心中でほぞを噛む。


 警官襲撃犯は恐らく目の前にいる少年だが、監視カメラに顔が写らないように、覆面を被っている自分たちの方が怪しいに決まっている。しかし声を出して警告したら、正体を隠している意味が無くなってしまう。音声録音をされれば、個人特定につながる危険があるからだ。


 志光は無駄だと思いながらも、激しく首を振って警官に警告した。しかし、彼の反応を目にした白人少年は即座に警官の方に向き直ると、邪素を消費して彼らに突進する。


 人間同士でも七メートル以内の距離で対峙した場合は、拳銃よりもナイフの方が早く相手を攻撃できる。拳銃をホルスターから抜き、構え、引き金を引くよりも、ナイフで切りつける動作の方が速いからだ。


 悪魔の場合は、その距離が十倍になる。悪魔同士の殺し合いで銃器があまり使われない原因の一つだが、戦う相手が人間である場合は一方的だ。


 急激に加速した白人少年は、相撲の突き押しよろしく一人の警官の顎を下から上に向かって手の平で押した。警官の首はそれだけで折れ、身体が勢いよく後方に倒れて激しい音を立てる。


「?」


 あまりにも瞬間的な出来事だったため、残りの三人の警官はその場で棒立ちになった。すると魔物が長い手を伸ばして一人の警官の足首を掴み、そのまま上方に振り上げると床に叩きつけた。


 日本人の特徴を醜悪にしたような外見の怪物が同じ動作を繰り返すと、足首を掴まれた警官は頭を割られて絶命した。志光はその隙に生き残った警官二人と白人少年の間に割って入る。


「うわあっ!」


 しかし、パニックに陥った警官の一人が少年の背中を拳銃で撃った。志光は顔をしかめたが背後を振り返らず、再びボクシングのファイティングポーズをとると白人少年と魔物に近づいていく。


 志光の態度を見た白人少年は甲高い笑い声を上げると、その場から猛然と逃げ出した。魔物も彼に倣う。


 人気の無くなったショッピングモールの中で、志光は彼らの後を追った。新垣、茜、ヨーコも魔界日本の棟梁についていく。


 人間の一〇倍の力を持つ悪魔にとって、ショッピングモールは狭すぎた。あっという間に端に辿り着いてしまう。


 白人少年は左折すると店舗に置いてある衣類や小物を適当に掴んで後方に撒き散らしながら細い通路に入り込み、U字を描くようにして大きな通路に戻るとエスカレーターのある空間から一気に二階へと飛び上がった。志光は投げつけられる物品を手で払いつつ、彼の後ろから離れない。


 二人は常人には目で追えない激しい追いかけっこをしつつ三階のレストラン街を抜けて四階にあるサンシャイン広場まで駆け上がった。広場は屋上を改造したもので、中央部には黄土色のタイルが敷き詰められ、サイドにある花壇には背丈の低い樹木が植えられている。


 広場にはまだ何十人もの人がいた。半数近くがアニメのコスプレをしている。


 志光は首を回して状況を一瞥すると手にしたハンガーに力を込めた。オタク系のイベントが開催されていたに違いない。彼らが逃げ遅れているのは、襲撃者のスピードが速すぎて、館内アナウンスをするはずの部署が正常に機能していないからだろう。


 屋上の広場からは、大きな階段を飛び降りれば簡単に抜けられる。狭い店内ならいざ知らず、サンシャインシティから出て行ってしまった敵を改めて追い回すのは至難の業だ。


 ここで決めなければ。


 覆面の下で眉根を寄せた志光は、生け垣に囲まれた細い通路に飛び込んだ白人少年を追わず、やや深くしゃがみ込んでからジャンプした。コスプレイヤーや彼らを撮影しに来たカメラマンが呆然と見守る中で、魔界日本の棟梁は数メートル近く跳躍する。

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