第169話33-4.開戦
池袋ゲートを占領した目的が白人の優位性を証明するためだろうというのは、何となく見当が付いていた。しかし、さっさと撤退せずに居残った理由が、他の元白人悪魔から自分たちの政治活動を賛同して貰う為だったとは思ってもいなかった。
予想以上だ。この悪魔は、どれだけ愚かなのだろう? ただ肌の色が同じというだけで、他の元白人悪魔たちが白誇連合の優秀さを認めるわけがないではないか。
ゲーリーは何か歴史に残るような新発見をしたわけでもなければ、優れた発明をしたわけでもなければ、某かの事業を立ち上げて成功させたわけでもない。棟梁だった地頭方一郎が行方不明になり、指揮系統が機能しなくなった魔界日本の混乱に乗じて領土の一部を占領したに過ぎない。
ただそれだけのことで、元白人の悪魔たちが彼を崇めたり、もしくは白人優位主義の主張を全面的に受容するわけがない。実際に、元白人たちから承認されなかったせいで、ホワイトプライドユニオンは池袋ゲートに居座り続けざるを得なかったではないか。
にもかかわらず、ゲーリーは自分たちの考え方が間違っていると思っていない。それどころか、彼らは自分たちが全ての白人種のために戦っていると信じている。
ゲーリーと彼の仲間たちにとって、それは疑う余地のない正義だったのだろう。それに対して自分はどうだ? 全ての黄色人種はおろか、日本人だという理由で知りもしない同じ日本人にシンパシーを抱いたこともなければ、逆にただ日本人だという理由で他の民族よりも劣っているとか罪深い存在だと思ったことも無い。
そういう意味で、自分は正義ではない。だが、正義では無くて良い。
そもそも、人種論が嘘だ。白人種が優秀な種族なり民族だという遺伝的な根拠は無いし、今後も見つかることはないだろう。
そして、そんな根拠のない正義を真に受ける必要性も無い。また、嘘の根拠で正義を振りかざす連中と対話が成立するとも思えない。
だとするのであれば、結論は一つしか無い。
志光は強く握っていた手を開いた。彼はその手をテーブルの上に置いてから、ゲーリーを睨みつける。
「スティーブンソンさん。貴方は全ての白人種のために正しい行いをしたのかも知れません。それに対して僕はどうかというと、全ての黄色人種どころか、全ての日本人に対してすら、何か善行をしようという気持ちになったことがありません。そういう意味では、僕は正しくないし、むしろ悪でしょう。でも、人種論などという虚構を真に受けるぐらいなら、僕は悪で結構。肌の色で人の優劣など決まるわけがない。馬鹿馬鹿しい。それから、池袋ゲートを買い戻す話もお断りします。何度も命を狙われた組織に、金まで払って池袋ゲートから退去していただいたということになったら、僕の部下の命が助かっても、僕の権威が失墜するでしょう。もしも、この提案が僕の新棟梁就任式の前にあったなら、喜んで飛びついたでしょうが、今となっては遅すぎます」
「自分のプライドのために部下を危険に晒すのか? 臆病な猿らしい行動だ」
「それはお互い様でしょう。もしも、貴方が僕から一セントも取れずに、おめおめと池袋ゲートから撤退したなら、ホワイトプライドユニオンに所属する悪魔たちがあなた方を許すとは思えない。魔界日本もですが、悪魔の持つ国は愛国心のような動機で配下が動いてくれるわけではない」
志光が反論していると、スピーカーからソレルの声が聞こえてきた。
「ベイビー。感動的な演説中に申し訳ないのだけれど、確認が取れたわ。ただ、お金が置いてある部屋を、何匹もの魔物が囲んでいるわよ。こちらが強行突破しようとしたら、札束に火をつけられるかも知れないわ」
「解った。そこに君の部下を送ってくれ」
「ウォルシンガムに命令しておくわ」
「ありがとう、ソレル」
褐色の肌に謝意を表した少年は、ジャケットのポケットから紙片を取り出して二人の白人男性に提示する。
「雑談はここまでにしましょう。この住所に、邪素抜きをした二人の捕虜を拘留しています。そちらが信用できる人物を送って確認して下さい。それで問題が無いようでしたら、いよいよ交換といきましょう」
ゲイリーとフッドはお互いに顔を見合わせて頷いた。少年が差し出した紙片はスキンヘッドが受け取って、内容を確認する。
「OK。今から使いの者を送って確認させる。それまでは〝言葉の戦争〟も止めにしよう」
ゲーリーはフッドに紙片を渡しつつ彼に目配せした。
「失礼。連絡をしてくる」
紙幣を手にした口ひげは腰を上げ、足をやや引きずりながら公園の隅へと歩いて行った。恐らく、使いに出す悪魔の名前を知られたくないのだろう。
会談の場に沈黙が訪れた。志光は背後を振り返り、芝生広場で遊んでいる親子連れをぼんやりと眺める。
ホワイトプライドユニオンの棟梁と顔を合わせるという、会談の目的は果たした。彼の価値観は、使用言語が違うという点を除けばネットでよく見かける日本人の人種差別主義者と大差無かった。
当然だろう。肌の色が違うとか、使っている言語が違う程度のことで、人間や人間から変身した悪魔の認識が劇的に変わるわけがない。
そして、特殊な事情がないことが判明した以上、目の前にいる元白人男性に何らかの手心を加える必要も無くなった。
残っているのは怒り、何度も命を狙われた時に味わった恐怖心の裏返しだ。
もしも自分が人間であれば、ここで警察を呼ぶなり裁判に訴えるなどの行政機関を使った方法で解決するという選択肢もあった。しかし、悪魔同士の場合は違う。
警察力も軍事力も期待できない以上、自力で相手を無力化させるしかない。
もっと露骨な言い方をするのであれば、殺す。
目の前にいる、元白人を殺せるのか? もちろん、できるだろう。自分は何度も悪魔を殺している。
ただし、今はその時ではない。物事には順番というものがある。
池袋ゲートを奪還してからこの男を殺す。それで、この一件にケリをつける。
志光は身体の捻りを戻し、ゲーリーに相対した。そこにフッドが戻ってくる。
「こちらの使いの者がジョゼッペを確認した。本人に間違いないとのことだ」
「では、交換を」
少年が合図をすると、茜とフッドが視線を合わせて頷いた。眼鏡の少女と口ひげは、互いに持ったスマートフォンに某かの合図を告げる。
数分すると、志光のスマホのスピーカーからソレルの声が聞こえてきた。
「ベイビー。敵が撤退したわ。ウォルシンガムが罠の有無を調べている最中よ」
「問題が無いようなら、改めて連絡を」
「了解」
「こちらもジョゼッペに爆発物が仕掛けられているかどうかを調べている最中だ」
フッドが少年に経過を報告する。
「お好きなように」
志光はそう言いながら、ゲーリーと見つめ合った。少年が「金は偽物ではないのか?」とか「敵が捕虜を取り返した瞬間に、こちらを襲ってくるのではないか?」などの疑心暗鬼に襲われつつも平静を装っていると、ソレルが身代金回収が終わったことを報告してくれる。
「ベイビー。作戦終了よ。そこから撤退して」
「ありがとう、ソレル。ウォルシンガムにも礼を言ってくれ」
通話を切った志光はスマートフォンをポケットにしまい、折りたたみ椅子から立ち上がった。
「ジョゼッペの身柄を取り戻した。これで捕虜交換は終わりだな」
ゲーリーも腰を上げて身構える。
お互いが恐怖心に駆られた状態で相手の様子を伺っていると、クレアが間に割って入ってきた。
「お二人とも、予定通りに行動して。スティーブンソン氏とフッド氏は公園から退去。魔界日本は二人に追っ手を差し向けない。アソシエーションの沽券に関わることだから、約束は守って貰うわ」
「約束は守る」
志光は両手を挙げて背の高い白人女性に恭順の意志を示した。
「我々は去る」
フッドはそういうと、ゲーリーの背中を軽く叩いた。二人の白人男性は周囲を警戒しつつ、南池袋公園の出口まで移動する。
そこでゲーリーが背後を振り返り、大きく口を開けた。
「始まりだ! 戦争の始まりだ!」
公園にいた多くの家族連れがスキンヘッドの雄叫びを聞いて驚き、何か事件でも起きたのかと彼のいる場所を中止する。
「黄色い猿ども、よく聞け! 戦争だ! 戦争が始まるぞ!」
ゲーリーが大音声でわめき散らした直後に、公園の遙か後ろにある高層ビルが爆散した。その場にいた全員が崩れ落ちるビルの姿に唖然とし、大きく口を開いている。
「あのビルは、豊島区区役所です!」
志光の傍らで立っていた茜が大声を上げた。少年は反射的に公園出口に顔を向けたが、二人の白人男性の姿は消えていた。
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