第167話33-2.公園での会合
五月の気温は魔界に比べればはるかに低かったものの、やや肌寒い程度で過ごしやすかった。公園を入って左側の低い階段を上った先には板張りのテラスと多目的広場、その奥には二階建てのカフェ、中央から右側には芝生広場が見える。
志光と茜はテラスにいくつか置いてある金属製の折りたたみ椅子に腰かけた。昼前の公園は、主婦とその子供を中心に二~三十人の住民で賑わっていた。
「相手の名前はなんだっけ?」
周囲を警戒しつつ、志光は茜に問いかけた。眼鏡の少女は無表情のまま即答する。
「一人がゲーリー・スティーブンソンです。外見は三〇代から四〇代の白人男性。元々はハリウッドで特殊効果や造形の仕事をしていた人物で、今はホワイトプライドユニオンの棟梁。もう一人はジョン・フッド。魔界における白人至上主義の指導者的な人物で、元ホワイトプライドユニオンの棟梁です。この二人は師弟関係にあると言われています。悪魔化する前に片脚を失っているので、見分けるのは容易でしょう」
「フッドの経歴は?」
「南北戦争で南軍の将官として戦闘を経験しています。戦後から悪魔化するまでは執筆活動をしていたようで、自然保護運動の著作が幾つかあります」
「ハリウッドのアーティストと南北戦争の将官じゃ、後の方がおっかない印象だね」
「湯崎さんも、うちと一緒で、実際の軍事活動はフッドが指揮しているんじゃないかと警戒していました。私の立場からも、彼は要注意人物だと思います」
「過書町さんの立場というのは?」
「彼は悪魔化して一〇〇年以上経つ古株なので、アメリカ系の悪魔を中心に人脈が豊富なんですよ。悪魔の白人至上主義なんて本当は見向きもされないのに、WPUがなんとかやってこられたのはフッドのコネクションがあったからでしょう」
「なるほど……」
志光が頷いていると、公園の脇の路上に三人の白人が現れた。一人はクレア・バーンスタインだ。恐らく残る二名がゲーリーとジョンということになるのだろう。
一人の男はスキンヘッド、もう一人は白髪交じりの口ひげが目立つ。口ひげの方がやや足を引きずっているので、彼の方がジョン・フッドに違いない。
二人とも灰色のスーツに身を包んでいるが、あまり着慣れていない感じがする。志光は三人組から視線を外すと、茜に向かって顎をしゃくった。眼鏡の少女は折りたたみ椅子から立ち上がると、三人の白人に近寄っていく。
「ハニー。連れてきたわ」
茜の案内で少年の前まで歩いてきたクレアが、軽く会釈をした。志光は折りたたみ椅子から立ち上がり、背の高い白人女性の手を握る。
「ありがとうございます」
「お二方。こちらが魔界日本の棟梁、地頭方志光氏よ。ハニー。こちらの男性がゲーリー・スティーブンソン氏。こちらの男性がジョン・フッド氏よ」
少年の予想通り、クレアはスキンヘッドをゲーリー、口ひげをジョンと呼んだ。志光が横目で茜を見ると、彼女の身体から青い光が立ち上っている。眼鏡の少女が持つスペシャルによって、複数の言語を使っても意思の疎通が可能な状態になっているようだ。
「初めまして。地頭方志光です」
志光は二人の白人男性に頭を下げてから手を差し伸べた。しかし、ゲーリーは少年を見ようともせず、フッドは大きく首を振る。
「申し訳ないが挨拶は結構だ。捕虜交換の話に入ろう」
伸ばした手を引っ込めた志光は、何度か小さく頷いてみせる。
「解りました。どうぞ、そこにおかけになって下さい」
志光が折りたたみ椅子を示すと、まずフッドが座部に手を当てて罠が仕掛けられてないかどうかを確かめた。口ひげを生やした初老の男性が安全を確認すると、続いてスキンヘッドが腰を下ろす。
「なあ、シコー。この公園、黄色人種臭くないか?」
公園を見回したゲーリーは、早速笑いながら自分の鼻をつまんできた。志光もすかさず頬を緩め、スキンヘッドに切り返す。
「鼻栓を買ってくれば良いのでは? 近くの薬局にあるはずですよ。それとも、身代金の支払いで首が回らないとか?」
少年の台詞を耳にしたゲーリーの顔から笑みが消えた。スキンヘッドはつまんでいた鼻を離し、丸テーブルの上に両手を置く。
「わざわざユダ公を使いに寄越すとは良い度胸だな。ええ?」
「クレアさんは立派な白人だぞ。アンタの大好きなジョゼッペちゃんを腰が立たなくなるぐらい張り倒した、黄色人種のボクサーが行かなかっただけでも感謝しろ」
「俺に口答えするな!」
「捕虜交換の話をするんじゃなかったのか? それとも、脳みそが小さすぎて自分のお仲間の話も覚えていられないのか?」
志光が鼻を鳴らすと、歯をむき出したゲーリーが折りたたみ椅子から立ち上がりかけた。そこで、彼の隣に座っていったフッドが片腕を横に伸ばす。
「ゲーリー。シコー氏の言うとおりだ。今日は捕虜交換の話をしに来た。それ以外の話は、また後にしようじゃないか」
「……OK。ジョゼッペとマイケルを返す手順のことだったな」
「身代金は五億だ。まず、金がある事を確かめさせて貰う」
「二人が無事かどうかが解るまでは、金を見せる気は無い」
「監禁場所のカメラと繋がっているノートパソコンを渡す。それでやりとりをして、信じられるようになったら金を見せて貰おう」
志光が手を挙げると、茜が大きな鞄の中からラップトップパソコン、インカム、そして大容量バッテリーを取り出した。彼女はそれらを素早く接続すると、パソコンの液晶画面をゲーリーに向ける。
「準備ができました。どうぞ」
モニターには椅子に座ったジョゼッペの姿が写っていた。スキンヘッドの男はインカムのマイクで彼の名前を呼ぶ。
白誇連合の棟梁が捕虜と会話を始めると、志光はテーブルの上にスマートフォンを置いた。こちらの液晶画面には、麻衣からの「異常なし」というメッセージが表示されている。
「OK、ジャップ。お前の言うことを信用する」
一〇分ほどするとゲーリーがパソコンから顔を上げた。
「金は?」
小さく頷いた志光は手の平を上向きにする。
ゲーリーはジャケットの内ポケットから紙片を引っ張り出した。
「そこに書かれている住所に、札束を素で積んである。アニェス・ソレルに調べさせろ」
折られた紙を開いた少年が、スマートフォンに手をかけたところで、ソレルから電話がかかってくる。
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