第158話31-9.新たな魔物

 そこに部屋の外で警護をしていたウニカが入ってきた。


「…………」


 自動人形は身振り手振りで敵襲を教えてくれる。


「ついに来たか……って、僕たちは丸腰なんだけど」


 その場で邪素を消費した志光は、ボクサーブリーフを穿きながら窓の外を見るが、闇が広がっているだけで敵の姿は見当たらない。


「様子を見てくるわ」


 クレアは素早く下着を身につけ、寝室から飛び出していってしまう。


「ちょっと待って!」


 少年は慌てて彼女の後を追った。サンディエゴは温暖な気候だが、三月は寒い上に内陸部は寒暖差が激しい。外の空気に触れた志光は思わず身震いをする。


 そこに血相を変えた茜が現れた。彼女は半裸の少年を見つけると、平屋の一棟を指差す。


「ヤリチンさん! とんでもないのが攻撃してきましたよ!」


 眼鏡の少女が示した、かつて食堂だった平屋建ての建物は残骸と化していた。大型の銃で撃っても、このような現象が起きるとは思えない。しかし、破壊は爆発音を伴っていなかったので、爆薬の類いが使われたわけでも無さそうだ。


 やがて夜の闇になれてきた志光の目に、幾つかの青く光る何かが遠くにあるのが見えた。それは一気に加速するとこちらに突っ込んでくる。


「危ない!」


 少年は反射的に超常的な脚力を使って垂直方向に飛んだ。するとクレアと愛を貪った寝室の壁が粉砕され、その大きな穴から見たことの無い姿形をした四つ脚の魔物が現れる。


 恐らくホワイトプライドユニオンが造った魔物だろう。体高は意外に低い。中学生ぐらいだろうか?


 体型は牛とカモシカの中間のようだ。表面の色は黒色だが、所々で邪素の放つ青色が漏れている。


 だが、それ以上に特徴的なのは頭部のデザインだった。全体が装甲に覆われた逆三角形をしており、目らしきものは見当たらない。その代わり、牛や馬であれば額があるはずの場所に船の衝角のような鋭い突起物がついている。


 恐らく、あの魔物はもの凄い勢いで突っ込んできて、建築物の壁を衝角で破壊したのだ。魔物の大きさからして、その突撃には対戦車ライフルよりも大きな運動エネルギーがあるだろう。つまり、当たったら悪魔でも死ぬということだ。


 にもかかわらず、こちらは丸腰どころか下着一枚。〝キャンプな奴ら〟のメンバーを疑っているわけでは無いが、彼らに全てを任せていると自分がとんでもない目に遭いそうな気がする。


 志光は魔物から目を離さないようにしつつ、武器になりそうなものを探したが、残念ながら見当たらない。それどころか、別の場所で破壊音がしているため、複数の魔物がいるであろうことが推測できてしまう。


 どこでも死ぬのは嫌だが、抵抗できずに死ぬのは最悪だ。少年は迷わず傍らにいたウニカに命令を下す。


「ウニカ! あの魔物の気を惹いてくれ。僕はその間に武器を探す」


 志光がそこまで言ったところで、魔物が頭を低くして突っ込んできた。悪魔ですら驚く加速力だったが、ボクシングトレーニングによって相手の動きを姿勢から事前に察知する能力を磨いていた少年は、軽々と宙を舞って攻撃を回避する。


 四つ脚の魔物は、そのまま牧場の闇に消えてしまう。どうやら、相手から遠くに離れることで攻撃を回避しているようだ。いわゆる一撃離脱というやつで、理に叶っているのだろう。少なくとも、こちらに有効な対抗手段は無い。


「…………」


 志光が無傷で着地すると、ウニカが彼に近寄ってきたた。自動人形は比較的大きな消火器を持っている。


「ありがとう」


 ウニカの意図を理解した少年は赤い筒状の消火器を受け取った。重さは四~五キロだろうか? スペシャルを使って加速させれば、相当な破壊力になるはずだ。


 志光は両手に意識を集中させた。チェレンコフ放射に似た光が両手から放たれだすのと、闇に紛れていた魔物が少年に突進してきたのはほぼ同時だった。


「シッ!」


 少年は両手で抱えた消火器を魔物の方向に向けると、歯と歯の間から息を吐いた。次の瞬間、筒状の消防用具はもの凄い勢いで飛んで行き、突進してきた魔物の頭部に当たる。


 暗闇でもわかるほど盛大な白煙が牧場に広がった。けれども、魔物は突進を止めただけで消滅しなかった。


 志光は下唇を突き出した。明らかにタングステン棒より重い道具を加速させたにも関わらず、敵はダメージを負っていない。つまり、相手の頭部は固く、首は強い運動エネルギーに耐えられるぐらい頑丈なのだ。


 従って、消火器よりも軽い弾丸による攻撃も跳ね返してしまうに違いない。このままでは、自分たちも〝キャンプな奴ら〟の強姦魔たちも生きて返して貰えそうにない。


「みんな! 大丈夫?」


 志光が魔物の動きを警戒していると、ミス・グローリアスが血相を変えて駆けつけた。


「今のところは! でも、このまま攻撃されたらどうなるか解らないですよ!」


 志光は魔物から目をそらさず、ヒョウ柄のジャケットを着た男に返答する。


「気をつけて! その魔物は頭が滅茶苦茶固いみたいで、銃での攻撃が効かないって!」

「僕はスペシャルを使って加速させた消火器をぶつけたんですけど、首の骨すら折れませんでした!」

「何ですって?」

「多分ですけど、二十ミリ以上の弾丸で攻撃しても殺すのは難しいかも……」


 少年がそこまで言いかけたところで、魔物の二度目の襲撃が開始された。先ほどよりも速いスピードで突進してくる。


 志光は魔物の頭部が最初の襲撃よりも上を向いているのに気がついた。彼がすかさずサイドに飛ぶと、魔物は後ろ脚で立ち上がるようにして宙を舞う。攻撃対象が二度目もジャンプすると踏んで、決め打ちをしてきたのだ。


「学習機能付きか!」


 志光は三度目の襲撃に備え、夜の牧場に消えた魔物の居場所を探す。


「魔界日本の皆さんは逃げて。私が囮になるわ」


 ミス・グローリアスの提案に少年は苦笑して首を振った。


「お断りします。あの魔物は、僕を二度も殺そうとした。絶対に許しませんよ」


 志光をなだめようとしたヒョウ柄のジャケットは、少年の目が据わっているのに気がついてたじろいだ。


「ごめんなさい、魔界日本の棟梁。私が浅薄だったわ」

「グローリアスさん。この農場には車は無いんですか? 壊しても問題ないのが良いんですけど」

「私たちが乗ってきたラプター以外なら、何を使っても良いわ……って、まさか車をぶつける気なの? あの化け物に?」

「ええ。消火器より大きな方が運動エネルギーも増えますし」

「反動で貴方が吹き飛ばされないの?」

「僕のスペシャルは手で触れた物体を加速させるんですけど、僕自身には反作用は働かないんですよ。だから、僕よりもずっと重い物体でも動かせます」

「分かったわ。車の鍵は私が一括して持っているからガレージに案内……」


 ミス・グローリアスがそこまで言いかけたところで、三度目の襲撃が開始された。魔物は僅かに弧を描いて突進し、一行の斜め前から突っ込んでくる。


 そこに、真横からゴールドマンが現れた。全裸の強姦魔は邪素を消費しつつ、アメリカンフットボールの選手のように頭を低く下げ、四つ脚の怪物の脇腹に突っ込んだ。


 横方向から体当たりされた魔物の脚はもつれ、斜めに走りながら横転した。四つ脚の怪物は何とか立ち上がろうとするが、そこに半裸の男が二人現れてゴールドマンを追い抜くと、バーベルシャフトの先端に突起物を付けて短槍にした武器を魔物の腹部と首に突き刺して殺す。

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