第151話31-2.玉川上水

「この通路は、わざと狭く作っているんですか?」

「違うわ。ここは、日本でもかなり古いゲートの一つなの。一八世紀には発見されていたと考えられているわ」


 少年に答えを教えてくれたのはミス・グローリアスだった。ヒョウ柄のジャケットは片手を上げて天井に触れる。


「天井が低いでしょう? 江戸時代の男性の平均身長は約一五五センチと言われているのよ」

「ゲートは地下で発見される事が多いんですよね? 江戸時代には、ここに何かあったんですか?」

「今でもあるわ。玉川上水よ」

「多摩川って……神奈川と東京の境を流れている川じゃないんですか?」

「そこから水を引いて上水道を作っていたのよ」

「神奈川から?」

「まさか! 多摩の羽村市よ。多摩川って名前なんだから、もっと上流の多摩地方を想像しなさいよ」

「ああ……そりゃそうですね。それで、その上水道の工事をしている時に、ゲートが見つかったんですか?」

「多分ね」

「当時は鏡があったんですか?」

「私の知っている範囲だと、堺市で鬢鏡(びんかがみ)というガラス製の手鏡を製造していたらしいわよ。その他の鏡の大半は銅製で、それを磨くための職人もいたようね」

「じゃあ、条件は揃っていたんですね」

「後は貴方の言うとおりで、古い時代には、地面を深く掘るという行為自体をほとんどしないのよ。確かに、竪穴式住居を作る時は名前の通りで縦穴を掘らなきゃいけないんだけど……」

「竪穴式住居に必要な穴の深さなんてたかが知れてますもんね。それで上水道工事か。なるほどなあ……」


 志光がうーむと唸って数秒もしないうちに、一行の前に鉄扉が現れた。やはり大塚のゲートと比べて小ぶりだ。


「ここからはゴールドマンが先頭を歩くわ。そうしないと、奥にある機関砲で粉砕されるわよ」


 ミス・グローリアスの忠告を聞いた志光は即座に身体を横にして、彼の後方にいたゴールドマンを通した。


「じゃあ、行くか」


 強姦魔は少年の臀部をしっかり握ってから先頭に立ち、鉄扉を開ける。


 通路は相変わらず狭く、そして長い。ここで正面から銃撃されたら避けようがないはずだ。


 しばらくすると、正面に人間の何倍もの長さの砲身を備えた大きな機関砲が見えてきた。ただし、人の気配はない。どうやら、リモコンで操縦するか、自動で射撃が可能なようだ。


 しかし、人質が先頭を歩かされている場合はどうなるのだろう? この重武装の前を易々と抜けられてしまうのでは無いか?


 志光が通路を見回し始めると、ミス・グローリアスが彼の意図に気づいて苦笑を浮かべた。


「ここよ」


 ヒョウ柄のジャケットは頭を上げ、機関砲の横にある鉄扉の上を少年に示す。そこは本来なら天井があるべき空間だったが、地上に向かって掘り抜かれており、大型の機関砲が砲口を真下に向けて備え付けられてあった。


「ここで終了。お分かり?」

「こんなの喰らったら即死ですよね?」

「ボフォース四十ミリ機関砲。スウェーデンの兵器で、ずいぶん古いけど悪魔を殺すだけの力は十分にあるわ」

「撃たないでくださいよ」

「貴方の態度次第ね」


 志光をからかったミス・グローリアスは扉の前で両手を使って奇妙な合図をした。恐らく、仕組みは大塚のゲートと似たり寄ったりなのだろう。分厚い電動の扉が開いていく。


 しかし、新宿二丁目の地下に設けられた部屋の内装は赤と金を基調としたケバケバしいものだった。クリーム色の床のお陰で辛うじてバランスが取れているものの、目が痛いことに変わりは無い。


 室内には数人の男性が一同を待ち構えていた。人種はバラバラだが、全員が立派な体つききで、かつ白いタンクトップを着ている。


「ここの防衛隊だ。通称、タンクトップ部という」


 ゴールドマンはそう言うと、男たちに向かって手を上げた。彼らの一人が笑いながら立ち上がり、奥に続く扉を開ける。


「どうぞ、お入りください」


 タンクトップ部に促された志光たちは、ゴールドマンについていく。奥の構造はやはり大塚のゲートと似ており、仮眠室、トイレ、シャワールーム、そして武器庫の順番のようだ。


 要するに、ゲートのある部屋までの距離を稼ぎたいのだ。十数メートル距離があるだけで、敵の侵攻を多少は遅らせることができるからだろう。


 そのゲートだが、やはり内装は赤と金を基調としたものだった。ただし、部屋の一面は鏡で覆われている。これも大塚のゲートと一緒だ。


「それじゃ、魔界に行くわよ」


 ミス・グローリアスは部屋の隅に置いてあった、キャスター付きの大きな全身鏡を壁にはめ込まれた鏡と向かい合わせた。しばらくすると、合わせ鏡で生じた通路から邪素の青い輝きが溢れてくる。


 志光にとって、それは見慣れた光景だった。しかし、何度見ても美しいと感じることに変わりは無い。


「そろそろだな」


 ゲートが完成すると、一行はゴールドマンを先頭に歩き出した。通路には不揃いな石がパズルのように敷き詰められてあり、やはり中央部分が高く両サイドが低い。側溝があるのも大塚ゲートと一緒だ。歴史が古い証拠だろう。


 しかし、魔界側の出口は鳥居では無かった。二本の柱の間に横棒を一本通した冠木門(かぶきもん)の形状をしている。それは、新宿二丁目のゲートが宗教施設と関係が無かったことを示唆していた。


 門の外には、二台のフォードラプターの姿があった。軽自動車を見慣れている少年にとって、六人乗りかつ一トン以上の荷物を運べるフルサイズピックアップトラックは自動車のお化けに見えた。


 クレア、志光、茜、ウニカは、同じ車に案内された。運転席にはミス・グローリアスが、助手席にはゴールドマンが座る。


 ピックアップトラックは魔界の道を走り出した。どうやらタイヤに仕掛けがあるらしく、邪素の雨が降る中でもスリップする気配はまるでしない。


 志光は車の窓から外を眺めたが、〝キャンプな奴ら〟の本拠地がどこにあるのか皆目見当も付かなかった。バックミラーで少年の様子を目にしたゴールドマンが声を掛ける。

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