第137話28-4.敵の反撃
「ウニカ!」
少年は屋上の床を転がりながら、自動人形に助けを求めた。すると、ウニカは珍しく着衣のまま一瞬で加速して、まだ変形していない状態で着地したカニ男の胸元にドロップキックを命中させる。
一匹の魔物がもんどり打って転倒している間に、志光は新たなタングステン棒を引っ張り出した。ソレルは河川敷とは対角の場所まで移動して、無線機に何事かを叫んでいる。
再び銃声が起きると、ウニカの耳元を銃弾がかすめた。自動人形はすかさず後ろに下がり、狙撃されるエリアから遠ざかる。
屋上まで上がってきたカニ男の数は、総勢で三匹だった。少年がそのうちの一匹に偽装弾の先端を向けると、素早く斜め横に動いてしまう。
複数の敵とここまで接近した状態で、棒を当てるのは難しい。そう判断した志光は、再び屋上の床を転がり、ソレルの側で半身を起こす。
「悪魔ならここから飛び降りても平気かな?」
少年は魔物を見ながら褐色の肌に質問した。ソレルはフェンスに背中を預けつつ回答する。
「頭から落ちなければ」
「じゃあ、それで行こう」
志光はそう言うと、近づいてくるカニ男たちに向かって半歩だけ足を踏み出した。彼が握った棒を向けると、危険を察知した魔物が素早く左右に避ける。
「今だ!」
少年の叫び声を聞いたソレルは、きびすを返すとその場でジャンプした。彼女は易々とフェンスを跳び越え、闇の中に消えていく。
魔物のうちの一匹が、褐色の肌を捕らえようと一歩前進した。
「シッ!」
次の瞬間、志光は一歩前に踏み出すと、青く輝く手でカニ男の腕を叩く。
怪物は加速をつけられた己の腕に引っ張られるようにして転倒した。その隙を狙って、少年と自動人形は、ほぼ同時にジャンプして屋上のフェンスを越える。
倉庫は七階か八階建てだ。生身の人間が飛び降りたら、運が良くても重症、そうでなければ死ぬ高さだろう。悪魔化した肉体の頑健さに賭けるしかない。
志光は真っ暗な地面を見下ろしながらやや膝を曲げた。数秒で足の裏から強い衝撃が伝わってくる。
少年が着地したのは、幅が狭い倉庫の駐車場だった。周囲には先ほどまで一緒だったソレルとウニカの他に、タイソンと要蔵の姿もあった。
「ボス! 後は任せておけ」
元レスラーは着地のショックで顔をしかめていた志光を押しのけた。
「それがしにも見せ場を寄越せ」
羽織袴もそう言うと、腰に下げた日本刀を抜いた。
そこに三匹の魔物たちが降りてきた。そのうちの一匹が二人と対峙している間に、残りの二匹が変形を開始する。
道路の両側はビルと新幹線の高架で遮られており、迂回はできなかった。要蔵は正眼の構えで魔物の正面に立つと、アスファルトの上を滑るように移動する。
カニに似た姿へ変形した魔物は、かつて脚だった部分を振り上げて羽織袴を殴ろうとした。しかし、要蔵はすっと頭を下げると足を一歩前に踏み出し、攻撃されるより早く刀の切っ先を怪物の頭部に突き刺した。
一方のタイソンは、両手を腰に当てた低い構えから、変形したカニ男の振り上げたハサミに飛びかかると腕力で押さえつけ、怪物の胴体ごと持ち上げて地面に叩きつける。
牽制役で変形しなかったカニ男は、形勢が不利と見るやその場から撤退しようとした。しかし、ウニカがその圧倒的なスピードで駆け寄って、腰部に貫手を刺して破壊する。
敵を全滅させると、背後で様子を伺っていたソレルが安堵の溜息を漏らし、邪素無線機に報告した。
「こちらソレル。こちらの襲撃は撃退したわ。全員無事よ。河川敷の様子は?」
「こちら門真。撃ち合いが始まった。あいつら、生物生態園の近くに魔物を潜ませていたみたいだ。迫撃砲でもない使わない限り、堤防を乗り越えるのは難しい」
「無理しないで。見附の部隊は?」
「アタシが預かってる。あいつは棟梁の様子が心配でそっちに向かったぞ」
「ちょっと、待って! 指揮はどうするの?」
「堤防を乗り越えられなきゃ部隊を展開できないし、乗り越えちまえば横隊で押していける。複雑な指示は要らないんだよ。もっとも、いくら配松が頑張っても、この騒ぎじゃいずれここにパトカーがわんさか押し寄せてくるのは間違いないだろう。五分が限界かな?」
「判ったわ。棟梁の判断を仰ぐから戦闘を継続して」
麻衣との会話を終えたソレルは、志光に視線を向けた。少年は状況を言葉に出すことで整理しようとする。
「相手は河川敷に隠れてこちらと撃ち合いをしている。タイムリミットは五分で、堤防を乗り越えるのは難しい」
「撤退するのも一つの考え方よ。一人は殺しているし、麻薬の供給もしづらくなるはずよ」
「駄目だ。攻撃する」
志光はスマートフォンを取り出し、現場の地図を表示した。少年は河川敷の地理を見つつ、ソレルに提案をする。
「敵の狙撃は中山道を挟んで行われた。つまり、中山道より向かい側の河川敷に狙撃兵が潜んでいる」
「そうなるわね」
「そうすると、荒川が南東方面に曲がる場所から先なら、視線が通らないから狙撃は無理だ」
「河川敷にあるゴルフ練習場の真ん中あたりね。ここから三〇〇メートルぐらい離れているかしら?」
「普通の人間なら、ここからこのポイントに移動して、河川敷を中山道側に戻るだけで五分はかかるだろうけど……」
「私たちなら一分もあれば十分ね。判ったわベイビー。貴男の作戦で行きましょう」
ソレルはそう言うと、邪素を消費して新たな〝蝿〟を作った。そこに、二人の会話を聞いていたタイソンと要蔵が口を挟んでくる。
「俺達も参加していいんだよな?」
「それがしもついていくぞ。異存はあるまい?」
「どうぞ。お二人とも、十分戦力になりそうだ」
褐色の肌がゴルフ場周辺をサーチしている間に、志光は元レスラーと羽織袴の参戦を許可した。そこに中山道側から血相を変えた麗奈が現れた。彼女は両手に長大なラハティ対戦車ライフルを抱えていた。
「棟梁! ご無事ですか?」
ポニーテールは一同に合流すると志光の安否を気遣った。少年は思わず顔をほころばせ、彼女に礼を述べる。
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