第138話28-5.挟撃

「ありがとう。お陰様で無事だよ」

「棟梁が亡くなると、私の処女卒業パーティーが……」

「大事なのはそっちか! それはともかく、向こうはどうなってるの?」

「撃ち合いが始まってます。反撃してくる相手の数は四人、もしくは四体ですね。ただ、真っ暗なので当たりません」

「だろうね。今から僕達は、南東側から河川敷に入って、そこから中山道側まで折り返す」

「ということは、十字砲火にするつもりですか?」

「いや。それよりも接近してから不意打ちが近いかな? 僕ならできる」

「解りました。私も同行します」


 麗奈が参加を表明したところで、ソレルが偵察の結果を告げた。


「ゴルフ場に敵の姿は見当たらないわ」

「ありがとう。それじゃ、みんな僕についてきてくれ。ウニカには僕の警固を頼む」


 志光はそう言うと邪素を消費して走り出した。少年は住宅街を抜け、左折したところで堤防に当たると右に曲がり、五秒も経たずに目的地に着くと、階段を十数段飛ばして一気に駆け上がり、外灯が全くない河川敷のゴルフ場に飛び降りる。


 志光はその場でしゃがみ込み、物音に耳を澄ませつつ、人間を遙かに凌駕する悪魔の肉体に興奮した。


 まるで漫画の主人公になったようだ。魔界で生活している時は、全員が悪魔なので実感できなかったが、現実世界に出てくると、ただの人間と自分、あるいは悪魔化する以前と今を比較してしまうので、嫌でもこの肉体が備えるパワーやスピードに気づかざるを得ない。


 志光がにやけながら暗闇に目を凝らしている間に、残りの悪魔たちもゴルフ場に到着した。彼らもその場に伏せてソレルの偵察結果を待つ。


 列車が通過する音の合間に、遠くから散発的に銃声が轟いた。しばらくしたら、このあたりは間違いなく大騒ぎになるだろう。


 その前にカタをつけなければならない。残念だが、自己陶酔をしている時間的な余裕は無さそうだ。


「いるわ。ディルヴェの本部で私達を襲った鳥人間よ。たぶん、あいつがベイビーとウニカを狙撃したのね」


 褐色の肌は新たなタングステン棒を握った志光に敵の正体を説明した。少年は彼女と視線を交わし、前進を促した。


「場所を教えてくれないか? ここからじゃ射線が通らないよね?」

「もちろんよ」


 二人は中腰で川岸を走り、高架線の下に滑り込んだ。ソレルは黒々とした闇の一角を指し示す。


「このすぐ後ろがサッカー場で、戸田橋の向こう側が野球場。その奥にある荒川の河川敷が草むらになっているわ。狙撃をした魔物は、その枯れた草むらの中に隠れているの」

「ここからじゃ暗くて見えない」

「暗くなくても偽装は完璧よ」

「どうする?」

「さっきと同じように、私が魔物に命中する射線上に〝蝿〟を置くわ。そこを狙って」

「速度は?」

「亜音速にする必要は無いわ。ただ、魔物も〝蝿〟に気がつく可能性があるわ」

「解った。どっちが早く撃つかだね。任せてくれ」


 志光は偽装弾を握った手に意識を集中させた。


「今よ」


 ソレルはそう言うと、中空に青く輝く〝蝿〟を浮かび上がらせた。少年は握った棒の先端をそれに向け、一気に加速させる。


 軽々と音速を突破したタングステンの弾丸は、枯れた草むらに隠れていた魔物の一体を打ち抜いた。


「ヒット!」


 褐色の肌はわざとらしく両目を見開いて少年を褒め称える。


「ホント、嘘みたいによく当たるわね」

「弾が重い分だけ風に影響されないから当たりやすいみたいなことを美作さんは言っていたけど……」

「狙っているのは貴男でしょ、ベイビー。才能があるのよ。続けましょう」


 ソレルは志光の説明を遮り、次の狙撃先を探し始めた。


 今や銃声はすぐ近くから聞こえてくるが、敵の姿は見当たらない。志光は黙って褐色の肌の報告を待つ。


「いたわ。二つ目の野球場の先にある、生物生態園の中ね」

「麻衣さんが言っていたところだ」

「数十メートル規模の小さな島になっている場所よ」

「ごめん。真っ暗で判らない」

「大丈夫よ。同じ方法で仕留めましょう」

「解った。頼むよ」


 志光は腰袋から三本目の棒を引き抜いた。ソレルが真っ暗な野球場の一点に〝蝿〟を浮遊させる。


「シッ!」


 少年が歯の間から息を押し出すと、握っていた偽装弾が飛び出した。タングステン棒は小さな島に潜んでいた魔物を粉砕する。


「ヒット! これで敵の火力は半減したわ」


 命中を確認した褐色の肌は、直ちに無線機で状況を告げる。


「こちらソレル。現在、そちらから見て南東方向にある河川敷、戸田橋の下にいるわ。敵の狙撃用魔物二体を排除。こちらを銃撃しないように注意して」

「こちら門真。十字砲火はしなかったんじゃないのか?」

「棟梁の〝スペシャル〟を使って狙撃したのよ。文句ある?」

「了解。火力が半減すれば、こちらも河川敷まで降りられるはずだ。見附の部隊を援護兼予備としてここに残して、ウチの部隊を下ろす」

「了解」


 会話が終わって一〇秒もしないうちに、前方に見える堤防上からの射撃が一気に増えた。突撃前に相手を萎縮させるのが狙いだろう。


 銃火器を持った敵の数は推計二体。こちらが約二〇人だから、火力の比率は一〇対一になる。


 よほどのミスをしない限り勝ちは決まったが、最初の狙撃から時間が経ちすぎている。WPUの悪魔たちが、この場から逃げおおせている可能性は高い。


「ベイビー。どうしたの?」


 志光が次の展開を想定していると、ソレルが顔を近づけてきた。少年は思いついた疑問を口にする。


「敵の悪魔は、もうここから逃げてないかな? 戦闘が始まって時間が経ちすぎている」

「私が偵察している範囲では、逃げた様子はないわね」

「これだけ戦力差があるのに?」

「多分だけど、相手はベイビーと私、それにウニカだけが攻撃してきたと勘違いしたんじゃないかしら?」

「それだと、悪魔は三人で、魔物は四体だから数的に相手の戦力の方が多い勘定になるね」

「私達を襲ってきたカニ男たちを足すのを忘れているわよ」

「ごめん。それなら三倍近く敵の数が多い勘定になるのか。そこに、麻衣さんと見附さんの部隊が攻撃してきたのが不意打ちになったとか?」

「だと思うわ。この川の幅は一〇〇メートルぐらい? それを夜間に泳ぐのは悪魔でも骨が折れるはずよ」


 褐色の肌が肩をすくめていると、ウニカ、麗奈、タイソン、要蔵が二人に合流した。また、五人と一体が一カ所に集まったところで、麻衣が率いる女兵士達が雄叫びを上げながら堤防から河川敷に駆け下り始める。

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