第134話28-1.敵は本能寺にあり

 ベルトとサスペンダーで固定された腰袋には、ドリルビットを模したタングステンの弾丸が詰まっていた。弾丸の重量は約一キロで、これは四十ミリ砲の弾丸の重量に相当する。


 弾丸の数は約二〇発。常識的な人間なら、自力で持ち運びつつ戦闘するのが難しい重量だ。


 けれども、邪素を消費することで人間の十倍近い膂力を備えた地頭方志光にとって、偽装弾丸は「少し重い」程度の武器に過ぎなかった。少年は大型4WDの車内でタングステン棒の数を数え直すと、車窓から外の景色に目を向ける。


 東京湾アクアラインから見える海は真っ暗で、魔界の青く輝くそれとは似ても似つかなかった。フロントガラスの向こう側には、電飾された東京と神奈川のビル群が輝いているが、これも魔界の建造物とは対照的だ。


 屋外の眺めに飽きた志光は、続いて車内を見回した。運転席には大蔵英吉、助手席にはタイソン、後部座席には高橋要蔵とアニェス・ソレルが座っている。クレア・バーンスタイン、門真麻衣や、見附麗奈などの〝常連〟の姿は見当たらないが、最初の一人は魔界で留守役を、残りの二人はそれぞれが襲撃部隊を率いているからだ。


 今回の作戦目標は麻薬密売に関わっている悪魔たちの捕獲、あるいは殺害で、その人数が三人から四人だったため、敵が逃走のために分散する可能性を考慮して、部隊は地頭方班、門真班、見附班の三つに分けられた。四班にしなかったのは、もしも四人いた場合は最初の奇襲で一人を殺害してしまうと計画だったからだ。


 魔界日本側には、そのための切り札があった。志光のスペシャルだ。


 少年は手に触れた物体を加速させることができるが、銃器のように火薬を爆発させる必要は無い。つまり、発射音がしないのだ。これは、暗殺や不意打ちにうってつけの攻撃方法だ。


 そこで、襲撃作戦の準備をしている間、志光はクレアの指導を受けてタングステン棒を亜音速で打ち出す訓練を行った。物体は音速を超える速度で飛翔すると、ソニック・ブームという轟音を発生させる。これを抑えるには、タングステン棒を音速以下で飛翔させなければならない。


 驚くべきことに、志光はこの技術を二日ほどでマスターした。クレアと少年が喜んでいると、噂を聞きつけた過書町茜がやって来て、


「凄い。まるで国民的アニメに登場する、昼寝とあやとりが得意な小学生みたいですね」


 とのたまった。少年は即座に眼鏡の少女と絶交した。


 幸いなことに、準備の段階ではこれ以外に大きなアクシデントは発生しなかった。ホワイトプライドユニオンに作戦を気取られないよう、現実世界への出入りは千葉県にあるゲートのみで行われたため、銃火器の持ち出しや大人数の移動も極秘裏に行えた。


 ラハティ対戦車ライフルを中心とする主要な武器は、志光たちが千葉から東京に逃げ帰るときに利用した、装甲が施された特殊なトラックに積み込まれた。作戦に参加する人員の大多数は、魔界日本が所有する大型観光バスに乗っている。


 そして、最初の襲撃を担当する志光とソレルが別働隊として行動する目的で、大蔵が運転する大型4WDに乗ることになった。ところが、出発の直前になってタイソンが同道を懇願した。


 彼は以前から作戦への参加を訴えており、志光も許可を出していたものの、まさか同じ車に乗りたがるとは思ってもみなかった。しかし、基礎的な軍事訓練を受けており、なおかつ兵士として優秀という湯崎の言葉が決定打となって、彼の我が儘は認められた。


 更に千葉県のゲートから出て、車に乗り込む直前になって、要蔵が出現するとアソシエーションのメンバーとして作戦の観戦を宣言した。後々のことを考えると、無碍に断ることもできず、志光は彼の同行も認めざるを得なかった。


 こうして、出発の準備が整った一行は、国道二九七号線から首都圏中央連絡自動車道、続いて東京アクアライン連絡道を通り、木更津から海を通る道に飛び出した。けれども、その目的地は定かでは無かった。


 ホワイトプライドユニオンは麻薬の運搬をする際に、雇ったドライバー達に内緒で車に麻薬を積み込むのだが、この作業を行うための駐車場を一カ所に決めていない。従って、彼らが使いそうな幾つかの駐車場を監視していなければならない。


 白誇連合の失敗は、それらの駐車場にカニ男を監視として派遣したことだった。それは、魔界日本の捜査陣にとって敵が関与している証拠に他ならなかった。


 ただし、ソレルの配下で構成されている監視部隊も、カニ男が徘徊するエリアは分かっても、悪魔が出現する場所は麻薬運搬用の車が現れるまで分からない。襲撃のチャンスは、カニ男が車を監視するために特定の駐車場に着いてから悪魔が現れるまでの数十分から二時間ほどで、作戦もぶつけ本番にならざるを得なかった。


 先が見えないのは不安になるし、焦燥感も募る。志光は緊張した面持ちで黙り込んだ。彼の様子をバックミラーで確認した大蔵が声を上げる。


「そうだ、棟梁。報告を忘れていました」

「え? 何ですか急に?」

「影武者なんですが、無事に東京大学に合格したそうです。彼女さんもお祖父さんお祖母さんも大喜びで、みんなで焼き肉パーティーを開いてお祝いしたようですよ。良かったですな! 俺も我が子のことのように大喜びですよ」

「……大蔵さん」

「ん? 何ですか?」

「車を埼玉県川越市笠幡に向けてください」

「どうしてですか? 事前の説明では東京都の板橋区か北区で、全然別の場所だと思うんですけどね」

「影武者の奴を成敗します。敵は本能寺にあり!」

「棟梁。冗談は止めましょう」

「いや、本気ですよ! よく考えてみてください。今の僕は色んな権限を与えられていますけど、悪魔化しちゃって人間には戻れない上に、普通に日本で暮らしていたら、絶対に出会わないような頭の悪い白人至上主義者と殺し合いをしているんですよ。それなのに、影武者の奴は東大に合格して前途洋々。彼女もいて、家族からも承認されて……奴と僕の人生、どっちが良いと思ってるんですか?」

「正直に言わないと駄目ですか?」

「ええ」

「もちろん、影武者の人生の方が良いに決まってますな」

「やっぱり! やっぱりそう思ってるんじゃないですか!」

「ははは、当然じゃないですか。棟梁だって、漫画や映画を観るときは、理想の自分像を重ねるでしょう? あれと一緒ですよ。俺も頭の悪い白人至上主義者と命のやりとりをするなんて真っ平ごめんですからね」


 ヨレヨレのスーツを着た中年男性は軽口を叩きながらアクセルを踏んだ。車はパーキングエリア海ほたるを通り抜け、海底トンネルに入り、神奈川県の川崎浮島に着く。

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