第100話20-5.ラーメン屋での食事

「魔界日本にいる悪魔で、麻薬取引に詳しい人って……いないよね?」

「私は知らないわ。ソレルは?」

「私も知らないわよ」

「それが普通だよなあ」

「大蔵に質問してみれば?」

「大蔵さん、現実世界にいるの?」

「いなければ、魔界に戻ってから質問すれば良いでしょう?」

「……そりゃそうだ」


 ソレルの話に得心した志光は、スマートフォンを取り出すと大蔵英吉に電話を掛けたが繋がらない。


「駄目だね……そうだ。信川さんに相談してみよう」


 少年は数秒だけ考えてから、続いてスマートフォンから真道ディルヴェの開祖の電話番号を引っ張り出す。


「もしもし、信川です」


 何度目かの呼び出し音の後で、スピーカーから信川周の声が聞こえてきた。志光は柔らかい口調で教祖に語りかける。


「こんばんは、地頭方です。今、お話しできますか?」

「もちろんですよ、棟梁。何かありましたか?」

「ええ。信川さんのお知り合いに、麻薬取引に詳しい人はいらっしゃいませんか?」

「麻薬? 何でそんなものを?」

「実は、夏に起きた襲撃事件に関わっているグループが、日本で麻薬取引をしている可能性が出てきたんです」

「ああ、WPUですか。全く困った連中です。お陰で私には大蔵さんが派遣して下さった護衛がつきっきりですし、池袋周辺の支部を再開する目処も立っていない」

「僕の責任です。申し訳ありません」

「いやいや、事情は理解していますので……ただ、残念ですが私にそのようなツテはありませんな。よく〝宗教は阿片〟と言いますが、真道ディルヴェでは酩酊物質を使った宗教行為は行っていませんので」

「教団関係者に、どなたか詳しい方はいらっしゃいますか?」

「麻薬取引ねえ…………そういえば、反社会的勢力の取材を中心に活動されているライターさんが、何度かウチの取材に来て信者になったはずです。今でも仕事を辞めていなければ、何らかの情報を知っていらっしゃる可能性はありますね」

「ホントですか!」

「保証は致しませんが、本人と連絡を取ってみますか?」

「お願いできますか?」

「もちろんですとも」

「僕はどのような立場で、その人と会えば良いと思いますか?」

「直接、お話をしたいのですか?」

「そうです」

「それなら、稀人の立場が良いでしょう。ウチの信者ですし。後は車代を出していただければ、喜んで応じてくれると思いますよ」

「解りました。それでは、連絡をお待ちしております」

「お任せ下さい。後ほど電話かメールでご連絡を差し上げます。WPUの件は頼みますよ」


 電話が切れると、志光は聞き耳を立てていたクレアとソレルに事情を話した。


「ディルヴェの信川教祖のツテで、反社会的勢力に詳しいライターさんを紹介して貰えるみたい」

「さすが教祖。顔が広いわね」


 ソレルは納得した面持ちで手に腰を当てた。


「後は、WPUが占領している池袋ゲートの物流を、徹底して監視する必要があるわね」

「でも、それが出来るのはソレルだけだよ。そうなると、他の情報収集が疎かになる」

「それは仕方ないわ。それより、そろそろ監視室に戻らない? こんなところで話を続けるのも変でしょう?」

「あら。二人とも戻るの? 私は夕飯を食べてからにしたいわ」


 褐色の肌が地下への移動を提案すると、それまで黙っていたクレアが外食を要求し始めた。志光とソレルは互いに顔を見合わせ、背の高い白人女性の要求を確かめる。


「食べるって……どこで食べるつもりなんですか?」

「このすぐ近くで良いわ。たとえばラーメンとか」

「ラーメン? フランス料理じゃなくて?」

「今は食事に時間をかけたくないの。でも、邪素だけ飲んでいるのも嫌よ」

「お店が汚いのは勘弁よ。その条件ならクレアにつき合うわ」


 スマートフォンを操作した志光は、大蔵が教えてくれた美味しい店一覧を表示した。内装が綺麗なラーメン屋がすぐ近くにある。少年は二人の美女に表示された地図を見せた。


「大塚の駅前に、内装が綺麗なラーメン屋があるみたいだから、そこに行こう」


 三人は要蔵やオレガの後を追うように坂道を下り、横断歩道を渡って大塚駅北口の駅前まで移動した。駅のほぼ真向かいにある小さなビルの一階に『KOUSAGI』とローマ字で書かれた看板が見える。


 狭い店内に入った志光は、発券機で味玉醤油ラーメンを購入した。残りの二人は汁無し担々麺を注文したようだ。


 数分も経たずにお洒落な器に入ったラーメンが出てきた。


 ……美味い。普通のラーメンの汁は脂っこいのでレンゲですくって飲めばもう満足だが、ここの醤油ラーメンは最後まで飲みたくなる程度の油分で、しかし薄いというわけではない。幾らでも飲めてしまいそうだ。


 志光はラーメンを堪能しつつ、またしても号泣しながら食事するクレアを意識から追い出した。食事を終えた三人が店外に出ると、少年のスマートフォンが鳴った。


「もしもし?」

「坊主か? 俺だ。湯崎だ」

「ああ、湯崎さん。現実世界に出ていたんですか?」

「そうだ。これからカーセ×クスの名所まで覗きに行ってくる」

「……はあ」

「それで、俺が戻ってきたら作戦を開始するから、クレアとソレルの身柄を抑えておいてくれ。今回の作戦に必要だ」

「は? 作戦?」

「忘れたのか? ホワイトプライドユニオンへの報復テロだ。今頃、魔界では美作が準備にてんてこ舞いのはずだ」

「早いですね……」

「早くしろと急かしたのは坊主だろう? それじゃ、明日になったら魔界で会おう」

「解りました」

「じゃあな」


 湯崎とのやりとりを終えた志光は、強ばった面持ちで二人の美女を見た。


「湯崎さんから電話があった。明日からWPUへの報復戦を開始する。二人共、協力を頼む」

「もちろんよ」


 少年の話を聞いたクレアは、不敵な笑みを浮かべると彼の頬にキスをした。


「いよいよ反撃ね。楽しみだわ」


 ソレルも普段は余り見せない攻撃的な顔つきになると、コートの上からでも膨らみが解るほど豊かな乳房を志光の腕に押しつけた。

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