第101話21-1.作戦開始

 魔界日本の空港に併設された格納庫は、窓が全て塞がれ、周囲には警備兵が巡回していた。内部の一角には仕切りが設けられ、そこには湯崎武男、門真麻衣、見附麗奈、美作純、アニェス・ソレル、クレア・バーンスタインなど、魔界日本の重鎮たちが顔を並べている。


 地頭方志光は衝立の向こう側から聞こえる喧噪を耳にしつつ、戦争の始まりを実感した。少年が座った大きな机の上には、何台ものラップトップパソコンと液晶タブレット、そして分厚い紙の資料が置かれている。


「それじゃ、作戦の最終確認を行うぞ」


 場を取り仕切っている湯崎が、その場にいた全員に声を掛けた。志光は小さく頷いて、ごま塩頭に話の続きを要求する。


「今回の作戦の目的は、ホワイトプライドユニオンの本拠地を攻撃し、一人でも多くの悪魔を殺すことにある。作戦は大まかに三つの段階に分かれる。第一段階は奇襲。これは、相手を殺すのが目的だ。こっちも同じ手でやられたから、そこそこ上手くいくだろう。方法も同じで、爆発物を積んだ航空兵器を相手の居住区に落下させる。美作がそのための無人機を既に作っている。写真は各自のタブレットに送っているはずだから確認してくれ」


 湯崎がそう言うと、参加者は各々のタブレットに視線を向けた。そこには、円筒形で太めのボールペンのような胴体の上部に、定規のような直線翼が付いた兵器が映っている。


 志光が事前に受けた説明によると、このピアサバードと呼ばれる兵器は無人で稼働し、三トン近い爆発物を積んだ状態で相手の建築物に突入。地下まで貫通してから爆発を引き起こす仕組みになっているそうだ。また、写真では解りづらいが実物は大きい。翼の全長だけで二〇メートルもある。


「第二段階は欺瞞工作。敵のゲートがある近辺に、第一段階で使ったのと同じタイプの兵器をわざと落下させ、こちらの攻撃が相手ゲートの占拠だと思わせるのが狙いだ。ついでにダミーの輸送機も降下させる」


 湯崎は続いて二つめの画像データをタブレットで見るように促した。こちらには、ホワイトプライドユニオンの本拠地の地形図が描かれている。


「敵は兵力をゲート近辺に集中させるだろう。しかし、そこには攻撃を行わず、他の防衛拠点を襲うことで兵力差を作り出すのが狙いだ。では、どこを狙うのかといえば……ずばり空港だ。空港にこちらの輸送機を強行着陸させ、短時間で施設を破壊。これに応戦した警備兵を殺害した段階で脱出する。着陸から脱出までのタイムスケージュールは十五分だ。攻撃の手順に関しては、ここ一週間で訓練したとおりで進める。何か質問は?」


 ごま塩頭の質問に、誰も返答をしなかった。彼は頷くと時計の時間合わせを要求する。


「全員、今から時間を〇時ジャストに合わせるんだ……いいか? それでは作戦開始! 健闘を祈る!」


「はい!」


 湯崎のかけ声で、全員が急ぎ足で衝立のある場所から出ていった。ごま塩頭は、ソレルと純と一緒になって、ソレルが所有するプライベートジェットに乗り込んだ。


 残りのメンバーはそれよりもはるかに大きな双発機がエプロンに到着するのを待ち、後部ランプから中に駆け上がる。


 この輸送機は一九六九年に初飛行したアントノフ26という旧ソ連の古い航空機の退役機を分解してスクラップ扱いにした上で、エンジン以外の部分を魔界へと輸入して、そこで邪素エンジンをつけて再組み立てを行い、コクピットを改装したという、非常に複雑な過程を経て魔界日本で運用されていた。ここまで面倒臭い手順を踏まなければならなかったのは、言うまでも無く航空技術に関するノウハウが魔界ではそれほど発達していないからだ。また、最新鋭の機体が不要なのは、旧式ならば値段が安い上に、魔界では最新のレーダー技術やGPSが役に立たないという事情による。


 黒地に青の蛍光色で不規則なパターンが描かれた上下に身を包んだ少年は、航空機の両サイドに設置されたベンチに腰を掛けた。少年の向かい側にはクレアとウニカ自動人形が、隣には麻衣が腰を掛ける。残りのメンバーは麗奈が選抜した女子達だが、三分の二が自分達の身長ほどもある投射武器を手にしている。


 それはドイツで開発されたパンツァーファウスト3という無反動砲を、一一〇ミリ個人携帯対戦車弾という名称で日本がライセンス生産していたものを、更に魔界日本で無断コピー生産したという、輸送機同様にややこしい経緯がある武器だった。重量が一三キロ近い上に前側に重心が寄っているため命中率が悪いという欠点があるのだが、人間の一〇倍近い膂力がある悪魔にとっては大した問題ではなく、それ以上に七〇〇ミリ近い厚さの鋼板を貫通できる威力があることが魅力的だ。さすがの悪魔も、これが当たれば即死する。


 ただし、麗奈は部隊指揮に専念するためそもそも一切の武器を持たず、クレアとメンバーの三分の一は、いつものラハティで無反動砲部隊の援護、そして麻衣と志光とウニカは無反動砲での攻撃後に突入して残敵を掃討する役目を与えられているため、この武器を所持していない。


 また、湯崎が立案した最初の計画では志光が作戦に参加する予定はなかった。しかし、少年は強硬にメンバー入りを主張した。


「門真に影響され過ぎなんじゃないか? 棟梁就任直後なのに戦死とかシャレになってないぞ」


 ごま塩頭は呆れ顔でそう言ったが、志光は大きく首を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る