第51話9-2.人種論

「この他にも、魔界に薬物を持ち込む目的で『くすりの信川』というドラッグストアチェーン店を展開しております。こちらは坊主丸儲けというわけにはいかないのですが、信徒の就職口として機能しています」

「はあ」

「それら全てを統括する権利が、貴方の新棟梁就任時に与えられます。経済規模は、恐らく大企業に匹敵するでしょう」

「それで、信川さんにご挨拶をすることになったんですね」

「そうです。ただし、大事なのはお金だけではありません。この教団は魔界日本に住む悪魔たちをスカウトする機能も備わっている。先ほどの過書町さんの話がここでつながるんですよ」

「ひょっとして、悪魔化できそうな信者を選んで邪素を与えているとか?」

「正確ではありませんが、概ねそうです。ここにいる中では、過書町茜と見附麗奈が該当します。彼女達は教団出身の稀人だ」

「悪魔を増やす理由は何ですか?」

「魔界日本の魔界における勢力を強めることだと一郎氏は仰っておられました。先ほども述べたように、そうしたがっていた理由までは存じ上げません」

「なるほど……」

「その他に、何かご質問は?」

「僕は宗教団体を運営したこともないし、会社経営に関わったこともありません。だから、質問できるだけの経験も知識もありません。仮に、そうした組織を統轄する立場になったからといって、他の人達の足を引っ張るだけなんじゃないでしょうか?」

「お任せいただければ、我々がなんとかします。我々というのは、要するに悪魔になれなかった人間のことです」

「よろしくお願いします」

「ただし、私からも地頭方さんに幾つか伺いたいことがあります」

「なんですか?」

「お父上とは一度も会っていないというのは本当ですか?」

「本当です。逆に僕からも伺いたいのですが、父は失踪しただけで生きている可能性はあると思いますか?」

「残念ながら、低いと思います。あの寂しがり屋が、どこかで孤独に隠遁生活を送るのは無理でしょう」

「ああ……自室の鍵を、幹部全員にコピーして渡していた理由もそれですか」

「一郎氏ならありそうなことですね」

「ありがとうございます」

「それでは、二つ目の質問です。現在、対立関係にあると言う白人至上主義の団体とは、どのような決着を望んでいますか?」

「占領している魔界日本の領土から退去すれば、それ以上の要求はしません」

「白人至上主義を正しいと思いますか?」

「いいえ」

「その理由は?」

「白人至上主義が間違っていると言うよりも、その根拠となっている人種論が間違っていると思います」

「具体的にはどのような理由ですか?」

「生物学者のエルンスト・マイヤーが一九四二年に発表したように、自然条件下で交配して子孫を残せるのであればそれらの生物は同一種と見なすべきです。たとえば、白人と黒人が結婚して子供が出来るのであれば同一種なので、人種という概念は虚構です」

「肌の色が違っても?」

「些細な問題ですよね。それに、たとえばドイツ人とユダヤ人が結婚して生まれた子供は、ドイツ人なんでしょうか? それともユダヤ人なんですか? もちろん、答えはドイツ人でかつユダヤ人なんですが、ユダヤ人を差別する法律があった場合、どちらかに振り分けなければならない。つまり、人種区分は人為的なものです。これは、ナチス政権下のドイツで実際に起こった問題で、最初はユダヤ人の血筋を四分の一まで引いていればユダヤ人としようとしたところ、あまりにも多くの人間がユダヤ認定されてしまうことが判り、血筋を半分まで引いた人間に絞ったんです」

「人種差別に反対しますか?」

「反対しますが、人種が変更不可能な要素なので差別してはならない、という考え方は受け入れられません。人種はフィクションなのだから、変更不可能というのも嘘です。後は白人至上主義に対抗して、黄色人種や黒色人種でグループを作るという考え方にも反対します。肌の色が違うだけで、実体は白人至上主義と一緒です。肌の色は関係ない」

 志光の淀みない解答を聞いた周は、満足そうに頷いた。白髪の老人は、近くにいた大蔵に声を掛ける。

「大蔵さん。あなたは良いカードを掴んだかも知れないぞ」

「志光君は信川さんのおめがねに叶いましたか?」

「私はこの少年を一郎氏の後継者と認める」

「それは良かった」

 ヨレヨレの黒いスーツを着た中年男性は、口角を引き上げた。そこで麗奈が緊張した声音で異常を告げる。

「おかしいです。さっきから外の警護と電話がつながらない。こちらの状況を報告しようとしたんですけど……」

 ポニーテールの少女が放った警告を耳にした大蔵は、すかさずスマートフォンをとりだして耳に当てた。中年男性はしばらくすると、能面のような表情で首を振る。

「こっちもだ。つながらない……」

「信川さん。この建物にいる関係者を、全員地下に避難させて。それから、決して窓に近寄らせないで」

 クレアはすかさず教祖に退避を促した。周は足早に執務用の机に戻り、インターフォンのボタンを押す。

「信川です。職員、及びに媒介者の皆さんは、ただちに地下室へ避難して下さい。爆発物を持ったテロリストが、この建物の付近にいるという情報が届きました。決して窓に近寄らず、エレベーターと避難階段を利用して下さい。窓の側は危険です」

 白髪の老人が信者達に呼びかけている間に、悪魔たちは各々のカバンから邪素が入ったペットボトルをとりだした。志光もリュックサックからプラスティック製の容器を取り出すと、青い液体を嚥下する。

「我々はどうしますか?」

 悪魔たちが戦いの準備を整えるのを待って、信川が今後の方針を訊いてきた。クレアは周囲を見回してから、白髪の老人に回答する。

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