第49話8-8.本部到着
「私の配下が先ほどの駐車場に車を停めておいてくれたようです。ウニカも敵認識しなかったようで、穴の底に置いておいた対戦車手榴弾も車に積めました。すぐに戻りましょう」
「車の鍵は?」
「魔界でスペアキーを受け取ってあります。俺が運転します」
「あら、貴方が?」
「こう見えても運転は上手い方ですよ。人間だった時に、営業で車を乗り回していましたからね」
ヨレヨレの背広にスマートフォンをしまった大蔵は、元来た道を引き返し始めた。彼は何故かその途中で向かい側にあるビルに向かって頭を下げる。
「どうしたんですか?」
中年男の所作に疑問を覚えた志光は、彼が頭を上げたタイミングを見計らって質問した。
「瀧不動にお参りしたんですよ」
大蔵は少年が聞いたことの無い名前に眉をひそめる。
「不動って不動明王のことですか?」
「ええ。ここにはかつて谷端川(やばたがわ)という川が流れていて、その近くに不動明王像があったんですよ。それが、今はあのビルの一角に祀ってあるんです。もっとも像自体は最近作られたものらしいですが」
「川って……どこにも見当たらないんですが」
「一九六〇年代に暗渠(あんきょ)化されてます」
「暗渠って、地中に埋められたってことですよね?」
「ええ。下水道化されて、この道路のすぐ下を流れてますよ」
「川そのものを下水道にしたってことですか?」
「そうです」
「酷い話ですね……」
大蔵の説明に深く頷いた志光は、数秒後にはっと目を大きく見開いた。
「ちょっと待って下さい! その不動明王像のあった場所って……ひょっとしてゲートと関係があるんですか?」
「勘が良いですね。詳しいことを話している時間が無いですが、まあそういうことですよ」
中年男は少し驚いた面持ちをしつつ、五叉路を渡って斜め左の道に入る。
すると、微かだがくぐもった悲鳴が聞こえてきた。声色から考えると、どうも子供のようだ。
五人は顔を見合わせると、忍び足で駐車場に近づいた。
駐車場には、先ほどまで無かった黒塗りの大型4WDが停まっていた。麗奈は残りの四人を押しとどめ、呻き声が聞こえてくる場所に歩を進める。
志光は恐る恐る彼女の背後から声の主を確かめようとした。そこには、ウニカに頭を掴まれ、腹を叩かれている小学生男子の姿があった。
恐らく、車に悪戯したか、新しい穴の存在に気がついて自動人形から攻撃されたのだろう。しかし、小柄な球体関節人形が無表情なまま小学生をぶん殴る光景はホラーそのものだった。
「ウニカ。その子供を離せ」
「……チッ」
志光が命令すると、ウニカは何故か舌打ちして男子小学生を解放した。子供は這いずるようにしてその場から退散する。
「マズいですね」
小学生の後を目で追いながら、大蔵がため息をついた。顔を曇らせた麗奈が同意の印に頷いてみせる。
「仕方ないわ。子供が行方不明になったら、ここ一帯が捜索対象になるはずよ。そんなことが起きたら、確実にこの穴も警察に発見されるわ」
クレアは小さく首を振り、志光の判断を肯定した。
「穴は早急に埋めさせた方が良いですね。帰りはいつものルートで戻りましょう。相手に監視されていても、車で入り口の前を封鎖すれば狙撃は避けられます」
麗奈が対策を提示すると、大蔵が彼女の後を継ぐ。
「では、さっさと出立しましょう。人形に襲われたという子供の話を真に受ける大人が現れる前にね」
中年男が車のキーを取りだしドアのロックを解除すると、残りの四人と一体が車内に乗り込んだ。運転席には大蔵、助手席には茜、真ん中の席にはウニカ、志光、クレア、そして最後尾の席には対戦車手榴弾と一緒に麗奈が腰を下ろす。
「じゃあ、行きますよ」
大蔵は後部座席に座っているメンバーに告げると、七人乗りの4WDを発車させた。黒塗りの車は、大塚駅からサンシャイン60の脇を抜け、首都高速五号池袋線に乗る。
ウニカを除く全員が邪素入りのペットボトルを入れたカバンを持っているせいで、車内では意外と身動きが取れなかった。志光はぼんやりとウニカの頭越しに窓の景色目を凝らす。目的地も到着までの時間も分からない以上、想像できることはほとんどない。
車外の風景は、最初は林立するビル群、続いて見たことのあるお城のような建築物、やがて雑木林に送電用の鉄塔、竹林、瓦葺きの日本家屋に田畑、廃屋、そしてソーラーパネルが敷き詰められた場所へと変わっていった。要するに、都会から田舎に移動しているのだ。
車はやがて二車線しか無い有料道路に進入した。料金所を抜けると、志光は大蔵に問いかける。
「ここはどこですか?」
「東総有料道路ですよ。その前が関東自動車道だ」
「とうそう……聞いたこと無いですね」
「志光君は埼玉でしょ?」
「ええ」
「じゃあ、当然だ。ここは千葉ですよ。しかも、もう成田空港を超えてる」
「ちゃんとパネルを見てませんでした」
「東京を出て一時間半ぐらいですね。そろそろだ」
中年男はそう言うと、車のハンドルを右に回した。4WDが右折すると、その前に軽トラックが現れ、露祓いをするように走り出す。
「あれが警護の車?」
トラックを目にしたクレアが声を上げた。大蔵は彼女の質問に首肯する。
「ええ。荷台にウチの兵隊とラハティを積んでます」
「あのシートの中かしら?」
「そうです。本部に着いたら、車の警護をやってもらいますよ」
「分かったわ。ありがとう」
二人が言葉を交わしている間に、二台の車は左側が畑、右側がうっそうと茂った森という一車線の道を走り続けた。しばらくすると道は左折して。二車線の道につながる、
二車線の道は数十メートル行った先でカーブのあるなだらかな坂に変わった。車がその坂を上ると、大きな駐車場に到着する。
駐車場には観光バスのようなものが停まっていた。軽トラックは駐車場を一周してから道を降りていく。
駐車場の先には、ジャンプすれば飛び越えられそうな程度の堀があった。堀の中には、前方後円墳を模した巨大な建築物が建っている。クレアに続いて4WDから降車した志光は、その規模に圧倒された。
「ここは、どこ?」
「本部です」
志光の呟きに反応したのは茜だった。彼女は少年の前に立つと、建築物を指差してみせる。
「宗教団体、真道ディルヴェの本部ですよ。名前を聞いたことぐらいありませんか?」
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